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二 名取美優
第40話 歯車は動きだす
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二人のカミングアウトを聞いて、私は素っ気なく返事を返してしまった。二人も何気なく気づいているだろう。私との出会いに、何かが起ころうとしていることを。
だからなのか、二人は早々と家を出ていった。二人は今まで見たこともないぐらい憂鬱でどこか、寂しい表情をしていた。
その夜、私はおばあちゃんにこのノートについて話しがしたかった。これは本当に体験したことなのかを確かめたい。
空の色がまだ明るい時刻。赤い陽が辺りをメラメラと燃やしていた昼間より、穏やかになった夕暮れの時間。畑仕事を終わった両親が帰ってきた。
服も顔も泥まみれで汚れてて、それなのに、ひと仕事終えたようなルンルンした笑顔。
「おかえり。おばあちゃんは?」
私が訊ねると、お母さんは土と汗で酷く臭う長靴を脱ぎながらこう言った。
「老人会が長引いてるそうよ。あんたには連絡来なかったの?」
来ていない。スマートフォンの充電はバッチリでバッテリーもあるのに、メールも電話一本もない。そういや、都会で彼氏と海満喫中の友達とも、あれから連絡来ていない。
ラインの返事は一応したけど、やっぱり返信が遅かったから、無視してんだね。あぁ、めんどくさい。この夏が終わったら、私、イジメの標的かな。
「そういえば、美優」
やっとのことで長靴を脱いだお母さんが話題を出した。
「あんた、最近近所の子と仲良いって噂じゃない。良かったわね。どんな子?」
「えぇと、優しい子だよ。一人は喧嘩する子だけど」
それを聞いたお母さんは安堵の顔を浮かべた。友達ができて良かった、と一言呟く。友達、と言われるとちょっと複雑。友達と言えるほど、仲が良いとはいえないようなきがするので。
それから、間もなくして晩ご飯の支度。おばあちゃん家なのに、おばあちゃんがいないこの家で夕食。
聞きたいこと、話したいこと、頭の中ではいっぱいいっぱいで混乱している。おばあちゃんの顔を見れば、おさまるかも。今は、お母さんの手料理を食べることにした。
まだ、ミンミンゼミが鳴いている。けたましく。テレビでお笑い芸人が漫才をしていて、せっかく受けて会場が笑いの花で満開なのに、その音をかき消している。樹に止まった複数のミンミンゼミは、そんなのを見ている場合じゃないよ、と言うように甲高く鳴いている。まるで、何かを警告してくるようだった。
「うるさいなぁ」
お父さんが憤然と立ち上がって、部屋の窓を閉めた。少し、鳴き声が遠くなる。けど、実際その蝉たちはまだいる。そこの樹に止まって、まだ私たちを見ている。
私はテレビに映っているお笑い芸人よりも、傍らに置いてあるノートを読んだ。ごはんを食べながら読んでいます。
お父さんが度々、叱ってくるもノートを取り上げるほどではないので、私も程々に行動をうつした。
おばあちゃんが帰ってくるのはまだかまだかと期待に心を踊る。
「ねぇ、おばあちゃん遅くない?」
時計を見上げると、時刻は六時前だった。私だったら、叱られてる時刻だ。
「あら、本当ね。電話してみましょうか」
お母さんが時計を見て、慌ててそこにあったスマートフォンを手にとった。そしたら、横にいたお父さんがそれを静止した。
「お義母さんも美優じゃないんだ。話しで盛り上がっているだけだよ。きっと」
「そうね」
お母さんはそっとスマートフォンを机に置いた。こっちは困るよ。おばあちゃんが早く帰って来なかったら、こっちは頭爆発。もう、爆発寸前。普段、勉強とかしない頭だから、今回このノートでフル稼働しているよ。だからお願い、はやくかえってきて。
――プルルルルルル
家の電話が鳴った。
この部屋を抜けて、廊下を数歩行けばたどり着く電話。私たち家族は息が止まった。氷漬けにされたように箸を進める手もとまる。電話のコールが鳴るにつれ、氷が溶け、まずお父さんが廊下を出ていった。
それから暫くして、お父さんが廊下から現れた。お母さんをの顔を見て、手招きする。その表情は、今日の修斗くんとつーちゃんのような浮かない表情だった。
