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最初Ⅱ
第48話 異端審問
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おやっさんがそれを見たということは、この朝日も昇らない静かで、夜の闇との間の境界線よりも、前の時間。恐らく、俺が邸から抜け出したあとだ。
「おやっさん、異端審問てのは……」
しっ、とおやっさんが人差し指を唇にかざした。
いつになく真剣な面持ち。酒を飲んで赤らめてだらしのない表情は抜けきれていないが、瞳の鋭さは真剣そのもの。
「大きい声でそれを言うなよ。いつ、どこで、誰が聞いているかもわかんねぇんだ。異端審問てのは、あの中じゃやべぇ連中だ。こんな腑抜けた年老いたオヤジでも指を指すからな。もしそいつらの悪口、もしくは愚痴を零してみろ。とんでもねぇぞ」
おやっさんはぐい、と酒を飲んだ。
酒瓶をひっくり返すようにゴクゴク飲んでいる。俺は心底平静を保てなかった。足元がクラクラして、地面と自分の視界が目と鼻の先になったときに、自分は倒れたのだと遅れて気づいた。
「おいおい大丈夫か⁉ 二日酔いか⁉」
「違います……あの」
俺は足に力を入れて腰を浮かせる。
「今日の仕事、少し抜けていいですか」
「は?」
突然のことに、おやっさんからは何故だと激しく問いだされた。俺は包み隠さず「彼女を守るためです」と。
気づいたときには事務所を出て走っていた。向かう場所は決まっている。走っている最中にも、俺の心はぐしゃぐしゃになっていた。
〝夜な夜な魔術をやっているとか〟
それはもしかして、邸の窓から見えた俺たちがいた証の蝋燭の光なのではないか。それに、窓は開けっ放しで夜は静まり返っている。もし、俺たちの話し声や笑い声が遠くにまで聞こえていたら、不気味にも思われて、異端審問官に告げ口された可能性。またあのオッサンに別れられるのはごめんだ。
――重要なのはそこじゃない。
俺が今、がむしゃらに走っているのはシウォンと決裂するのが嫌なのも含まれているが、もっと重要なのは、あの噂、俺のせいで異端審問にかけられたんじゃないか。俺が毎晩、夜な夜な行動していたから。シウォン邸はそれ程醜くないし、ちゃんと街の復興をしている中小企業の一つみたいな階級だ。
そんな人たちが本当だったら、こんな大災難は起きない。俺のせいだ。
とにかく、シウォン邸に足が向かって漸くたどり着いた。
邸の門前で大きな人だかりができていた。民衆の好奇の群れ。大勢の群れをかき分けて前へ進む。ぶつかりながらも邸の庭へ漸く出れた。
庭は大きくて邸は目の前だというのに、流石にこの距離から中がどうなっているか分からない。
歯切れする。
「あの、中に邸の住人、どうなっていますか⁉」
宛もなく、隣のオッサンに声を掛けるとオッサンも訳がわからないとどもる。
誰に聞いても答えは一緒。
俺はその場から立ち去って大勢の群れを再びかき分けて、庭の薔薇園へ侵入する。警備が薄いのか、安安と侵入成功。使用人一人たりとも見つからない。
薔薇園から建物に移り、シウォンのいる2階にまで爪を立てて登った。ちょっと狭い板だが、俺の自慢の腕力と忍耐舐めんなよ。猿のようにひょいひょい登り、シウォンの部屋の窓へ。
ひょっこり顔を出すと中はモノケの殻だった。誰もいない。窓も開いてないし。
シウォン邸の大広場がある場所へ向かう。ズルズルと来た道をバックしながら後退し、足を下の階の板について、大広場を覗く。
だが、中は見れなかった。分厚いカーテンが遮ってて。
この中にシウォンがいるのにもどかしい。この窓を叩き割って侵入し、シウォン1人を掻っ攫うのに余裕だろ。いやいや、そんなの余計に悪目たちし過ぎてる。それに中は予想よりもっと人数がいるようだ。窓の隙間から漏れる話し声はどれも男性。
シウォンの声が一切しないのは、もしかして、この中にシウォンはいないとしたら。
良かった。それなら――「私たちは違います!」シウォンの声だ。はっきり聞こえた。この中にいる。シウォンの声は荒ぶっていた。子供が親に必死に訴えるような、その中に怒りが混じっていた。
聞き耳を立てて会話を盗み聞く。
「私たちはかの有名なレニー家と同じ公爵です! なのになぜこんな疑いをかけられるのか本当に疑問です!」
「おいおい知らないのかシュレッダー公爵令嬢。なんでも、レニー家の汚職を公爵が被っていた噂だ。それに最近、使い魔を使って住民を脅しているとの通告があった」
「我が父の侮辱は許しません!」
「使い魔がいるのを見たと報告があったぞ! 白を切るつもりか魔女め!」
「私は悪しき魔女なんかじゃありません!」
ガシャーンと皿がひっくり返る音が響いた。びっくりして身を竦んだ。なんだ、なんだ⁉ どうしたんだいきなり。シウォンは無事なのか。
「いい加減にしろおぉぉぉぉぉぉ‼ この魔女めっ‼」
男の一人が怒鳴った。邸全体を震わすほど。
中にいるシウォンはどれ程恐怖を感じたか。
「お前が魔女なのはもう知っている! わたしたちを騙そうなんて卑怯で卑劣な行為だっ! この人間以下め!」
「魔女はいつもそう言う。嘘をついたことにより、即刻、我々と来てもらう」
