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二章 白崎聖人の世界
第30話 余興
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あと数日でこの世界は砕かれる。
数日の間に、やれることをやっておこう。まずは、天音さんとのデートだ。
一回やってみたかったんだ。そもそもデートて、初めてだし、人生初をここに注ごう。
「お兄て、ほんとにあの人のこと好きだね」
愛姫がふてくされた表情で言った。
デート服をどうするか、わが妹に協力してもらった。勝負服について詳しい妹がいて、助かった。
服を選んでいる最中だ。僕の持っている服だけを選んでいる。何着も着ても、愛姫は首を傾く。
「どの服着てもお兄かっこよくない。ダサ。あの人綺麗なんだから、隣に歩いてて恥ずかしくない格好がいいのに。お兄の持っている服、全部ダサくて、愛姫もう無理」
愛姫は頭を抱えた。
僕の持っている服は、何年も同じものを着ていてヨレヨレだ。確かにこんな服で天音さんの隣に歩いたら、恥ずかしいなぁ。
「まったくお兄は仕方ないんだから!」
愛姫は立ち上がった。
僕のために服を選びにいってくれる。なんだかんだ、優しい一面を持っている。天音さんとデートすることに、複雑な面持ちしてたけど、文句は言っていない。むしろ、僕のほうに喧嘩を売っている。「天音さん綺麗なのに、なんでお兄を選んだんだろ?」て言われると、流石にお兄ちゃん、傷つくからな。
まぁ、確かに天音さんが僕を好きになったのて奇跡だよな。
ついでにいうと、愛姫も自分の服を買った。将来和也くんと同棲するために今から色々買うんだと。まだ付き合ってもいないのに、気が早すぎ。
久しぶりに兄妹で買い物をした。両親が亡くなったあと、僕らはこうして毎日のように買い物してたな。病状が悪化するまでは。
「愛姫」
「何?」
少し先を歩いて、街をぶらぶらしている愛姫に声をかけた。愛姫はくるりと振り向いた。
「楽しいか?」
「は? 何言ってるの」
眉間にしわをよせて、怪訝な表情。
「楽しいに決まってんじゃん」
「そっか……」
愛姫は再び買い物を続けた。楽しそうに買い物をしていて、陽が当たる場所をスキップしていた。病気なんて、忘れてしまいそうなほど元気。
この世界はもう時期終わる。それを意味しているのは、愛姫と両親がいなくなること。こんなにも人生を謳歌している妹が、あと数日でいなくなるのは――もう、たくさんだ。
朝食を家族全員で食べれる時間、温かくて美味しくて、涙が出た。無くなったはずの時間がそこにあった。無くなったはずのものが、目の前にあって、それもまた失う。
新しいものを手にとって、古きものは手放さないといけない。それがたとえ、大事なものでも。
もし、天音さんを見つけていなかったら、ずっとこのままだったかもしれない。
先を歩く愛姫の姿をみて、言葉にできない複雑なものが生まれた。すると、愛姫がくるりと振り向いた。ムッとした表情で。
「お兄、遅いっ! 早くしないと陽が暮れるでしょ!」
待ってくれ。愛姫が買った洋服や日用品は、全部僕が持ってんだぞ。手のひらいっぱいに抱えてんの。そりゃ足取りが重くなるわけ。
「愛姫も少しは持ったらどうなんだ」
「紳士はレディに重たいものを持たせないですことよ。お兄さま、見習いなさい」
「何処の貴族だ」
僕は紳士でも何でもない。一般人だ。
天使の人を知っている時点で、一般人とは言えないが。
そのまま僕らは帰路についた。帰ったら両親がいて、僕らの帰りを夕飯を作りながらずっと待っていたらしい。家に帰ったら、出来たてのご飯が。
「おかえり」
父さんが言った。
「おかえりなさい」
母さんが続けて言った。
誰かが出迎えると、こうなる。誰かが家にいると、必ず「おかえり」と言われる。これは、当たり前なのに、自然と涙が出てきた。
今日は愛姫の買い物を持たされて理不尽に怒られるし、泣くし、両親には過剰に心配されし散々だ。でも、これが〝家族〟なんだな。
ずっと置いてきた時間が戻ってきた。この温もりを忘れない。
大型連休が明けて明日からサラリーマンも学生も働かないといけない日。それを翌日に控えた僕に、ついにこのときがきた。天音さんとデート。
起きてもまだ夢心地みたいで、体がふわふわする。宙に浮いているみたい。そんな姿を見た愛姫に「キモッ」と罵られたけど、僕の心にはちくりとも刺されていない。
愛姫が昨日選んでくれた服を着て、玄関を出る。すると、玄関で待っていたのは天音さんではなく天和お姉さんだった。ニッコリと笑っている。こんな満面な笑み、向けられたことないぞ。
「な、何の用ですか」
「決まっています。わたくしは監視役。ついていきますよ」
冗談じゃない。せっかくの二人きりのデートだっていうのに、邪魔されてたまるか。
「監視役って、もう全部終わったんじゃ」
