折々再々

ハコニワ

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最初Ⅰ

第37話 逃亡

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 国に帰れば役立たず、と石を投げられる。民からの信頼も信用もなくなった。追い打ちをかけるように食料がなくなり争いあって餓死していく。
 そっと姫は寄り添ってくれた。
 だが、心は晴れない。
 あんなに頑張ったのに得たものは無で失ったもの大に等しい。こんなのあんまりだ。
「王子、わたくしがついています」
 そっと赤子のように抱きしめてくれた。その背に手を回す。
「姫の故郷はあの川の向こうなのだろう?」 
「えぇ。とても美しい国です」
「……姫よ、怒らないで聞いてくれるか?」
 姫の頭をなで次に髪の毛に触れ、頬に手を添える。姫は体を離し俺とを目を合わせる。  
「この国を出よう」
「はい?」
「大空を飛んでいる鳥を見て考えたんだ。どうして我々は縛られているのかと。誰が支配しているのか、誰が俺たちを『太陽』と『月』にさせたのか分からない。その上、姫は『太陽』と『月』と言われて何か役目を持たされているか?」
「ありません」
「そうだろう。勝手に決められたんだ。役目も何もないのならこんな所で縛られ続けるのはウンザリだ」
「お待ちください。突拍子もない考えでよく思考が追いつけません」
 姫は切れ長の目を細めて待ったをかけた。姫の瞳は動揺して瞬きを数回も繰り返している。
「確かに。我々には役目も役割もないですが、民はどうするのです。このまま飢え死にしろと?」
「飢えないさ。城にある食料があるから。きっと状況を見て配るさ」
「なおさら! あなたがいなくては困るのでは?」
 姫は困惑していた。
 真面目な彼女は〝逃げる〟という選択肢は人生においてない。現にこの国に逃げもせずに来たのだから。俺は首元に顔をうずめた。
「一時でもいい。姫と2人で縛られない世界を見たい、だめか?」
 情けないほど弱々しい声。
 姫の暖かな体温、花の香りが鼻孔をくすぐりまるで、幼き頃、眠れないとぐずった俺のために母が一緒の寝床で俺を抱いてくれたこと。そのとき幸せで胸がいっぱいで心地良く眠れた。そんな母の腕の中みたいで心地良い。
「……分かりました」
 姫は意を決した。
 だめか? と子供のように甘えてきては無下にできない。普段は威厳を保ったままの彼が2人きりになると誰も知らない1面を見せてくれることに少しの優越感に浸る。
「でも何処へ?」
「姫がいた国に行ってみたい、てのは流石に無理だし、南に行こう」
 南の、誰も知らない場所へ。


 神話では蛇は闇の中彷徨い獲物をかっさらう。女、子供、老人、老若男女関係なしに闇の中に引きずり込む。蛇は恐ろしい。その蛇が唯一苦手なものがある。太陽だ。
 太陽が雲の隙間から差し込み蛇の体をボロボロにさせたという。夜間動くのは禁物。
 太陽がある今の時間この城を出れば大丈夫。誰かに見つかると即アウトだ。荷物はない。身一つのみ。城を出る前にフミと話したい。
「フミ、いるか?」 
 扉を叩くとすぐに向かいの扉が二回ほど叩く。
「姫もここにいる」
 ガチャリと扉が開いた。その隙間からフミが覗く。ニコリと笑顔を見せる。姫に対しても警戒心もなく本当の姉のように接してる。
「フミ、最後に顔を見たかった。これから俺と姫はこの国を出る。知らない場所へ行くんだ」
 告白するとフミは暫く口をぽっかり開けてそれから微笑んだ。
「分かりました。王子と姫君の意向を背く事など私の立場にはありません。お二人とも、どうかお元気で」
 割とアッサリと受け入れてくれた。
 フミのほうがよっぽど狭い場所にいるのに、自由に動けまわる俺たちがこの国を出るのはフミと話す前から罪悪感があった。
 姫はありがとう、とフミを抱きしめる。姫の背中に手を回す。
 そしてフミは姫の手を取って幸せに満ちた顔。
「私はこの中でしか動けなかった身。お二人はそんな私に自由と親友を与えてくれました。だから私はお二人の意向を絶対何があっても応援します。ちょっぴり寂しいけども、でも、私は一人じゃないから」
 フミとの別れは罪悪感を背負うものではなく、フミが背中を押してくれたことで、罪悪感も消え去り、俺たちは城を出た。


 ジィジには姫と散策すると言って、ラクダを一匹共にした。最後嘘をつくのは気が引けるが、フミが押してくれた力に俺たちは振り返らずにこの国を出た。

 広大な砂漠の地、植物も動物もいない。暑い風が襲う。向かい風だ。フードやスカーフを被っているとはいえ服の隙間から微量の砂が入ってきてやはり痛い。あのとき程の砂嵐ではないが今日も今日とで風が強い。
 幸い快晴の空ではない。雲がかかった空色で太陽は表に出ていない。肌に突き刺さる光も暑さもないのが不幸中の幸いなのだろう。
 くるりと振り向いた。風を遮るように俺にしがみついて離れない姫は全身覆うフードを着用してて顔の判別はつかない。
「姫、大丈夫だ」
 強風のせいで至近距離でも言葉がかき消される。それでも姫は聞こえたのだろう。返事をする代わりにぎゅ、と腰に掴んでいる手をさらに強めた。そのいじらしさにきゅん、と胸が高鳴る。

 2人きりの旅が始まる。南へとひたすら。






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