え、おいおい待てよ。シウォンは嘘つかないし、嘘なんかついてねぇよ。俺は足場から降りて奴らが出てくる裏門の玄関にまで走る。
「おやっさん、異端審問てのは……」
しっ、とおやっさんが人差し指を唇にかざした。
いつになく真剣な面持ち。酒を飲んで赤らめてだらしのない表情は抜けきれていないが、瞳の鋭さは真剣そのもの。
「大きい声でそれを言うなよ。いつ、どこで、誰が聞いているかもわかんねぇんだ。異端審問てのは、あの中じゃやべぇ連中だ。こんな腑抜けた年老いたオヤジでも指を指すからな。もしそいつらの悪口、もしくは愚痴を零してみろ。とんでもねぇぞ」
おやっさんはぐい、と酒を飲んだ。
酒瓶をひっくり返すようにゴクゴク飲んでいる。俺は心底平静を保てなかった。足元がクラクラして、地面と自分の視界が目と鼻の先になったときに、自分は倒れたのだと遅れて気づいた。
「おいおい大丈夫か⁉ 二日酔いか⁉」
「違います……あの」
俺は足に力を入れて腰を浮かせる。
「今日の仕事、少し抜けていいですか」
「は?」
突然のことに、おやっさんからは何故だと激しく問いだされた。俺は包み隠さず「彼女を守るためです」と。
気づいたときには事務所を出て走っていた。向かう場所は決まっている。走っている最中にも、俺の心はぐしゃぐしゃになっていた。
〝夜な夜な魔術をやっているとか〟
それはもしかして、邸の窓から見えた俺たちがいた証の蝋燭の光なのではないか。それに、窓は開けっ放しで夜は静まり返っている。もし、俺たちの話し声や笑い声が遠くにまで聞こえていたら、不気味にも思われて、異端審問官に告げ口された可能性。またあのオッサンに別れられるのはごめんだ。
――重要なのはそこじゃない。
俺が今、がむしゃらに走っているのはシウォンと決裂するのが嫌なのも含まれているが、もっと重要なのは、あの噂、俺のせいで異端審問にかけられたんじゃないか。俺が毎晩、夜な夜な行動していたから。シウォン邸はそれ程醜くないし、ちゃんと街の復興をしている中小企業の一つみたいな階級だ。
そんな人たちが本当だったら、こんな大災難は起きない。俺のせいだ。
とにかく、シウォン邸に足が向かって漸くたどり着いた。
邸の門前で大きな人だかりができていた。民衆の好奇の群れ。大勢の群れをかき分けて前へ進む。ぶつかりながらも邸の庭へ漸く出れた。
庭は大きくて邸は目の前だというのに、流石にこの距離から中がどうなっているか分からない。
歯切れする。
「あの、中に邸の住人、どうなっていますか⁉」
宛もなく、隣のオッサンに声を掛けるとオッサンも訳がわからないとどもる。
誰に聞いても答えは一緒。
俺はその場から立ち去って大勢の群れを再びかき分けて、庭の薔薇園へ侵入する。警備が薄いのか、安安と侵入成功。使用人一人たりとも見つからない。
薔薇園から建物に移り、シウォンのいる2階にまで爪を立てて登った。ちょっと狭い板だが、俺の自慢の腕力と忍耐舐めんなよ。猿のようにひょいひょい登り、シウォンの部屋の窓へ。
ひょっこり顔を出すと中はモノケの殻だった。誰もいない。窓も開いてないし。
シウォン邸の大広場がある場所へ向かう。ズルズルと来た道をバックしながら後退し、足を下の階の板について、大広場を覗く。
だが、中は見れなかった。分厚いカーテンが遮ってて。
この中にシウォンがいるのにもどかしい。この窓を叩き割って侵入し、シウォン1人を掻っ攫うのに余裕だろ。いやいや、そんなの余計に悪目たちし過ぎてる。それに中は予想よりもっと人数がいるようだ。窓の隙間から漏れる話し声はどれも男性。
シウォンの声が一切しないのは、もしかして、この中にシウォンはいないとしたら。
良かった。それなら――「私たちは違います!」シウォンの声だ。はっきり聞こえた。この中にいる。シウォンの声は荒ぶっていた。子供が親に必死に訴えるような、その中に怒りが混じっていた。
聞き耳を立てて会話を盗み聞く。
「私たちはかの有名なレニー家と同じ公爵です! なのになぜこんな疑いをかけられるのか本当に疑問です!」
「おいおい知らないのかシュレッダー公爵令嬢。なんでも、レニー家の汚職を公爵が被っていた噂だ。それに最近、使い魔を使って住民を脅しているとの通告があった」
「我が父の侮辱は許しません!」
「使い魔がいるのを見たと報告があったぞ! 白を切るつもりか魔女め!」
「私は悪しき魔女なんかじゃありません!」
ガシャーンと皿がひっくり返る音が響いた。びっくりして身を竦んだ。なんだ、なんだ⁉ どうしたんだいきなり。シウォンは無事なのか。
「いい加減にしろおぉぉぉぉぉぉ‼ この魔女めっ‼」
男の一人が怒鳴った。邸全体を震わすほど。
中にいるシウォンはどれ程恐怖を感じたか。
「お前が魔女なのはもう知っている! わたしたちを騙そうなんて卑怯で卑劣な行為だっ! この人間以下め!」
「魔女はいつもそう言う。嘘をついたことにより、即刻、我々と来てもらう」
え、おいおい待てよ。シウォンは嘘つかないし、嘘なんかついてねぇよ。俺は足場から降りて奴らが出てくる裏門の玄関にまで走る。
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