56 / 57
二 名取美優
第55話 あの頃
しおりを挟む
対面して座ったものの、なにから話せば良いのやら。修斗くんはそこにあるコンビニエンスストアで飲み物買ってくるっと言って、この病室を出ていった。
よりによって二人っきり。初対面で二人っきりは気まずいよ。早く帰ってきて。
まるで、喋ってはいけないルールがあるようにその場は沈黙が渦巻いていた。時計のカチコチと、刻む音だけが、重い沈黙の室内にメロディが奏でていた。
私の頭の中は、なにか話さなきゃ、と思って必死に話題を探している。もちろん本題は頭の隅にちゃっかり置いてあるよ。
でも、いきなり本題を切り出すなんてどう思うのかな。
緊張と不安で胸が圧迫して、吐血しそう。もう限界。どう思われても構わない。このまま閉じていたら、血が逆流して吐きそう。もし、自分の過去を知る他人が現れたら、どう反応するだろうか、容易に検討がついた。
だからこそ、逃げる前に吐かせないと。
「ところで――」
「あの!」
い、いきなり被ってしまった。
景子おばさんはフフと微笑み、どうぞ、と優しく優先。なんて、優しい人なのだろう。
「あの、実は私、大倉麻耶の孫娘です」
そう言うと、さっきまで穏やかだった表情が一変した。笑顔が止まり、ぐるぐると恐ろしくなっていく。
急に大人びた表情で私を見つめた。その視線は、冷酷でキーンと冷えた氷のようだった。言うまでもなく、歓迎されてないと瞬時に分かった。
それでも、口を閉じることはできなかった。
「知りたいことがあります。どうしても、胸に引っかかること。矢田亜希子さんはどうして呪詛を行ったのですか?」
暫く無言。見つめ合いの攻防。
景子おばさんが断念したのか、はぁと深いため息をこぼした。さっきまで貼っていた肩をズルとおろす。
「そんなことが知りたいのね。それを今知ったとこで何になる。物好きだね、まったく」
奇妙で変な人物を発見したような眼差し。でも、仕方ない、と小言を言うと遠くの記憶を思い出すようにポツリポツリ語りだした。
「あの日はちょうど、炎天下だった。まっちゃんに呼ばれてあーちゃんと公園で遊ぶことに。私の家からあーちゃんが特に近かったのでさきにあーちゃんの迎えに家まで行くと、あーちゃんの叔母さまたちが揉めていた。その声は外にいた私まではっきり聞こえた」
私は固唾を飲んで会話を聞いた。その姿は、どう見えていただろう。景子おばさんがフフとはにかんだくらいだから、よほど変な格好だったかも。
「その当時、口論になってた会話ははっきりと分からなかった。でも今にして考えてみると、今年の神隠しを選別していた。そこには、当然のようにあーちゃんがいた。叔父さまたちを含め、あーちゃんも喧嘩をしていたから怖くって、勇気を振り絞ってあーちゃんの名前を呼んみた。それ以上、口論は止まった。多分、あーちゃんは口論を見ていた私に呪詛をかけたかったんだと思う」
「それは違うと思います」
私はきっぱり言い切った。景子おばさんは目を大きく見開かせた。
私はどうしてそういう根拠をはっきり言ったのか詳しく話した。
「亜希子さんは村で一番発言権がある家の娘、邪魔だと一度でも思えば家の力を使って抹消するはず。おばあちゃんも言ってました。気に入らなければ、すぐに権力を使って追い出すと。そうなれば、呪詛なんかよりさきに、景子おばさんを村から追い出していたはずです。だから違います。もっと他にあるんです!」
例えば……。
さっきの景子おばさんの話しが本当なら、亜希子さんはこれ以上、一家で殺害計画をやめたかったんじゃないかと、勝手な憶測。
景子おばさんは眉間にシワを寄せた。
「他? 他ねぇ……」
腕組みをし、深く考え込む。
その時間が異様に長かった。景子おばさんは暫く、腕組みをして硬く目を閉じた。
「わからないね。あのあーちゃんの考えは今になっても、ちっともわからない」
寂しそうな表情で青い空を見上げる。
その姿は、鬼の一族と呼ばれた女性ではない。まだ、幼さがほんの残っている少女の姿でした。
結局、謎は謎のまま。やっぱり、知る鍵は本人しか知らないってことだよね。
景子おばさんが分かっていることといえば、白蔵先生が亜希子さんに渡した封筒の中身。おばあちゃんは礼子さんと先に帰ったあと、景子おばさんはまだ学校に残っていたらしい。そのとき、亜希子さんは一人になった景子おばさんに教えたのです。
その中身は、東京に上京した亜希子さんの両親の手紙でした。東京でも活動を広げていた矢田家。手紙の内容は徐々に信仰が衰退している、と書かれていたのです。
村のほうでも衰退しているのに、都会のほうでも反発者がいたらしい。手紙を見て、亜希子さんはこう言った。
〝信仰が薄くなる前に自分がなんとかしないと〟
と。それで、わざとヤミヨミサマの仕業と言って住民に錯乱していた。
