折々再々

ハコニワ

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最初Ⅰ

第39話 普通の生活

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 故郷を出てあれから1ヶ月がたった。
 宿を転々と続けるとお金の底がつくと気づいた俺たちはこの街を出て、もっと閑静な2人ぼっちでいられる場所へもう一度旅し、辿り着いた。
 一面花畑。
 野の花が咲き、ピンクや赤など綺麗な花が咲き誇る場所に一軒の木造住宅を見つけた。戸を叩くと誰もいない。空き家だ。蜘蛛の巣が天井から壁までびっしり貼ってあり、プンとカビ臭い臭いがして窓を開けようとするも鉄が腐って開けれなかった。
 虫たちの住処といって過言ではない空き家を開拓するのは苦労したが、一面の花に囲まれた素敵な場所で姫と一緒にいられるのなら、作業時間もそうそう苦ではない。
「姫、隣いいか?」
 日向ぼっこしている姫の隣に座る。
「ええ。温かいですよ」
 姫はふふふと笑う。
 今日の陽は格段に温かいな。隣に寄り添い花畑を見つめる。どんなに見渡しても綺麗な景色だ。
「俺の言い出したことに、不服を立てているか?」
「何を今更。あなたにずっとついていきます」
 2人ぼっちの時間は甘くてずっとこのまま続けばいいのに、と永遠を願う。

 姫の愛おしい瞼に手を寄せる。
 最初慣れない環境下で苦労して目にクマを作っていた。だが今は薄れているが綺麗な顔にまだ残っている。
「苦労をかけたな」
「王子もでしょう」
 姫はその手を取って床に伏せる。
 手と手が合う。お互いの体温を感じて、世界で二人ぼっちにいるみたい。
 最初のころは苦労した。寝るところも、食べることも、着る服も全て使用人が用意してくれてた。でも一歩外に出ればそんな面倒を見てくれる人間はいなくなった。しかも、自分たちは恵まれた環境で育てられていた。
 寝るところも食べるものも、着る服も全て使用人たちが管理していて歩かされている道だって、
 それがあまりにも家畜のようだと知ったときは絶望した。

 風が心地良い。青空から囁いてくるような優しい風。肌にしっとり靡く風に2人は揺られながら目をつぶる。
「フミはどうしているだろうか?」
 ふと呟いたそれは今の今まで置いてきたものを語らなかった自分たちは、夢のような世界から一変、ピシャリと現実に戻された。
 呟いたのは俺だった。
 この一言は今の今まで言わなかった。敢えて。それは、置いてきたものから目をそらし外の世界をいつまでも堪能したかったからだ。
 でもそうはいくまい。だって考えずにはいられなかったからだ。


 自分たちのために置いてきたものは姫を除くたくさんのものだ。国民、家族、それ等を置いて自分たちはここにいる。神様から受けた使命も今となれば、天罰も下さらない。
 いったい今まで使命とやらに従順だったのを返してほしい。
「きっと大丈夫ですよ」
 姫は同じようにポツリと呟いた。


 一面野の花が咲き誇る場所。この場所へ着いてから姫以外と交流していない。もっと様々な景色を見たほうがいいのかもしれないが、それには自分たちの知っている常識がキャパオーバーし、パニックになる。様々な人々との交流よりも二人で一緒に見る光景のほうを優先させた。
「王子、ご覧になって」
 姫が指差したのは二匹の蝶が一輪の花にヒラヒラ舞っていた。

 色の違う二匹の蝶が一輪の花の周りにヒラヒラと戯れてまるで、自分たちのようだ。花の蜜を吸うわけもなくただただ、二匹は相手を確かめるように接触したり離れたり。
 風が冷たくなった。
 心地良い風が急に態度を変えるように一変する。
「日が傾いてきたな。中に入ろう」
「ええ」
 日が傾くのは早い。山に囲まれた場所でかつ、夜になると辺りには光もない。人な住んでいない場所は二人きりにはうってつけなのだが、問題は静寂が包まる夜がやってくる、ということ。
 幼い頃から夜は蛇が夜な夜な徘徊し、人を喰らうと言い伝えられていた。故に国を出ても夜が恐ろしい。
「今晩はシチューにしてみました」
「姫の手料理か、旨そうだ」
「唯一習った一品です」
 鍋の美味しい香りが室内を包んでいた。
 腹の虫がぐるぐる鳴るほど美味しい匂い。姫はふふふと笑った。握っていた手と違う反対の手は傷だらけをかばう姿は健気。
「ありがとう」
「食事のことでお礼を言われる程ではありませんわ」
 さ、食事にしましょう。
 小さな机にガタガタなる椅子。
 二人分の温かいシチューを飲む。夜の冷たい風が隙間からヒューヒュー吹いてくる。
「今夜は冷えるな」
「季節の変わり身ですからね」
 ガタガタと揺れる窓。割れるんじゃないかとビクビクする。姫と同じ布団の中に入ると温もりを感じて温かい。ひだまりのようだ。

 すぅ、と深い眠りに落ちていく。窓が揺れる音も風の音も今となっては耳障りじゃなくなった。むしろもう、慣れてる。

 あの頃の生活と打って変わってひもじい生活。それでも不思議と不幸だと思わなかった。この生活がいつまでも続くと思っていた矢先――その永遠はずっと続かないのだと突然壊される。深夜、寝静まっている時間、この闇に染まった世界で、突然、ガンと扉が荒く壊された。

 大きな音に飛び跳ねて起き上がり、侵入してきた奴らに見下される。太陽国の兵士たち。
 たった1ヶ月の姫との生活はこうして終焉を迎えたが同時に自身に降り注ぐ刃がこれから続くのだと。
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