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弐 探偵事務所の仕事
第10話 雪香の恋➀
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1人の大きなため息によって事態が一変する。そのため息は休日の昼間、妖怪探偵事務所内に響いた。
「どうしたんですか?」
気になって訊く。
そのため息の主は雪香さんだ。雪香さんは首マッサージをつけながら顔を天井に向け死んだ顔をしていた。目は赤く腫れて白い肌が赤い。今にでも溶けて消えてしまいそう。
「それがねー聞いてよぉ」
雪香さんはわんわん泣き出した。
昼さがり、女性の泣き声が探偵事務所の外まで響いたという。訳を聞くと失恋したらしい。あんなに泣き喚いていたのだから余程ショックなことが身に起きたのだろうと心配したわたしたちは肩が一気にがっくりした。その反応を見て雪香さんはまた声を上げる。
「こっちは1日中ぐちゃぐちゃに泣いてるのにほら! 顔酷いでしょ⁉ そんな冷たくあしらわないで! 構ってっ‼」
「失恋如きで」
才次くんがやれやれとヘッドフォンを耳に。雪香さんがカッと目を見開き、瞬きする間もなく才次くんのヘッドフォンがパキパキに凍った。
「冷たっ!」
ヘッドフォンが床に落ち、カラカラと転がっていく。氷の中に閉じ込められたままのヘッドフォンは傷一つついていない。
「人がこんなに傷心中だっていうのにガキんちょは配慮もしないのか」
聞いたこともない低音で空気が冷える。言葉通り、雪香さんが氷を出現させただけで部屋が凍えるほど寒い。
「雪香さん、詳しい話はわたしが聞きますから」
わたしは宥めるように駆け寄ると雪香さんはゆるゆる顔を上げ、ぱぁと花が咲いたように笑う。
「ええ! 乙子ちゃんがいて助かったわ!」
雪香さんはわたしの肩を押し、ソファーの上へ座らせた。その風貌から先程の怒りはもうない。良かった。才次くんは凍ったヘッドフォンを手に持ち雪香さんと同等のため息をつく。
ソファーに一緒に腰掛け、雪香さんはめそめそ泣き出した。
「毎日お弁当を作ったり、遅刻しないように起こしてあげたり、ラインだって速攻で返したし彼のためにこんなに尽くしたのにどうして別れるの⁉」
「雪香さん落ち着いてください。あの、蒸し返すようですが、まず別れ言葉はなんですか?」
「うぅ、『重いから別れてくれ』よ酷いわー‼」
雪香さんは表情をコロコロ変えていく。端にいた探偵と才次くんが揃って「重い」と呟いたのは聞き流す。
「雪香さん、大丈夫ですよ。雪香さんは美人だしスタイルいいし重い女だって受け入れてくれる男性はいますきっと!」
「本当?」
目をうるうるさせながら聞いてくるのでわたしは相手にまじないをかけるように「はいきっと!」と堂々と言う。雪香さんは霰を降り注ぎながらヒシっとわたしに抱きつく。
「ひぇ! 寒い!」
「才次、今すぐ暖房つけろ!」
お面や椅子や小物に白い雪が積りに積もって暖房なんて結晶が入って暖房が入らない。そのリモコンがガチガチに凍っているせいもある。
暫くしてから氷を溶かし部屋を綺麗にした。部屋を綺麗にしてやっと落ち着いたと思ったら雪香さんは、スマホを見て何故か慌てた。
「どこ行くんですか?」なんて聞ける暇もなくサッサと出ていった。部屋に残ったのは虚無感と部屋を暖かくさせるために押し入れに隠してあったものをわざわざ引っ張り出して持ってきたストーブの音。
「あれは男だな」
探偵が生真面目な顔で言った。
「あははそんな冗談な。さっき別れ話で泣いてた人がもう新しい恋人なんて」
そんなの人間わざじゃない。人間じゃないけど。早く吹っ切れてほしいと思っているが少なくとも挫折してまだ折れている心でいてほしい。たった二秒で新しい恋に出逢えるならわたしだってそうしたい。
「男だね」
探偵と同じようにはっきりとした口調で才次くんも。
「二人して」
わたしは情けなさでため息ついた。
「雪香くんの恋路は侵入不可だ。たとえこの神である我が未来を見ても予言しても危険な橋を渡る女なのだ」
探偵は「あぁ、なんて愚かな」と嘆いて天を仰いでいる。無視しとこ。才次くんは温かい布団に包まってソファーの上でゴロゴロしていた。