なんとなく、亜希子さんの大切なものが分かった。信仰が薄れていく村に何年か前に危機感を覚えた亜希子さんは、自分の家族と名誉のため、事件を難航し続けていた。
きっと、その呪詛もそうだ。強い想いで呪詛をしたはず。呆気なく礼子さんに潰されたけど。信仰しない村人を呪詛に、って勝手な想像だけど、でも、これ以上、家族が村人を次々と殺害する連鎖を断ち切るためだって思いたい。
景子おばさんもそうだ。
景子おばさんは村人が次々と壊れていく様を見て、幾度も願ったはずだ。元に戻って欲しいと。でも、その願いは届かなかった。
結果、心身共に壊れてしまい、激しく激情した。でも、それは外側で内面はまだ残ってたんだ。理性が。
礼子さんもおばあちゃんもみんな、大切なものに気づいた。気づいて、それを大事に抱えた、あるいは、自分の内側に隠した。
私には、なにがあるんだろう。〝大切なもの〟とは。目を瞑ってみると、電波塔で出会った少年の姿と、絶法村に行く道中、私の後ろにひっついて歩いた、自称傲慢ぷりの少年の姿がパッと脳裏に思い浮かんだ。
最初は、モヤがかかって誰か誰だかわからない。けどこの夏、この場所でしか味わえなかった夏の思い出が巻物のように鮮明に思い出してきた。
「あ……――」
「ん? なに?」
気がつくと、私は立ち上がっていた。ベッドで横になっている景子おばさんの視線が不思議な子、という痛い視線が刺さる。目を押し上げ、驚いた表情をされいた。
私は恥かしくなり、ストンと腰をおろした。タイミングよく、買い物に行っていた修斗くんが帰ってきた。
不思議なのは、荷物が両手で持てるジュース二本だけ。私たちは、少し雑談をしてから帰った。行きと帰りだけで全然違う。景子おばさんの印象も全然違う。
最初は、鬼のような女性だったらけど次第に、病院に現れた一匹の鼠の死を憐れむ心優しい女性だと分かった。
よりによって二人っきり。初対面で二人っきりは気まずいよ。早く帰ってきて。
まるで、喋ってはいけないルールがあるようにその場は沈黙が渦巻いていた。時計のカチコチと、刻む音だけが、重い沈黙の室内にメロディが奏でていた。
私の頭の中は、なにか話さなきゃ、と思って必死に話題を探している。もちろん本題は頭の隅にちゃっかり置いてあるよ。
でも、いきなり本題を切り出すなんてどう思うのかな。
緊張と不安で胸が圧迫して、吐血しそう。もう限界。どう思われても構わない。このまま閉じていたら、血が逆流して吐きそう。もし、自分の過去を知る他人が現れたら、どう反応するだろうか、容易に検討がついた。
だからこそ、逃げる前に吐かせないと。
「ところで――」
「あの!」
い、いきなり被ってしまった。
景子おばさんはフフと微笑み、どうぞ、と優しく優先。なんて、優しい人なのだろう。
「あの、実は私、大倉麻耶の孫娘です」
そう言うと、さっきまで穏やかだった表情が一変した。笑顔が止まり、ぐるぐると恐ろしくなっていく。
急に大人びた表情で私を見つめた。その視線は、冷酷でキーンと冷えた氷のようだった。言うまでもなく、歓迎されてないと瞬時に分かった。
それでも、口を閉じることはできなかった。
「知りたいことがあります。どうしても、胸に引っかかること。矢田亜希子さんはどうして呪詛を行ったのですか?」
暫く無言。見つめ合いの攻防。
景子おばさんが断念したのか、はぁと深いため息をこぼした。さっきまで貼っていた肩をズルとおろす。
「そんなことが知りたいのね。それを今知ったとこで何になる。物好きだね、まったく」
奇妙で変な人物を発見したような眼差し。でも、仕方ない、と小言を言うと遠くの記憶を思い出すようにポツリポツリ語りだした。
「あの日はちょうど、炎天下だった。まっちゃんに呼ばれてあーちゃんと公園で遊ぶことに。私の家からあーちゃんが特に近かったのでさきにあーちゃんの迎えに家まで行くと、あーちゃんの叔母さまたちが揉めていた。その声は外にいた私まではっきり聞こえた」
私は固唾を飲んで会話を聞いた。その姿は、どう見えていただろう。景子おばさんがフフとはにかんだくらいだから、よほど変な格好だったかも。
「その当時、口論になってた会話ははっきりと分からなかった。でも今にして考えてみると、今年の神隠しを選別していた。そこには、当然のようにあーちゃんがいた。叔父さまたちを含め、あーちゃんも喧嘩をしていたから怖くって、勇気を振り絞ってあーちゃんの名前を呼んみた。それ以上、口論は止まった。多分、あーちゃんは口論を見ていた私に呪詛をかけたかったんだと思う」
「それは違うと思います」
私はきっぱり言い切った。景子おばさんは目を大きく見開かせた。
私はどうしてそういう根拠をはっきり言ったのか詳しく話した。
