ブルースカイ

ハコニワ

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第2話 未来人

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 ふと、机の上の落書きに気づいた。昨日、里奈と一緒に勉強した机だ。
 四角い机。向かい合う形で勉強していた。落書きがあるのは、里奈が座っていた場所だ。
 恐る恐る覗きこむと、可愛らしい絵柄で、白黒メイド服を着た少女と男の子が手を取ってニコニコしていた。
 メイドの頭から矢印が伸びており、その矢印の先には『りな』と描かれていた。
 同じく、男の子の頭にも矢印が伸びており、その矢印の先には『あさひ』と僕の名前が描かれている。
 手を取ってニコニコしている周りに可愛くハートが飛んでいた。
 里奈のやつ、そんなにメイドコスチュームが好きだったのか。きっと、これはメイド喫茶にやってきた僕を接待している里奈の絵だ。

 やっぱり、里奈は昨日まで存在していた。

 明るくて、男勝りな性格から、クラスメイトからも絶大な人気を誇って、クラスの中心人物だった里奈。それなのに、急にみんなから忘れられ、こつ然と姿を消した。
 ドッキリか? もうそろそろネタバレしてもいいと思う。
 みんな本当に忘れたのか? 僕だけはっきりと覚えているのはどうしてか?
 僕は、これからどうすればいいのか呆けていた。ふと、時計に目をやると針は午前九時をさしていた。
 本来、試験を受けている時間帯。無我夢中でここに走ってきて、教師たちに一切連絡してなかった。
 今行っても間に合わないし、教室にも入らせてくれないだろうな。
 アルバムを元の棚に戻した。綺麗に整えて、何事もなかったように家を出た。

 その矢先――
 
 背後から黒い影が伸びた。異様な影が僕の足元まで伸びている。
 ゾッと背筋に戦慄が走り、体が氷のように硬くなった。バクンバクンと心臓の音が異常に高鳴る。
 影が伸びてきた。足音がない。気配がない。ただ冷たい〝何かの気配〟が背中に感じる。
 僕は意を決して、振り返ってみた。恐怖に支配される心を振り払って。振り返って物凄く後悔した。ひっと悲鳴をあげた。
 全身黒い体。頭から二本の触手が生え、ピコピコしている。
 胴台から薄気味悪い腕が生え、二本の足がその体を支えている。背中には、硬い甲冑がある。
 ゴキブリだ。あの台所とか掃除しているときに出てくる害虫虫、ゴキブリ。そのゴキブリを大きくした奴が目の前に。
 声が出なかった。
 足がすくんで、金縛りにあっている。

『オマエ……サガシテル?』

 開口一言がこれ。
 ドスのきいた低い声。
 心臓を鷲掴みにされたように体が動かない。ゴキブリが近づいてきた。ひっ、と悲鳴をあげた。
 探してる? 何を?

『サガスナ、センサクスルナ、チュウコクハシタ。コレイジョウ、ナニモスルナ』

 片言の日本語を語る外国人の口調。
 ゴキブリが言っている、忠告は、福元里奈を探すなという事だろうか。でも、どうして? 得体のしれない化物が忠告をしに?
 ジリジリ詰め寄るゴキブリに、ジリジリと後退した。
「探すなって、里奈のことか?」
 訊いてみた。ゴキブリはそうだ、と答える。
「そ、それでも探したら?」
 あえて訊くと、ゴキブリは逆上しさらに声を低くさせた。
『コロス』
 一歩一歩だった距離がぐん、と縮まってきた。ゴキブリは俊足だ。瞬きした間に、いつの間にか距離が近く。遠くからその存在を見ていたが、近くでみたらグロテスクだな。
 僕は逃げ出した。得体のしれない化物とこれ以上いてたまるか。
 だが、化物はあとを追ってくる。
 かつて陸上部だったとしても、ゴキブリの俊足から逃れられない。グロテスクが近づいてくる。
 ハッハッと、次第に呼吸が乱れ、足がもつれゆく。ゴキブリとの距離が近い。こんなに必死に走っているのに。
 背後から気配が感じる。気持ち悪い黒い細長腕が肩にヒュン、とかかった。捕まった。咄嗟に右腕を頭上にあげ、その腕を振り払った。
 なんと、その腕が間違った方向に行き、ゴキブリの顔を殴ったのだ。
 グワン、と身軽なゴキブリが風に飛ばされた凧のように吹き飛ぶ。そんな力強く殴っていなのに。
 拳にじんじん伝わってくる、ヌルヌルとした感触と痛さ。
 僕は今、殴ったのか?
 人でもない。化物を?
 思考がストップしている間に、ゴキブリは立ち上がり、おぞましい殺意のオーラを剥き出した。ヒラメのように離れた目が、どす黒い色を浮かべていた。
 怒っている。ものすごく怒っている。ゴキブリが何かをしてくる。
 俊足な足でこちらに向かってきた。風を切って、一秒の時間を短縮させ、0.1秒でこちらに。
 やばい、と分かった瞬間は遅かった。
 やばい、と思う隙もない。

