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第一章 運命と死と想い
第13話 姉妹の関係
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芋虫のように土に倒れてる姉に向かって梓は躊躇もなく手の甲にナイフを突き刺した。
ズドと血肉を貫通した音が響き渡る。神経に刺さってくる嫌な音だ。
「ぐ、ぎっあああああ! 痛い痛い…――」
「お姉ちゃんが悪いんだよ。心也くん殺したら、私まで死ぬじゃん。そんなの嫌だよ」
無機質に言いながら、ブスブスと手の甲にナイフを刺す。悶え苦しむ菜穂の悲鳴が空に響き渡った。
真っ白でえくぼのように骨が浮き出た細指に真っ赤な血が色を塗る。
「あ、ちょうどこの下に紅葉のキングがいるよ。あとから杏子も来るそうだよ」
梓が手を止め、俺に言った。なんら変わらない無垢な表情で。崖の下はここより広い空間だ。しかし、行くには足場が悪い。コロコロする石ころがあるので、滑ったら奈落の底に真っ逆さまだ。
俺は分かった、と一言を残し、下に向かった。熱い視線を背中に感じた。まるで、誰かの悲痛な叫び声が聞こえるみたい。
少し、首だけを振り向くと大粒の真珠のような涙を頬や鼻など濡らした菜穂がこちらに視線を向けていた。
助けて、と微かな声が耳までじゃなく体全身に伝わってきた。しかし、俺の心は根まで腐っていた。
見てみぬふりをし、一目散と下に向かった。最後の裏切られた表情は本当に最高だ。
さて、足場が悪い所をようやく潜り抜け、道幅が少し広くなった。さっきまで、小さな風さえ感じなかったのに、今は涼しげな風が髪の毛をなびかせ、頬を伝う。
ふと、広い場所に差し掛かり少し歩いた時、そこにいた。梓の言う通り紅葉のキング、帝斗。
配下たちが数十名囲んでいる。なにやら深刻な話し合いをしているのか、みな、小難しい顔をしている。俺は薄暗い木々たちの裏に身を隠し、虫のように息を殺した。内ポケットに手を突っ込む。
カッターナイフの歯をポケットの中でギリギリ回す。首はおとせないけど、動脈はかききるはず。脱力した所でそこら辺の木の棒で心臓を潰せば、確実に死ぬ。
俺は心の底から感謝した。この絶望という名の醜いゲームを生まれて初めて喜びと感じた。ゲームをつくってくれた主催者がわにひざまずくくらいだ。
周囲の音は静かにしかし、この後嵐のまいぶれのように徐々に空気がひんやりとして重い。風になびく葉たちがこすれる音と、自分の心臓の鼓動がやけに反響する。
いいチャンスの時期を狙って何分か待っているが、中々、行けるチャンスはない。周囲を囲う配下たちの厳重な警備か、またはキングの威圧か。
歯を回したカッターナイフは鋭い牙が最高長まで達している。ポケットから取り出した鋼鉄の牙は自身満々に満ち足りた俺が映っていた。
すると、どこから現れたのか俺の配下数名がキングを囲んだ輪の中に突っ込んでいく。みな、赤く充血したその両目から獲物を狙うような牙が生えてある。
「おらぁ!」
「どこから沸いて…――」
俺の配下数名が一人、一人刀や鉄砲で躊躇もなく殺している。それはまさに狩りをおこなう荒れ狂う動物たち。言葉では〝キング狩り〟。きっと、帰ってこない俺たちに苛立ちを覚え、自分たちから他のキングを攻めに来たのだろう。
朝、あれほど生気を失って呆然としていた人間がすっかり一八〇度変わっている。獣のようだ。
キングを囲んでいた輪が四方に乱れ、逃げる背中を一切の躊躇もなく殺す奴ら。そうしていくうちに道が開け、キングの前に人が集まった。
