折々再々

ハコニワ

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最初Ⅱ

第43話 セカイ

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 大きな湖、不思議な鳥、春になると飛んでくる綿毛、季節を巡って大地に這う植物たち、雷が落ちた空でも快晴の青空が続いていること。
 シウォンはこの屋敷の範囲から一歩も出たことがない。だから外の世界をこんなにも語った。冬で大地が氷り春にかけて氷が溶け、夏は咲き誇り秋になると萎む、季節折々の話を1日、一週間かけて語り合った。


 シウォンは本当にこの屋敷の範囲から出られることはない。一度、範囲外の境界線まで行ったことある。手を繋いで。
 最初こそ喋りながら歩いてたのに、道中、その境界線が近づくにつれてシウォンの口が閉じて、終いには困惑した表情を浮かべるようになった。
「大丈夫。俺がついている!」
「うん。そうなんだけどね……やっぱりだめ」
 俺が境界線を踏み歩くとシウォンはそっぽを向いた。いきなり手を放してもと来た道を引き返す。
「は⁉ 待て待て! 俺がついてるで言ったろ、信じろよ!」
「信じてる! 信じてるよ、でも…やっぱりいざとなると怖いしなー」
 シウォンは苦笑した。いつもの全開の笑顔よりももっと苦しそうで引き攣っている。そんな顔は見たくない。無理して笑ってほしくない。

 仕方なく引き下がった。余程渡りたくないのだろう。むしろ、シウォンと渡らせるのが俺の務めとも思えてきた。シウォンにたくさんの外の世界を共有したい。


 陽気な春の季節。昼下がり。
 あの木の下で日向ぼっこをしている。気がつけば季節はめぐり、シウォンと出会ってから氷が溶けて野の花が咲き誇る季節になっている。太陽がサンサンのかわりに風はまだ冷たいので二人してくっついていることは不自然ではない。
 シウォンは屋敷から1冊の古い本を持ってきた。赤い本。
「この本知ってる?」
 悪戯っ子のように笑う。
「本なんかで食えるかよ。ウチに一冊もないぜ?」
「だと思った。私が読み聞かせするから終わったらあげる」
 いらない、と答える前にシウォンは本をめくった。陽光の下で降り注ぐその声は滑らかに耳に通って心地よい。


「『愚かな王子様』ていうタイトルなんだけどね。これ、私のお気に入りなの『昔昔の物語です。ある国に王子様がいました。その王子様は民から尊敬され老若男女から好かれていました。この国は争いもなく平和です。でもある日、国に魔女がやってきました。その魔女は美しい美貌を使って王子を誑かし、虜にさせました。その美貌に騙されたのは王子様だけじゃなく民まで狂わし、民は王子様に魔女と契約してほしいとの要求をのみ、魔女と契約をしたのです。それを見ていた神様が怒り、雨というものを奪いさってしまったのです。何ということでしょう。平和だった国に天罰が下ったのです。王子様は魔女を連れて逃げました。遠く、とおく、その間、民たちは毎日神様に祈りました。どうかもう一度この国に雨を降らせてくれと。神様は言いました。魔女と契約した王子を連れてこれば雨を降らそうと、民たちは懸命になって王子様を探し、そして、神様の元に連れ出したのです。しかし、神様を前にしても王子様は魔女を庇ったのです。骨の髄まで魔女の魔法にかかっていたので神様は殺しちゃいました。そのあと、国にようやく雨が降りました。神様からのお恵みに民は喜びあっちこっち踊ったのです。めでたしめでたし』」 


 パタンと本を閉じた。
「それ、本当に童話か? なんか残忍すぎね?」
 俺は眉をひそめた。
「うーん、騙されずに誠意あるものには誠意を込めよ、な感じの童話だよ。確かに魔女も王子様も救われなかったけど、一番悪いのは神様なんだよ」
 シウォンは本をさらにめくった。
「この話、モデルがいたんじゃないかって今噂されてるの」
 本に目をやり話を続ける。
「実はね、これを書いた作家さん、短編集があって。その話の中にこれのモデルになったんじゃないか思われる話があるの『池の中の国』ていう。聞きたい?」 
 俺は頬杖ついてる。
 正直いって童話なんて見なくても生きていけるし、明日の飯にも金にもならない無駄なものだ。だが、シウォンの顔は自分の話を聞いてくれることに生き生きとした顔をしていた。

 大きな丸い目をキラキラさせて、まるで信じて疑わない無垢な子供の眼差しを向けられてるみたいで無下にできない。かなわないな、この眼差しには。

 ふぅ、と一息ついてしぶしぶ話に乗った。シウォンは嬉しそうに顔を綻ぶ。いつもより声高に本を音読する。ざっと物語はある国の王子と姫の話し。こっちもオチが雨が降って幸せになりましたとさ、みたいな天災を祈り叶ったオチだ。
「王子様と姫様はね、すっごいラブラブだったの。喧嘩すれば王子様から姫様を迎えに行くし、なんだか……憧れるの。この二人みたいに、誰かが誰かの為に必死になって……世界に抗って」
「ふーん」
 俺はちょうど飛んできた草をパクッと口に頬張った。苦い味だ。シウォンは本をパタンと閉じて俺に差し出す。
「はい」
「さっき音読してもらったろ? いらねぇよ」
 手で払う。でも頑なにそれを差し出そうとする。頑固なんだよな。
「はぁ⁉ さっき言ったでしょ! あげるって、あげるって言ったらあげるの! もらっときなさいよ」
 シウォンの強気な態度に俺はうーだの、言い出す。言葉が濁りながらも伝える。
「俺が持っているよりおま……シウォンが持ってまた、俺に聞かせてくれたらいいんじゃねぇ、かなって、なんて」
 顔全体が真っ赤になるのを感じた。熱い。思わず顔を逸した。シウォンの顔がまともに見れない。シウォンはというと、嬉しすぎて泣いてたことを知らない。一滴の雫が無音で落ち、膝の上で飛沫した。
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