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二 名取美優
第54話 知りたいこと
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暁景子さんは事件前、大人しくて優しい子だとおばあちゃんが語っていた。しかし、事件の幕が挙がるにつれ、全貌が豹変。終いには、村人を殺害する殺人鬼と豹変。
おばあちゃんのノートにはこう綴られていた。
【景子、あなたは優しすぎた。人の感情が読み取れる子。だからこそ、変貌してしまった】
おばあちゃんは最後、分かっていたんだ。景子おばさんに、深く同情と悲哀が込められている。でも、この文面だけで私には分からない。
豹変する前に周りや家族は誰も気づかなかったのか、相談する相手を見つけなかったのか、当時の景子さんの心情に疑問がわく。
でも、私はそんなことはどうでもいい。過去なのだから。私が聞きたいのは事件が終わっても残る最大の謎。
それは、矢田亜希子さんはどうして呪詛を行ったのか。
あのとき、あの場所にいたもう一人の存在。つーちゃんのおじいちゃんには一回訊ねたことあるけど、つーちゃんに似てガハハと歯を剥き出しにして笑うばかり。
真剣に問いても、分からんと真剣な面持ちで返してきたっけ。そのときは、この親にして子ならぬ孫ありと承諾した。
つーちゃんのおじいちゃんは残念ながら宛にならないと分かってしまえば、残るは一人しかいない。
あの場所に五人いた中で、今もなお、生存していらしゃる暁景子さん。
会って、訊ねて、応えを導き出したい。
「シュウにただ会いたいだけじゃね?」
「ギグ……」
私は精一杯の笑顔をつくるも、否定はしない。その反応に心底嫌ったのか、つーちゃんは病院の地図が書かれた紙だけを私にくれた。ピラピラで、ごちゃごちゃした地図。
つーちゃんも一緒に来てくれるかと思いきや、子どもたちの中にわらわらと入っていく。仕方なく、病院に行くには私一人。
見知らぬ街の見知らぬ病院に向かうとは、流石に怖い。つーちゃんだけでも強引にお供にするべきだった。
地図に書かれたルートを真っ直ぐ進む。電車にのり、約二分かけて、街に到着。電車を降りたとき、カッと眩しい太陽が顔に照らされた。
いきなり、スポットライトを浴びせられてような光の熱。
「うわ……」
思わず、顔の前に手を翳した。指の隙間から溢れる暖かな温もり。
私は軽くスキップを跳ねる気持ちに歩を進んだ。しかし、見知らぬ街の景色を見ただけで少しずつ怖じ気ついてしまう。
その時、背後からポンと肩を叩かれた。思わず間抜けな変な声でちゃった。背後にいるのは誰なのか、全身の血が冷え伝わり、動悸がおかしくなる。さっきまで、じっとしていても汗だくだったのに、今や一滴も滴り落ちない。
恐る恐る振り向くと、修斗くんが立っていた。私のおどおどした反応を見て、微笑んでいる。
「し、修斗くん……」
「今……すっごい驚いてた」
お腹を押さえ、悶える修斗くんに私は一喝した。
「んもう! びっくりしたんだよ、今のっ!!」
「ごめんごめん」
まだ、悶えて笑う修斗くんに私にムッと睨んだ。その視線に気づいてか、コホンと咳払いし、いつもの生真面目な表情に戻った。
「ツーくんから聞いて、迎えにきたよ、こっち」
あ、戻った。
あのままで良かったのに、とほんの少し思う。あのつーちゃんもやるときはやるのね。見直したよ。
修斗くんの背中を追って、私は何度も今の笑顔を思い出し、今度はいつ見せてくれるか期待に胸が高鳴った。
「その、景子おばさんはどうして病院に?」
訊ねたみた。修斗くんは、遠い記憶を思い出すように語る。
「熱中症で一週間前倒れたの」
「そうなんだ」
それ以上の会話なし。なんか気まずい空気。もしかして私、地雷踏んだ?
一人でジタバタ慌て、悶々と考えるも、良くわからない。つーちゃんは普通に話題にだしてたのに、あ、でもよく思い出せば、修斗くんがいないところでだ。
もしかして、大爆発の地雷踏んだのは、この世で私だけなのでは。家族の話しって嫌いなのかな。もっと、知らないと。なるべく地雷踏まないように。
そして、病院に辿り着いた。歩いて十五分もかからない場所。
入った途端、スーと冷えたクーラーの空気が。熱いなか歩いてきた私の体の芯をスーと冷やしてくれる。外が灼熱地獄という忘れてしまいそうだ。
「うんわぁ、涼しい」
体を背伸びすると、修斗くんが横目で、誰かを発見。
「あ、おばあちゃん」
背伸びした体が、グギとなった。折れた骨が聞こえたような気が。
修斗くんがどこかに行ってしまう。あ、待ってまだ心の準備が。
受付があり、右にひたすら長い廊下が続く場所、個室のドアからひょっこりと顔を覗かせた老女が。
「おや、修斗居なくなったと思いきや彼女なんか連れてきて」
ホホホとおしとやかに笑う。
黒がまだ白髪に染まっていない白黒髪に、日焼け全くしていない真っ白な肌、どこか落ち着いた雰囲気をまとっているのは修斗くんと同じ。
とてもやこの人が昔、豹変し村人を殺害していったなんて信じられない。それくらい、地味で素朴な女性。
「おばあちゃん、か、彼女じゃないよ」
「あらあら、そう? 照れてるわよ」
ふふふと唇を手で上品に隠し笑う。ほんとにどっかの金持ちみたいなおしとやかさ。思わず見惚れてしまいそうだ。
だめだだめだ。なんの為にここまで来たと思ってんの。見惚れてる場合じゃない、勇気を振り絞って一言。いざいかん。
「あ、ああの、私、いつも修斗くんにお世話になっております。名取美優です」
「あらあら」
ペコと会釈すると、景子おばさんはあらら、と言って微笑む。
「さ。入って」
手招きして、病室に招き入れる。
白い壁に、真っ白なシーツ、テレビの棚に綺麗に整えられた私物。どこにでもあるような個室だった。広くって匂いもない。
私も修斗くんも入ってみる。不安と緊張でどうにかなりそうだ。
景子おばさんがベットに座り、私たちはパイプ椅子に座った。
おばあちゃんのノートにはこう綴られていた。
【景子、あなたは優しすぎた。人の感情が読み取れる子。だからこそ、変貌してしまった】
おばあちゃんは最後、分かっていたんだ。景子おばさんに、深く同情と悲哀が込められている。でも、この文面だけで私には分からない。
豹変する前に周りや家族は誰も気づかなかったのか、相談する相手を見つけなかったのか、当時の景子さんの心情に疑問がわく。
でも、私はそんなことはどうでもいい。過去なのだから。私が聞きたいのは事件が終わっても残る最大の謎。
それは、矢田亜希子さんはどうして呪詛を行ったのか。
あのとき、あの場所にいたもう一人の存在。つーちゃんのおじいちゃんには一回訊ねたことあるけど、つーちゃんに似てガハハと歯を剥き出しにして笑うばかり。
真剣に問いても、分からんと真剣な面持ちで返してきたっけ。そのときは、この親にして子ならぬ孫ありと承諾した。
つーちゃんのおじいちゃんは残念ながら宛にならないと分かってしまえば、残るは一人しかいない。
あの場所に五人いた中で、今もなお、生存していらしゃる暁景子さん。
会って、訊ねて、応えを導き出したい。
「シュウにただ会いたいだけじゃね?」
「ギグ……」
私は精一杯の笑顔をつくるも、否定はしない。その反応に心底嫌ったのか、つーちゃんは病院の地図が書かれた紙だけを私にくれた。ピラピラで、ごちゃごちゃした地図。
つーちゃんも一緒に来てくれるかと思いきや、子どもたちの中にわらわらと入っていく。仕方なく、病院に行くには私一人。
見知らぬ街の見知らぬ病院に向かうとは、流石に怖い。つーちゃんだけでも強引にお供にするべきだった。
地図に書かれたルートを真っ直ぐ進む。電車にのり、約二分かけて、街に到着。電車を降りたとき、カッと眩しい太陽が顔に照らされた。
いきなり、スポットライトを浴びせられてような光の熱。
「うわ……」
思わず、顔の前に手を翳した。指の隙間から溢れる暖かな温もり。
私は軽くスキップを跳ねる気持ちに歩を進んだ。しかし、見知らぬ街の景色を見ただけで少しずつ怖じ気ついてしまう。
その時、背後からポンと肩を叩かれた。思わず間抜けな変な声でちゃった。背後にいるのは誰なのか、全身の血が冷え伝わり、動悸がおかしくなる。さっきまで、じっとしていても汗だくだったのに、今や一滴も滴り落ちない。
恐る恐る振り向くと、修斗くんが立っていた。私のおどおどした反応を見て、微笑んでいる。
「し、修斗くん……」
「今……すっごい驚いてた」
お腹を押さえ、悶える修斗くんに私は一喝した。
「んもう! びっくりしたんだよ、今のっ!!」
「ごめんごめん」
まだ、悶えて笑う修斗くんに私にムッと睨んだ。その視線に気づいてか、コホンと咳払いし、いつもの生真面目な表情に戻った。
「ツーくんから聞いて、迎えにきたよ、こっち」
あ、戻った。
あのままで良かったのに、とほんの少し思う。あのつーちゃんもやるときはやるのね。見直したよ。
修斗くんの背中を追って、私は何度も今の笑顔を思い出し、今度はいつ見せてくれるか期待に胸が高鳴った。
「その、景子おばさんはどうして病院に?」
訊ねたみた。修斗くんは、遠い記憶を思い出すように語る。
「熱中症で一週間前倒れたの」
「そうなんだ」
それ以上の会話なし。なんか気まずい空気。もしかして私、地雷踏んだ?
一人でジタバタ慌て、悶々と考えるも、良くわからない。つーちゃんは普通に話題にだしてたのに、あ、でもよく思い出せば、修斗くんがいないところでだ。
もしかして、大爆発の地雷踏んだのは、この世で私だけなのでは。家族の話しって嫌いなのかな。もっと、知らないと。なるべく地雷踏まないように。
そして、病院に辿り着いた。歩いて十五分もかからない場所。
入った途端、スーと冷えたクーラーの空気が。熱いなか歩いてきた私の体の芯をスーと冷やしてくれる。外が灼熱地獄という忘れてしまいそうだ。
「うんわぁ、涼しい」
体を背伸びすると、修斗くんが横目で、誰かを発見。
「あ、おばあちゃん」
背伸びした体が、グギとなった。折れた骨が聞こえたような気が。
修斗くんがどこかに行ってしまう。あ、待ってまだ心の準備が。
受付があり、右にひたすら長い廊下が続く場所、個室のドアからひょっこりと顔を覗かせた老女が。
「おや、修斗居なくなったと思いきや彼女なんか連れてきて」
ホホホとおしとやかに笑う。
黒がまだ白髪に染まっていない白黒髪に、日焼け全くしていない真っ白な肌、どこか落ち着いた雰囲気をまとっているのは修斗くんと同じ。
とてもやこの人が昔、豹変し村人を殺害していったなんて信じられない。それくらい、地味で素朴な女性。
「おばあちゃん、か、彼女じゃないよ」
「あらあら、そう? 照れてるわよ」
ふふふと唇を手で上品に隠し笑う。ほんとにどっかの金持ちみたいなおしとやかさ。思わず見惚れてしまいそうだ。
だめだだめだ。なんの為にここまで来たと思ってんの。見惚れてる場合じゃない、勇気を振り絞って一言。いざいかん。
「あ、ああの、私、いつも修斗くんにお世話になっております。名取美優です」
「あらあら」
ペコと会釈すると、景子おばさんはあらら、と言って微笑む。
「さ。入って」
手招きして、病室に招き入れる。
白い壁に、真っ白なシーツ、テレビの棚に綺麗に整えられた私物。どこにでもあるような個室だった。広くって匂いもない。
私も修斗くんも入ってみる。不安と緊張でどうにかなりそうだ。
景子おばさんがベットに座り、私たちはパイプ椅子に座った。
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