お母さんは、お父さんの顔を見て箸を置いて部屋を出た。残った私はテレビよりもノートに注目した。
両親のコソコソ話しが聞こえてくる。
おばあちゃんが事故に遭ったって――。
私の思考は停止した。ノートを持っている手に力が入らない。心臓がはやく脈をうち、過呼吸みたいになった。どういうふうに吸えば、どのように吐けばいいのかよく分からない。私たち家族は、おばあちゃんのいる病院へと真っ先に向かった。
道中、ミンミンゼミがほらね、とあざ笑うように鳴いた。
車で村の中央にある病院まで発進させた。おばあちゃんは老人会で話しに盛り上がって、最終便のバスに乗っていたらしい。そのバスが横転して……。
乗客はおばあちゃん一人だった。着いた病院は古びてて、建物には亀裂がある。地震がくれば、跡形もなく崩れ落ちそうな建物だ。受付の若い女性に聞いて、私たちは院内を走る。
おばあちゃんのいる病室までたどり着く。そこには、私たちの心配をよそに、元気に笑っているおばあちゃんの姿が……。
そんな幻を見てしまった。
心のどこかにその幻を縋るほど見たかった。以前、熱中症で倒れたときも、病院で運ばれたとき、私たちの心配をよそに他の病室の人とトランプで遊んでいたのだ。
だから、今回も病室で遊ぶおばあちゃんの姿が見えるのだと、信じていた。けど違った。病室では信じられない光景が広がっていたからだ。
病室のベッドでぐったりと横になるおばあちゃん。誰かも分からないほどぐるぐるに包帯を巻いている。とてもやトランプをする気力ではなかった。そもそも、歩ける足が失ったのだから、できやしない。
膝から下の右足が失っている。包帯で覆っても出血して、赤い血が滲んでいる。
お母さんが泣いた。病院中に響き渡るほど大泣きする。私はどうしたら良いのか分からなくって、呆然とするしかなかった。
お医者が言うには、病院に来たときには瀕死の状態だと。ここまでもったのは奇跡だと。カテーテルに繋がれたおばあちゃんの息と、心臓の波動が小さい。残り僅かな命の灯火に気づく。
お父さんとお母さんはおばあちゃんの手を握った。お母さんはうっうっと嗚咽をしながら。私も片方の手を握った。あのしわくちゃな手のひらは包帯で隠されている。でも、生ぬるい体温が感じた。
だからなのか、二人は早々と家を出ていった。二人は今まで見たこともないぐらい憂鬱でどこか、寂しい表情をしていた。
その夜、私はおばあちゃんにこのノートについて話しがしたかった。これは本当に体験したことなのかを確かめたい。
空の色がまだ明るい時刻。赤い陽が辺りをメラメラと燃やしていた昼間より、穏やかになった夕暮れの時間。畑仕事を終わった両親が帰ってきた。
服も顔も泥まみれで汚れてて、それなのに、ひと仕事終えたようなルンルンした笑顔。
「おかえり。おばあちゃんは?」
私が訊ねると、お母さんは土と汗で酷く臭う長靴を脱ぎながらこう言った。
「老人会が長引いてるそうよ。あんたには連絡来なかったの?」
来ていない。スマートフォンの充電はバッチリでバッテリーもあるのに、メールも電話一本もない。そういや、都会で彼氏と海満喫中の友達とも、あれから連絡来ていない。
ラインの返事は一応したけど、やっぱり返信が遅かったから、無視してんだね。あぁ、めんどくさい。この夏が終わったら、私、イジメの標的かな。
「そういえば、美優」
やっとのことで長靴を脱いだお母さんが話題を出した。
「あんた、最近近所の子と仲良いって噂じゃない。良かったわね。どんな子?」
「えぇと、優しい子だよ。一人は喧嘩する子だけど」
それを聞いたお母さんは安堵の顔を浮かべた。友達ができて良かった、と一言呟く。友達、と言われるとちょっと複雑。友達と言えるほど、仲が良いとはいえないようなきがするので。
それから、間もなくして晩ご飯の支度。おばあちゃん家なのに、おばあちゃんがいないこの家で夕食。
聞きたいこと、話したいこと、頭の中ではいっぱいいっぱいで混乱している。おばあちゃんの顔を見れば、おさまるかも。今は、お母さんの手料理を食べることにした。