「振られたらまた新しい男漁る、あの人、いつもそう」
二人はまるで見てきたかのような物言いだ。わたしは納得いかなくて「それじゃあ尾行してみましょう」と提案。二人して呆れ顔で「やめとけ」と静止。だがわたしにはどうしても気になることがあるのだ。さっきは挫折して心を折れていてほしいとも思っていたが今はそんなことより、雪香さんの新しい恋人が気になる。だってあの美人と付き合う人どんな妖なんだろうと興奮と期待が収まらない。
「愚かな三下は底辺にまで下がる」
探偵は煙管に火をつけて吸おうとした。だがわたしがその煙管を奪いさった。
「危険な橋にも色々あるんです。雪香さんがもし暴走族の男の人と付き合ったら大変じゃないですか。身内が止めるべきですよ。さぁ行きましょう! 探偵らしく尾行です!」
わたしは探偵の煙管を持ったまま部屋を出た。探偵は怪訝な顔して「ただ尾行がしたいだけだろ」といつになく冷静なツッコミ。煙管を奪われたから後ろをついてくる。才次くんは尾行という大きな目的に必要不可欠なので引っ張ってでも連れ回した。
才次くんに匂いを嗅いで雪香さんの元へ。
「なんだか探偵らしいですね」
「才次を変態扱いさせる気だろ」
才次くんには無理やり雪香さんのキツイ香水を鼻に押し当てたことを才次くん本人よりも探偵が気にしている。そのことに感づいたのか才次くんは尻尾をフリフリさせながら尾行を続ける。行き着いた先は若者の街――渋谷。
「待ち合わせでしょうかね」
「ボーイフレンドが若者なのだろう。あいつ、人をロリコンだとか誘拐犯だとか叫ぶのに自分のこと棚にあげるじゃないか」
探偵は眉間にシワを寄せた。才次くんは人の多さと臭いと音に気分が悪くなりそこのベンチで横になった。
才次くんの側に1人残して1人は雪香さんは探す役割提案したのだがそうすると必然的に探偵が残りわたしが探す。まぁ、わたしが言い出したことだしここは、一人で渋谷を回ろう。
「待て」
探偵が呼び止めた。
一歩踏み出したわたしの腕を掴んで引っ張り戻す。
「なんですか?」
「孤独は狭いだろうと思ってな影分身を作る」
ベンチの側には木陰があり、その木陰がユラユラ揺れて探偵の足元に伸びてきた。足元からニュルニュルとナニかが生まれて立体化していく。それは、探偵の姿だった。
「どうしたんですか?」
気になって訊く。
そのため息の主は雪香さんだ。雪香さんは首マッサージをつけながら顔を天井に向け死んだ顔をしていた。目は赤く腫れて白い肌が赤い。今にでも溶けて消えてしまいそう。
「それがねー聞いてよぉ」
雪香さんはわんわん泣き出した。
昼さがり、女性の泣き声が探偵事務所の外まで響いたという。訳を聞くと失恋したらしい。あんなに泣き喚いていたのだから余程ショックなことが身に起きたのだろうと心配したわたしたちは肩が一気にがっくりした。その反応を見て雪香さんはまた声を上げる。
「こっちは1日中ぐちゃぐちゃに泣いてるのにほら! 顔酷いでしょ⁉ そんな冷たくあしらわないで! 構ってっ‼」
「失恋如きで」
才次くんがやれやれとヘッドフォンを耳に。雪香さんがカッと目を見開き、瞬きする間もなく才次くんのヘッドフォンがパキパキに凍った。
「冷たっ!」
ヘッドフォンが床に落ち、カラカラと転がっていく。氷の中に閉じ込められたままのヘッドフォンは傷一つついていない。
「人がこんなに傷心中だっていうのにガキんちょは配慮もしないのか」
聞いたこともない低音で空気が冷える。言葉通り、雪香さんが氷を出現させただけで部屋が凍えるほど寒い。
「雪香さん、詳しい話はわたしが聞きますから」
わたしは宥めるように駆け寄ると雪香さんはゆるゆる顔を上げ、ぱぁと花が咲いたように笑う。
「ええ! 乙子ちゃんがいて助かったわ!」
雪香さんはわたしの肩を押し、ソファーの上へ座らせた。その風貌から先程の怒りはもうない。良かった。才次くんは凍ったヘッドフォンを手に持ち雪香さんと同等のため息をつく。
ソファーに一緒に腰掛け、雪香さんはめそめそ泣き出した。
「毎日お弁当を作ったり、遅刻しないように起こしてあげたり、ラインだって速攻で返したし彼のためにこんなに尽くしたのにどうして別れるの⁉」
「雪香さん落ち着いてください。あの、蒸し返すようですが、まず別れ言葉はなんですか?」
