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最初Ⅰ
第25話 夜
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月の者たちがこの街に降りてきて夜がやってきた。「太陽国なのに流石に闇に勝れないのか」と月の者たちが驚愕する。そんなの当たり前だ。
生まれてこの方、朝になれば夜になるしその繰り返しで闇は当たり前に来るものだ、そんな認識だ。
我が国自慢のコックがつくってくれたディナーを食す。後ろに執事やメイドたちが控え、机を二個分離した距離で姫と一緒に食べる。離れているとウズウズする。落ち着かない。
「お口に合わなかったのですか?」
コックが心配に顔色をうがかう。
「いや、そんなことはない。美味しい」
心配させた。いけない、人がいる手前では王子としての威厳を保たなくては。ちらりと姫をみれば、淡々と食していた。
なんだか、俺だけが必死になって焦がれているようで落胆する。はぁと聞こえないようにため息ついてスプーンの手を早める。
離れていると顔がよく見えない。彼女は笑いはするけど表情は乏しい。口に合わないか、楽しくないか、顔をはっきり見たい。言ってほしいが彼女は他人の感情に敏感で繊細なため、こちらが害をなす言葉を発言しないだろう。特にこれといった会話なしで食事が終える。フィナーレに差し掛かったとき、ある考えがよぎる。この晩餐が終わったらすぐに別々にさせるだろう。最初は押し出される形で二人きりにさせたくせに。姫と話がしたい。くっつきたい。温もりを知った人のように恋しい。
そして、ディナーが終わり姫が立ち去ろうとしたときを狙った。姫の腕を掴み耳元で囁いた。
「今夜そっちに行く」
腕を離して俺は先に自室に戻った。姫の顔は見ていない。赤らんだ顔をしていたのを目にすればよかった。
時間が過ぎ……更に闇が濃ゆくなる。
風も冷たくなり静寂な空間。昼間の暖かさが嘘のようだ。カタン、と物音がした。夜になると警備が厳重になる。だがそれは外の話しで中は薄い。普段出歩く理由もないので外の世界を見たのは生まれて初めてだ。
「姫、待ったか⁉」
「お声が大きいですわ」
姫は呆れながらも微笑んだ。
誰も来ない、誰も知らないこの時間帯、姫と一緒にいられなかった時間を埋めるようにして夜になると独占する。月の光を頼りに部屋に侵入。
「男の人が夜分遅くに来るのは初めてです」
姫は眉尻を下げた。俺は途端に恥ずかしくなった。結婚もしていない若い女の部屋に行くなんてしかも夜だ。夜這いに来た、と宣言しているようなものだ。
「姫っ、勘違いしないでほしい! おれは別に邪な気持ちでいるわけじゃない。少しでも一緒にいたいからであって、本当に夜這いとかでは」
「声が大きいです。静かになさい」
ピシャリと言われて口をキュと結んだ。姫は淡々と俺を受け入れた。本当に逆だな。俺は子供みたいに焦って勝手に気分が舞い上がってでも姫は静かで大人しい。まるで水のように水平なお方だ。部屋に入り、誰もいないのを確認してソッと扉を閉める。真っ暗な室内で心臓の鼓動だけが聞こえる。
「わたしはあなたが夜這いにきたならそのまま受け入れます。その為に来たのですから」
姫はしっかりと当たり前のように平然と言ったのを心のどこかで胸がチクリと痛んだ。
「姫、俺は姫のことを乱暴に扱ったりしない。姫のこと傷つけたくない、俺は暴虐な人間ではないことを姫もちゃんと見ていてほしい」
俺はきっぱりと言うと姫は目を丸くした。
暗闇で目が慣れている。いつも無表情に近い姫の表情筋が少し戸惑ったように見えたのは気のせいか。
ベランダで二人きり。
明るい昼間と違い夜になると景色がガラリと変わる。街並みを見下ろしてあこそに灯りがあるとか、指差して笑い合う。街の向こうにある塩辛い海というもの話とか。あぁ、やっぱり姫といるとドキドキするが離れているとそわそわして落ち着かない。でもこうして話をして一緒の空間に馴染むとすぅ、と肩の荷が降りていく。
「あっちは灯りがありませんね」
姫が指差す。
「そこはお年寄りが住んでいる地域だ。もう寝ているのだろう」
「そうですか。太陽国でも闇はあるんですね」
「君の家臣も同じようなこと言ってたな」
闇はいつだって来る。どんな景色も色さえも飲み込みどっぷりと闇に溶け込む。灯りがないとその闇にすべてを飲み込まれそうだ。姫は闇が怖いのか蝋燭一本立てた蝋を用意していた。おかげで顔だけははっきり見える。
「でも夜になれば月があるじゃないか」
俺は空に浮かぶ白銀の月を指差した。今宵は十日夜だ。月の形がほぼ満月と成り代わろうとしている。
「太陽が昇れば俺が、夜になれば君が現れる。だから夜もそれほど怖くない」
「あなた、そんなこと言えるのね」
呆れたように少し照れたように目をそらした。
「照れてるのか?」
俺は顔を覗いた。だっていつも冷静沈着で表情筋を動かさないから珍しいこと。
「あまり見ないでください」
姫はぱっと手で顔を覆う。
かわいい。
抱きしめたい。
だが結婚もしていないし、まだそれ程知り合った仲でもない男女がいきなり。そうだここは堪えろ。
「さっきの、太陽と月についてなんですが……」
姫は恥ずかしそうに子声で呟いた。静寂な夜の空間だからこそ聞こえる、弱々しい姫らしくない声に思わず固唾を飲んで見守る。
「それだと、わたしたちは一つ、ですね」
