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第3話 記憶のアリス
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一日目の〝裁判〟が行われた。
――さぁ、アリス証言せよ
威厳とした声が響き渡る。私は早速、トゥイドール兄弟とマッドを証言者として立たせた。二人は私が無実だという徹底的な証言をしてくれた。マッドの言う通り、赤の女王は根掘り葉掘り聞いてくる。
けど、二人の証言は次第に〝確証〟となった。そうして、一日目の裁判で私は無実となった。
喜びの束の間、ある一つの問題点が浮かぶ。ケーキを食べたのは一体誰か。その罪をなぜ私にかぶせたのか。
罪をかぶせられ、処刑されかけた私から赤の女王に提案した。たぶん、こんなこと言うの私だけだと思う。
「私がケーキを食べた犯人を見つけ出します。もちろん、三日間の猶予つきで」
辺りがざわざわともれだす。
変なことを言っているのは私も百の承知だ。嘲笑うなら嘲笑えばいい。けど、赤の女王様がこの場を仕切っている。赤の女王様が承諾すればたちまちこの場は丸くなる。嘲笑っていたやつ、偏見してたやつ全員。
赤の女王様は少し考えてから結論した。
「よろしい。しかし、三日間の猶予ではなく二日だ。今日が一日目だろう?」
あぁ、この日も含まれるのか。でも、なんだか早く解決できそう。
「分かりました」
その一言を最後に〝裁判〟が終わった。
のち、第一に声をかけてきたのはチェシャ猫だった。最初のときと同じように陽気に話しかける。
「アリス、君って奴はやっぱ天才だね! 人を楽しめる天才さ!」
「そう、ありがと……」
陽気に変なことを口走るチェシャ猫に一歩仰け反りながらも私は訊ねた。
「白うさぎ、見てない? 昨日から姿が見えないの」
「見なかったね。裁判でもいなかったな」
私は徐々に不安になった。
もしかして、私と別れたあと私とつるんでいるのが不愉快だと思う人物に攫われてしまったのではないか。もし、そうなら私のせいだ。私が巻き込んでしまった。
「君のせいではないよ。アリス」
チェシャ猫が私の頭に手を置き、優しい声をかけてくる。普段、プスプス変な笑い方なのに、おかしな話ししか持ち掛けないのに、こんな時だけ優しい言葉をかけてくる。そう、あの時だって私が貴方に告白しても貴方は優しく受け入れてくれたこと
今でも覚えている。今でも……? 私は何を言っているの?
横転しそうな目眩と毛虫が這いつくばっているような寒気がたつ。
「ありがとう。チェシャ猫、もういい」
手を振り払い、何事もなかったように振る舞った。すると、チェシャ猫の小さな目尻がやけに細めた。妖艶に満ちた笑み。
「アリスが困っているから、いい事を二つ教えよう。一つ、嫉妬深いアリスは穴に落ちたとさ」
「は?」
思わず、口をぽっかり開ける。それでも話しは続く。
「二つ、アリスはこの事件を解き明かしたいんだよね? だったらこれが必要じゃないかい?」
懐から差し出したのは一冊のノート。名簿を書くための薄いノートだ。表紙には『狂ったお茶会出席名簿』考えもしなかった。確かに、これさえ訴えれば無実だ。でも、私は実際無実だ。証言もあったし何より裁判で無実を勝ち取った。
思わず受け取り、パラリと捲るとそこには信じられない名前が書かれていた。
「嘘……」
脱力し、ノートが手もとから落ちた。パサッと乾いた音をだし、開いたページのまま落ちる。開いたページには一昨日開かれたお茶会に出席した人。
一昨日と、いえば事件が起きたその日だ。
『赤の女王 イモムシ 三日月うさぎ 眠りネズミ チェシャ猫 白うさぎ アリス』
「どうして、私の名前が…――」
プスプスとチェシャ猫が笑いだした。まるで、この事を知った私を嘲笑うような。
「お茶会が開いたのは十二時。その前に既にディナーは用意されていた」
双子が音楽室で私を見たのは昼の一時。つまり、音楽室よりもお茶会に出席していた。ショックで、上手く力が入らない。立っているのもやっと。クラクラする目眩に耐えきれず、倒れそうになった。
その時、チェシャ猫が私の腰に手を起き、なんとか地面ギリギリで支えてくれた。
「アリス、君は罪を知っている。放埒な君ならこの世界から抜け出せるのでは? いい加減、白うさぎとマッドハッターを開放するんだ」
わけが分からない。
何を言っているの。
状況の整理がつかない。
チェシャ猫は私を起こし、また消えた。この空間でノートと私一人残して。チェシャ猫が言っていた単語が頭の中で何重にもなってこだましている。
私は罪を知っている? 放埒って確か、意味は自由気まま、自分勝手。白うさぎとマッドハッターを開放? 頭がグラグラする。なんだろ、なにか思い出せそう。私は吐き気と目眩により、崩れるように気を失った。
〈亜利子、やったよ! 見て!!〉
〈白☓☓ありがとう! 大好き! マッ☓☓もこれくらいしなきゃ親友じゃないよ〉
〈ごめん……〉
〈よし、ちょっと見に行こうか!〉
なにこの声。名前が全然聞こえない。これは何なの? これは私の記憶だ。
「嫉妬深いアリスは穴に落ちたとさ」
今度はチェシャ猫の声。アリスは穴に落ちてそれからどうしたの?
