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弐 探偵事務所の仕事
第9話 才次
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ぬりかべは蹴り起こされて不服な顔をした。薄っすらと形ができ、ぬりかべが本当にそこにいた形が浮かび上がる。
「寝てたのに」
「そこにいたら邪魔」
ぬりかべは小さな目をこすり、少し動くと隙間ができた。彼は我が物顔でその隙間から出ていく。わたしは去り際に「ごめんね」とぬりかべに言う。
ぬりかべはそのままそこに留まりまた眠っている。すぅと気配や色が透明になっていき周りの色と同化する。
オレンジの太陽を背にわたしと才次くんは事務所に向かう。少し冷たい風が頬をなびく。才次くんは再びフードを被ってしまった。ケモミミが隠れてしまった。せっかく可愛いのに残念。
「そういえばさ、才次くんはあの探偵と昔から仲いいの?」
「仲良いというか、ただの従業員だよ」
呟いてまた話を続ける。
「昔、引き篭もっているときに外に出した人だから。それから色々とお世話になってあそこで働いている」
「そうなんだ」
やっぱり親密なんだ。
以前、座敷童子を外に出すために才次くんが言った言葉はあの探偵のものだった、なればより長く働いている関係かなと思ったが案の定。実は一番初めに入った従業員だったりして。
「雪香さんより長いの?」
「あっちが二ヶ月先輩。ま、変わらないけどね」
話しているうちに事務所にたどり着いた。
才次くんは戸を開き、いつもの指定の席に座れば懐からゲームソフトを取り出しいじり出す。
「あら、二人して一緒にきたの?」
雪香さんが鏡を見ながらこちらをチラ見して声をかけた。
「はい。さっきそこで」
わたしは荷物をソファーの隅に置き台所に向かった。
「そこでぬりかべにあったんですよ。才次くんがさきに気づいてくれて、そのとき初めてケモミミ見ました。可愛いですよね」
わたしは喋りながら人数分のコップを取り出し、お茶を注ぐ。一杯はオレンジジュースを注ぐ。これは才次くんのだ。雪香さんは鏡から顔を覗かせへぇ、と目を見開かせた。
鏡を覗くと絶対目を逸らさないのにわたしの話に興味を持った。
「あの子と話したんだ」
雪香さんはふぅん、とニヤニヤ笑っている。悪戯っ子のような笑みだ。わたしは人数分のコップを持っていき手渡す。その笑みを見て思わず首を傾げる。
「なんです?」
「あの子、人見知りが激しいのによく話したね。あたしとはようやく挨拶してくれたのに。何? やっぱり可愛い若い女の子がいいのかしら」
「あはは違いますよ」
多分。きっと。
才次くんの手元にオレンジジュースを置く。探偵はいない。いつもの席で優雅に煙管を吹いているのに。今日はどうしたのやら。
「雪香さん。探偵は?」
「あぁ。なんかぬらりひょんから呼び出し。いつものことよ」
「いつもあるんですか」
探偵用に注いだお茶を虚しく見下ろす。このお茶じゃないとだめだ、なんて子供みたいに我儘言って切らしたら帰りに買ってくる。いつも煙管を吹かしてぐうたらしている姿を眺め続け、日中は何もしてないのかと思った。よく考えてみればこの事務所の探偵なんだよな。
何もしてないなんてあるわけないな。
探偵がいつも優雅に煙管を吹いている席にコップを置く。ホコリが入らないように蓋をする。探偵がいない事務所は少し寂しく感じた。何か、物足りないような。
真那ちゃんはこの事務所にいるものの、奥の部屋の暗い場所にまたひきこもっている。探偵が朝起こすと暗い部屋でゲームしていたので朝から雷が落ちてたな。割と様子を見ているあたり気にかけてるんだ。
帰ってこないかと思いきや唐突にガチャリと事務所のドアが開くと探偵が疲れた顔して入ってきた。
「あら、早かったじゃない」
「おかえりなさい」
雪香さんは探偵を見るや、あっけらかんな態度。わたしは「お茶置いてます」と続ける。探偵ははぁと大きなため息ついて所定の席に座る。
「疲れた。あいつめ、ずっとあの家に居座りやがって」
