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最初Ⅱ
第47話 黒猫
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あの日のように俺は毎日、シウォンの邸の忍び寄った。暗い闇に染まった中、月だけが輝き、昼間見るシウォンの影や形は少し変わる。同じ人間なのに形が変わっていると感じるのは、昼間見る服や髪型が変わっているからだろうか。
「こっちこっち」
木に登って窓から侵入する。
シウォンはくすくす笑って手招きする。
「よーし! よっと!」
「しっ‼ し、ず、か、に‼」
飛び降りて思わず野太い声が出た。そんな俺にシウォンは顔を歪ませる。
その理由は、シウォンの外出があの一件以来さらに厳しくなったからだ。外で男を作って、部屋まで招いたと知ったオッサンは俺をシウォンから遠ざけようとしているんだ。
娘にまで鞭で叩くような親父がいるかよ。娘可愛さじゃない。この家の娘として周りからどう見られるか、外見しか見ていないんだ。
そんな隔たりがあっても、俺たちはこうして密会している。オッサンが作った壁なんざ、俺が木を登ればちょちょいのちょいよ。
「このところ、お父様が家にいるの。静かにね?」
シウォンはムッとした表情で圧をかけた。
「分かってます。お嬢様!」
ビシッと敬礼した。
そんな俺にシウォンは表情を変えてくすくす笑う。
シウォンとは昼間会えないせいで、こんなふうに近くに感じるのは久しく感じる。毎晩訪れているのに、その穴を埋めるように一緒にいる。
今日はどんな話をしよう。
虹のかかった空の話か、それとも、新聞を読んでいたおっちゃんの周りを飛んでいた鳩の話か、それとも、少年たちがまたあの木に帽子が引っかかっていたのを取ってやった話か、どれも語りだすともう止まらない。
このところ、邸にはあのオッサン(シウォンのお父様を心の中ではオッサンを言っている)が昼夜問わず邸の中にいる。俺の警戒だろうか、でも、邸にいても顔を出すことはなく書斎にこもっているらしい。だが、用心しねぇとまた、鞭を打たれる。シウォンにまで魔の手がかかるかも。
オッサンがいるとはしゃげないのが癪だ。
「そうだねぇ、聞いて!」
シウォンの声が弾む。
「昼間、黒猫を見かけたの! それがさっきロゥドくんがやった木登りみたいによじ登って、木の上で日向ぼっこしてて、すっごい可愛いかった!」
シウォンはキラキラした目で語る。
黒猫、と聞いてどくん、と胸が急に高鳴った。高揚の高鳴りではなく緊張ぽいのが走った。黒猫を見かけただけではしゃぐシウォンを前に俺はどんな顔をしていたのだろう。シウォンが眉間にシワを寄せて顔を覗き込んできた。
「ロゥドくん……どうしたの?」
「シウォン、その、黒猫は気をつけろ」
「え?」
シウォンは傷ついた顔をした。
そりゃそうだろう。シウォンはこの話をして俺と同じリアクションを取ってほしかったに決まっている。俺も実はしたかった。だが『黒猫』だけは頬の筋肉が萎縮する。
時は16世紀。
ヨーロッパではルネサンス。コロンブスが新大陸に上陸し今じゃ大航海時代。貴族とか商人の階級制度。そして――宗教の改革。
12世紀以降から始まり、16世紀になってから盛んに行われている『魔女狩り』という大迫害。キリスト教は『魔女』と思わしき人間を必ず恥辱と残酷で苦しませる。
『魔女』といわれる人間は黒猫を飼っている人間らしい。他にも鳥と話していたりとか、占術を使っていたりとか、とにかくこの時代、町の住民たちは『魔女』を恐れてどんな場所だって監視している。どんな些細なことでも教会に告げ口する。
「黒猫だけは触るな。不吉だ」
「可愛かったのに」
ぶすっと不貞腐れる。
シウォンは知らないだろう。貴族のくせにこの邸でこもっていからだ。最近では標的は貴族にまで向かっている。もうとにかく気に食わない人間を罰し、罰し続けてる現状。
ちょうど今日もこの街の広場で魔女による処刑をやっていた。街の住民たちみんな、広場で集まって、まるで今から楽しい劇場が始まるかのような歓声があがった。
「ふぅん。外ではそんなことが……もうずっと陽の光を全身浴びていないなぁ」
知らなくていい。あれは恐ろしいものだった。
「……この話やめた。もっと面白い話しよう?」
シウォンは無意識に俺の袖を小さく掴んだ。俺もこの話は長続きしない。これよりもっと面白い話をして、朝が迎える前に邸をあとした。
その帰り道、黒猫が通りかかった。
さっきのことも、このご時世で、黒猫は本当に不気味だ。できることならハーメルンの笛吹き男のように、笛を聞きつけた猫がこの街から出ていってくれないか。そうすれば、少し穏やかになるものの。
暫くしてからこんな噂が流れた。
あの大きな邸にいる主人は倒産したらしい、と。またあるときには夜な夜な魔術を使っているとか。いやいやそんなわけないだろ。前者ならまだしも、後者は馬鹿げている。
