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カガミ合わせ
2―1 深夜の学校
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厚い雲に、曇天に覆われた空には月の影が一つも見えない。街は街頭と民家の明かりだけが灯していた。
誰もいない学校の校舎に二人の影が忍び寄る。頑丈に閉まった大きな門を登っている。
「ねぇ、やめよう。バレたら怒られるよ」
「大丈夫!」
優等生の佳苗と学校一問題児の珠姫は夜の学校にこっそり足を踏み入れていた。
夜の校舎は誰もいなく、毎日、屈託のない話しや笑い声が飛び交う教室は今や静寂な時が進んでいる。何故、二人は学校にいるかというと珠姫が教室に忘れ物をしたからだ。ついでに佳苗はその付き添い。
珠姫と佳苗は実は、親どうしが幼馴染でもあり隣近所の関係だ。
金髪とやや濃い茶色を混ぜたくせ毛の珠姫の髪の毛が歩むたびに、兎が跳ねているように大幅に揺れている。
「夜の学校とか、興奮しない!?」
珠姫が廊下を走り回って大声で言った。
闇に染まった長い廊下を歩いていく二人。その足音は人や動物の息さえも聞こえない静寂な闇に溶け込み、まるで学校中の建物に響いてるみたいだ。
「興奮しない! 走らない!」
ピシッと佳苗が母親みたく珠姫に説教した。丁度、壁に一枚の『走るな危険!!』というポスターが描かれているのを通り過ぎる。
「誰もいないね」
「そりゃそうだよ」
手に持っている懐中電灯を足元にチカチカ照らし、佳苗がひきつった顔を見せた。珠姫の後ろをついて歩く。
「何? 怖いの?」
「当たり前でしょ!! なんで、こんな時間に思い出して私も連れて来られきゃいけないの!?」
赤斑眼鏡の奥の瞳がうるっと潤んだ。それを見て珠姫がニカッと白い歯を見せた。
「大丈夫っ! 何かあったら、あたしがついているんだから安心しな」
「余計に不安」
そんな会話をしながら、二人はある教室へと辿り着いた。珠姫と佳苗の教室だ。黒板の上に掲げた今年の目標と体育祭のスローガンが特徴的ですぐにわかった。
月明かりさえあればいいものの、今夜は曇っている。そのせいで、教室はいつにも増して真っ黒だ。
怖がりな佳苗が電気をつけようと言い出す。しかし、珠姫はそれを止めた。
「警備員さんが来ちゃうよ!」
「あ、そっか」
電気をつける腕を引っ込め、仕方なく暗闇の教室に足を踏み入れる。
「あった?」
「あったあった!」
珠姫は引き出しに手を突っ込み、中から見せたのは数学の宿題だった。しかも、引き出しにゴミをいれてたのか、所々薄汚い。
「それじゃ帰ろ」
「オーケー!」
宿題をくるくると丸め内ポケットに入れた。
何事もなかったように教室の扉をちゃんとしめ、来た道を戻る。
珠姫の宿題も無事回収し、警備員さんにも見つからなかったし、二人は行きと同じように、いいや、それ以上にはしゃいだ。
あとは帰るだけという安堵に気持ちが揺らいでいたのだ。
そんな時、珠姫が好奇心にあることを言い出した。
「七不思議ってあるのかな?」
「なに急に」
やや憤然とした態度で佳苗が珠姫を睨む。珠姫は親指で南校舎の一階の音楽室を指差す。
「夜、誰もいない音楽室で奏でるオーケストラ……ちょっとこの目で見たくない?」
「見たくない」
「なんで!?」
即答で応えた佳苗ははぁとフカイため息をこぼし、冷徹な顔で言ってみせた。
「ここに来たのは宿題を回収するためだよ? これ以上、こんな場所にいたくないし。見つかったらどうすんの? 珠姫はいいけど私は……」
言葉を詰まらせた佳苗はプイと足元に顔をそらした。言葉の続きの意味が分かった珠姫は怒るふりをするも、大人しく佳苗の言うとおり帰ることにした。
一階に降りるや、また珠姫が性懲りもなく口を開いた。
「七不思議の鏡合わせ、試してみない? もうすぐ十二時になるし」
