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第二章 本当の戦い
第25話 夜
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深夜十二時を過ぎた時刻。病院内は死人のように静寂となった。見廻りの看護師さんや警備員さんたちの足元も聞こえない。
「ねぇ、本当に行くの?」
玲緒の弱気になった声をよそに、菜穂は病室の戸をゆっくりと開けた。そこから、冷たい冷気が運んでくる。
「ここの病院、でるわよ」
淡々としと低い声が、ふとかかった。思わず、振り向くと一緒の病室の一人が起きていた。漆黒の黒い髪の毛に整えられた前髪。服から盛り上げられた二つの柔らかい肉。ベッドから起きあがり、戸の近くにいる菜穂と玲緒の二人を怪しげに見つめている。
二人の病室は四人部屋であるのだ。二脚ベッドが左右に並んで、そのあと向かいあって二脚が並ぶ。そんな構造だ。
その少女がいるベッドはちょうど、玲緒と向かいあっている。戸の近くなのだ。
「で、でるってな……なにが」
蒼白した玲緒が恐る恐る耳を傾ける。
「でるってそりゃあ……ゆう」
「玲緒ちゃん、早く行こ!」
少女の言葉を遮り、菜穂は玲緒の手を引っ張り廊下へと進んだ。あれほど、怖がっていた廊下は思いがげず、明かりがポツポツついている。
病室から逃げるように離れると二人はトイレに駆け込んだ。人が入った途端、パッと電気がつく便利なものだ。
「びっくりしたぁ。一緒の病室なのに、声聞いたのあれが初めてだわ。それより……知り合い?」
鏡台の前で腰をおろし、玲緒が訊ねた。菜穂は遠い記憶を思い出すように遠い目をしてゆっくり言った。
「前、卒業した先輩。確か、浜田 幸さん。同じ村の出身なんだけど……あの人、ここの病院なんで詳しいんだろ」
首を傾げ、ブツブツと何かを言っている。
すると、女性の甲高い鳴き声が聞こえた。猫が交尾するような甘い声。
ベッドの脚立が壊れるほどの雑音も廊下の隙間から聞こえる。
ベッドの軋む音が次第に大きくなると、女性の甘い声と荒い吐息までもが荒々しくなっている。その響きが耳にやんわりと刺激し、なにかが疼く。
「は、早く行こ……」
耳までも梅干しのように真っ赤になった菜穂は玲緒に言う。玲緒のほうも赤く火照ってる。
「そ、そうだね」
「あぁ! あそこにお化けが!」
「どこどこ!?」
プッと菜穂が悪戯っ子のように玲緒の反応を見て笑った。鬼の仮面のように恐ろしい血相になる玲緒。ゴゴゴと地獄の窯の沸騰する音がにわかに玲緒の背後からする。
「裂かれたいか」
「うそうそ」
猫のように目尻をあげ、ほくそ笑む菜穂。許しをこうように玲緒にピトリとくっつく。
「さ、行こ行こっ!」
「全く、あんたときたら…――」
そうお互い、空気を笑いに変え、颯負と帝斗の病室へと進んだ。
§
「……はあぁぁ」
机に肘をつき、頬杖をついて帝斗は海より深い溜息を吐いた。
「ああぁぁぁ」
今度は山よりも高い溜息を零す。
「……んだよ」
雑誌から顔を上げた颯負が怪訝に訊ねた。それはもう、怪しげにじぃと眼差しを送る。
帝斗はやっと相手してくれたと言わんばかりと机から身を乗り出し、ベッドから降り、颯負に寄り付いた。
「はぁぁぁもう、体がだめ。二日間誰も見舞いにきてくんないし。看護師さんもアンドロイドだし、シてなくって溜まって溜まって……誰か来てくんないかなぁ」
「暑苦しい。この階じゃみんな、警戒してんだろ」
帝斗をあしらい、再び雑誌に目を送るとつよく言う。すると、思いがけない人物の声が室内に響いた。透き通った声だ。
「来ちゃ悪い?」
分厚い戸が開いたと思うと二人の影が入ってきた。なんと、元気そうな菜穂と玲緒だった。
「うわぁ! 菜穂ちゃん、玲緒っち!」
歓喜の声をあげ、帝斗は飛びついた。菜穂はかかったなと不敵に笑い、帝斗の前になんと、エロ雑誌を突き出した。
「お土産。ここにくる途中、見つけたの」
「おぉ! さっすがもう頭あがらない~」
エロ雑誌を天井に翳し、くるくると無邪気に回る。それを横目に颯負は訊ねた。
