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一 大倉麻耶
第30話 問う
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「おかしくない?」
礼子がぼそっとつぶやいた。
わたしはびっくりして凝視すると、礼子は息をついて語りだした。
「こんな夜中に明かりがついている。しかも、ほら、外を出歩いている。信仰があつくなったのにおかしいわ」
わたしの肩の後ろにまわしてた腕を解き、フラフラとした足取りで歩いた。
「礼子っ! 大丈夫なの!?」
慌てて駆け寄った。礼子はわたしの顔を真っ直ぐ見てニッコリ笑った。
「大丈夫よ。少し苦しいけど、麻耶のほうこそキツいでしょ? ここまでおぶってくれたもの。ここからは自分の足で歩かないと」
わたしの心配をよそに、礼子はすたこらさっさと歩いていく。時折、酔っ払ったようにフラフラな足取りで転けそうになる。
そんな姿にどうも目が離せられなくて、そばに駆け寄った。礼子の隣で、歩幅を合わせて倒れないように見守った。
夜中なのに、本当にどこの家も明かりがついていた。松明に炎をつけて出歩く住民もちらほら。
「本当だ。なにしてんだろ」
曲がり角から顔をだし、ちょっと前乗りになるとグイと強引に腕を引っ張られ戻された。
「なにしてんの!!」
「ちょっと様子見に……」
「ちょっとどころじゃないわ。一瞬でも見つかればアウトよ! ゔっ!」
礼子は左目を苦しそうにおさえ、大きく息を吸い深呼吸をした。終えるとわたしの目を怪しむようにじっと見た。
「景子が言ってた言葉を思い出して。景子はこう言ったのよね? 信仰しない村人を人柱にするって」
「うん……」
あのとき、笑い、狂い、人を襲った景子の顔が脳裏にふとよぎった。誰かに操られた虚ろな目でもなかった。あれは、完全にはっきり人格を持って行動していた。景子はどうして変貌したのか、理由はおろか経緯も全く検討がつかない。
わたしが考え込んでいる合間に礼子は話を続ける。
「今、住民は誰かを探している。もしかしたら、外に出た私たちなのかもしれない。ここは見つからないように去りましょう」
「うん。そうだね」
二人揃ってここをあとにした。気づかれずに、踵を返した途端一人の村人に見つかった。
「麻耶、礼子なにしてんだ?」
恐る恐る振り向くと、わたしたちから離れた場所に松明を持った少年が立っていた。赤く飛沫する炎。それに照らされた相手は感動するほど久しい少年でした。
「洋介っ!」
「田村くん……」
礼子も安堵の息をこぼした。洋介はわたしと礼子を交互に見て目を細めた。
「お前らやっぱり外に出たのか? それより礼子、その血、どうしたんだ?」
わたしと礼子は顔を見合った。血が染み渡り真っ赤になった布はやはり隠しきれない。礼子は咄嗟に、左目を手のひらで覆い被した。
やはり礼子の憶測は正しい。村人たちは外に出たわたしたちを探っていたのだ。
わたしは慎重に言葉を選んだ。もしかしたら、洋介も村人側のグルかもしれない。わたしたちを見つけたら、直ちに報告するように、って言われているんだ。
「まず、ごめんなさい。佳代子さんが亡くなったばっかりなのに無茶なことを誘って。礼子は……」
「派手に転んだの。気にしないで」
ニコッと愛想笑いを浮かべた。その裏で奥歯を噛み締めていることに洋介は気づいていない。
洋介は面倒臭そうに頭の後ろをワシワシかいた。
「あぁ、それ……別にいいよ」
あれ、言葉間違えたのかな。ちょっと様子がおかしいぞ。なんでだろう、感だけど、怒っている? 礼子の顔がわたしの耳に近づいてきた。サラッとした髪の毛がわたしの頬に当たってくる。礼子の家の匂いが鼻孔をくすぐった。
ボソボソと小さな声で語りかけてきた。
「たしか、田村くんにも声かけたんでしょう? この中で一番厄介だわ。上手く巻きましょう」
「……そうだね」
あれ? なんだろう、この違和感。さっきからなにかが引っかかっている。
「ねぇ洋介……みんななにしているの?」
「何って……ヤミヨミサマが降臨したんだ! さっき生贄を授けよって仰ったんだ!」
わたしと礼子は仰天の声をあげた。学校でも成績最下位で白蔵先生に怒られてばっかりだし、近所の子どもたちと一緒に落とし穴とかつくっているような幼稚で馬鹿な洋介だけど、ヤミヨミサマについてそんな賞賛するような少年ではなかった。そのことは一番同年代のわたしたちが知っている。
