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六章 侵略者と荒地 

第67話 帰れる

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 第一段階を成功して、コスモたちは地球に降りることに。一日だけの休暇。たったの一日だけど、コスモたちは大いに喜んだ。休暇を貰ったのが初めてだからと、会いたい人がそこにいるからだ。
「分かっておりますね? 帰って来る頃にはもう……」
 ギャラクシーが目尻をさげた。
「分かっているわよ。そんときゃ、しっかり勤めればいいんでしょ!」
 スターがふんぞり返った。
「ありがと。自分たちの星がこれから荒れるのに、休暇貰って」
 ダスクが困ったように目を伏せた。ギャラクシーは微笑する。
「いいのですよ。きっと、サターン様ならそうするはずですから」
 コスモたちを乗せた宇宙船が上空に上がっていき、やがて広大で漆黒の宇宙の中に泳いでいた。 
 これから地球に戻るとなると、コスモとスターが一気にテンションを爆上げした。ギャラクシーがそばにいたせいか、爆上げの仕方が幼稚。

 ようやく羽目を外すときが。絨毯の上をゴロゴロと転がったり、おやつを食べたり、ギャラクシーの前でできなかったことを思う存分やる。操縦席にいたダスクが何度もスピードアップを試し、僅か五分で地球に到着。着陸地点は当然――。

§


 雷鳴が落ちたような大きな音が家中に響きわたった。
「何!? 地震!?」
 姉貴が頭上を見上げて、手にしていたコップを慌てて机の上に置いた。お袋も親父も音のした頭上を見上げる。
 動物たちがキャンキャン鳴き出した。この頃は宇宙人がいなくて、だいぶ落ち着いていてゆっくり昼寝なり、なんなりしていた。
 これはデジャヴを感じる。
 オービットとかいう可愛くない後輩の宇宙人とそっくりな登場の仕方だ。

 何事かとお袋と親父が二階にあがるのを、静止して俺は二階に駆け上がった。頭の中で、何度もあいつらの顔がよぎった。約束したまま帰ってこないあいつの顔が、頭から離れられない。もしかしたら、この上にいるのかもしれない。

 息を切らして二階にあがると、俺の部屋が滅茶苦茶だった。宇宙船が部屋を突き抜け廊下に出ている。そこにあるのは、土星の形をした宇宙船。そして、見えるのは無残になった俺の部屋。窓硝子が割れ、タンスや部屋にあったものが廊下に出ている。

 宇宙船の扉が開く音がした。そこからひょっこり顔を出したのは、待ち望んでいた三匹だった。
「一樹!」
 コスモがとてて、と駆け寄ってきた。俺の体に体当たりでもするかのように胸に飛んできて顔を押し付ける。すり寄ってくる様はほんとに猫のよう。
「よっ! 元気してたか」
 スターがニコニコと上機嫌に近づいてきた。足元に散乱したものを躱して。
「あちゃ~壊しちゃった」
 操縦席から降りて、散乱した廊下を見渡す。烏からの伝達を聞いて早三日。然程日にちは経っていない。たったの三日だ。なのに、どうして懐かしいと感じるのか。

 相変わらず馬鹿な面して帰ってきた。
「てめぇらも、随分派手な登場だな」
 その声に怒が含まれていない。自分でも分かった。
「派手上等!」
「ちょっとミスったわ」
 スターはこちらに拳をかがけ、操縦を間違えたダスクは宇宙船をすぐに懐にしまう。胸にずっと顔を埋めていたコスモがゆっくり顔をあげた。
「ただいまだよ」
「あぁ、おかえり」
 必ず言いたかった言葉をお互い口にした。

 散らかしたものはスターとダスクが片付け、何事もなかったかのようにまた宇宙人が相原家に。
「でも、一日の猶予しかないの」
 スターが唇を尖らせて言った。
 地球にいるのはたったの一日。ギャラクシーと約束した。そして、戦争を誰が終わらせたのかの経緯も全て知った。

 自分たちの星がこれから荒れるのに、こうして戻ってきてくれたことだけで、嬉しいと思える。
「はっ! こうしちゃいられない!」
 スターがおもむろに立ち上がった。部屋が綺麗になって、俺の部屋でゆっくり雑談していた頃だ。
「猶予があるんだから、好きなことパッパとやらないと!」
 スターは飼い主のもとに帰っていく。俺は「委員長なら元気だし、今日も学校来たぞ」と教えるとスターはニカッと笑った。「わたしが治したんだから、当たり前でしょ」とね。