「なんでわざわざこんな時間に?」
「見舞いにきたけど? というか、二人こそ、こんな時間に騒ぎすぎ!」
当然といった感じで鼻をならし、次は寂しげに微笑んだ。
窓際から戸まで順番にしてベッドが三つ並んでいる。三つ並んでても、ソファーや大型テレビなどスペースが広い部屋。窓際が颯負でその隣が帝斗、そして、その隣は心也だった。
心也は白いベッドに横になり、カニューレに繋がって呼吸をしている。ピッピッと規則正しい機械音が呼応していた。その表情は埋もれて苦しい顔はしていなかった。まるで、良い夢を見ている嬉しい表情だ。
カニューレに繋がってなければ、このまま死んでいってしまいそうな勢い。
「まだ、眠ってるんだ……」
顔を覗き、無感情とも思える淡々と呟いた。
「ゲームがないからこんな世界、目覚めたくないんじゃない?」
帝斗がエロ本に目を向けたまま、核心ついたことを言う。菜穂は赤いソファーの手すりに腰をおろし、ゆっくりと丸い瞼を閉じた。
「……あれは夢だったんじゃと思うの」
ポツリと渇きのある小声で呟いた。
「生き残ったから思うの。梓が死んだことやあの苦痛な想い……最後に見た女の人。全て夢だと思いたい」
ギュッと強く閉じていた瞼が薄っすらと開き、真っ直ぐに人を見据える黒い瞳が覗いた。白銀の灯りを見上げる。それに賛同するかのように玲緒が口を開いた。
「確かに、私も長い夢を見さられていたと思うの」
「けど夢じゃない」
颯負も口を開いた。みな、思っている事は同じらしい。
〝そうゲームがなければ本来、出会うはずも出会わなかった。ここにいるのは紛れもなく運命で出会ってしまった〟
室内の中に〝強い絆〟が生まれた。それは力強い誰にも解けない糸。
時刻は既に一時を過ぎていた。菜穂はよっこらせとおばあちゃんが言う古臭い言葉を言うと、手すりから立ち上がった。男っ気のようにニカと笑う。
「それじゃ、私たちは帰ろっか!」
「ええ! もう!?」
猫目の瞳孔を大きく見開き、菜穂に背中をグイグイ押され、戸に向かう。すると、菜穂が振り向き、ニコリと満面の笑みで颯負を見た。
「そうだ! 明日のテレビ、ちゃんと観ててね!」
そして、玲緒と一緒に部屋を去っていった。
「ねぇ、本当に行くの?」
玲緒の弱気になった声をよそに、菜穂は病室の戸をゆっくりと開けた。そこから、冷たい冷気が運んでくる。
「ここの病院、でるわよ」
淡々としと低い声が、ふとかかった。思わず、振り向くと一緒の病室の一人が起きていた。漆黒の黒い髪の毛に整えられた前髪。服から盛り上げられた二つの柔らかい肉。ベッドから起きあがり、戸の近くにいる菜穂と玲緒の二人を怪しげに見つめている。
二人の病室は四人部屋であるのだ。二脚ベッドが左右に並んで、そのあと向かいあって二脚が並ぶ。そんな構造だ。
その少女がいるベッドはちょうど、玲緒と向かいあっている。戸の近くなのだ。
「で、でるってな……なにが」
蒼白した玲緒が恐る恐る耳を傾ける。
「でるってそりゃあ……ゆう」
「玲緒ちゃん、早く行こ!」
少女の言葉を遮り、菜穂は玲緒の手を引っ張り廊下へと進んだ。あれほど、怖がっていた廊下は思いがげず、明かりがポツポツついている。
病室から逃げるように離れると二人はトイレに駆け込んだ。人が入った途端、パッと電気がつく便利なものだ。
「びっくりしたぁ。一緒の病室なのに、声聞いたのあれが初めてだわ。それより……知り合い?」
鏡台の前で腰をおろし、玲緒が訊ねた。菜穂は遠い記憶を思い出すように遠い目をしてゆっくり言った。
「前、卒業した先輩。確か、浜田 幸さん。同じ村の出身なんだけど……あの人、ここの病院なんで詳しいんだろ」
首を傾げ、ブツブツと何かを言っている。
すると、女性の甲高い鳴き声が聞こえた。猫が交尾するような甘い声。
ベッドの脚立が壊れるほどの雑音も廊下の隙間から聞こえる。
ベッドの軋む音が次第に大きくなると、女性の甘い声と荒い吐息までもが荒々しくなっている。その響きが耳にやんわりと刺激し、なにかが疼く。
「は、早く行こ……」
