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八章 侵略者と再会

第81話 らしいこと

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 昨日はコスモたちと春らしいことをやり遂げた。季節らしいことを今までやってこなかった分、夏も秋も冬も、季節を味わうようなことをやってみたい、そんな感情が湧いた。

 昨日は食べた量が多かったせいか、晩御飯め食べずにベットに潜り込んだ。そのまま昼まで眠っている。
「いーわね~。朝寝坊できる子は」
 スターはしげしげと言った。
「全くだわ」
 ダスクがお茶を飲んだ。
 ここは相原家。スターとダスクは相変わらず朝早く遊びにきている。にも関わらずコスモはぐうすか寝息をたてて寝ている。気持ちよさそうに寝ているので、俺もスターたちも起こせない。
 
「平和ね」
 ダスクが穏やかに言った。
「戦争もないしね」
 スターが頬杖ついて、机の上に広げた菓子を食べた。コスモが起きていないせいか、部屋の中はやけに静かだった。菓子を食べる咀嚼音だけがする。暇だ。俺は暇じゃないけど。
 勉強をしていると、スターが鼻で笑ってきた。
「なんだよ」
 俺はムッとして訊いた。
「別にぃ」
 スターはニヤニヤ笑っている。不気味で気味が悪い。スターが不気味に笑っていると、ろくなことはない。
「なんだよっ」
 再び訊いてみた。
「麻美より簡単なテキストで悩んでいるなぁ、と思って。それでほんとに〝大学〟なんかに行けるの?」
 スターはニヤニヤ笑ってきた。勉強机の上に広げているテキストを見下ろして、ふっと笑う。
「悪かったな。委員長と違って、俺はここから近い大学に行くんだよ」
「へぇ。それじやあ別離にならないのね」 
 ダスクが間に入ってきた。
 ダスクの飼い主の金城先輩は県外の大学に行っている。昨日と一昨日と今日だけは実家に帰ってきている。明日になれば、都会に帰っていく。

 ダスクは顔に出さないだけで、もしかしたら都会に行ってしまう寂しさもあるのかも。
「確かにひとり暮らしには憧れるが、コスモが帰ってくるところに俺もいる。だから、心配すんな」
「え? どういうこと? 心配もしてないし、それじゃあコスモ全然一人立ちできないじゃない。さっさと都会行けよ」
「お前は俺に対する扱いが雑じゃないか? それじゃあコスモが寂しくなるだろ!」
「コスモはあたしたちがいるから、寂しくありません! さっさと都会行ってこの家占拠したいの!」
 どうやら、寂しいという感情は持っていないらしい。随分強かな女だ。スターは元の位置に戻って菓子を食べている。こっちもこっちで強かな女だな。
「わたしは麻美と別れるのは嫌だな。コスモも寂しいよ」
 スターがぽつりと呟いた。
 菓子をちびちび食べている。ダスクは眉間にシワを寄せた。寂しいといった感情を持っていない女にとって、その感情は理解不能。ましてや、それが地球人に向けているのはありえない。
「麻美は今、頑張っている。夢に向かって。人間は儚いけど儚いからこそ、美しく有りたいの。その夢に向かっている人間の姿は星みたいに、太陽みたいに綺麗なの」
 スターは遠くの景色を目を細めて見上げる。委員長は夢に向かって頑張っている。そんなの知っている。学校では、毎日朝から放課後まで勉強しているのを、見ている。


 叔父さんと話したときから、迷いが生じていた。委員長は夢に向かって頑張っている。なのに、俺は夢というのが分からない。親から言われて大学に入るつもり。
 結局、大学に行って何をしたいのか分からない。
「迷いがあるなら引き返せばいい。道は決して一つじゃない」
 ダスクが呟いた。
 ダスクは呟くとすぐに元の位置に戻って、何事もなかったかのように菓子を食べる。
「つーか、こんな騒いでよく起きないわね」
 スターがしげしげ言った。

 寝ているコスモの頬をちょん、と突く。それでも起きない。幸せそうに寝ている。くすりと笑った。
「コスモは起きてこないようだし、今日は解散しようかな」
 すっと立ち上がると扉に向かった。
「そーね。解散解散」
 ダスクもすっと立ち上がった。
 コスモがいないと、すぐにお開きだな。俺も立ち上がった。
「そうか。一階にお菓子あるから、持って帰ってくれ」
「気が利くじゃなーい」
 スターはドカドカ音をたてて一階へと降りていく。犬猫たちがびっくりして、ワンワンと喚き散らす。 


 この騒動でも起きやしない。死んでるのを疑う。ダスクはスターと静かに一階に降りると、菓子を受け取らずそのまま帰った。
「珍しいじゃない。目の前にある食べ物はすぐに食べないいけないサバンナのルールがあるんじゃないの?」
 スターがニヤニヤ笑った。
 お菓子袋を腕いっぱいに持っている。ダスクは鼻で笑ってみせた。
「帰ったら、この前取ったサバンナのコオロギたちが待っているの。菓子もいいけど、ほとほどにね」
「あんたこそほとほどにしなさいよ。コオロギなんて美味しくないし、食べたくないし、見た目グロいし、どうやったら食べようて思うわけ?」
 ダスクはるんるんと帰っていく。スターも「コスモによろしく」と伝言して帰っていった。