まだ、ミンミンゼミが鳴いている。けたましく。テレビでお笑い芸人が漫才をしていて、せっかく受けて会場が笑いの花で満開なのに、その音をかき消している。樹に止まった複数のミンミンゼミは、そんなのを見ている場合じゃないよ、と言うように甲高く鳴いている。まるで、何かを警告してくるようだった。
「うるさいなぁ」
お父さんが憤然と立ち上がって、部屋の窓を閉めた。少し、鳴き声が遠くなる。けど、実際その蝉たちはまだいる。そこの樹に止まって、まだ私たちを見ている。
私はテレビに映っているお笑い芸人よりも、傍らに置いてあるノートを読んだ。ごはんを食べながら読んでいます。
お父さんが度々、叱ってくるもノートを取り上げるほどではないので、私も程々に行動をうつした。
おばあちゃんが帰ってくるのはまだかまだかと期待に心を踊る。
「ねぇ、おばあちゃん遅くない?」
時計を見上げると、時刻は六時前だった。私だったら、叱られてる時刻だ。
「あら、本当ね。電話してみましょうか」
お母さんが時計を見て、慌ててそこにあったスマートフォンを手にとった。そしたら、横にいたお父さんがそれを静止した。
「お義母さんも美優じゃないんだ。話しで盛り上がっているだけだよ。きっと」
「そうね」
お母さんはそっとスマートフォンを机に置いた。こっちは困るよ。おばあちゃんが早く帰って来なかったら、こっちは頭爆発。もう、爆発寸前。普段、勉強とかしない頭だから、今回このノートでフル稼働しているよ。だからお願い、はやくかえってきて。
――プルルルルルル
家の電話が鳴った。
この部屋を抜けて、廊下を数歩行けばたどり着く電話。私たち家族は息が止まった。氷漬けにされたように箸を進める手もとまる。電話のコールが鳴るにつれ、氷が溶け、まずお父さんが廊下を出ていった。
それから暫くして、お父さんが廊下から現れた。お母さんをの顔を見て、手招きする。その表情は、今日の修斗くんとつーちゃんのような浮かない表情だった。
お母さんは、お父さんの顔を見て箸を置いて部屋を出た。残った私はテレビよりもノートに注目した。
両親のコソコソ話しが聞こえてくる。
おばあちゃんが事故に遭ったって――。
私の思考は停止した。ノートを持っている手に力が入らない。心臓がはやく脈をうち、過呼吸みたいになった。どういうふうに吸えば、どのように吐けばいいのかよく分からない。私たち家族は、おばあちゃんのいる病院へと真っ先に向かった。
道中、ミンミンゼミがほらね、とあざ笑うように鳴いた。
車で村の中央にある病院まで発進させた。おばあちゃんは老人会で話しに盛り上がって、最終便のバスに乗っていたらしい。そのバスが横転して……。
乗客はおばあちゃん一人だった。着いた病院は古びてて、建物には亀裂がある。地震がくれば、跡形もなく崩れ落ちそうな建物だ。受付の若い女性に聞いて、私たちは院内を走る。
おばあちゃんのいる病室までたどり着く。そこには、私たちの心配をよそに、元気に笑っているおばあちゃんの姿が……。
そんな幻を見てしまった。
心のどこかにその幻を縋るほど見たかった。以前、熱中症で倒れたときも、病院で運ばれたとき、私たちの心配をよそに他の病室の人とトランプで遊んでいたのだ。
だから、今回も病室で遊ぶおばあちゃんの姿が見えるのだと、信じていた。けど違った。病室では信じられない光景が広がっていたからだ。
病室のベッドでぐったりと横になるおばあちゃん。誰かも分からないほどぐるぐるに包帯を巻いている。とてもやトランプをする気力ではなかった。そもそも、歩ける足が失ったのだから、できやしない。
膝から下の右足が失っている。包帯で覆っても出血して、赤い血が滲んでいる。
お母さんが泣いた。病院中に響き渡るほど大泣きする。私はどうしたら良いのか分からなくって、呆然とするしかなかった。
お医者が言うには、病院に来たときには瀕死の状態だと。ここまでもったのは奇跡だと。カテーテルに繋がれたおばあちゃんの息と、心臓の波動が小さい。残り僅かな命の灯火に気づく。
お父さんとお母さんはおばあちゃんの手を握った。お母さんはうっうっと嗚咽をしながら。私も片方の手を握った。あのしわくちゃな手のひらは包帯で隠されている。でも、生ぬるい体温が感じた。
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