耳までも梅干しのように真っ赤になった菜穂は玲緒に言う。玲緒のほうも赤く火照ってる。
「そ、そうだね」
「あぁ! あそこにお化けが!」
「どこどこ!?」
プッと菜穂が悪戯っ子のように玲緒の反応を見て笑った。鬼の仮面のように恐ろしい血相になる玲緒。ゴゴゴと地獄の窯の沸騰する音がにわかに玲緒の背後からする。
「裂かれたいか」
「うそうそ」
猫のように目尻をあげ、ほくそ笑む菜穂。許しをこうように玲緒にピトリとくっつく。
「さ、行こ行こっ!」
「全く、あんたときたら…――」
そうお互い、空気を笑いに変え、颯負と帝斗の病室へと進んだ。
§
「……はあぁぁ」
机に肘をつき、頬杖をついて帝斗は海より深い溜息を吐いた。
「ああぁぁぁ」
今度は山よりも高い溜息を零す。
「……んだよ」
雑誌から顔を上げた颯負が怪訝に訊ねた。それはもう、怪しげにじぃと眼差しを送る。
帝斗はやっと相手してくれたと言わんばかりと机から身を乗り出し、ベッドから降り、颯負に寄り付いた。
「はぁぁぁもう、体がだめ。二日間誰も見舞いにきてくんないし。看護師さんもアンドロイドだし、シてなくって溜まって溜まって……誰か来てくんないかなぁ」
「暑苦しい。この階じゃみんな、警戒してんだろ」
帝斗をあしらい、再び雑誌に目を送るとつよく言う。すると、思いがけない人物の声が室内に響いた。透き通った声だ。
「来ちゃ悪い?」
分厚い戸が開いたと思うと二人の影が入ってきた。なんと、元気そうな菜穂と玲緒だった。
「うわぁ! 菜穂ちゃん、玲緒っち!」
歓喜の声をあげ、帝斗は飛びついた。菜穂はかかったなと不敵に笑い、帝斗の前になんと、エロ雑誌を突き出した。
「お土産。ここにくる途中、見つけたの」
「おぉ! さっすがもう頭あがらない~」
エロ雑誌を天井に翳し、くるくると無邪気に回る。それを横目に颯負は訊ねた。
「なんでわざわざこんな時間に?」
「見舞いにきたけど? というか、二人こそ、こんな時間に騒ぎすぎ!」
当然といった感じで鼻をならし、次は寂しげに微笑んだ。
窓際から戸まで順番にしてベッドが三つ並んでいる。三つ並んでても、ソファーや大型テレビなどスペースが広い部屋。窓際が颯負でその隣が帝斗、そして、その隣は心也だった。
心也は白いベッドに横になり、カニューレに繋がって呼吸をしている。ピッピッと規則正しい機械音が呼応していた。その表情は埋もれて苦しい顔はしていなかった。まるで、良い夢を見ている嬉しい表情だ。
カニューレに繋がってなければ、このまま死んでいってしまいそうな勢い。
「まだ、眠ってるんだ……」
顔を覗き、無感情とも思える淡々と呟いた。
「ゲームがないからこんな世界、目覚めたくないんじゃない?」
帝斗がエロ本に目を向けたまま、核心ついたことを言う。菜穂は赤いソファーの手すりに腰をおろし、ゆっくりと丸い瞼を閉じた。
「……あれは夢だったんじゃと思うの」
ポツリと渇きのある小声で呟いた。
「生き残ったから思うの。梓が死んだことやあの苦痛な想い……最後に見た女の人。全て夢だと思いたい」
ギュッと強く閉じていた瞼が薄っすらと開き、真っ直ぐに人を見据える黒い瞳が覗いた。白銀の灯りを見上げる。それに賛同するかのように玲緒が口を開いた。
「確かに、私も長い夢を見さられていたと思うの」
「けど夢じゃない」
颯負も口を開いた。みな、思っている事は同じらしい。
〝そうゲームがなければ本来、出会うはずも出会わなかった。ここにいるのは紛れもなく運命で出会ってしまった〟
室内の中に〝強い絆〟が生まれた。それは力強い誰にも解けない糸。
時刻は既に一時を過ぎていた。菜穂はよっこらせとおばあちゃんが言う古臭い言葉を言うと、手すりから立ち上がった。男っ気のようにニカと笑う。
「それじゃ、私たちは帰ろっか!」
「ええ! もう!?」
猫目の瞳孔を大きく見開き、菜穂に背中をグイグイ押され、戸に向かう。すると、菜穂が振り向き、ニコリと満面の笑みで颯負を見た。
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