 再び二階にあがると、コスモが起きていた。
「よぉ。随分ねぼすけだな。スターとダスクなら来てたけど帰ったぞ」
 そう告げるとコスモは目をこすってまだ眠そうな目を向けてきた。
「まだ昼?」
「もう昼だ」
 寝惚けた顔でハテナマークが浮かんでいる。時計を見上げて少しずつ、理解していってる様子。 

 起きたら昼でもう夕方に近い。そんでもって、スターとダスクもいない。そして目が覚めて覚醒したときの第一発生は
「ご飯」
 だった。
 まあコスモらしいな。寝ていた分、その間の時間を埋めるようにしてお菓子やら、賞味期限切れのものを食べていく。流石うちの残飯処理。

 ふと、コスモが思い出したかのように食べている手を止めた。
「千枝ちゃんのお弁当箱」
「あぁ、もう洗ったよ。俺が渡しておくから大丈夫」
「私も返す」 
 コスモが自分から乗り上げてきた。初めてじゃないか。自分で食べたものを返そうと思う律儀さが生まれている。洗ったものをバックにいれて、千枝ちゃんに連絡した。弁当箱を返す、と。


 でも中々返事は返ってこない。既読無視にもならないから、ほんとに用事として忙しいのだろう。そういえば、千枝ちゃんも同じ高校三年生。進路はどうなっているか、お花見のときは聞けなかったな。周りにガーディアン機関がいて、一言も会話できなかった。

 渡すときに進路はどうなのか、聞いてみよう。ようやくラインの返事が返ってきた。返ってきた返事は淡々で、彼女らしい。

【いつもの場所で待っている】

 メッセージを見て、ふっと笑ってしまった。一人で笑っている俺を見て、コスモが首を傾げている。
「千枝ちゃんはいつもの場所にいる」
「いつもの、場所?」
 いつもの場所で伝わった。千枝ちゃんは今、姉の刹那と一緒か。コスモは二年後から刹那の様子を見ていないはずだ。

 今から刹那に会いにいく、と告げたら喜んだ。黄昏時の電車に乗る。すれ違う人々は仕事を終えたサラリーマンたち。電車の中でうたた寝ている人が殆どだ。以前は心地よく思わなかったけど、今改めて考えると大変なんだな、て思い改める。

 ダスクが言った。道は一つじゃない、と。確かにそうかもしれない。このときすでに、大学希望から就職希望に心変わりしていた。まだ春だ。進路について悩んで迷って蹲ってもいい。進路は険しい道のり。どう歩くか自分自身か。

 電車を降りて、刹那の家の前の和菓子店にたどり着いた。コスモは猫バージョン。
「やおー! 弟くん!」
 割と近くにいるのに、ぶんぶんと手を振る刹那。
「元気そうだな」
 店に入ってその手とハイタッチ。刹那はニンマリ笑った。
「主も変わらずよのぉ。お姉ちゃんに会いたかったのかな?」
 刹那の視線をたどると、刹那と向かい合わせに座るようにして対面席にいるのは千枝ちゃん。

 姉妹揃って同じ桜餅を頼んでいる。
「あぁ、まあ……」  
 お姉ちゃんじゃないけど。寧ろ同級生だし。店の外でコスモはまっている。外から興味津々な視線が刺さってくる。刹那の様子に目が釘付けだな。それとも、店に並んでいる和菓子に夢中なのか。

 千枝ちゃんと目があった。店の外と刹那の顔を見張る。コスモがいることに気がついているようだ。そうと分かって早く退散しないとな。刹那のために。
 俺は早速弁当箱を返した。
「こす、あいつが美味しかったて」
「そうか」
 弁当箱を受け取った千枝ちゃんは満足げに笑った。俺たちのやり取りを見て、刹那は頬袋を膨らませた。
「姉弟仲良いのは認めるけど、あたし置いてけぼりはだーめ!」
 俺たちの間を引き裂いた。
 プクと膨らませた頬袋がリスみたい。入れないコスモのために桜餅を二個買った。刹那から「彼女?」とからかわれたがそんなのいない。
 
 ついでに刹那の進路について聞いてみると、意外なことに真面目な返答が返ってきた。
「あたしは世界機関に入ろうかなぁて。ほら、世界中の子供たちを助ける機関で、あたしそんな子共たち、ほっとけないから。今は英語頑張ってるんだ! 英検もとってるんだよ!」
 スマホを目の前に見せてきた。映っているのは英検の賞。スマホで撮ったものだ。
「太陽は変わらない……」
 千枝ちゃんがぽつりと呟いた。でもその声は刹那の声でかき消される。
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