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九章 侵略者と未来人

第89話 捜索

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 宇宙人のあとを追って繁華街にやってきたがその姿はない。
「アイス、ここは?」
『ここは商店街といって、人々が暮らしのために買い物をする場所。三十世紀後半まであったが徐々に数が減ってきて今はない設備場所』
 アイスは淡々と言った。
 アイスの姿や声は周りの人には見えないし聞こえない。なので鹿室だけポツンと広い商店街にいる。 

 賑やかな声。人々が密集し、笑いあっている。見たことない物を売っている。照明の明かりがキラキラしている。ここは過去なのに未来では見たことない景色がそこに広がっていた。目に映るすべてのものが真新しく新鮮で、心が踊らずにはいられない。

 ふと誰かに話しかけられた。全身から甘い香りがする。とても懐かしい香りだ。
「お嬢ちゃん、見ない顔だね。一人かい?」
「ちょっとあんた、怖がってるじゃない!」
「その制服見たことないね。遠くから来たのかい?」  
「え、あ、う、あの……」
 いつしか人が群がってきた。通りすがりの人たちからの視線を当てがる。みんな、子供のように無邪気に目を輝かせ、興味の目をしている。

 何も喋らない鹿室に、次第に人々の関心は薄れ、パン屋のおじさんが困ったように頭の後ろをかいた。
「困ったね。何も喋らない」
「あんたが怖い顔しているからよ」
 おばさんがキツめに言ったがそうじゃない。大勢の前で喋ることが苦手なのだ。そもそも人前が苦手だ。いきなり知らない人たちに囲まれてメンタル的にしんどい。

 心臓が走ってもいないのに、バクバクいって息が乱れている。変な汗かいている。アイスは横にいるけど、誰も見えていないから誰も助けてくれない。心細い。
「おじさん、それ、俺の連れ」
 おじさんが困っていると救世主が現れた。声のした方向を振り向くとそこにいたのは、宇宙人を飼っている男。名前は確か――。
「おや、一樹くんの連れだったのかい。助かった」
「うちの旦那がごめんね」
「いえいえ」
 一樹という男はペコペコして、寄ってきた。エコバッグを手に持っている。ニコニコしている表情がなんとなく違和感を感じた。この男の笑っている姿を初めて見たからだ。
 おじさんは去っていき、男が僕の顔をまじまじ見た。
「こんなところで何してたんだ」
「う、宇宙人を探しに」
 男は少し考えて
「ここにいないと思うぞ」
 とそっけなく答えて背を向けた。  
 置いていくのかと思いきや、そこでじっと待っている。あとを追うと、歩き出した。離れてない、けど近くもない一定の距離を保って歩いている。男の買い物に付いて歩く。
「どうして、宇宙人を飼っている。あれは、世界の、未来の敵だ」 
「敵なんかじゃねぇよ。鹿室も、よく見ていれば、敵じゃないことが分かってくるはずだ」
 静かにポツリと言った。
 周りが騒がしいだけにその声は、虚しくかき消される。 男が思うことも、信じることも、何もかも信じられない。

 靴屋に入ってしばらくしたら、出てきた。サンダルを足の前に置く。
「裸足じゃ痛いだろ。たく、どいつもこいつも、どうして裸足で外を歩くんだ」
 小言をぶつぶつ言っている。確かに足の裏は擦り切れて痛かった。しぶしぶ履く。

 歩きだしてふと、小さな店に立ち寄った。車の形に似ているけども、ちょっと違う車で、食べ物を売りつけている。しかも、作るところを見せるかのように窓があいている。
 そこから良い香りが漂う。もし空腹だったなら、誘惑に負けそうな香ばしい香り。
「車から火が出てるぞ!」
「慌てんな。大丈夫だから」
 モクモクと白い湯気が窓から出てくる。慌てて男の服にしがみついていることに気がついたのは、アイスに指摘されてから。
 何かの生地を黒い鉄板に流し込みくるくるとかき混ぜている。この時代にきてから、慌てすきだ。
 店主がたった今作ったものを差し出した。
「それはなんだ?」
「たこ焼きだ」
「たこ……ヤキ?」
 頭の中では、あの海に住んでいる赤い生物が浮かんだ。そしてそれを、焼く。男は湯気が立ち込めるたこ焼きを持って、首をかしげていた。
「まさか、未来ではたこ焼きがないのか?」
「知らない。食料は全部配給制だ」
 男はほぉ、と呆けた返事を返した。
 いつも渡されるものは、味気のないものでそれでも食べないと動けないから、仕方なく腹の中にしまっているだけ。ほんとに美味しいと感じたのは、一生で初めて味覚を味わった瞬間は、この時代にきてこの男が作ったものだ。
 食ってみろ、と言わんばかりに爪楊枝を渡してくる。しぶしぶ受け取って丸い生地にトスと刺した。
「熱いからふーふーしろよ」
「子供扱いするな」
 湯気がでて、いかにも熱いてことはわかる。
 ふーふーと息を吹き込む。