風のうわさなど当てにはならない。無視をしとくに限る。だが、そんな覚悟をよそに俺の平静を崩す噂をおやっさんの口から聞いた。
カトリック教会、異端審問官がシウォンの邸へ入っていくのを見かけたと。
「こっちこっち」
木に登って窓から侵入する。
シウォンはくすくす笑って手招きする。
「よーし! よっと!」
「しっ‼ し、ず、か、に‼」
飛び降りて思わず野太い声が出た。そんな俺にシウォンは顔を歪ませる。
その理由は、シウォンの外出があの一件以来さらに厳しくなったからだ。外で男を作って、部屋まで招いたと知ったオッサンは俺をシウォンから遠ざけようとしているんだ。
娘にまで鞭で叩くような親父がいるかよ。娘可愛さじゃない。この家の娘として周りからどう見られるか、外見しか見ていないんだ。
そんな隔たりがあっても、俺たちはこうして密会している。オッサンが作った壁なんざ、俺が木を登ればちょちょいのちょいよ。
「このところ、お父様が家にいるの。静かにね?」
シウォンはムッとした表情で圧をかけた。
「分かってます。お嬢様!」
ビシッと敬礼した。
そんな俺にシウォンは表情を変えてくすくす笑う。
シウォンとは昼間会えないせいで、こんなふうに近くに感じるのは久しく感じる。毎晩訪れているのに、その穴を埋めるように一緒にいる。
今日はどんな話をしよう。
虹のかかった空の話か、それとも、新聞を読んでいたおっちゃんの周りを飛んでいた鳩の話か、それとも、少年たちがまたあの木に帽子が引っかかっていたのを取ってやった話か、どれも語りだすともう止まらない。
このところ、邸にはあのオッサン(シウォンのお父様を心の中ではオッサンを言っている)が昼夜問わず邸の中にいる。俺の警戒だろうか、でも、邸にいても顔を出すことはなく書斎にこもっているらしい。だが、用心しねぇとまた、鞭を打たれる。シウォンにまで魔の手がかかるかも。
オッサンがいるとはしゃげないのが癪だ。
「そうだねぇ、聞いて!」
シウォンの声が弾む。
「昼間、黒猫を見かけたの! それがさっきロゥドくんがやった木登りみたいによじ登って、木の上で日向ぼっこしてて、すっごい可愛いかった!」
シウォンはキラキラした目で語る。
黒猫、と聞いてどくん、と胸が急に高鳴った。高揚の高鳴りではなく緊張ぽいのが走った。黒猫を見かけただけではしゃぐシウォンを前に俺はどんな顔をしていたのだろう。シウォンが眉間にシワを寄せて顔を覗き込んできた。
「ロゥドくん……どうしたの?」
「シウォン、その、黒猫は気をつけろ」
「え?」
シウォンは傷ついた顔をした。
そりゃそうだろう。シウォンはこの話をして俺と同じリアクションを取ってほしかったに決まっている。俺も実はしたかった。だが『黒猫』だけは頬の筋肉が萎縮する。
時は16世紀。
ヨーロッパではルネサンス。コロンブスが新大陸に上陸し今じゃ大航海時代。貴族とか商人の階級制度。そして――宗教の改革。
12世紀以降から始まり、16世紀になってから盛んに行われている『魔女狩り』という大迫害。キリスト教は『魔女』と思わしき人間を必ず恥辱と残酷で苦しませる。
『魔女』といわれる人間は黒猫を飼っている人間らしい。他にも鳥と話していたりとか、占術を使っていたりとか、とにかくこの時代、町の住民たちは『魔女』を恐れてどんな場所だって監視している。どんな些細なことでも教会に告げ口する。
「黒猫だけは触るな。不吉だ」
「可愛かったのに」
ぶすっと不貞腐れる。
シウォンは知らないだろう。貴族のくせにこの邸でこもっていからだ。最近では標的は貴族にまで向かっている。もうとにかく気に食わない人間を罰し、罰し続けてる現状。
ちょうど今日もこの街の広場で魔女による処刑をやっていた。街の住民たちみんな、広場で集まって、まるで今から楽しい劇場が始まるかのような歓声があがった。
「ふぅん。外ではそんなことが……もうずっと陽の光を全身浴びていないなぁ」
知らなくていい。あれは恐ろしいものだった。
「……この話やめた。もっと面白い話しよう?」
シウォンは無意識に俺の袖を小さく掴んだ。俺もこの話は長続きしない。これよりもっと面白い話をして、朝が迎える前に邸をあとした。
その帰り道、黒猫が通りかかった。
さっきのことも、このご時世で、黒猫は本当に不気味だ。できることならハーメルンの笛吹き男のように、笛を聞きつけた猫がこの街から出ていってくれないか。そうすれば、少し穏やかになるものの。
暫くしてからこんな噂が流れた。
あの大きな邸にいる主人は倒産したらしい、と。またあるときには夜な夜な魔術を使っているとか。いやいやそんなわけないだろ。前者ならまだしも、後者は馬鹿げている。
風のうわさなど当てにはならない。無視をしとくに限る。だが、そんな覚悟をよそに俺の平静を崩す噂をおやっさんの口から聞いた。
カトリック教会、異端審問官がシウォンの邸へ入っていくのを見かけたと。
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