妖怪探偵事務所・瑠月

ハコニワ

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壱 音無乙子の体探し

第1話 瑠月

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 願いが叶うおまじないとか、祟さんを呼べる陣とか、寝たきりの老婆の介護をしてほしいとか公園の雑草を抜いてほしいとか、ここはそんな雑用な事ばかり頼まれてきた。
 お客さんはどれも妖怪だ。
 願いが叶うおまじないがほしいと言い出す狸とか。狸なんだから自分で願った姿を形容すればいいのに。奴の願いは自分の姿を変えるのではなく後輩の狸がよりうまく化ける力がほしいため、そのおまじないだと。
 だからこう言ってやった。

「上手くなるも本人次第だろ。化けるのにおまじない必要か?」

 と。依頼主は怒ってもぎ取った金を葉に変え帰っていった。依頼主が狸なだけに疑わしいと思ったが案の定依頼料が葉っぱだった。引き受けなくて良かった。

 祟さんを呼び起こすにはどうしたらいいと小物妖怪が訪れた。小物は小物で宴の中でその祟さんを披露したいらしい。俺はこう言ってやった。

「大物の祟を呼ぶから全財産よこせ」

 と。全財産をひったくた。金は受け取ったものの宴に披露する祟を呼ぶことはせずその金はすぐに着物を買ったことでパァになった。

 寝たきりの砂かけババァの介護は特に厳しかった。あのババァ、寝て起きたらすぐに砂かけて飯にも砂かけて、こっちの恩を仇で返すババァに依頼料をこれでもかと分捕ってやった。もう一切お互い連絡してこないけどな。

 公園の雑用を抜いてほしいと近隣に住んでいる一つ目ジジイに言われた。どうせ暇だろとも付け加えられて半強制的に押し付けられた。依頼料はそれほど多くないのに三日も強いられた。もうちょい分捕ってやるつもりだったのに一つ目ジジイは、公園辺りの縄張りの長であまり、喧嘩したくないので保留にしている。

「ちょっといきなりなんの話ですか!」
 甲高い声が降り注ぐ。
 くるりと振り向くと黒髪のショートカットした女の子が事務所の椅子から立ち上がっていた。ドカドカと足音をたててこちらにやってくる。
「そんな話してるんじゃないんですよ! 聞いてましたか⁉ わたしの話を!」
「はいはい聞いてた聞いてた。全く煩い近頃の毛の生えた女は」
 煙管を更してふぅ、と白い煙を吐いた。女の子は「毛の生えた⁉」とわなわな震える。すぅ、とまた吸ってふぅ、と吐く。煙管の溜まった灰をカン、と乾いた音と共に皿に落とす。その音が静寂な空間に響いた。


 

