わたしとあなたの夏。

ハコニワ

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二 名取美優

第53話 その流れは

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 おばあちゃんが亡くなる前、私に問いかけてきた「大切なもの」について、私は少し分かるようになった。
 おばあちゃんの大切なものも。おばあちゃんの大切なものは、神田礼子さんと高祖母こうそぼに当たる人の強い〝想い〟と〝絆〟だった。
 私は何なんだろう。私の大切なものは……――。

 8月2日(木)

 この村を出るのに、あと一日。朝から早い時間に起こされて、家族会議が始まった。お題はもちろん、おばあちゃんに残された遺産と畑、この家、要はお金の話しだった。
 お金の話しならば、私もいれないでほしい。大人だけでやってほしいも、この問題に私も大きく関わっているらしい。
 まずは、畑。少し離れた地に二枚の畑がある。そこでは、赤く染まったトマトやぶっといナスが植えられている。私も幼いころ、その畑でおばあちゃんと一緒にトマトの収穫を手伝ったけ。まだ、昨日のように感じる。

 畑の管理の名前は、まだおばあちゃんになっている。この家の水道も光熱費もまだおばあちゃんの名義。葬式から色々あって、その名義のことをすっかり忘れていた。
 おばあちゃんもいない家は、誰も住まない。よって、水道も電気も今日いっぱいで止めようと、お父さんが言った。
「待って、明日までじゃないの?」
「明日の早朝に出るのよ」
 お母さんがきっぱりとそう言った。
 おばあちゃんの死にあんな泣いていたのに、いざ時間が経つと、すっきりと忘れ去ろうとしている。
「来年の夏は……ここに、来るの?」
「来ないわよ。おばあちゃんいないのに」
 私は膝が震えた。頭が真っ白になった。
 子どもの私には、ここに残る、と発言はできなかった。子ども一人で食事、家事、経済面など生きる術を知らない。
 けれど、来年の夏もここに来ると思っていた。また、二人と灯籠流ししようって約束したのに。

 目の前が真っ黒になったまま、両親はこんな私をよそに、議題を結論へと写っている。
 畑は村の近くに住んでいる母の兄妹に名義をかえ、家は取り壊さないで空き家と結論。
 このご時世、空き家は問題になる、とたった今出た結果に問題が生じた。
 天井裏に鼠がいるも、柱は丈夫でしっかりと家を支えている。だてにプロフェッショナルの大工親父が建築したわけだ。築三十年以上経っても丈夫。その家を取り壊すなんて、もったいない。
 それに、お母さんも自分が育った思い出のある家を取り壊すなんて、選択肢は死んでも嫌だろう。

 私は消失しながら、でも、淡い希望を湧いてある提案を持ちかけた。
「こっちで暮らせば良いんじゃない?」
 そうすれば、ずっと二人と一緒だ。お祭りよりももっと、春夏秋冬を過ごせる。
「それが良いよ! だってこんなに立派だし。それに、おばあちゃんがいないからってお墓参りはどうすんの? 来ないわけ!? 冷酷! 無慈悲!」
「だめだ」
 お父さんが拒否。即答。
 ビクッとなるほど声が低い。お母さんも、大きく首を頷く。
「美優、あなたには言ってなかったけどこの村はね……」
「知ってる。けど、それが何? もう何年も前の話しじゃん!」
 二人の顔は青白くなった。
 私が知ってる、と知って体中の毛を逆立っている。二人は私が知ってることに、大きなショックを抱いている。
 家族会議は話しが拗れ、結論が出ず今日はこれでお開きになった。二人の顔色は、真っ昼間なのに青白かった。

 入道雲がモクモクと広がる青い空。彼方の空まで透き通って見える。でも、地上では砂場が熱をおびていた。
 じっとしていても体中に汗が湧き出る暑さ。ほんの外に出ただけで、汗がじわと出て、服にピタとくっつく。脇汗予防シート貼ってて良かった。
 公園の影に休む私は、その雲を眺めていた。時折、キャーキャー叫ぶ近所の子が駆け回る姿も。こんな真夏なのに、噴水の水を頭から被って、走り回っている。子どもってほんとに元気だ。
 暑さにやられて、ぐったりしているとつーちゃんが駆け寄ってきた。
「だらしねぇな! 頑張れよ!」
「うるさいなぁ。こっちは朝からクタクタなの」
 つーちゃんは他の子どもたちと一緒に、噴水の水を浴びて、公園を走り回っていた。小学低学年くらいの子と一緒に。ほんとに混じっても、違和感がない。それほど、彼から匂わせる無邪気なものがその子たちと一緒なのか。
「……もしもの話しだよ?」
 私は、おぼろげに今日の出来事を〝もしも〟と言い換えて喋った。
「もし、私が来年の夏、来なかったらどうする?」
 つーちゃんは暫く考え、こう言った。
「そん時はオレらが会いにきてやる! 感謝しろよな!」
「なにそれー」
 私は笑いながらも、心中では嬉しかった。まさか、つーちゃんに励まされるなんて世も末だな。
 私はふと気づいた。つーちゃんがいるなら修斗くんもいるはず。なのに、どこにもいない。
「ねぇ、修斗くんは?」
 つーちゃんは私の顔じっと見て、興ざめしたようにつぶやいた。
「景子おばさんの病院とこ」
 私はふぅん、と言って納得するも次第に、つーちゃんの言葉が耳から脳に伝わり、やんわりと誰かの顔が思い浮かべた。
 最初はモヤがかかって、誰か判別しにくい。が徐々にそのモヤが消え、あどけない少女の顔を思い浮かべた。
 それは、アルバムから見つけた一枚の白黒写真。左から数えて二番目の立ち位置にいた少女。ぎこちなく立って、恥ずかしげにその隣の神田礼子さんに寄り添っていた、あの少女。
「景子おばさんって、あの景子?」
 訊ねると、つーちゃんは問いた私をマジかよ、と言いたげに真剣な表情になった。つーちゃんにされると、逆に腹立つな。
「景子て名前、景子おばさんしかいないだろ? 他に誰がいんだよ」
 知らないから聞いてんだよ。
 人口三百のどれを当たっても、景子って名前は一つや二つは重なるはず。でも、偶然か否や一軒も重ならない。それは〝鬼の一族〟と畏怖された彼女のせいかもしれない。

 私は勢い良く立ち上がった。
「よし! 行こうっ!」
「はぁ!?」
 忽然と立ち上がり、強く言い切った私に、つーちゃんはこの世で信じられないものを発見した表情をした。
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