「うぅ、『重いから別れてくれ』よ酷いわー‼」
雪香さんは表情をコロコロ変えていく。端にいた探偵と才次くんが揃って「重い」と呟いたのは聞き流す。
「雪香さん、大丈夫ですよ。雪香さんは美人だしスタイルいいし重い女だって受け入れてくれる男性はいますきっと!」
「本当?」
目をうるうるさせながら聞いてくるのでわたしは相手にまじないをかけるように「はいきっと!」と堂々と言う。雪香さんは霰を降り注ぎながらヒシっとわたしに抱きつく。
「ひぇ! 寒い!」
「才次、今すぐ暖房つけろ!」
お面や椅子や小物に白い雪が積りに積もって暖房なんて結晶が入って暖房が入らない。そのリモコンがガチガチに凍っているせいもある。
暫くしてから氷を溶かし部屋を綺麗にした。部屋を綺麗にしてやっと落ち着いたと思ったら雪香さんは、スマホを見て何故か慌てた。
「どこ行くんですか?」なんて聞ける暇もなくサッサと出ていった。部屋に残ったのは虚無感と部屋を暖かくさせるために押し入れに隠してあったものをわざわざ引っ張り出して持ってきたストーブの音。
「あれは男だな」
探偵が生真面目な顔で言った。
「あははそんな冗談な。さっき別れ話で泣いてた人がもう新しい恋人なんて」
そんなの人間わざじゃない。人間じゃないけど。早く吹っ切れてほしいと思っているが少なくとも挫折してまだ折れている心でいてほしい。たった二秒で新しい恋に出逢えるならわたしだってそうしたい。
「男だね」
探偵と同じようにはっきりとした口調で才次くんも。
「二人して」
わたしは情けなさでため息ついた。
「雪香くんの恋路は侵入不可だ。たとえこの神である我が未来を見ても予言しても危険な橋を渡る女なのだ」
探偵は「あぁ、なんて愚かな」と嘆いて天を仰いでいる。無視しとこ。才次くんは温かい布団に包まってソファーの上でゴロゴロしていた。
「振られたらまた新しい男漁る、あの人、いつもそう」
二人はまるで見てきたかのような物言いだ。わたしは納得いかなくて「それじゃあ尾行してみましょう」と提案。二人して呆れ顔で「やめとけ」と静止。だがわたしにはどうしても気になることがあるのだ。さっきは挫折して心を折れていてほしいとも思っていたが今はそんなことより、雪香さんの新しい恋人が気になる。だってあの美人と付き合う人どんな妖なんだろうと興奮と期待が収まらない。
「愚かな三下は底辺にまで下がる」
探偵は煙管に火をつけて吸おうとした。だがわたしがその煙管を奪いさった。
「危険な橋にも色々あるんです。雪香さんがもし暴走族の男の人と付き合ったら大変じゃないですか。身内が止めるべきですよ。さぁ行きましょう! 探偵らしく尾行です!」
わたしは探偵の煙管を持ったまま部屋を出た。探偵は怪訝な顔して「ただ尾行がしたいだけだろ」といつになく冷静なツッコミ。煙管を奪われたから後ろをついてくる。才次くんは尾行という大きな目的に必要不可欠なので引っ張ってでも連れ回した。
才次くんに匂いを嗅いで雪香さんの元へ。
「なんだか探偵らしいですね」
「才次を変態扱いさせる気だろ」
才次くんには無理やり雪香さんのキツイ香水を鼻に押し当てたことを才次くん本人よりも探偵が気にしている。そのことに感づいたのか才次くんは尻尾をフリフリさせながら尾行を続ける。行き着いた先は若者の街――渋谷。
「待ち合わせでしょうかね」
「ボーイフレンドが若者なのだろう。あいつ、人をロリコンだとか誘拐犯だとか叫ぶのに自分のこと棚にあげるじゃないか」
探偵は眉間にシワを寄せた。才次くんは人の多さと臭いと音に気分が悪くなりそこのベンチで横になった。
才次くんの側に1人残して1人は雪香さんは探す役割提案したのだがそうすると必然的に探偵が残りわたしが探す。まぁ、わたしが言い出したことだしここは、一人で渋谷を回ろう。
「待て」
探偵が呼び止めた。
一歩踏み出したわたしの腕を掴んで引っ張り戻す。
「なんですか?」
「孤独は狭いだろうと思ってな影分身を作る」
ベンチの側には木陰があり、その木陰がユラユラ揺れて探偵の足元に伸びてきた。足元からニュルニュルとナニかが生まれて立体化していく。それは、探偵の姿だった。
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