17 / 48
第一章 運命と死と想い
第16話 たった一人
しおりを挟む その後、泣きながら一通りの説明をしてくれたエミリオの話を要約すると、以下の通りであった。
まず、エミリオは食料を探すためにまた誰にも告げず無断で森に入っている。
どうやら帝国によって森が焼かれていることは、自分が想像していたよりも大きな被害をこの村に与えていたらしく、エミリオが危険を冒して森に入るのは相応の理由があったわけだ。
そして次に、エミリオが森で食べ物を収穫していると、数人の帝国兵が森の中を散策しているのを見かけたそうだ。
何をしていたのかは知らないが、そのうち散り散りになって辺りを歩き回り始めたとのことだ。
そして、その中の一人を、隙を見て谷底へと突き落としたらしい。
その谷の底には村へ続く水流が流れており、もしかすると直に死体がこの村の水源まで漂ってくるかもしれないという話だった。
ミルフィに抱きしめられたまま暗い声で語ったエミリオの話が終わると、周囲の人間の何人かが彼を責めるように声を荒げた。
やれとんでもないことだの、これでこの村はお終いだの、挙句の果てには全ての責任はエミリオにあるのだから、ドリトンの家で責任を取るべきだなどと言い出す始末であった。
それを未だに目を閉じたまま聞いていた燐子は、自分の中で怒りや苛立ちといった感情が鎌首をもたげているのを感じながら、鼻を鳴らした。
くだらなすぎて、逆に笑いが出そうだ。
我が身惜しさに、自分ではない誰かを矢面に立たせる。
確かに、分からぬ話でもない。自分たちのような誇りと信念を持って、死ぬことにすら価値を見いだせる人間でもなければ、こうなることが自然なのかもしれない。
(しかし、しかしだ……。それを許せるかどうかは、また話が違う)
ようやく目を開けた燐子は、馬の手綱をドリトンに預けて、一歩、村人たちの輪のほうへと近づいた。
急に渡された手綱に慌てた様子を見せながら、ドリトンだけが唯一、彼女の姿をしっかりと捉えていた。
「みんな、聞け」
燐子が凛とした声を響かせて、周囲の注目を集める。
「帝国はすでに、こちらに向けて動き出している」
彼女の一声を呼び水にして、喧騒が広がっていく。
誰も彼もが不安や、絶望、焦燥に駆られて好き放題に話をしていたが、そこでもう一度燐子が声を発したことで静けさが戻ってきた。
「アズールで騎士の連中に聞いた。『もしかすると』という話だったが、また裏の森に兵が来ていたのなら、やはり事実のようだな」
「じゃあ、やっぱりエミリオのせいで……」
「いや、動き出したのは昨日今日の話ではない。エミリオは無関係だ」
少年のいわれなき罪を晴らすことはできたが、逆に考えれば、帝国の進行は避けられない事実であるということなのだ。
何を契機に攻め込んできたのかは予測できないが、いよいよ恐れていた事態が、この村に災厄となって降り注いできたことになる。
「じゃあ、もうこの村は……」
「そういうことです」
「……ならば、全員で避難を始めなければ」
「ドリトン殿、それで良いのですか」
「良いも何も――」
「エミリオが殺めたという帝国兵、恐らくは斥候です」
それがどうした、今すぐ逃げなければ、と騒ぎ立てる連中に向けて、燐子が一喝を入れる。
「いい加減に落ち着け!」
燐子の出した大声に、栗毛の馬がわずかに反応して鼻息を荒くする。
周囲の人々が水を打ったように静まり返り、腕を組み直した燐子の顔を、恐る恐るといった雰囲気で見つめていた。
燐子は声の大きさを落とすことなく、そのまま続けた。
「今頃、斥候が一人欠けたこと気がついて、あの森に引き返してきているところかもしれない。あるいはすでに本隊に合流して、大軍を引き連れて進軍している最中かもしれない」
燐子は、他人事のようにこの村の破滅への一途を語った。
「それで、お前たちはどうするんだ。大人しく故郷とともに灰になるか、故郷を捨てて逃げられるところまで逃げるか、帝国に降って奴隷か嬲りものにでもなるか……。ついでに忠告しておくと、戦火に呑まれた村や民というのは悲惨なものだぞ。決して人の死に方ではない、とだけ伝えておく」
燐子が告げる言葉には、形容し難い現実味が込められていて、それが脅しでも何でもないということはすぐに分かった。