 ドサと重たいものが落ちた音がした。自分ではない。僕はこうして地面の上で立っている。では、ゴキブリが誰かを倒したのか?不謹慎だが、安堵している自分がいる。
 恐る恐る目を開くと、足元にゴキブリがうつ伏せで倒れていた。一体何が起きたのか秒速で分からない。
 現状を把握すると、ゴキブリはうつ伏せで倒れてピクリとも動かない。そのゴキブリの上に跨っている奇妙な少女。妙な刃を突き出している。
「君、大丈夫!?」
 そう叫ぶ少女。
 漆黒の髪の毛。きっちりと七三分けした前髪。
 少女はゴキブリから降り、こちらに近寄ってきた。
「もう大丈夫よ。あなた、名前は?」
 ニッコリと、初対面とは思えないひだまりの笑顔。その笑顔に瞬間で心を開いた。僕はおずおすと自分の名前を告げると、少女もさらりと自己紹介した。
「私は宮原 乃愛みやはら のあ。単刀直入にいいます。私は未来人です」
 僕は耳を疑った。
 彼女の言葉が右から流れて受けとめきれずに、左から流れる。彼女の言葉を整理する間もなく、彼女は話を続けた。
「君は、さっきの宇宙外来種を倒した。私が一歩くるまでに」
 僕は慌てて彼女の話を遮った。
「僕は、不可抗力で殴っただけだよ! 倒したなんて……」
「それだけじゃない。君はあの宇宙外来種を見る・・ことができる。この時代では珍しい。私たち、秘密結社と一緒にあの外来種を倒してほしい!」 
 すがるように手のひらを熱く握られた。とても真剣な表情。冗談を言ってるような風貌ではなかった。
 待って待って待って。話が飛躍しすぎてる。頭が追いついていけない。
 一つ一つ整理していこう。
 呼吸を整えた。

 まず、目の前にいる彼女は遠い星から着た未来人。そして、今さっき僕が出くわしたのは宇宙外来種。未来人が集まった秘密結社は、その外来種を倒すために、現代にいて、この時代の人間は普通外来種を目視することはできない。
 だからこんな人気のある団地でも誰も助けてくれなかったのか。

 この時代で僕が見えるのは、異常事態だという。我ら秘密結社に協力してほしいと。
 僕は断った。
 そんな危険な案件に、一般人の僕は突っ込めない。それに、僕がみえるのはたまたまだと思うし。

 乃愛はそれでもぐっと握った。力強い。解けない。その必死な眼差しに、僕は受け入れるしかなかった。少しだけ、覗いてみることにした。危険だとわかると、すぐに立ち去らないと。 

 乃愛は未来人のアジトを案内してくれた。案内された場所は、工事用の小さなトイレ。乃愛は扉を開いて、中に入っていく。戻ってこない。用を足しているような気配もないし、恐る恐る中に扉を開いた。 

 乃愛の姿はない。
 狭苦しい場所かと思いきや、扉を開けると長い階段が続いていた。便器がなくて、足元に薄暗い階段。地下に潜る階段だ。

 僕は辺りをキョロキョロした。人気はない。空き地にポツンとトイレが立っている。繁華街から離れた寂れた場所。恐る恐る中に足を踏み入れた。

 薄暗い廊下を一段一段降りる。
 そうすると、明るい光が見えた。出口かと思いきや、この先続く廊下が待っていた。階段を降りると、乃愛が待っていてくれた。
「びっくりするでしょ。ここ」
 悪戯っ子のように笑った。
「ここはね、所長がこの時代の安心する場所だと。でも、いざこの時代に馴染むとおかしいなって気づいたの。今更変えられないけどね」
 乃愛が笑いながら言った。

 大人ぽい雰囲気とは裏腹に、笑うと可愛い。顔の表情がフニャとなるところが、ポイント。実際学校にいたら、学年一、二位を争うほどの可愛さだ。 
 実際にいたらの話だけど。乃愛が未来人だという証拠もないし、まだ何もかも胡散臭い。乃愛は先を歩いた。

 コンクリート製の廊下。冷気があって、肌寒い。お化け屋敷に来たみたいだ。階段は薄暗かったのに対し、ここは明かりがついていて、ホッとする。
「大丈夫大丈夫。中は温かいから」
 乃愛がさらりと軽く言った。
 何処まで行くのだろうか。階段を降りて、だいぶ経つ。五分くらい長い廊下を歩いた。

 一本道。曲がり角はない。ただひたすらに同じ光景。壁には模様もないし、看板もない。
 歩き続けていると、上の地上がどうなっているのか、一気に不安になった。見慣れない場所、空気に慄いている。

 少し前を歩く乃愛に「何処まで行くんだ?」と訊ねた。乃愛は振り返りもせず「あと少し」と答えてくれた。それでもまだ不安だ。その時、乃愛が立ち止まった。僕はびっくりして乃愛の前で立ち止まる。乃愛の前にあったのは、行き止まり。壁だった。
 乃愛が壁を手当り次第に探っている。何をしているんだろう。まさか、秘密の抜け穴から来たんだから、また隠し場所とか。まさかね。すると、壁が天井にあがっていった。まるで、舞台の幕みたいに。本当にあった。
 壁が天井に引いていって、あったのは、ドアノブのついた扉だった。

 乃愛がその扉を「ただいま戻りました」と言って開けた。まるで、お家に帰ってきた感じ。
「あ、おかえり~乃愛ちゃん」
 ツインテールをした女性が出迎えてくれた。ずっと同じ光景だった長い廊下から、景色が違う部屋へ。
 僕は恐る恐る中に入った。
 高い天井。台所やタンスなど一般家庭と変わらない部屋。大きなテレビがあるのが少し違う。

 それに、ここは暖房が効いてて温かい。心がじんと温まっていく。
「やぁ、君だね?外来種を倒したって噂のヒーローは?」
 流暢に話す男性が現れた。
 左目が眼帯で庇っている。見た目二十代半ばの長身男性。

 乃愛が着ている青い軍服を着ている。こちらは、両肩に星マークがついてて、ナルシストに、ボタンはしめていない。
「あ、所長。こちらは増田朝日ますだあさひくんです。初っ端から怖がらせないで!」
 僕の前に現れたのは、所長、と呼ばれた男性。
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