注いだお茶を飲み干して火をつけて煙管を口に咥えた。
ぬらりひょんから呼び出しなのはあながち間違っていないが、ぬらりひょんが居座り続けて困っているしかもぬらりひょんは話し相手がほしいからあえてぬらりひょんからの呼び出し。これがまた面倒くさい相手で何を言っても遠回し。
ぬらりひょんとは長い付き合いらしいのだが、全く話が合わない。だから嫌いなんだと公言する探偵。煙管の中に溜まった灰をカン、と大きく音を立てて落とす。
「それよりも、職務も終わって何故城にいる?」
探偵は次にわたしたちに話を振った。
わたしは空になったコップを取り再び台所に向かった。
「何故て、夕食の買い出しですよ。ここにはあなた一人で住んでいるんじゃないですからね。ちゃんと真那ちゃんもいるし。冷蔵庫見たら全く食材なかったし、どうしているんですかいつも」
わたしはわざと怒気を含ませて言う。
探偵は少しムッとした顔をしたがすぐに毅然とした態度を取った。冷蔵庫の中に学校帰りに買った食材がある。卵だったり肉だったり、好みがわからないので色々と仕入れた。空っぽだった冷蔵庫の中がみっちり食材にあふれている。
探偵は余計な真似を、と小言は言ったもののそれ程怒りを露わにしなかった。今回の依頼はなし。総出で帰宅。いつもながら才次くんに送られる。わたしのほうが年上なのに毎度ながら家まで送ってくれる。助かるんだけど迷惑じゃないかな。
「いつもごめんね」
「別に。瑠月に言われただけだから」
確かに。いつも探偵から言われて暗い顔するも割と受け入れてる。探偵がああいう人だから何言っても無駄とわかっているからなのか、もしくは、言われたことに忠義があるのか。
才次くんは【送り狼】といわれる妖で闇を好むのが特徴。そして、相手を無事に家まで送るのが性質で聴覚、視覚、嗅覚に優れている。だからほぼ犬と変わらない。
「家までありがとね」
玄関の明かりがぼんやりついているのを遠くから確認し、顔を彼に向ける。才次くんは黒い服を着ているせいで何処にいるのかわからないが確かにそこにいる。わたしが玄関に入り扉が閉まるまでちゃんとそこにいるのだ。
なんて忠義な犬、違う。狼。
また明日ねと手を降って別れる。
「寝てたのに」
「そこにいたら邪魔」
ぬりかべは小さな目をこすり、少し動くと隙間ができた。彼は我が物顔でその隙間から出ていく。わたしは去り際に「ごめんね」とぬりかべに言う。
ぬりかべはそのままそこに留まりまた眠っている。すぅと気配や色が透明になっていき周りの色と同化する。
オレンジの太陽を背にわたしと才次くんは事務所に向かう。少し冷たい風が頬をなびく。才次くんは再びフードを被ってしまった。ケモミミが隠れてしまった。せっかく可愛いのに残念。
「そういえばさ、才次くんはあの探偵と昔から仲いいの?」
「仲良いというか、ただの従業員だよ」
呟いてまた話を続ける。
「昔、引き篭もっているときに外に出した人だから。それから色々とお世話になってあそこで働いている」
「そうなんだ」
やっぱり親密なんだ。
以前、座敷童子を外に出すために才次くんが言った言葉はあの探偵のものだった、なればより長く働いている関係かなと思ったが案の定。実は一番初めに入った従業員だったりして。
「雪香さんより長いの?」
「あっちが二ヶ月先輩。ま、変わらないけどね」
話しているうちに事務所にたどり着いた。
才次くんは戸を開き、いつもの指定の席に座れば懐からゲームソフトを取り出しいじり出す。
「あら、二人して一緒にきたの?」
雪香さんが鏡を見ながらこちらをチラ見して声をかけた。
「はい。さっきそこで」
わたしは荷物をソファーの隅に置き台所に向かった。
「そこでぬりかべにあったんですよ。才次くんがさきに気づいてくれて、そのとき初めてケモミミ見ました。可愛いですよね」
わたしは喋りながら人数分のコップを取り出し、お茶を注ぐ。一杯はオレンジジュースを注ぐ。これは才次くんのだ。雪香さんは鏡から顔を覗かせへぇ、と目を見開かせた。
鏡を覗くと絶対目を逸らさないのにわたしの話に興味を持った。
「あの子と話したんだ」