紅色の顔をさせながら上目遣いで見上げる。その視線の先にいた俺は心臓が一瞬止まった。姫も俺ももじもじして何も語れなかった。
今夜の夜は長い。夜は深くふかく落ちていき光はまだ顔を出さない。
生まれてこの方、朝になれば夜になるしその繰り返しで闇は当たり前に来るものだ、そんな認識だ。
我が国自慢のコックがつくってくれたディナーを食す。後ろに執事やメイドたちが控え、机を二個分離した距離で姫と一緒に食べる。離れているとウズウズする。落ち着かない。
「お口に合わなかったのですか?」
コックが心配に顔色をうがかう。
「いや、そんなことはない。美味しい」
心配させた。いけない、人がいる手前では王子としての威厳を保たなくては。ちらりと姫をみれば、淡々と食していた。
なんだか、俺だけが必死になって焦がれているようで落胆する。はぁと聞こえないようにため息ついてスプーンの手を早める。
離れていると顔がよく見えない。彼女は笑いはするけど表情は乏しい。口に合わないか、楽しくないか、顔をはっきり見たい。言ってほしいが彼女は他人の感情に敏感で繊細なため、こちらが害をなす言葉を発言しないだろう。特にこれといった会話なしで食事が終える。フィナーレに差し掛かったとき、ある考えがよぎる。この晩餐が終わったらすぐに別々にさせるだろう。最初は押し出される形で二人きりにさせたくせに。姫と話がしたい。くっつきたい。温もりを知った人のように恋しい。
そして、ディナーが終わり姫が立ち去ろうとしたときを狙った。姫の腕を掴み耳元で囁いた。
「今夜そっちに行く」
腕を離して俺は先に自室に戻った。姫の顔は見ていない。赤らんだ顔をしていたのを目にすればよかった。
時間が過ぎ……更に闇が濃ゆくなる。
風も冷たくなり静寂な空間。昼間の暖かさが嘘のようだ。カタン、と物音がした。夜になると警備が厳重になる。だがそれは外の話しで中は薄い。普段出歩く理由もないので外の世界を見たのは生まれて初めてだ。
「姫、待ったか⁉」
「お声が大きいですわ」
姫は呆れながらも微笑んだ。
誰も来ない、誰も知らないこの時間帯、姫と一緒にいられなかった時間を埋めるようにして夜になると独占する。月の光を頼りに部屋に侵入。
「男の人が夜分遅くに来るのは初めてです」
姫は眉尻を下げた。俺は途端に恥ずかしくなった。結婚もしていない若い女の部屋に行くなんてしかも夜だ。夜這いに来た、と宣言しているようなものだ。
「姫っ、勘違いしないでほしい! おれは別に邪な気持ちでいるわけじゃない。少しでも一緒にいたいからであって、本当に夜這いとかでは」
「声が大きいです。静かになさい」
ピシャリと言われて口をキュと結んだ。姫は淡々と俺を受け入れた。本当に逆だな。俺は子供みたいに焦って勝手に気分が舞い上がってでも姫は静かで大人しい。まるで水のように水平なお方だ。部屋に入り、誰もいないのを確認してソッと扉を閉める。真っ暗な室内で心臓の鼓動だけが聞こえる。
「わたしはあなたが夜這いにきたならそのまま受け入れます。その為に来たのですから」
姫はしっかりと当たり前のように平然と言ったのを心のどこかで胸がチクリと痛んだ。
「姫、俺は姫のことを乱暴に扱ったりしない。姫のこと傷つけたくない、俺は暴虐な人間ではないことを姫もちゃんと見ていてほしい」
俺はきっぱりと言うと姫は目を丸くした。
暗闇で目が慣れている。いつも無表情に近い姫の表情筋が少し戸惑ったように見えたのは気のせいか。
ベランダで二人きり。
明るい昼間と違い夜になると景色がガラリと変わる。街並みを見下ろしてあこそに灯りがあるとか、指差して笑い合う。街の向こうにある塩辛い海というもの話とか。あぁ、やっぱり姫といるとドキドキするが離れているとそわそわして落ち着かない。でもこうして話をして一緒の空間に馴染むとすぅ、と肩の荷が降りていく。
「あっちは灯りがありませんね」
姫が指差す。
「そこはお年寄りが住んでいる地域だ。もう寝ているのだろう」
「そうですか。太陽国でも闇はあるんですね」
「君の家臣も同じようなこと言ってたな」
闇はいつだって来る。どんな景色も色さえも飲み込みどっぷりと闇に溶け込む。灯りがないとその闇にすべてを飲み込まれそうだ。姫は闇が怖いのか蝋燭一本立てた蝋を用意していた。おかげで顔だけははっきり見える。
「でも夜になれば月があるじゃないか」
俺は空に浮かぶ白銀の月を指差した。今宵は十日夜だ。月の形がほぼ満月と成り代わろうとしている。
「太陽が昇れば俺が、夜になれば君が現れる。だから夜もそれほど怖くない」
「あなた、そんなこと言えるのね」
呆れたように少し照れたように目をそらした。
「照れてるのか?」
俺は顔を覗いた。だっていつも冷静沈着で表情筋を動かさないから珍しいこと。
「あまり見ないでください」
姫はぱっと手で顔を覆う。
かわいい。
抱きしめたい。
だが結婚もしていないし、まだそれ程知り合った仲でもない男女がいきなり。そうだここは堪えろ。
「さっきの、太陽と月についてなんですが……」
姫は恥ずかしそうに子声で呟いた。静寂な夜の空間だからこそ聞こえる、弱々しい姫らしくない声に思わず固唾を飲んで見守る。
「それだと、わたしたちは一つ、ですね」
紅色の顔をさせながら上目遣いで見上げる。その視線の先にいた俺は心臓が一瞬止まった。姫も俺ももじもじして何も語れなかった。
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