「亜希子さんは村で一番発言権がある家の娘、邪魔だと一度でも思えば家の力を使って抹消するはず。おばあちゃんも言ってました。気に入らなければ、すぐに権力を使って追い出すと。そうなれば、呪詛なんかよりさきに、景子おばさんを村から追い出していたはずです。だから違います。もっと他にあるんです!」
例えば……。
さっきの景子おばさんの話しが本当なら、亜希子さんはこれ以上、一家で殺害計画をやめたかったんじゃないかと、勝手な憶測。
景子おばさんは眉間にシワを寄せた。
「他? 他ねぇ……」
腕組みをし、深く考え込む。
その時間が異様に長かった。景子おばさんは暫く、腕組みをして硬く目を閉じた。
「わからないね。あのあーちゃんの考えは今になっても、ちっともわからない」
寂しそうな表情で青い空を見上げる。
その姿は、鬼の一族と呼ばれた女性ではない。まだ、幼さがほんの残っている少女の姿でした。
結局、謎は謎のまま。やっぱり、知る鍵は本人しか知らないってことだよね。
景子おばさんが分かっていることといえば、白蔵先生が亜希子さんに渡した封筒の中身。おばあちゃんは礼子さんと先に帰ったあと、景子おばさんはまだ学校に残っていたらしい。そのとき、亜希子さんは一人になった景子おばさんに教えたのです。
その中身は、東京に上京した亜希子さんの両親の手紙でした。東京でも活動を広げていた矢田家。手紙の内容は徐々に信仰が衰退している、と書かれていたのです。
村のほうでも衰退しているのに、都会のほうでも反発者がいたらしい。手紙を見て、亜希子さんはこう言った。
〝信仰が薄くなる前に自分がなんとかしないと〟
と。それで、わざとヤミヨミサマの仕業と言って住民に錯乱していた。
なんとなく、亜希子さんの大切なものが分かった。信仰が薄れていく村に何年か前に危機感を覚えた亜希子さんは、自分の家族と名誉のため、事件を難航し続けていた。
きっと、その呪詛もそうだ。強い想いで呪詛をしたはず。呆気なく礼子さんに潰されたけど。信仰しない村人を呪詛に、って勝手な想像だけど、でも、これ以上、家族が村人を次々と殺害する連鎖を断ち切るためだって思いたい。
景子おばさんもそうだ。
景子おばさんは村人が次々と壊れていく様を見て、幾度も願ったはずだ。元に戻って欲しいと。でも、その願いは届かなかった。
結果、心身共に壊れてしまい、激しく激情した。でも、それは外側で内面はまだ残ってたんだ。理性が。
礼子さんもおばあちゃんもみんな、大切なものに気づいた。気づいて、それを大事に抱えた、あるいは、自分の内側に隠した。
私には、なにがあるんだろう。〝大切なもの〟とは。目を瞑ってみると、電波塔で出会った少年の姿と、絶法村に行く道中、私の後ろにひっついて歩いた、自称傲慢ぷりの少年の姿がパッと脳裏に思い浮かんだ。
最初は、モヤがかかって誰か誰だかわからない。けどこの夏、この場所でしか味わえなかった夏の思い出が巻物のように鮮明に思い出してきた。
「あ……――」
「ん? なに?」
気がつくと、私は立ち上がっていた。ベッドで横になっている景子おばさんの視線が不思議な子、という痛い視線が刺さる。目を押し上げ、驚いた表情をされいた。
私は恥かしくなり、ストンと腰をおろした。タイミングよく、買い物に行っていた修斗くんが帰ってきた。
不思議なのは、荷物が両手で持てるジュース二本だけ。私たちは、少し雑談をしてから帰った。行きと帰りだけで全然違う。景子おばさんの印象も全然違う。
最初は、鬼のような女性だったらけど次第に、病院に現れた一匹の鼠の死を憐れむ心優しい女性だと分かった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
命の質屋
たかつき
恋愛
【命の質屋】という超能力を手に入れた男。
思いがけず特殊な力を手に入れた男。
あるきっかけから新たなビジネスを始め、巨万の富を得ることになる。
同時期に親友の彼女からの紹介により出会った女性とも良好な関係を築いていくのだが……まさかの事態に。
男は難しい選択を迫られる事になる。
物のように命を扱った男に待ち受けていた運命とは?
タイトル以上にほのぼの作品だと思っています。
ジャンルは青春×恋愛×ファンタジーです。
◇◆◇◆◇
お読み頂きありがとうございます!
ストックの無い状態から始めますので、一話あたり約千文字くらいでの連載にしようと思っています。
少しでも気になる、面白いと思って頂けましたら、リアクションをください! 励みになります!
どうぞ宜しくお願い致します!
鬼母(おにばば)日記
歌あそべ
現代文学
ひろしの母は、ひろしのために母親らしいことは何もしなかった。
そんな駄目な母親は、やがてひろしとひろしの妻となった私を悩ます鬼母(おにばば)に(?)
鬼母(おにばば)と暮らした日々を綴った日記。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる