うちのペットはもしかしたら地球を侵略するかもしれない。

ハコニワ

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五章 侵略者と戦争 

第62話 守り

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 微かに音が聞こえた。
 遠くの彼方から何かが聞こえてきた。音が近づいてくるたびに、足元が揺れた。ゴゴゴ、と大きな地鳴りがした。
 遠くの彼方から、土煙が舞っている。空に届くほど舞っている。まるで壁みたい。
「何かが近づいて来る?」  
 目を凝らしてじっと見ていると、次第に分かってきた。黒い影が近づいてくる。それも、大地の地平線にずっと伸びている。

 黒い影の正体はべスリジア星の軍隊。
 微かに聞こえた音は、軍隊たちの士気が高まった声。
「こっち来るぞ!?」
「とりあえずここから逃げるわよ!」
 ダスクが懐に仕舞っていた宇宙船のニモコンを押した。ニモコンを押すと、着陸ポイントに置いてた船が空を渡って、俺たちの頭上に降りてきた。


 委員長の治癒は終わった。スターが委員長を抱え、ガーディアン機関も宇宙人たちの船に乗った。

 全員が乗ると、宇宙船は勝手に動き、安全な場所まで浮遊する。
「どうするの?」
 コスモがやけに真面目な表情でダスクに聞いた。ダスクは顎に手を置き考えこむ。
「……分からない。こんなこと、初めて」
 ダスクも戸惑っていた。
 この後どうするか、ダスクと白夜は話し合っている。二人とも焦った表情。ベットで横たわる委員長は、静かに寝ている。死んでいるかのように動かない。
「生きてる?」
「生きてるわよ」
 ムッとした表情でスターが睨み付けた。

 出血の量が酷くて、戻すのに時間がかかったのと、撃たれた体のショックが残っているから、暫くは目を覚まさないと。
「一樹」
 コスモが背後から声をかけてきた。振り返ると、真っ直ぐな視線と合った。
「一樹は降りたほうがいい。こっから先は、足手まとい」
 はっきりと言われた言葉。
 コスモなりに心配してくれている。そして考え抜いて決断したこと。それは、俺も分かっていた。こうなると、人間の俺は邪魔だ。特別に訓練されたガーディアン機関でもない、ただの一般人が出来ることなんて、何一つない。

 真っ直ぐ俺を見つめるその瞳が、余計に痛かった。委員長と一緒に地球に降りることに。ガーディアン機関が乗ってきた船を借りる。ガーディアン機関が乗ってきた船は、もうすでに敵国に破壊されていた。

 天井がぺちゃんこになっていて、壁がボコボコになっている。特に酷いのが一部分、黒く燃えて、中身が溶けている。中を覗くと、銃弾のあとが。機械や壁が穴だらけ。すん、と香る焦げくさい臭いが充満している。
「操縦席を狙って撃ったのだろう」
 千枝ちゃんが冷たく言った。

 宇宙船に乗るためにわざわざ降りてきたのに、何も収穫なしとは。しかもそれ以上に酷い現実を晒してくる。ため息は幸せが逃げる、て言うけど今回ばかりはつきたくもなくる。
 ため息を吐いてがっかりしていると、千枝ちゃんが操縦席に降りた。
 穴だらけの操縦席に座り、黒くドロドロに溶けた機械を素手で触る。
「見事に損傷している」
「見れば分かるでしょ。千枝ちゃん、早くコスモたちの宇宙船に乗ろう。ここにいると、見つかる」
「慌てるな。全部が損傷しているとは限らない。少し試したい」
 千枝ちゃんの目が、怪しく光っていた。まるで、おもちゃを見つけた子供のような表情。無邪気に目が光っていた。

 何か策があるのだろう。
 千枝ちゃんを信じて、俺はじっと経緯を見守っていた。千枝ちゃんの白い指先が黒く変色した、機械を弄っていく。
 操縦席にあるあらゆるスイッチやレバーを何度も押して、ガチャガチャしている。その表情は真剣だった。

 操縦席は、銃弾の焦げくさい臭いが充満している。なおかつ、外の温度と焼けた後なので燃えるように暑い。

 白い髪の毛が雨に濡れたようにぺちゃんこになり、水滴が滴り落ちている。汗で濡れる顔を腕で何度も拭いていた。俺は千枝ちゃんにハンカチを渡す。
「もう少し?」
「たぶん……できた!」
 あるスイッチを作動すると、ウィィン、と低い音が船内に。真っ暗闇だった操縦席にパッと明るい光が灯る。

 千枝ちゃんは穴から這い上がり、俺に顔を向けた。
「これで地球に行ける。信じて良かったでしょ?」
 自信に満ち溢れた表情。その目は、燃えるように熱く、激情に揺れていた。