 パクと一口で頬張る。途端、口の中がカッと熱くなった。火傷したように痛い。
「あつあつ!」
「だから言ったろ。ほれ」
 お茶を渡された。咳き込む僕を見てふっと優しく笑う。お茶を受け取って、ガブガブ飲み干す。一lのペットボトル。さっき赤い自動販売機で買ったばかりの。
「美味しいだろ?」
 何故かドヤ顔で訊かれた。
「……美味しい、て答えれば嬉しいのか?」
 ぶっきらぼうに答えた。
 中々素直になれない。どう答えればいいのか分からないからだ。ちらりと隣をみると、男は美味しそうに食べていた。口をはくはくさせて、たこ焼きを頬張る。


 こっちがどれだけ不安になっていても、お構いなし。こちらもたこ焼きを食べることだけに集中した。
『たこ焼き、三十世紀まで実在していたが、後半から殆ど実用する店舗が減っていき、50世紀の日本ではたったの三店舗しかない』
 アイスが間に入ってきた。
 アイスの目の色がピンクに点滅している。ピンクは大好物のアイスを食べているとき、あるいは幸せだと感じる瞬間だ。何を持ってそんな感情を抱いているのか、疑問だし不愉快だ。
「ほぉ。やっぱお前かしこいな」
 男がアイスを褒めた。
 アイスは褒められて目の色が韓紅色からくれないいろに変化した。好物の前しか見たことない瞬間だ。褒められて鼻の下伸ばしやがる。僕だって、褒めたことあるのに。


 僕はアイスを横目で睨みつけてやった。
「ふん。そりゃそうだ。アイスは天才発明化が造ったものだからな。この時代のメカと規模が違う」
『天才天才!』
「確かに技術だけは上回ってるかもな」 
 たこ焼きを食べ終わると、少し一服した。椅子に座って、ただボーとなんでもない時間を過ごしているだけ。
 話すことはない。男のほうも未来について、聞き出そうとしない。本来だったら、未来では何が起きているとかもっと詳しく聞くはずなのに、関心がないように、この事例に足を踏み込まない。 

 風が穏やかに吹いた。ざぁ、と木々がざわめき踊っている。焦げ臭い臭いはしない。死臭もしない。ここは香ばしい香りが充満している。目を閉じると、活気あふれる声が響きわたって感じたことのない想いが溢れてきそう。
「さて、と」 
 と一服したらおもむろに立ち上がった。目を開き、男のほうを振り向くと目が合った。
「俺は買い物を続ける。鹿室、このあと何もないだろ? ちょっと付き合え。あと、てめぇの食べたいものを知りたいからな」
 買い出しのお手伝い。
 昔すごい昔、小さかったころ、母親と買い物をした記憶がふと、脳裏に浮かんだ。繋いだ手。指先で感じる母の体温。笑い会う声。幸せだったあの瞬間がたったひとつの爆弾でバラバラに壊された。
「――む――かな――鹿室っ!」
 意識がはっ、と目覚めた。
 恐る恐る見上げると、不安な表情で男はこちらを見下ろしていた。アイスも心配そうに目の色を青くさせていた。

 意識がぼんやりしていた。昔の記憶を思い出していたからだ。あんな記憶、嫌な記憶だ。ズキと頭が痛んだ。頭を抑えると男は首をかしげた。
「頭痛いのか? もうちょい休むか」
「いい、配慮するな」
 ゆっくり立ち上がった。嫌な記憶を思い出したせいで、ズキズキ痛む。ふと、首筋を触ってみると自分でもびっくりするほど冷たく、小さな汗玉が浮かんでいた。
『心拍数上昇、動悸が乱れている。冷や汗で体内の温度は低く、今すぐ温めないと死に至る』
「死っ!?」
「大袈裟に捉えないで。元の時代で設定してるせいで、体内に変化が起きると死に至ることが多い。ほら、この通りピンピンしている」
 腕を振り回した。
 元気な素振りをみせる。男は心配した表情から、少し戸惑いをみせた。腕が伸びてきた。目の前に大きな手を差し伸べる。困惑して眉をひそめると、男はこれはまた優しい顔で
「今日は帰るか。買いたいものは割と買えたし。体調が良くないやつを連れ回すのも気分に乗らないしな」
 差し出した手はまるで、ダンスを踊る前の男が女に差し出すような手のひらだ。カッとなって手を叩いた。
「僕は男だ!」
「ああ、そういえばそうだったな。スカート穿いているせいで、つい」
 ふん、とそっぽをむいて男の横を通り過ぎた。
「僕の好物、知りたいんだろ? だったら付いてこい。買い物は終わってないぞ」 
 そっけなくそう言うと、男はくすりと笑った。僕の横を通り過ぎて商店街を歩いていく。広く大きな背中。
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