 ここは妖怪探偵事務所だ。依頼者は普段妖怪だ。珍しく来た今日の依頼者は人間だ。人間の女の子。女の子は今時の言葉を使うと「女子高生」で年相応に若く、肌は真っ白くてツルツル。だが若さだけあって本来の女らしい部分がぺったんこである。
「はぁ、残念だな」
「残念て何がですか⁉ どこ見ました⁉ あなた本当に探偵ですか⁉」
 ぺったんこの胸を腕で覆い、ギロリと睨みつける。一人きりの事務所にキャンキャンよく吠える人間が現れたことだ。  
 煙管をもう一度口に運びふぅ、と吐いた。白い煙が天井に伸びる。
「お前、ここが何か知っているのではないか?」
 敢えて試すように聞いてみた。
「知ってます。ここは妖怪探偵事務所。あなたに依頼しにやってきました」
 彼女ははっきり言い切った。童顔でありながら、その瞳は揺るがぬ意志を持つように強く凛々しかった。せっかく来たのだから話だけは聞いてやろう。もう一度ソファーに座るように誘い、話を再度詳しく聞いてみた。
「なるほどな。駅のホームで転んだホームレスを助けるために自分の身を投げ捨て助けた。その時自分も引っ張り上げて助かったのだが……問題は」
「問題はここからです。その駅の帰り道、背中を押されて階段から滑り落ちたんです。幸い深い怪我はなかったのですが、その、体が透けていたり……これ見てください」
 彼女は冬服の腕をまくった。
 半透明に透けており彼女の後ろの景色が見えていた。腕を通してみても空を振るばかり。物体は見えていても掴むことは出来ない。なるほどな、と深く椅子に腰掛けた。キセルを口に運び頬張ったまま喋った。
「体と魂が別々になってしまったな。今喋れるし自由に動ける。だが刻が来ると目をつけられるぞ」
「だ、誰に……」
 ごくりと唾を飲みこむ。
「死神にだ」
 心臓がドクン、と大きく跳ねた。室内がやけに静まり返る。空気が重い。
「その体は空っぽだ。人間が魂なしでいつまで動けるか時間は限られている。魂にも時間があってな、今ここに体があるなら魂は彷徨っている。魂はこの現し世で彷徨っていると重罪になる。だから死神に目をつけられる」
 煙管を口から離し皿に置いた。カン、と乾いた音が静寂な空間に響く。彼女はわなわな震えていた。
「ど、どうすればいいですか⁉ わたし、まだやりたいこととかいっぱいあるのに、まだ死にたくない! お願いですっ‼ 何でもします。するから、わたしを助けてくださいっ‼」
 彼女はソファーから飛び跳ねて涙目で縋ってきた。その顔の前に腕を伸ばす。その腕と顔を交互に見張る。託された腕を見て不思議な表情。
「なんですか」
「わからんのか。お前は参拝するとき金も出さずに手を合わせて祈るのか。無礼者め」
「……お金、ですか?」
 彼女の目はゆるゆると鋭くなった。察しが良くてうんうんと頷く。彼女ははぁ、とため息ついて懐からピンクの財布を取り出しバン、と荒々しく机にお金を叩きつけた。そのお金を拾ってじぃ、と見て「その依頼引き受けた」と承諾。しかも「ただし」と付け加える。
「たったの1枚の福沢諭吉で足りるわけないだろ。自慢じゃないがうちは赤字続きの借金で地獄なんだ。でも女子高生だもんな。未成年に金をたかるなど、俺はそこまで落ちぶれてない。だから金はいい。体で払え」
「なっ‼」
 腕で自分の体を抱きしめた。さっき、この胸をみて「残念だ」とぼやいていたのに。1歩、2歩後退りして探偵をキッと睨む。必死で精一杯の虚勢を貼る。
「あ、あなた、何考えてるんですか⁉」 
「あ? 何考えてるのは貴様だ。丁度助手が欲しかったんだよ。この依頼、高くつくからな。その貧相な体で働いて働かせまくって金を稼ぐ!」
「この問題がすぐに解決できるような言いがかりですね」
「ふっ。俺を舐めるな。俺は神だぞ」
「やばい。本当にやばい人初めて見た」
 わたしは訳が分からなくてもう頭が混乱するばかり。ふざけているのかこの男は。でもふざけている様子もなく、むしろ、神だと堂々と言い切りやがった。しかも、助手になれだと。手持ちの福沢さんを出しても満足しなさそうな男と、それから、この問題は解決できると自信満々な男の態度を見て、しぶしぶその提案に乗った。
「そういえば、名前聞いてなかったな」
 わたしは助手であると不本意な紙に名前と印をほぼ強制的に押された瞬間、今思い出したかのように訊いてきた。わたしはプリントを顔の前まで持ち上げる。見せびらかすように。
音無 乙子おとなし おとこです。乙は乙女の乙で決して男ではないので、よく間違われるけど、オトコです!」
 強調して言い聞かせる。男はふっ、と笑う。煙管を加えるその唇は妖艶だった。
瑠月るるかだ。この探偵事務所の社長であり神だ」
 あぁ、この人に本当に頼んで良かったのだろうか。

 不安が募る。




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