§
「亜利子! 起きて! 亜利子っ!」
今度はマッドの声だ。でも、今さっきよりも明白に聞こえる。暗闇から這い上がり、目が覚めた。
起きた時、目の前には白い天井、顔近くにマッドがいた。
「……ここは?」
重い上体を起き上がる。白いベッドに消毒液が舞う部屋。ここは保健室だろう。マッドが私の手を握り、強く握りしめた。
「倒れてたんだよ。トランプ兵が見つけてなかったら、ますます具合が悪くなってたんだよ。心配したよ。大丈夫?」
「大丈夫……ありがとう」
私はだいぶ落ち着いた思考を取り戻し、ベッドから降りた。マッドは心配そうに私にくっついてきてる。
「マッドは狂ったお茶会には行かないの?」
訊ねてみた。ちょっとした出来心。マッドは少し首を傾げ、穏やかに言った。
「外出歩くと日焼けするから嫌なの。極力、出歩かないかな」
確かに、マッドは巨大な帽子と全身黒い服装で肌の露出を控えてる。外でかけっことかするタイプではなく屋内で静かに過ごすタイプ。
「お茶会って出たことないの?」
「あるよ。たった三~四回かな」
私はチェシャ猫にもらったノートのことを話した。不安を一緒に担う想いに必死で。すると、マッドは巨大な帽子を大きく震わせ、首を傾げた。
「うぅんおかしいな」
「どこが?」
マッドは無言で名簿を人差し指でさした。私の名前と白うさぎの名前の間を指さしている。
「お茶会が開くのは確かに十二時で終わるのが六時。その間、開いて一時間も経っていない僅かな時間抜け出せないよ。現に、お茶会から音楽室まで行くのは相当時間がかかる。証言では一時に音楽室に入ったけど、正確には一時の前よりも私と亜利子は鉢合わせしていて一緒に向かった。この名簿は明らかに偽造」
マッドがペラペラと正論を言い、私は腰が抜けるほど驚いた。あぁ、マッドのこと、もう手放せられない。こんな頭良くって賢い子を野放しにするか。え? 私は何を言ってるの?
