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最初Ⅱ
第41話 出会い
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その女を最初に見つけたのは昼下がり。
「ロゥド! これ、すぐに運んでくれ!」
「はいっ!」
何枚も紙が積んであるものを一つに縛った束をバックにいれて書店を出る。まだ朝の陽も登らない時間。薄暗い霧がはってある時間帯でまだぼんやりしか景色が見えない。
薄暗くて息を吐くと白い息が煙のように出る。凍てつく氷のように寒いのに、手紙配達業を俺は六年間も続けている。
「頑張れよー!」
同僚がヒラヒラと手を振る。
同僚たちも荷物を持ち、濃ゆい霧の中へ紛れていく。ふぅ、と息を吐いて霧の中へ入っていく。首からさげた荷物が重くて上手く走れない。全部配り終えてから帰れるんだ。
敷き詰めた手紙の束は紙という重さじゃないほどだ。毎日この量を一人で配っている。届けないといけないから。
ようやく配り終えた頃には朝日が登り、霧が晴れ、様々なものに色と形が浮かんできた。家から人が出入りして人々が通行する。朝の風がふわりと揺れる。朝日が眩しくて太陽から逃げるように背を向けて事務所に帰る。
それぞれの家から美味しそうな香りが朝の匂いと混じっていく。窓から漏れる優しい声たち。楽しそうな家族の会話。どうやっても聞こえてしまう声に耳をふさぎながら帰路へ足を進めた。
「おかえりーロゥド、ほれ」
事務所に帰るとおやっさんが酒瓶を手渡してきた。
「自分はまだ早いスッよ」
「なぁに言ってんだ。もうガギじゃあるまいし。ほらほら、給料だと思え」
おやっさんは顔を赤らめてヘラヘラ笑った。
ひっく、と喉を震わせて雪崩れこむように椅子にへたり込んだ。酒臭い。朝っぱから飲んでたなこの人。いつものことだが。
おやっさんには職をつけてくれた恩があるし、拒否するのはあんまりだ。仕方なく受け取ってそこいらのオヤジに渡そう。
帰る準備を整え、事務所を出た。
酒瓶も抱えて。今日の給料はいつもより少ない。おやっさんから貰った給料袋を見下ろしてため息つく。この街から人が減少していくからなのかもしれない。そもそも手紙や筆記は高級貴族にしか買えないとても高値なもので、その貴族が年々減少していってるのがこの仕事の絶望だ。
「くそ、パン一つしか買えねぇよこれ」
給料袋に舌打ちする。
こんな安い給料じゃ、生活がもたない。もうパンは食い飽きたんだよ。
突然、子供の泣きじゃくる声が響きわたった。甲高いまだ声変わりもしてない黄色い声。飛び跳ねてびっくりした。数秒間固まる。
声のした方向を振り向くと大きな木の下で子供二人が立ち竦んでいた。少し行けば茶色の屋根の家の子とその近所だ。二人ともここから離れた場所で遊んでいる。
二人はどうするか悩んで立ち竦んで、足を止めていた。困惑している表情で木の上を見上げてる。
「どうしたんだ?」
駆け寄ると二人は上を指差した。
木の上。手を伸ばしても届きそうにない高い位置に絡まっている赤いものが見える。
「遊んでいたら風で帽子が吹き飛んだ、あれお気に入りなのに」
ぐずる子供は目に涙をためてる。
「そうか。取って来てやる!」
「いいの⁉ お兄ちゃん大好き!」
エヘヘ、子供に好きとか大好きとか言われると嬉しくなっちゃうな。普段言われない言葉だからかも。気分は高揚し、靴を脱いで木に爪を食い込ませながら登っていく。
「頑張って」
「落ちないでね」
二人は心配そうに見つめる中、俺は余裕で帽子がある枝までたどり着いた。木登りなんて得意だし、へっちゃらだ。
よし、もうすぐだ。
手が届く。もう少しいけば――。
もう一段登っていくと驚くものを発見してうわぁ、と叫んだ。もう片方の腕を放して危うく落ちそうに。子供らが心配になってウロウロしているのを見てへっちゃらだ、と答えるとホッとした様子。
子供の前では笑ってみせたが内心心臓はバクバクだ。もう一度顔を上げるそれはやっぱりいるし。すぅすぅ寝息たてて寝てやがる。
こんな高いところでよくもまあ、寝ていられるなこの女。いつからここにいたんだ。
キラキラと光る金髪は、小枝の隙間から漏れる太陽の光により鮮明に光っている。プルプルした唇に白い肌。まるで人形がそこにいるみたいだ。
いや、まて本当に人形だったりして、だってこんな高いところで寝ていられるわけないし、さっきだって叫んでも全然起きる気配もない。
でもすぅすぅ寝息をたてる控えめな呼吸音が。突いて確認してみようと手を伸ばすと女が動いた。
「あれ?」
女が起きた。
空の色した蒼い目とぱっちり合う。
このタイミングで起きたらまずいんじゃ。俺変質者確定じゃん。異端審問にかけられるじゃん。
「えっ」
「待て。俺はロゥド・リブヴェル、普段は手紙の配達業とたまに荷物の運送業もやっている。この木を登ったのは子供の帽子が風で飛んでこの木の上に引っかかっているからであって、決してあなたに危害を加えるようなことは一切しておりません」
女がわなわな口を開けたのを遮るように俺は早口で弁明した。
女は蒼い目をぱちくりさせて首を傾げた。あれ、なんだその表情。
「ふはは~、君、私襲おうとしてたの⁉」
あっけらかんと女は笑った。