どう出る、と燐子は心の中で唱えた。
顔だけは平静を保っていたが、内心は誰かが自分の言葉に牙を剥いて来ることを祈っていた。
そうでなければ、この村は本当に終わりだ。
自分一人抵抗したところで、大軍相手には無意味である。
「年老いた連中や、女子供を引き連れて、魔物だらけの湿地を抜けられると思うか?仮に抜けられたとしても、果たして一体何人生き残るか……」
そんな燐子の想いに答えたのは、この世界において、自分が一番知っている人物で、それでいて自分のことを一番知っている人物であった。
「冗談じゃないわ……!」
エミリオの体からその身を離し、振り返りながら立ち上がったミルフィと目が合った。
「誰かの都合に振り回されるのはもうたくさん!うんざりなのよ!燐子!」
……やはり、彼女はこうでなければならない。
「あんたがそうして焚きつけるからには、何か考えがあるんでしょうね?」
爛々と炎を滾らせるミルフィが、一番美しい。
この世界に来て知ったことの一つだ。
紅色の髪はとても風情があって、趣深いと。
「当然だ、ミルフィ」
まず、エミリオは食料を探すためにまた誰にも告げず無断で森に入っている。
どうやら帝国によって森が焼かれていることは、自分が想像していたよりも大きな被害をこの村に与えていたらしく、エミリオが危険を冒して森に入るのは相応の理由があったわけだ。
そして次に、エミリオが森で食べ物を収穫していると、数人の帝国兵が森の中を散策しているのを見かけたそうだ。
何をしていたのかは知らないが、そのうち散り散りになって辺りを歩き回り始めたとのことだ。
そして、その中の一人を、隙を見て谷底へと突き落としたらしい。
その谷の底には村へ続く水流が流れており、もしかすると直に死体がこの村の水源まで漂ってくるかもしれないという話だった。
ミルフィに抱きしめられたまま暗い声で語ったエミリオの話が終わると、周囲の人間の何人かが彼を責めるように声を荒げた。
やれとんでもないことだの、これでこの村はお終いだの、挙句の果てには全ての責任はエミリオにあるのだから、ドリトンの家で責任を取るべきだなどと言い出す始末であった。
それを未だに目を閉じたまま聞いていた燐子は、自分の中で怒りや苛立ちといった感情が鎌首をもたげているのを感じながら、鼻を鳴らした。
くだらなすぎて、逆に笑いが出そうだ。
我が身惜しさに、自分ではない誰かを矢面に立たせる。
確かに、分からぬ話でもない。自分たちのような誇りと信念を持って、死ぬことにすら価値を見いだせる人間でもなければ、こうなることが自然なのかもしれない。
(しかし、しかしだ……。それを許せるかどうかは、また話が違う)
ようやく目を開けた燐子は、馬の手綱をドリトンに預けて、一歩、村人たちの輪のほうへと近づいた。
急に渡された手綱に慌てた様子を見せながら、ドリトンだけが唯一、彼女の姿をしっかりと捉えていた。
「みんな、聞け」
燐子が凛とした声を響かせて、周囲の注目を集める。
「帝国はすでに、こちらに向けて動き出している」
彼女の一声を呼び水にして、喧騒が広がっていく。
誰も彼もが不安や、絶望、焦燥に駆られて好き放題に話をしていたが、そこでもう一度燐子が声を発したことで静けさが戻ってきた。
「アズールで騎士の連中に聞いた。『もしかすると』という話だったが、また裏の森に兵が来ていたのなら、やはり事実のようだな」
「じゃあ、やっぱりエミリオのせいで……」
「いや、動き出したのは昨日今日の話ではない。エミリオは無関係だ」
少年のいわれなき罪を晴らすことはできたが、逆に考えれば、帝国の進行は避けられない事実であるということなのだ。
何を契機に攻め込んできたのかは予測できないが、いよいよ恐れていた事態が、この村に災厄となって降り注いできたことになる。
「じゃあ、もうこの村は……」
「そういうことです」
「……ならば、全員で避難を始めなければ」
「ドリトン殿、それで良いのですか」
「良いも何も――」
「エミリオが殺めたという帝国兵、恐らくは斥候です」
それがどうした、今すぐ逃げなければ、と騒ぎ立てる連中に向けて、燐子が一喝を入れる。
「いい加減に落ち着け!」
燐子の出した大声に、栗毛の馬がわずかに反応して鼻息を荒くする。