マッドが懐からペンを取り出した。私に差し出す。どうやら、名前を書くらしい。ノートの一番後ろの紙端に自分の名前を書いた。
「うん。やっぱり」
え。なにが。
「亜利子はアを少し伸ばしてからリを書くよね。けど、この名簿は少し違う。アの文字が斜めでリがくっついている。この名前は亜利子が書いたものじゃない」
そ、それじゃ誰が。誰が私を貶しいれたの。
「それは僕たちさ」
急に甲高い声が保健室に渡った。
保健室の扉の前にトゥイードル双子が仁王立ちで立っていた。マッドが呆れた表情でやっぱりね、と口ずさむ。
どうやら、この悪戯は双子のしわざらしい。私を貶しいれるのではなく困った姿を見たかったらしい。冗談じゃない。この双子、ヘラヘラして。だから嫌いなのよ。クラスの悪ガキが。
けど、これで一件落着した。これも全てマッドのおかげ。
トゥイードル双子がじっと私たちを見据える。まるで、物珍しい人物に会ったような視線。
「帽子屋もいいけど、たまには白うさぎも相手にしたら?」
「そうだそうだ。絶対いじけてる」
「あの根暗なオーラを出していやがる」
「はぁやだやだ」
そんな会話をしつつ、双子は出ていった。
――さぁ、アリス証言せよ
威厳とした声が響き渡る。私は早速、トゥイドール兄弟とマッドを証言者として立たせた。二人は私が無実だという徹底的な証言をしてくれた。マッドの言う通り、赤の女王は根掘り葉掘り聞いてくる。
けど、二人の証言は次第に〝確証〟となった。そうして、一日目の裁判で私は無実となった。
喜びの束の間、ある一つの問題点が浮かぶ。ケーキを食べたのは一体誰か。その罪をなぜ私にかぶせたのか。
罪をかぶせられ、処刑されかけた私から赤の女王に提案した。たぶん、こんなこと言うの私だけだと思う。
「私がケーキを食べた犯人を見つけ出します。もちろん、三日間の猶予つきで」
辺りがざわざわともれだす。
変なことを言っているのは私も百の承知だ。嘲笑うなら嘲笑えばいい。けど、赤の女王様がこの場を仕切っている。赤の女王様が承諾すればたちまちこの場は丸くなる。嘲笑っていたやつ、偏見してたやつ全員。
赤の女王様は少し考えてから結論した。
「よろしい。しかし、三日間の猶予ではなく二日だ。今日が一日目だろう?」
あぁ、この日も含まれるのか。でも、なんだか早く解決できそう。
「分かりました」
その一言を最後に〝裁判〟が終わった。
のち、第一に声をかけてきたのはチェシャ猫だった。最初のときと同じように陽気に話しかける。
「アリス、君って奴はやっぱ天才だね! 人を楽しめる天才さ!」
「そう、ありがと……」
陽気に変なことを口走るチェシャ猫に一歩仰け反りながらも私は訊ねた。
「白うさぎ、見てない? 昨日から姿が見えないの」
「見なかったね。裁判でもいなかったな」
私は徐々に不安になった。
もしかして、私と別れたあと私とつるんでいるのが不愉快だと思う人物に攫われてしまったのではないか。もし、そうなら私のせいだ。私が巻き込んでしまった。
「君のせいではないよ。アリス」
チェシャ猫が私の頭に手を置き、優しい声をかけてくる。普段、プスプス変な笑い方なのに、おかしな話ししか持ち掛けないのに、こんな時だけ優しい言葉をかけてくる。そう、あの時だって私が貴方に告白しても貴方は優しく受け入れてくれたこと
今でも覚えている。今でも……? 私は何を言っているの?
横転しそうな目眩と毛虫が這いつくばっているような寒気がたつ。
「ありがとう。チェシャ猫、もういい」
手を振り払い、何事もなかったように振る舞った。すると、チェシャ猫の小さな目尻がやけに細めた。妖艶に満ちた笑み。
「アリスが困っているから、いい事を二つ教えよう。一つ、嫉妬深いアリスは穴に落ちたとさ」
「は?」
思わず、口をぽっかり開ける。それでも話しは続く。
「二つ、アリスはこの事件を解き明かしたいんだよね? だったらこれが必要じゃないかい?」
懐から差し出したのは一冊のノート。名簿を書くための薄いノートだ。表紙には『狂ったお茶会出席名簿』考えもしなかった。確かに、これさえ訴えれば無実だ。でも、私は実際無実だ。証言もあったし何より裁判で無実を勝ち取った。
思わず受け取り、パラリと捲るとそこには信じられない名前が書かれていた。
「嘘……」
脱力し、ノートが手もとから落ちた。パサッと乾いた音をだし、開いたページのまま落ちる。開いたページには一昨日開かれたお茶会に出席した人。
一昨日と、いえば事件が起きたその日だ。
『赤の女王 イモムシ 三日月うさぎ 眠りネズミ チェシャ猫 白うさぎ アリス』
「どうして、私の名前が…――」
プスプスとチェシャ猫が笑いだした。まるで、この事を知った私を嘲笑うような。
「お茶会が開いたのは十二時。その前に既にディナーは用意されていた」
双子が音楽室で私を見たのは昼の一時。つまり、音楽室よりもお茶会に出席していた。ショックで、上手く力が入らない。立っているのもやっと。クラクラする目眩に耐えきれず、倒れそうになった。
その時、チェシャ猫が私の腰に手を起き、なんとか地面ギリギリで支えてくれた。
「アリス、君は罪を知っている。放埒な君ならこの世界から抜け出せるのでは? いい加減、白うさぎとマッドハッターを開放するんだ」
わけが分からない。
何を言っているの。
状況の整理がつかない。
チェシャ猫は私を起こし、また消えた。この空間でノートと私一人残して。チェシャ猫が言っていた単語が頭の中で何重にもなってこだましている。
私は罪を知っている? 放埒って確か、意味は自由気まま、自分勝手。白うさぎとマッドハッターを開放? 頭がグラグラする。なんだろ、なにか思い出せそう。私は吐き気と目眩により、崩れるように気を失った。
〈亜利子、やったよ! 見て!!〉
〈白☓☓ありがとう! 大好き! マッ☓☓もこれくらいしなきゃ親友じゃないよ〉
〈ごめん……〉
〈よし、ちょっと見に行こうか!〉
なにこの声。名前が全然聞こえない。これは何なの? これは私の記憶だ。
「嫉妬深いアリスは穴に落ちたとさ」
今度はチェシャ猫の声。アリスは穴に落ちてそれからどうしたの?
§
「亜利子! 起きて! 亜利子っ!」
今度はマッドの声だ。でも、今さっきよりも明白に聞こえる。暗闇から這い上がり、目が覚めた。
起きた時、目の前には白い天井、顔近くにマッドがいた。
「……ここは?」
重い上体を起き上がる。白いベッドに消毒液が舞う部屋。ここは保健室だろう。マッドが私の手を握り、強く握りしめた。
「倒れてたんだよ。トランプ兵が見つけてなかったら、ますます具合が悪くなってたんだよ。心配したよ。大丈夫?」
「大丈夫……ありがとう」
私はだいぶ落ち着いた思考を取り戻し、ベッドから降りた。マッドは心配そうに私にくっついてきてる。
「マッドは狂ったお茶会には行かないの?」
訊ねてみた。ちょっとした出来心。マッドは少し首を傾げ、穏やかに言った。
「外出歩くと日焼けするから嫌なの。極力、出歩かないかな」
確かに、マッドは巨大な帽子と全身黒い服装で肌の露出を控えてる。外でかけっことかするタイプではなく屋内で静かに過ごすタイプ。
「お茶会って出たことないの?」
「あるよ。たった三~四回かな」
私はチェシャ猫にもらったノートのことを話した。不安を一緒に担う想いに必死で。すると、マッドは巨大な帽子を大きく震わせ、首を傾げた。
「うぅんおかしいな」
「どこが?」
マッドは無言で名簿を人差し指でさした。私の名前と白うさぎの名前の間を指さしている。
「お茶会が開くのは確かに十二時で終わるのが六時。その間、開いて一時間も経っていない僅かな時間抜け出せないよ。現に、お茶会から音楽室まで行くのは相当時間がかかる。証言では一時に音楽室に入ったけど、正確には一時の前よりも私と亜利子は鉢合わせしていて一緒に向かった。この名簿は明らかに偽造」
マッドがペラペラと正論を言い、私は腰が抜けるほど驚いた。あぁ、マッドのこと、もう手放せられない。こんな頭良くって賢い子を野放しにするか。え? 私は何を言ってるの?
マッドが懐からペンを取り出した。私に差し出す。どうやら、名前を書くらしい。ノートの一番後ろの紙端に自分の名前を書いた。
「うん。やっぱり」
え。なにが。
「亜利子はアを少し伸ばしてからリを書くよね。けど、この名簿は少し違う。アの文字が斜めでリがくっついている。この名前は亜利子が書いたものじゃない」
そ、それじゃ誰が。誰が私を貶しいれたの。
「それは僕たちさ」
急に甲高い声が保健室に渡った。
保健室の扉の前にトゥイードル双子が仁王立ちで立っていた。マッドが呆れた表情でやっぱりね、と口ずさむ。
どうやら、この悪戯は双子のしわざらしい。私を貶しいれるのではなく困った姿を見たかったらしい。冗談じゃない。この双子、ヘラヘラして。だから嫌いなのよ。クラスの悪ガキが。
けど、これで一件落着した。これも全てマッドのおかげ。
トゥイードル双子がじっと私たちを見据える。まるで、物珍しい人物に会ったような視線。
「帽子屋もいいけど、たまには白うさぎも相手にしたら?」
「そうだそうだ。絶対いじけてる」
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