よし、来た。今だ。キングの首を撃ち落とすのは他の誰でもない。俺だ。カッターナイフを握り、木々の間からすり抜け背後から襲おうと忍び込んだ。すると、だしぬけに横腹に急激な痛みと衝撃がくらった。
腹痛の痛みではなく、蹴りをくらったような衝撃波だ。体の重心が宙に浮き、地面に吸い込まれるように倒れる。
石ころや鋭く尖った岩が散乱した地面に顔を当てた。
ガラスの破片のように鋭く硬い岩に顔の皮膚をこすれ、剥がれるような痛みと、蹴られた横腹が痛い。じんじんと腫れ上がる痛みが全ての神経を麻痺させ、思考がわからなくなる。
持っていたカッターナイフがカランと乾いた音をだし、数㍍飛んだ。手が届かない場所だ。
数分間、土に寝そべっていると誰かの声が近くから感じた。熊のように根太い声だが、どこか優しい声。蹴った人物と同一人物。思わず、蹴った人物をみあげてみた。
杏子のキング、颯負だ。そして、ここにいるはずのない菜穂までいる。
「あっぶね」
「読み通り! さすがは俺さま」
今さっきまで命を狙われていた人物の表情ではない。どこか、誇らしげにはにかむ。
「ちょっと、勝手に人の手柄横取りしないでよ。私よ」
菜穂を抱え、玲緒が吊り上がった口調でそう言う。菜穂の腕を首に回し、足を引きずるような抱え。身長が大差ない二人は、そうではなかった。しかし、迷子にあった外国人のように虚ろな歩きかた。あの傲慢の占い師女がそれに付き合っている。
俯いてた菜穂と目があった。吸血鬼に吸われたように顔が青白い。小さな鼻や頬には少し、泣いた跡が残っている。
純粋な目玉にも水に濡れたように涙が残っている。
梓はどうした。何処に行った。上体を起こし、頭を左右に振り辺りをキョロキョロしてみた。光も刺さない薄暗い木々の間にひょっこりと顔を覗く人物を見つけた。
梓だ。パクパクと、鉢にいる金魚がエサを食うように口をモゴモゴしている。
〝ごめん。引き連れちゃった〟
この間抜けが! どいつもこいつも使えない。
ズドと血肉を貫通した音が響き渡る。神経に刺さってくる嫌な音だ。
「ぐ、ぎっあああああ! 痛い痛い…――」
「お姉ちゃんが悪いんだよ。心也くん殺したら、私まで死ぬじゃん。そんなの嫌だよ」
無機質に言いながら、ブスブスと手の甲にナイフを刺す。悶え苦しむ菜穂の悲鳴が空に響き渡った。
真っ白でえくぼのように骨が浮き出た細指に真っ赤な血が色を塗る。
「あ、ちょうどこの下に紅葉のキングがいるよ。あとから杏子も来るそうだよ」
梓が手を止め、俺に言った。なんら変わらない無垢な表情で。崖の下はここより広い空間だ。しかし、行くには足場が悪い。コロコロする石ころがあるので、滑ったら奈落の底に真っ逆さまだ。
俺は分かった、と一言を残し、下に向かった。熱い視線を背中に感じた。まるで、誰かの悲痛な叫び声が聞こえるみたい。
少し、首だけを振り向くと大粒の真珠のような涙を頬や鼻など濡らした菜穂がこちらに視線を向けていた。
助けて、と微かな声が耳までじゃなく体全身に伝わってきた。しかし、俺の心は根まで腐っていた。
見てみぬふりをし、一目散と下に向かった。最後の裏切られた表情は本当に最高だ。
さて、足場が悪い所をようやく潜り抜け、道幅が少し広くなった。さっきまで、小さな風さえ感じなかったのに、今は涼しげな風が髪の毛をなびかせ、頬を伝う。
ふと、広い場所に差し掛かり少し歩いた時、そこにいた。梓の言う通り紅葉のキング、帝斗。
配下たちが数十名囲んでいる。なにやら深刻な話し合いをしているのか、みな、小難しい顔をしている。俺は薄暗い木々たちの裏に身を隠し、虫のように息を殺した。内ポケットに手を突っ込む。