雪香さんはふぅん、とニヤニヤ笑っている。悪戯っ子のような笑みだ。わたしは人数分のコップを持っていき手渡す。その笑みを見て思わず首を傾げる。
「なんです?」
「あの子、人見知りが激しいのによく話したね。あたしとはようやく挨拶してくれたのに。何? やっぱり可愛い若い女の子がいいのかしら」
「あはは違いますよ」
多分。きっと。
才次くんの手元にオレンジジュースを置く。探偵はいない。いつもの席で優雅に煙管を吹いているのに。今日はどうしたのやら。
「雪香さん。探偵は?」
「あぁ。なんかぬらりひょんから呼び出し。いつものことよ」
「いつもあるんですか」
探偵用に注いだお茶を虚しく見下ろす。このお茶じゃないとだめだ、なんて子供みたいに我儘言って切らしたら帰りに買ってくる。いつも煙管を吹かしてぐうたらしている姿を眺め続け、日中は何もしてないのかと思った。よく考えてみればこの事務所の探偵なんだよな。
何もしてないなんてあるわけないな。
探偵がいつも優雅に煙管を吹いている席にコップを置く。ホコリが入らないように蓋をする。探偵がいない事務所は少し寂しく感じた。何か、物足りないような。
真那ちゃんはこの事務所にいるものの、奥の部屋の暗い場所にまたひきこもっている。探偵が朝起こすと暗い部屋でゲームしていたので朝から雷が落ちてたな。割と様子を見ているあたり気にかけてるんだ。
帰ってこないかと思いきや唐突にガチャリと事務所のドアが開くと探偵が疲れた顔して入ってきた。
「あら、早かったじゃない」
「おかえりなさい」
雪香さんは探偵を見るや、あっけらかんな態度。わたしは「お茶置いてます」と続ける。探偵ははぁと大きなため息ついて所定の席に座る。
「疲れた。あいつめ、ずっとあの家に居座りやがって」
注いだお茶を飲み干して火をつけて煙管を口に咥えた。
ぬらりひょんから呼び出しなのはあながち間違っていないが、ぬらりひょんが居座り続けて困っているしかもぬらりひょんは話し相手がほしいからあえてぬらりひょんからの呼び出し。これがまた面倒くさい相手で何を言っても遠回し。
ぬらりひょんとは長い付き合いらしいのだが、全く話が合わない。だから嫌いなんだと公言する探偵。煙管の中に溜まった灰をカン、と大きく音を立てて落とす。
「それよりも、職務も終わって何故城にいる?」
探偵は次にわたしたちに話を振った。
わたしは空になったコップを取り再び台所に向かった。
「何故て、夕食の買い出しですよ。ここにはあなた一人で住んでいるんじゃないですからね。ちゃんと真那ちゃんもいるし。冷蔵庫見たら全く食材なかったし、どうしているんですかいつも」
わたしはわざと怒気を含ませて言う。
探偵は少しムッとした顔をしたがすぐに毅然とした態度を取った。冷蔵庫の中に学校帰りに買った食材がある。卵だったり肉だったり、好みがわからないので色々と仕入れた。空っぽだった冷蔵庫の中がみっちり食材にあふれている。
探偵は余計な真似を、と小言は言ったもののそれ程怒りを露わにしなかった。今回の依頼はなし。総出で帰宅。いつもながら才次くんに送られる。わたしのほうが年上なのに毎度ながら家まで送ってくれる。助かるんだけど迷惑じゃないかな。
「いつもごめんね」
「別に。瑠月に言われただけだから」
確かに。いつも探偵から言われて暗い顔するも割と受け入れてる。探偵がああいう人だから何言っても無駄とわかっているからなのか、もしくは、言われたことに忠義があるのか。
才次くんは【送り狼】といわれる妖で闇を好むのが特徴。そして、相手を無事に家まで送るのが性質で聴覚、視覚、嗅覚に優れている。だからほぼ犬と変わらない。
「家までありがとね」
玄関の明かりがぼんやりついているのを遠くから確認し、顔を彼に向ける。才次くんは黒い服を着ているせいで何処にいるのかわからないが確かにそこにいる。わたしが玄関に入り扉が閉まるまでちゃんとそこにいるのだ。
なんて忠義な犬、違う。狼。
また明日ねと手を降って別れる。
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