「生贄って誰のことなの?」
礼子がポツリとつぶやいた。
切れ長の目を細めてじっと洋介を睨んでいる。
「信仰しなかったやつだ」
何食わぬ顔、さも当然といった感じで洋介は言った。信じられない。この村は一体なにが起きているの。偽りの神に信仰するなんて情けない。あれ? あぁやった分かった、さっきから黒いモヤみたいな違和感。
心のどこかに黒いなにかが現れ、覆い被せ、その先にある光の道筋が絶えたような不安感はこれだったんだ。
それは、ヤミヨミサマは存在しないこと。わたしたちは外に行く末、蝋燭一本も灯さなかった。暗い夜道を歩いていたにも関わらず、ヤミヨミサマに腸を裂かれなかった。昔から語られるヤミヨミサマの伝説記は嘘となる。
ふと、隣で肩を並ぶ礼子と目が合った。礼子は終始無言、やっと気づいたのねと目でそれを語っていた。ずっと昔から信じ続けてた神が嘘だったことに、ショック、悲しい、憤り、そんな感情は現れなかった。今のわたしでもはっきりと覚えています。走ったわけでもないのに胸がドキドキして、目の前の景色が急に明るくなって甘い砂糖を舐めたような感覚が広がっていく、あの感情。あれは〝喜び〟だったんだ。
「なに笑ってんだ?」
洋介が眉をひそめて怪訝にわたしの顔を凝視した。わたしは驚いて腕を自分の顔にふれると、確かに唇の骨格があがっていた。
礼子もおかしな子を見るような目でわたしを見ている。なんだか、恥ずかしいな。わたしは笑ってごまかした。
すると、急に洋介の後ろから松明を持った人物が走ってくるではないか。体格はヒョロリとやせ細ってて外見からして、インドア派で屋内で本を読んでいるような内気な子。身長が高いせいで男性と見える。少年、あるいは青年だ。その人物は貴一くんでした。
あの朝倉家のたった一人の子ども。故佳代子さんの彼氏さん。この人もこの事件で多くの犠牲を目にした人物だ。
貴一くんは慌ててわたしたちのところに駆け寄ってくる。顔が真っ青だ。走っているのに、その額からこぼれる汗の意味は夏だからなのかそれとも、冷汗か。
「き、貴一くん……どうしたの!?」
「た、助け……」
わたしは息を飲んだ。貴一くんが慌てて走っている意味、汗の意味を知った。貴一くんの背後から誰かが追いかけてきている。それは彼のヒョロリとした体型の隙間から見えたものだ。
見えたのは、斧を持った景子。
礼子がぼそっとつぶやいた。
わたしはびっくりして凝視すると、礼子は息をついて語りだした。
「こんな夜中に明かりがついている。しかも、ほら、外を出歩いている。信仰があつくなったのにおかしいわ」
わたしの肩の後ろにまわしてた腕を解き、フラフラとした足取りで歩いた。
「礼子っ! 大丈夫なの!?」
慌てて駆け寄った。礼子はわたしの顔を真っ直ぐ見てニッコリ笑った。
「大丈夫よ。少し苦しいけど、麻耶のほうこそキツいでしょ? ここまでおぶってくれたもの。ここからは自分の足で歩かないと」
わたしの心配をよそに、礼子はすたこらさっさと歩いていく。時折、酔っ払ったようにフラフラな足取りで転けそうになる。
そんな姿にどうも目が離せられなくて、そばに駆け寄った。礼子の隣で、歩幅を合わせて倒れないように見守った。
夜中なのに、本当にどこの家も明かりがついていた。松明に炎をつけて出歩く住民もちらほら。
「本当だ。なにしてんだろ」
曲がり角から顔をだし、ちょっと前乗りになるとグイと強引に腕を引っ張られ戻された。
「なにしてんの!!」
「ちょっと様子見に……」
「ちょっとどころじゃないわ。一瞬でも見つかればアウトよ! ゔっ!」
礼子は左目を苦しそうにおさえ、大きく息を吸い深呼吸をした。終えるとわたしの目を怪しむようにじっと見た。
「景子が言ってた言葉を思い出して。景子はこう言ったのよね? 信仰しない村人を人柱にするって」
「うん……」
あのとき、笑い、狂い、人を襲った景子の顔が脳裏にふとよぎった。誰かに操られた虚ろな目でもなかった。あれは、完全にはっきり人格を持って行動していた。景子はどうして変貌したのか、理由はおろか経緯も全く検討がつかない。
わたしが考え込んでいる合間に礼子は話を続ける。
「今、住民は誰かを探している。もしかしたら、外に出た私たちなのかもしれない。ここは見つからないように去りましょう」
「うん。そうだね」
二人揃ってここをあとにした。気づかれずに、踵を返した途端一人の村人に見つかった。
「麻耶、礼子なにしてんだ?」