 スターがいなくなったあと、ダスクも金城家に戻ると。金城生徒会長に伝えたい伝言があるから。
「最後だし、最後の晩餐でもしてもらおっかな」
 ゆるゆると立ち上がった。最後と聞いて、耳を疑う。
「最後、て……」
 オウム返しに聞き返すと、ダスクは当たり前でしょ、みたいな表情で胸の下に腕を組んだ。
「だって、新たな王になると方針が変わるでしょ。あたしたちが侵略者のまま続行するわけないし。だからこれが最後。地球の景色を見るのも、これが最後」
 ダスクは悲しい表情で窓の外の景色を眺めた。そして、くるりと踵を返し相原家から出ていく。

 ダスクの最後に放った言葉が、頭の中でガンガン響いて、まとわりついている。ようやく会えたのに、これが最後。胸がズキンと痛む。
 コスモは寝ていた。疲れたいたのか、肩に頭を置いて寝息をたてている。俺も動けない。

 ダスクの言葉を整理すると、あの日常が今日ここまでなんだ。がっくりと脱力したものがめばえた。コスモも見たいテレビとかゲームとか食べたいおやつとかあるかもしれない。たった一日なのだ。好きなことを好きなようさせたい。
 でも起こすのは無難だな。でも好きなようさせたい。そんな思考がぐるぐると回っているとコスモが起きた。
「あ、起こしたか?」
「んぅ……」
 コスモは目をパチパチさせて、体を起こした。急に体が冷たくなる。起きたコスモは大きな欠伸をかいた。
「スターとダスクは?」
「自分家に帰った」
 コスモは肩を落とした。起きたら仲間がいないと不安で仕方ないもんな。
「あいつらは自分の好きなことをやりに行った。コスモは? 自分の好きなことを好きなようにやってみろ」
 コスモはキョトンとした。
 目を丸くする。ゆっくり戻した。首をうなだれ、考えている。コスモなら真っ先に「お菓子食べたい」て言うはずなのに。違った。今しかできない好きなことをやれ、て言われると悩むタイプか。
 暫く間を置いてコスモが顔をあげた。考えがまとまった顔だ。
「もう出来た」
「は?」
 コスモのやりたいことはやり遂げた、と言っている。この数分で何かしていたのか考えると寝ていたくらい。コスモの好きなことは寝ることだったのか。そんなに寝ることが好きだったのか。

 俺が疑いの目をかけていると、コスモは俺の考えを見抜き、否定した。
「地球に帰ったこと、好きなことはもう出来た」
「え? それって……」  
 コスモの好きなことは地球に戻ること。これ以外ない。俺はびっくりして口をあんぐり。コスモて、こんな子だったか。食欲旺盛で貪欲かと思っていた。
 ここに来てキャラ変えとか。出来るのか。コスモは俺の考えを見抜き、ジト目で睨んできた。俺は笑ってごまかした。もう誤魔化せないけど。
「それじゃあ、コスモの好きなことは終わったわけだし、あとは俺の好きなようにやっていいよな?」
 おもむろに立ち上がった。コスモは立ち上がった俺を見て、首を傾げる。俺は微笑した。何をするのか分からないと見上げるその表情。
 一階に降りてもらうと、姉貴もお袋たちも既に眠っていた。大騒音を出したあとなのによく眠れるな、我ながら家族として尊敬する。

 ペットたちがコスモの気配をいち早く察知して、物陰に隠れる猫もいる。ようやく宇宙人たちに懐いた老犬がコスモにすり寄って、クゥーンと、寂しかったと語るように鳴いた。
 コスモはその老犬を撫でた。老犬はペロと赤い舌を出す。

 一階に降りたら、台所に向かった。
「何するの?」
 コスモが老犬を胸に抱えて、凝視してくる。台所に立った俺は冷蔵庫の中を開けて、コスモの好きなものを作ろうと思う。
「何でこんな時間帯に?」
「こんな時間帯に帰ってきたやつが言うことか」
 コスモの好きな食べ物はいっぱいある。和風や洋風、それを混じり合ったものとか。どうしてこれをやりたかったのか、自分でも疑問だが、いつも腹をすかすコスモの腹を満たすのが好きなことになった。
 コスモがいなくなった、この三日。消化してくれる存在がいなくなったせいで、この頃退屈していた。

 台所で料理をしている俺の隣に、コスモがよって来た。何を作るのか、じっと見ている。今回作るのは和風パスタだ。パスタは簡単だから、すぐにコスモにもやれる。
 作っている最中、コスモはダラダラヨダレをたらしていた。ヨダレが入らないように、コスモを注意をしても中々厨房から出ていてくれない。

 香ばしい香りを引き連れて、ペットたちも群がってく。しっと人差し指に唇を翳すと、ペットたちはおとなしくお座りして待った。ペットたちを見て、コスモも椅子に座っておとなしく待つ。

 コスモのそばに老犬が寄って、手のひらをペロペロと舐めた。まるで、慰めているよう。
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