佳苗は突き飛ばす勢いで拒否る。でも、珠姫が強情に腕を引っ張って家庭科室に足を運ぶ。
この学校一大きな鏡があると噂される家庭科室。壁についた大きな鏡と反対に固定された小さな鏡があるのだが、その二つが向かい合うような形なので七不思議定番の『鏡合わせ』の噂がたっている。
時刻は夜の十一時五十分。十二時まであと十分。二人は向かい合う鏡の前に立った。
「ねぇやめよう」
「今さらだめ! ほらあと五分!」
カチカチと黒板の上に取り付けた時計がやけに室内に響く。向かい合わせになった鏡には珠姫と佳苗が映っている。それぞれ普段通りの姿勢だけど目の色は不安の表情が見えていた。そうして、十二時の時刻になった。
「ほら、なにもない」
佳苗が拍子抜けしたように合わせ鏡から席を外した。安堵している表情は気のせいだろう。
「そんなぁ」
珠姫はキラキラと輝かせた目を少し暗くして肩を竦める。佳苗が帰るよ、と強情に言う。そのとき。巨大な地震が二人を襲った。
§
再び目を開けてみると家庭科室の机や椅子が無造作に散らばっていた。立派な鏡も粉々に割れて、床に散乱している。
「起きて、ねぇ起きてよ珠姫」
佳苗はすぐ隣の珠姫を起こした。二人とも、命がらから鏡から離れて机の下にいる。おかげで怪我はしていない。
あれから気絶していたのだろう。時計を見たら早朝の時間に近い。ぐったりと横になっている珠姫を見て、まさか死んだのでは、と焦り肩を揺さぶった。
「起きて! 起きろ! 珠姫! こんの…――」
いくらゆさぶっても起きないので、痺れをきらし平手打ちをかましてやろうと頭上に右手をあげた。瞬間、珠姫の喉が唸った。苦しい声が微かに。
「…あれ……佳苗?」
虚ろな目で見上げ、久しい声を聞かせる。いつになくか弱い声。佳苗は優しくソッと言った。
「もう帰ろう」
「……うん」
ほとぼりが冷めたのか、あっけなく帰れた。家庭科室の鏡は少しいじったけど大丈夫だよね。夜、学校に忍び込んだことがバレたら人生において一番の問題。
明日は何事もなかったように触れ合おう、そう珠姫と佳苗は約束した。
誰もいない学校の校舎に二人の影が忍び寄る。頑丈に閉まった大きな門を登っている。
「ねぇ、やめよう。バレたら怒られるよ」
「大丈夫!」
優等生の佳苗と学校一問題児の珠姫は夜の学校にこっそり足を踏み入れていた。
夜の校舎は誰もいなく、毎日、屈託のない話しや笑い声が飛び交う教室は今や静寂な時が進んでいる。何故、二人は学校にいるかというと珠姫が教室に忘れ物をしたからだ。ついでに佳苗はその付き添い。
珠姫と佳苗は実は、親どうしが幼馴染でもあり隣近所の関係だ。
金髪とやや濃い茶色を混ぜたくせ毛の珠姫の髪の毛が歩むたびに、兎が跳ねているように大幅に揺れている。
「夜の学校とか、興奮しない!?」
珠姫が廊下を走り回って大声で言った。
闇に染まった長い廊下を歩いていく二人。その足音は人や動物の息さえも聞こえない静寂な闇に溶け込み、まるで学校中の建物に響いてるみたいだ。
「興奮しない! 走らない!」
ピシッと佳苗が母親みたく珠姫に説教した。丁度、壁に一枚の『走るな危険!!』というポスターが描かれているのを通り過ぎる。
「誰もいないね」
「そりゃそうだよ」
手に持っている懐中電灯を足元にチカチカ照らし、佳苗がひきつった顔を見せた。珠姫の後ろをついて歩く。
「何? 怖いの?」
「当たり前でしょ!! なんで、こんな時間に思い出して私も連れて来られきゃいけないの!?」
赤斑眼鏡の奥の瞳がうるっと潤んだ。それを見て珠姫がニカッと白い歯を見せた。
「大丈夫っ! 何かあったら、あたしがついているんだから安心しな」
「余計に不安」
そんな会話をしながら、二人はある教室へと辿り着いた。珠姫と佳苗の教室だ。黒板の上に掲げた今年の目標と体育祭のスローガンが特徴的ですぐにわかった。
月明かりさえあればいいものの、今夜は曇っている。そのせいで、教室はいつにも増して真っ黒だ。