恐る恐る振り向くと、わたしたちから離れた場所に松明を持った少年が立っていた。赤く飛沫する炎。それに照らされた相手は感動するほど久しい少年でした。
「洋介っ!」
「田村くん……」
礼子も安堵の息をこぼした。洋介はわたしと礼子を交互に見て目を細めた。
「お前らやっぱり外に出たのか? それより礼子、その血、どうしたんだ?」
わたしと礼子は顔を見合った。血が染み渡り真っ赤になった布はやはり隠しきれない。礼子は咄嗟に、左目を手のひらで覆い被した。
やはり礼子の憶測は正しい。村人たちは外に出たわたしたちを探っていたのだ。
わたしは慎重に言葉を選んだ。もしかしたら、洋介も村人側のグルかもしれない。わたしたちを見つけたら、直ちに報告するように、って言われているんだ。
「まず、ごめんなさい。佳代子さんが亡くなったばっかりなのに無茶なことを誘って。礼子は……」
「派手に転んだの。気にしないで」
ニコッと愛想笑いを浮かべた。その裏で奥歯を噛み締めていることに洋介は気づいていない。
洋介は面倒臭そうに頭の後ろをワシワシかいた。
「あぁ、それ……別にいいよ」
あれ、言葉間違えたのかな。ちょっと様子がおかしいぞ。なんでだろう、感だけど、怒っている? 礼子の顔がわたしの耳に近づいてきた。サラッとした髪の毛がわたしの頬に当たってくる。礼子の家の匂いが鼻孔をくすぐった。
ボソボソと小さな声で語りかけてきた。
「たしか、田村くんにも声かけたんでしょう? この中で一番厄介だわ。上手く巻きましょう」
「……そうだね」
あれ? なんだろう、この違和感。さっきからなにかが引っかかっている。
「ねぇ洋介……みんななにしているの?」
「何って……ヤミヨミサマが降臨したんだ! さっき生贄を授けよって仰ったんだ!」
わたしと礼子は仰天の声をあげた。学校でも成績最下位で白蔵先生に怒られてばっかりだし、近所の子どもたちと一緒に落とし穴とかつくっているような幼稚で馬鹿な洋介だけど、ヤミヨミサマについてそんな賞賛するような少年ではなかった。そのことは一番同年代のわたしたちが知っている。
「生贄って誰のことなの?」
礼子がポツリとつぶやいた。
切れ長の目を細めてじっと洋介を睨んでいる。
「信仰しなかったやつだ」
何食わぬ顔、さも当然といった感じで洋介は言った。信じられない。この村は一体なにが起きているの。偽りの神に信仰するなんて情けない。あれ? あぁやった分かった、さっきから黒いモヤみたいな違和感。
心のどこかに黒いなにかが現れ、覆い被せ、その先にある光の道筋が絶えたような不安感はこれだったんだ。
それは、ヤミヨミサマは存在しないこと。わたしたちは外に行く末、蝋燭一本も灯さなかった。暗い夜道を歩いていたにも関わらず、ヤミヨミサマに腸を裂かれなかった。昔から語られるヤミヨミサマの伝説記は嘘となる。
ふと、隣で肩を並ぶ礼子と目が合った。礼子は終始無言、やっと気づいたのねと目でそれを語っていた。ずっと昔から信じ続けてた神が嘘だったことに、ショック、悲しい、憤り、そんな感情は現れなかった。今のわたしでもはっきりと覚えています。走ったわけでもないのに胸がドキドキして、目の前の景色が急に明るくなって甘い砂糖を舐めたような感覚が広がっていく、あの感情。あれは〝喜び〟だったんだ。
「なに笑ってんだ?」
洋介が眉をひそめて怪訝にわたしの顔を凝視した。わたしは驚いて腕を自分の顔にふれると、確かに唇の骨格があがっていた。
礼子もおかしな子を見るような目でわたしを見ている。なんだか、恥ずかしいな。わたしは笑ってごまかした。
すると、急に洋介の後ろから松明を持った人物が走ってくるではないか。体格はヒョロリとやせ細ってて外見からして、インドア派で屋内で本を読んでいるような内気な子。身長が高いせいで男性と見える。少年、あるいは青年だ。その人物は貴一くんでした。
あの朝倉家のたった一人の子ども。故佳代子さんの彼氏さん。この人もこの事件で多くの犠牲を目にした人物だ。
貴一くんは慌ててわたしたちのところに駆け寄ってくる。顔が真っ青だ。走っているのに、その額からこぼれる汗の意味は夏だからなのかそれとも、冷汗か。
「き、貴一くん……どうしたの!?」
「た、助け……」
わたしは息を飲んだ。貴一くんが慌てて走っている意味、汗の意味を知った。貴一くんの背後から誰かが追いかけてきている。それは彼のヒョロリとした体型の隙間から見えたものだ。
見えたのは、斧を持った景子。
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