 船内は酷くボコボコになり、変形していた。元は広い船内だったのが原型を留めていない。白い壁や白い床が黒く変色し、焦げ臭い臭いが漂って、鼻が曲がりそう。
 俺は委員長を抱えて、船内に。コスモたちの船内にあったベットまで持っていき、そこに横にさせる。死んでいるかのようにぐったりしている。
「バイバイ」
 コスモが手を振った。
 潔く別れようとしている。感情を抑制した表情だけど、目が伏せている。寂しいという感情が丸みえなんだよ。
 俺はコスモの体を抱きしめた。
「生きて帰れよ。スターもダスクもみんなも、生きて帰ってこい。俺が待っている場所は、お前の、お前たちの帰る場所だ。そんでもってみんなのこと、守ってほしい」 
 コスモの目が大きく見開いた。
「みんなと帰ってこい。だから、思う存分暴れろ」
 固く閉じていた腕を俺の体にゆっくり回した。胸に顔を埋め掠れた声で「うん」と言う。回した体が途轍もなく小さい。お互い頭を沈めるように抱き合っている。


 体を離れ、小指を重ねた。約束の印。
 スターとダスクも、千枝ちゃんたちも一緒に帰ってこい。そんな約束を静かに交わす。


 白夜に操縦の仕方を教えてもらい、試しに起動スイッチを押してみた。すると、押した途端宇宙船が宙に浮いて、びゅんと上空に飛んでいく。
 船内がガタガタ揺れる。宇宙船がいきなり動いたから、変形してたところがさらにボコボコになった。
 変な所押してしまったのか、と説明書とボタンを交互に見ていると、やがて落ち着いた。

 宇宙船はすでに、漆黒がどこまでも続く宇宙を泳いでいた。点々と星が広がっている。地球までの道のりは、もう船に事前に着陸ポイントしているので、案外操縦席にいなくても、やっていける。
 あるポイントに達したら、移動ボタンを押せと言われたぐらい。
「これか」
 足元にある赤い大きなスイッチ。
 こんなところにあると「なにかありますよ」みたいな雰囲気が漂って仕方ない。


 べスリジア星の軍隊がおよそ二千にして、こちらの勢力は宇宙人三匹に、ガーディアン機関が五人。勢力として蟻の軍隊との戦いだ。遠く離れたべスリジア星を眺め、コスモと最後に交した約束を、まるでさっきのように思い出しては緊張を和らげる。


 すると、奥の部屋から声が聞こえた。
 委員長がゆるゆる上体を起こす。
「まだ起きないほうがいい」
「一樹くん……」 
 撃たれたお腹を抱えて、起き上がる上体を支えた。体に痛みはない。でも撃たれたショックで、ついそこに手を伸ばしている。
 ずっと寝ていた委員長にこれまでの経緯を話した。委員長は終始暗い表情。まず第一声はこれだった。
「ごめんなさい」
 俺はキョトンと目を丸くした。
 委員長はずっと俯いて、手元を見下ろしていた。その表情は読み取れない。ポツリポツリ、委員長はあの時のことを詳しく教えてくれた。
「あの子にまず近づいたのは、私なの。一人でウロウロしていたから、ここは危ないよ、て言うつもりで……たぶんそれでびっくりしたんだろうね。こんなことになって、本当に、ごめんなさい」
 委員長の背中をポンポンと撫でた。委員長は抑えていた感情を爆発し、涙を流した。漏れ出す声が震えている。涙腺が崩壊したように、目から大粒な雫が夥しく流れている。

 泣き止むまで、背中を撫でることしかできない。すると、操縦席からピーと甲高い音が鳴った。あるポイントに達したサインだ。
 操縦席に向かうと、足元にある赤いボタンがチカチカ点滅していた。ふと、このボタンに見覚えがあるな。このボタン、宇宙人の船でも見たことある。スピードアップのボタンとそっくりだ。

 チカチカ点滅しながら、甲高い音がなり続けている。これは踏むまでなり続けるつもりだ。スピードアップは激しい目眩と吐き気があるから、自分からしたくない。

 でも。委員長のほうに振り返った。顔面しわくちゃになるまで泣き続け、疲れ果てている。ぐったり横になって、こちらに背を向けている。
 委員長の体調がすこぶる悪い。今このタイミングでスピードアップなんかしたら、もっと悪化するだろうな。そもそも、このボタンがスピードアップなのかさえ、分からない。

 音はけたましく鳴り響く。早く押せ、と急かしているみたいだ。結局押してしまった。何処かに捕まってて、体を伏せているが一項に何も起きない。

 船内はガタガタ揺れていない。むしろ、安定している。宇宙船の窓から覗く景色が、光に包まれていた。光の一筋が腕に当たって、温もりを感じる。
 俺は恐る恐る窓に足を運び、光が射す外を眺めた。

 目の前の光景を疑った。
 白い小石が太陽の光を浴びてキラキラしている。青く澄み切った青空が美しい。ここは地球だ。一気に地球に帰ってきたのだ。
 宇宙船がプシューと湯気をあげて、扉が開いた。出迎えてくれたのは、ガーディアン機関の土岐という男。 
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