怖がりな佳苗が電気をつけようと言い出す。しかし、珠姫はそれを止めた。
「警備員さんが来ちゃうよ!」
「あ、そっか」
電気をつける腕を引っ込め、仕方なく暗闇の教室に足を踏み入れる。
「あった?」
「あったあった!」
珠姫は引き出しに手を突っ込み、中から見せたのは数学の宿題だった。しかも、引き出しにゴミをいれてたのか、所々薄汚い。
「それじゃ帰ろ」
「オーケー!」
宿題をくるくると丸め内ポケットに入れた。
何事もなかったように教室の扉をちゃんとしめ、来た道を戻る。
珠姫の宿題も無事回収し、警備員さんにも見つからなかったし、二人は行きと同じように、いいや、それ以上にはしゃいだ。
あとは帰るだけという安堵に気持ちが揺らいでいたのだ。
そんな時、珠姫が好奇心にあることを言い出した。
「七不思議ってあるのかな?」
「なに急に」
やや憤然とした態度で佳苗が珠姫を睨む。珠姫は親指で南校舎の一階の音楽室を指差す。
「夜、誰もいない音楽室で奏でるオーケストラ……ちょっとこの目で見たくない?」
「見たくない」
「なんで!?」
即答で応えた佳苗ははぁとフカイため息をこぼし、冷徹な顔で言ってみせた。
「ここに来たのは宿題を回収するためだよ? これ以上、こんな場所にいたくないし。見つかったらどうすんの? 珠姫はいいけど私は……」
言葉を詰まらせた佳苗はプイと足元に顔をそらした。言葉の続きの意味が分かった珠姫は怒るふりをするも、大人しく佳苗の言うとおり帰ることにした。
一階に降りるや、また珠姫が性懲りもなく口を開いた。
「七不思議の鏡合わせ、試してみない? もうすぐ十二時になるし」
佳苗は突き飛ばす勢いで拒否る。でも、珠姫が強情に腕を引っ張って家庭科室に足を運ぶ。
この学校一大きな鏡があると噂される家庭科室。壁についた大きな鏡と反対に固定された小さな鏡があるのだが、その二つが向かい合うような形なので七不思議定番の『鏡合わせ』の噂がたっている。
時刻は夜の十一時五十分。十二時まであと十分。二人は向かい合う鏡の前に立った。
「ねぇやめよう」
「今さらだめ! ほらあと五分!」
カチカチと黒板の上に取り付けた時計がやけに室内に響く。向かい合わせになった鏡には珠姫と佳苗が映っている。それぞれ普段通りの姿勢だけど目の色は不安の表情が見えていた。そうして、十二時の時刻になった。
「ほら、なにもない」
佳苗が拍子抜けしたように合わせ鏡から席を外した。安堵している表情は気のせいだろう。
「そんなぁ」
珠姫はキラキラと輝かせた目を少し暗くして肩を竦める。佳苗が帰るよ、と強情に言う。そのとき。巨大な地震が二人を襲った。
§
再び目を開けてみると家庭科室の机や椅子が無造作に散らばっていた。立派な鏡も粉々に割れて、床に散乱している。
「起きて、ねぇ起きてよ珠姫」
佳苗はすぐ隣の珠姫を起こした。二人とも、命がらから鏡から離れて机の下にいる。おかげで怪我はしていない。
あれから気絶していたのだろう。時計を見たら早朝の時間に近い。ぐったりと横になっている珠姫を見て、まさか死んだのでは、と焦り肩を揺さぶった。
「起きて! 起きろ! 珠姫! こんの…――」
いくらゆさぶっても起きないので、痺れをきらし平手打ちをかましてやろうと頭上に右手をあげた。瞬間、珠姫の喉が唸った。苦しい声が微かに。
「…あれ……佳苗?」
虚ろな目で見上げ、久しい声を聞かせる。いつになくか弱い声。佳苗は優しくソッと言った。
「もう帰ろう」
「……うん」
ほとぼりが冷めたのか、あっけなく帰れた。家庭科室の鏡は少しいじったけど大丈夫だよね。夜、学校に忍び込んだことがバレたら人生において一番の問題。
明日は何事もなかったように触れ合おう、そう珠姫と佳苗は約束した。
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