人形の女が顔をしわくちゃにしながら豪快に笑った。昼下がり、君と逢えた。この出会いがもう2つの物語。
「ロゥド! これ、すぐに運んでくれ!」
「はいっ!」
何枚も紙が積んであるものを一つに縛った束をバックにいれて書店を出る。まだ朝の陽も登らない時間。薄暗い霧がはってある時間帯でまだぼんやりしか景色が見えない。
薄暗くて息を吐くと白い息が煙のように出る。凍てつく氷のように寒いのに、手紙配達業を俺は六年間も続けている。
「頑張れよー!」
同僚がヒラヒラと手を振る。
同僚たちも荷物を持ち、濃ゆい霧の中へ紛れていく。ふぅ、と息を吐いて霧の中へ入っていく。首からさげた荷物が重くて上手く走れない。全部配り終えてから帰れるんだ。
敷き詰めた手紙の束は紙という重さじゃないほどだ。毎日この量を一人で配っている。届けないといけないから。
ようやく配り終えた頃には朝日が登り、霧が晴れ、様々なものに色と形が浮かんできた。家から人が出入りして人々が通行する。朝の風がふわりと揺れる。朝日が眩しくて太陽から逃げるように背を向けて事務所に帰る。
それぞれの家から美味しそうな香りが朝の匂いと混じっていく。窓から漏れる優しい声たち。楽しそうな家族の会話。どうやっても聞こえてしまう声に耳をふさぎながら帰路へ足を進めた。
「おかえりーロゥド、ほれ」
事務所に帰るとおやっさんが酒瓶を手渡してきた。
「自分はまだ早いスッよ」
「なぁに言ってんだ。もうガギじゃあるまいし。ほらほら、給料だと思え」
おやっさんは顔を赤らめてヘラヘラ笑った。
ひっく、と喉を震わせて雪崩れこむように椅子にへたり込んだ。酒臭い。朝っぱから飲んでたなこの人。いつものことだが。
おやっさんには職をつけてくれた恩があるし、拒否するのはあんまりだ。仕方なく受け取ってそこいらのオヤジに渡そう。
帰る準備を整え、事務所を出た。
酒瓶も抱えて。今日の給料はいつもより少ない。おやっさんから貰った給料袋を見下ろしてため息つく。この街から人が減少していくからなのかもしれない。そもそも手紙や筆記は高級貴族にしか買えないとても高値なもので、その貴族が年々減少していってるのがこの仕事の絶望だ。
「くそ、パン一つしか買えねぇよこれ」
給料袋に舌打ちする。
こんな安い給料じゃ、生活がもたない。もうパンは食い飽きたんだよ。
突然、子供の泣きじゃくる声が響きわたった。甲高いまだ声変わりもしてない黄色い声。飛び跳ねてびっくりした。数秒間固まる。
声のした方向を振り向くと大きな木の下で子供二人が立ち竦んでいた。少し行けば茶色の屋根の家の子とその近所だ。二人ともここから離れた場所で遊んでいる。
二人はどうするか悩んで立ち竦んで、足を止めていた。困惑している表情で木の上を見上げてる。
「どうしたんだ?」
駆け寄ると二人は上を指差した。
木の上。手を伸ばしても届きそうにない高い位置に絡まっている赤いものが見える。
「遊んでいたら風で帽子が吹き飛んだ、あれお気に入りなのに」
ぐずる子供は目に涙をためてる。
「そうか。取って来てやる!」
「いいの⁉ お兄ちゃん大好き!」
エヘヘ、子供に好きとか大好きとか言われると嬉しくなっちゃうな。普段言われない言葉だからかも。気分は高揚し、靴を脱いで木に爪を食い込ませながら登っていく。
「頑張って」
「落ちないでね」
二人は心配そうに見つめる中、俺は余裕で帽子がある枝までたどり着いた。木登りなんて得意だし、へっちゃらだ。
よし、もうすぐだ。
手が届く。もう少しいけば――。
もう一段登っていくと驚くものを発見してうわぁ、と叫んだ。もう片方の腕を放して危うく落ちそうに。子供らが心配になってウロウロしているのを見てへっちゃらだ、と答えるとホッとした様子。
子供の前では笑ってみせたが内心心臓はバクバクだ。もう一度顔を上げるそれはやっぱりいるし。すぅすぅ寝息たてて寝てやがる。
こんな高いところでよくもまあ、寝ていられるなこの女。いつからここにいたんだ。
キラキラと光る金髪は、小枝の隙間から漏れる太陽の光により鮮明に光っている。プルプルした唇に白い肌。まるで人形がそこにいるみたいだ。
いや、まて本当に人形だったりして、だってこんな高いところで寝ていられるわけないし、さっきだって叫んでも全然起きる気配もない。
でもすぅすぅ寝息をたてる控えめな呼吸音が。突いて確認してみようと手を伸ばすと女が動いた。
「あれ?」
女が起きた。
空の色した蒼い目とぱっちり合う。
このタイミングで起きたらまずいんじゃ。俺変質者確定じゃん。異端審問にかけられるじゃん。
「えっ」
「待て。俺はロゥド・リブヴェル、普段は手紙の配達業とたまに荷物の運送業もやっている。この木を登ったのは子供の帽子が風で飛んでこの木の上に引っかかっているからであって、決してあなたに危害を加えるようなことは一切しておりません」
女がわなわな口を開けたのを遮るように俺は早口で弁明した。
女は蒼い目をぱちくりさせて首を傾げた。あれ、なんだその表情。
「ふはは~、君、私襲おうとしてたの⁉」
あっけらかんと女は笑った。
人形の女が顔をしわくちゃにしながら豪快に笑った。昼下がり、君と逢えた。この出会いがもう2つの物語。
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