周囲の人々が水を打ったように静まり返り、腕を組み直した燐子の顔を、恐る恐るといった雰囲気で見つめていた。
燐子は声の大きさを落とすことなく、そのまま続けた。
「今頃、斥候が一人欠けたこと気がついて、あの森に引き返してきているところかもしれない。あるいはすでに本隊に合流して、大軍を引き連れて進軍している最中かもしれない」
燐子は、他人事のようにこの村の破滅への一途を語った。
「それで、お前たちはどうするんだ。大人しく故郷とともに灰になるか、故郷を捨てて逃げられるところまで逃げるか、帝国に降って奴隷か嬲りものにでもなるか……。ついでに忠告しておくと、戦火に呑まれた村や民というのは悲惨なものだぞ。決して人の死に方ではない、とだけ伝えておく」
燐子が告げる言葉には、形容し難い現実味が込められていて、それが脅しでも何でもないということはすぐに分かった。
どう出る、と燐子は心の中で唱えた。
顔だけは平静を保っていたが、内心は誰かが自分の言葉に牙を剥いて来ることを祈っていた。
そうでなければ、この村は本当に終わりだ。
自分一人抵抗したところで、大軍相手には無意味である。
「年老いた連中や、女子供を引き連れて、魔物だらけの湿地を抜けられると思うか?仮に抜けられたとしても、果たして一体何人生き残るか……」
そんな燐子の想いに答えたのは、この世界において、自分が一番知っている人物で、それでいて自分のことを一番知っている人物であった。
「冗談じゃないわ……!」
エミリオの体からその身を離し、振り返りながら立ち上がったミルフィと目が合った。
「誰かの都合に振り回されるのはもうたくさん!うんざりなのよ!燐子!」
……やはり、彼女はこうでなければならない。
「あんたがそうして焚きつけるからには、何か考えがあるんでしょうね?」
爛々と炎を滾らせるミルフィが、一番美しい。
この世界に来て知ったことの一つだ。
紅色の髪はとても風情があって、趣深いと。
「当然だ、ミルフィ」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

リューズ
宮田歩
ホラー
アンティークの機械式の手に入れた平田。ふとした事でリューズをいじってみると、時間が飛んだ。しかも飛ばした記憶ははっきりとしている。平田は「嫌な時間を飛ばす」と言う夢の様な生活を手に入れた…。
アポリアの林
千年砂漠
ホラー
中学三年生の久住晴彦は学校でのイジメに耐えかねて家出し、プロフィール完全未公開の小説家の羽崎薫に保護された。
しかし羽崎の家で一ヶ月過した後家に戻った晴彦は重大な事件を起こしてしまう。
晴彦の事件を捜査する井川達夫と小宮俊介は、晴彦を保護した羽崎に滞在中の晴彦の話を聞きに行くが、特に不審な点はない。が、羽崎の家のある林の中で赤いワンピースの少女を見た小宮は、少女に示唆され夢で晴彦が事件を起こすまでの日々の追体験をするようになる。
羽崎の態度に引っかかる物を感じた井川は、晴彦のクラスメートで人の意識や感情が見える共感覚の持ち主の原田詩織の助けを得て小宮と共に、羽崎と少女の謎の解明へと乗り出す。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
焔鬼
はじめアキラ
ホラー
「昨日の夜、行方不明になった子もそうだったのかなあ。どっかの防空壕とか、そういう場所に入って出られなくなった、とかだったら笑えないよね」
焔ヶ町。そこは、焔鬼様、という鬼の神様が守るとされる小さな町だった。
ある夏、その町で一人の女子中学生・古鷹未散が失踪する。夜中にこっそり家の窓から抜け出していなくなったというのだ。
家出か何かだろう、と同じ中学校に通っていた衣笠梨華は、友人の五十鈴マイとともにタカをくくっていた。たとえ、その失踪の状況に不自然な点が数多くあったとしても。
しかし、その古鷹未散は、黒焦げの死体となって発見されることになる。
幼い頃から焔ヶ町に住んでいるマイは、「焔鬼様の仕業では」と怯え始めた。友人を安心させるために、梨華は独自に調査を開始するが。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる