折々再々

ハコニワ

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最初Ⅱ

第42話 シウォン

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「日向ぼっこしてたらぐっすり寝てたよ」
 彼女はあはは~と笑った。
 冗談だろこの女。あんなに叫んでいたのに。ドン引きしている俺を素知らぬ顔で彼女は、顔を上げた。
「あぁあれか」
「俺が取る!」
「私が取るよ。ここから近いの私だしね」
 細くて白い腕が伸びる。
 上体を起こし、すんなりと帽子を手に。彼女は猿みたいに木から降りていった。俺はその後を追う。
「はい。もう飛ばされないようにね」
「お姉さんありがとう!」
「ありがとう! じゃあね!」
 子供たちは帽子を受け取るや走って去っていった。俺が受け取る勲章だったのに。彼女は振り返って俺をまじまじ見るとぷっ、と笑った。
「横取りしてごめんね~」
 嘲笑った。この女、いけすかねぇ。
「もういいよ、終わったことだしな。でも! もうあんな高いところで寝るのはやめろよ! 落ちたらどうなるだ」
 俺は隅においてあった自分のバックを肩に回す。彼女は一瞬寂しい表情した。
「落ちて死んでも構わないよ」
「は?」
 この女、脳みそほんとにイカれてやがる。無視だ。俺は女を無視して通り過ぎて行く際にふと、思い出した。
「お前、どこから来たんだ?」
 彼女のかっこうは白い上品そうなワンピースに、髪の毛は少し荒れてるが、ちゃんと毎日手入れしているように見える。髪留めだって高価なものだ。
 貴族、のような姿だ。
「えっと、そこの邸から」
 指差した方向はこの街の中でとてつもなく大きな屋敷。ここは街の所有権を持っている男の家だ。ということは、その娘がこいつか。雷に打たれた衝撃だ。
「お前みたいなのが貴族かよ」
 あまりのショックに本音が出た。
「失礼ね! 歴っとした貴族ですわよ~」
 ふん、とふんぞり返る。癪に障るからやめろ。まぁいいや、今日は偶々知り合っただけでもうこいつとは話さないしな。
 踵を返し、その場を離れた。


 翌日――まだ朝日が昇る前の薄暗い時間。霧が街全体を覆い隠し包み込んでいるみたい。吐く息が白い。霧に飲まれる。
 遠くの景色もまともに見れない。寒い。奥歯がガタガタなき足のつま先が感覚ないほどに寒い。風は吹いてないが肌の体温でしんみりした寒さは、今日は雪が降るな、と分かる。
 肌を突き刺すような凍てつくような寒さは毎回、雪が降るんだ。
 仕事に出勤して荷物を運んでいる最中に、大きな屋敷の窓から白い足が見えてギョッとした。幽霊なんじゃないかと思って荷物をその場で落としそうに。危ない危ない。

 恐る恐る確認してみると、窓辺に座っている。こんな寒くて街全体も見渡せない霧の中なのに窓開けて何見ているんだ。
 しかもあの屋敷、昨日の女がいた。
 誰なのかはっきり確認してみようと恐る恐る建物から建物へ飛び映る。
 やっぱりあの女だ。
 あの女、この寒い中薄着で窓辺に座ってやがる。根性とかの話じゃねぇよ。
「おーい!」
 気がかりで遠くから話しかけてみる。女は気づいてパッと手を振ってくる。
「やっほー! きゃっ!」
「うわぁ!」
 危うく落ちるところをバタバタ足を動かしてその場で留まった。俺はというと、大事に抱えてた荷物をその場で置き去りにしている。
「大変だね、ロゥドくんも」
 落ちそうになっても対して気にしてない様子で女は陽気に笑った。
「まぁな。お前こそ、こんな寒い中で風邪ひくぞ!」
「まぁお優しいこと。でも大丈夫! 二階から落ちても生きてる頑丈な体なの! それに、ここで座ってなかったらロゥドくんに会えてなかったでしょ?」
 女は窓辺にて座ったまま、はにかんだ。続けて「何してたの?」と訊く。俺は慌てた。荷物を無造作な置きっぱなしだったことに今気づいた。
「これ、運んでたんだよ」
「へぇ。何のために?」
「決まってるだろ。食っていくためだ」
 聞いておいてふーん、と興ざめた返事が返ってきて、貴族にはこっちの苦しい生活なんぞ分からないもんな、と怒りがわく。無神経なほどに笑っているのが尚更。荷物は落としたが幸い傷はついていない。腕にもう一度抱える。

 「それじゃあな」と踵を返したら、女は待ったをかけた。


「シウォン。私、シウォンていうの。よろしくね」
 

 彼女――シウォンとこうして出会った。食べる物も着る服も、価値観も身分も、人生の立っているスタートライン等全て違うのに、シウォンとはまるで生まれたときから一緒にいたように話しのうまが合う。

 高価なものより質素なものを好み、コルセットは腰が痛くなるから普段から着ていない。猿みたいに木登りが得意で、他にも貴族らしいお茶会とか踊りも苦手。本当に貴族なのか疑わしいほどだ。女とより男といるみたいでなんだか心地良い。
「なぁ知ってるか? ここより先に大きな沼があってあれ遠くで見ると綺麗だけどさ、近くで見るとすっげーくせぇの! しかも濁っているし、あれはもう死の沼だな!」
「へー! そうなんだ。遠くからだからそんなの知らなかった。ねぇ、もっと教えて! ほら、あそこの怖い蔓が伸び放題の屋敷あるでしょ? あそこ人住んでる? どんな人かな?」
「これくらい腰が曲がったじいさんが住んでたぜ? しかも伸びた蔓の中にさ、虫を飼ってやがんの! すげぇ気持ち悪かったぜ」
 へぇー、とシウォンは目をキラキラさせながら俺の話を昔話の読み聞かせのように釘付けだ。俺は運搬、配達業で見てきた世界を自慢気に語る。
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