カッターナイフの歯をポケットの中でギリギリ回す。首はおとせないけど、動脈はかききるはず。脱力した所でそこら辺の木の棒で心臓を潰せば、確実に死ぬ。
俺は心の底から感謝した。この絶望という名の醜いゲームを生まれて初めて喜びと感じた。ゲームをつくってくれた主催者がわにひざまずくくらいだ。
周囲の音は静かにしかし、この後嵐のまいぶれのように徐々に空気がひんやりとして重い。風になびく葉たちがこすれる音と、自分の心臓の鼓動がやけに反響する。
いいチャンスの時期を狙って何分か待っているが、中々、行けるチャンスはない。周囲を囲う配下たちの厳重な警備か、またはキングの威圧か。
歯を回したカッターナイフは鋭い牙が最高長まで達している。ポケットから取り出した鋼鉄の牙は自身満々に満ち足りた俺が映っていた。
すると、どこから現れたのか俺の配下数名がキングを囲んだ輪の中に突っ込んでいく。みな、赤く充血したその両目から獲物を狙うような牙が生えてある。
「おらぁ!」
「どこから沸いて…――」
俺の配下数名が一人、一人刀や鉄砲で躊躇もなく殺している。それはまさに狩りをおこなう荒れ狂う動物たち。言葉では〝キング狩り〟。きっと、帰ってこない俺たちに苛立ちを覚え、自分たちから他のキングを攻めに来たのだろう。
朝、あれほど生気を失って呆然としていた人間がすっかり一八〇度変わっている。獣のようだ。
キングを囲んでいた輪が四方に乱れ、逃げる背中を一切の躊躇もなく殺す奴ら。そうしていくうちに道が開け、キングの前に人が集まった。
よし、来た。今だ。キングの首を撃ち落とすのは他の誰でもない。俺だ。カッターナイフを握り、木々の間からすり抜け背後から襲おうと忍び込んだ。すると、だしぬけに横腹に急激な痛みと衝撃がくらった。
腹痛の痛みではなく、蹴りをくらったような衝撃波だ。体の重心が宙に浮き、地面に吸い込まれるように倒れる。
石ころや鋭く尖った岩が散乱した地面に顔を当てた。
ガラスの破片のように鋭く硬い岩に顔の皮膚をこすれ、剥がれるような痛みと、蹴られた横腹が痛い。じんじんと腫れ上がる痛みが全ての神経を麻痺させ、思考がわからなくなる。
持っていたカッターナイフがカランと乾いた音をだし、数㍍飛んだ。手が届かない場所だ。
数分間、土に寝そべっていると誰かの声が近くから感じた。熊のように根太い声だが、どこか優しい声。蹴った人物と同一人物。思わず、蹴った人物をみあげてみた。
杏子のキング、颯負だ。そして、ここにいるはずのない菜穂までいる。
「あっぶね」
「読み通り! さすがは俺さま」
今さっきまで命を狙われていた人物の表情ではない。どこか、誇らしげにはにかむ。
「ちょっと、勝手に人の手柄横取りしないでよ。私よ」
菜穂を抱え、玲緒が吊り上がった口調でそう言う。菜穂の腕を首に回し、足を引きずるような抱え。身長が大差ない二人は、そうではなかった。しかし、迷子にあった外国人のように虚ろな歩きかた。あの傲慢の占い師女がそれに付き合っている。
俯いてた菜穂と目があった。吸血鬼に吸われたように顔が青白い。小さな鼻や頬には少し、泣いた跡が残っている。
純粋な目玉にも水に濡れたように涙が残っている。
梓はどうした。何処に行った。上体を起こし、頭を左右に振り辺りをキョロキョロしてみた。光も刺さない薄暗い木々の間にひょっこりと顔を覗く人物を見つけた。
梓だ。パクパクと、鉢にいる金魚がエサを食うように口をモゴモゴしている。
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