「なぁに言ってんですか。終わってません。少なくとも、この仮想世界が終わるまで。ですので、お二人のデートついていきますよ」
僕は逃げた。なるべく遠くまで逃げて逃げ続けて、巻いたら天音さんと合流する。体育五だけど、天和お姉さんに勝てる自信はあるね。
まいたら絶対デートしたいもん。もう、このときのために生きていた、といっても過言じゃない。僕のこの野望と執着に敵うわけがない。
数キロ走ったそのとき、僕の眼前の道端にナイフが突き刺さった。鋭利な刃物がこんな道端に刺さるわけないし、ナイフが地面奥まで刺さっている。何処から投げてきたんだ。後ろを恐る恐る振り向くと、天和お姉さんが上空で飛んでいた。
殺意混じった眼差しで睨んでいる。この前まで小さな羽だったのに、この数日で成長し、もう片方の羽と同じ大きさになっている。立派な白い翼。
でも天使がやっていいことじゃないぞ。少なくとも、もう少し行けばそれに刺さっていた。
「せっかくのデート、お義姉さんだからて許せないぞ」
「姉だから許すはずがないでしょう! 天音に爪痕一つ残しな! その場で地獄に叩き落とす」
僕の野望と執着も凄いけど、お義姉さんのほうは完全に僕を敵視している。僕を認めてくれたんじゃないのか。あと怒ると、口調変わるんだな。
少し走っただけなのに、息切れしている。そりゃ体育五を全力で走らせたからな。僕が望んでいる世界なら、天音さんがパッと降ってこないかな。
「呼んだ?」
隣に天音さんが立っていた。何食わぬ顔で。僕が驚くと、コテンと首を傾げた。
「呼んだでしょ?」
「呼んだけど……都合良すぎでしょ」
天音さんは、さらに大きな瞳を大きくさせた。お姉さんと鬼ごっこ中だってこと、気づいてなさそう。それにしても、私服姿の天音さんは可愛いな。
白のワンピースに、細い腰のラインが分かるベルト、普段は結んでいない髪の毛を一つにしている。この姿を見ただけで天にも登れそう。やっぱり天音さんは、白が似合うな。
僕がまじまじ見つめているから、天音さんは不思議そうに首を傾げた。
「どこか、変?」
「全然おかしくない。むしろ、完璧! すごい可愛いし、オーラが半端ないし、可愛いし」
自分でもおかしなぐらい興奮している。そのさなか、天和お姉さんが地上に降りた。
僕と天音さんの間を割く。さっきまで殺気立っていたのに、天音さん登場で、じゃれあっている。ここの現場に、お姉さんがいることに疑問を抱いた天音さんが
「姉さんも来るの?」
と聞いた。何故か嬉しそうな表情で。
「天音はわたくしと行きたい?」
「姉さんと出かける、嬉しい。聖人とデート、嬉しい。三人といれば楽しいね」
ほっとした穏やかな表情で言った。
天音さんが、普段表情筋が動かない天音さが、その表情を。雷が落ちた衝撃がした。そんな衝撃的な破壊力。
やっぱり僕には敵わない。
結局、二人きりのデートはなくなった。天音さんの隣には、つねに天和お姉さんがいて近づこうとすると、威嚇されて一人でトボトボ歩いていた。遊園地で一人歩いていると、周りがみんなイチャカップルで、自分がただ虚しい。
天音さんは、常に天和お姉さんが隣にいても不思議に思っていない。僕が一人でいると、気にかけてくれるから、お姉さんの仕業だと思っていない。
これは、デートというより姉妹のデートを見ている気分だ。後ろでその姿を恨めしそうに眺めている僕。二人きりが良かったなぁ。
デートも終盤で、最後に定番の回覧車に乗ることにした。遊園地が閉まるギリギリまで僕らは残っている。昼間より人は疎らだけど、やっぱり回覧車は、イチャカップルの列が成している。
回覧車に乗る直前、姉妹はお手洗いに行った。僕を列に残して。こんな役、もうごめんだ。順番が回って来るのが早い。天音さんと乗りたかったのに、これじゃあ一人で乗りそう。
すると、ふと隣に何かを感じた。温かい。恐る恐る見下ろすと、お手洗いに行ったはずの天音さんがそこにいた。ちゃっかり手を繋いでいる。
はかったようにして、順番が回ってきた。もう一人いるんだけど、後ろの人に迷惑かかるから、二人と乗った。
数日の間に、やれることをやっておこう。まずは、天音さんとのデートだ。
一回やってみたかったんだ。そもそもデートて、初めてだし、人生初をここに注ごう。
「お兄て、ほんとにあの人のこと好きだね」
愛姫がふてくされた表情で言った。
デート服をどうするか、わが妹に協力してもらった。勝負服について詳しい妹がいて、助かった。
服を選んでいる最中だ。僕の持っている服だけを選んでいる。何着も着ても、愛姫は首を傾く。
「どの服着てもお兄かっこよくない。ダサ。あの人綺麗なんだから、隣に歩いてて恥ずかしくない格好がいいのに。お兄の持っている服、全部ダサくて、愛姫もう無理」
愛姫は頭を抱えた。
僕の持っている服は、何年も同じものを着ていてヨレヨレだ。確かにこんな服で天音さんの隣に歩いたら、恥ずかしいなぁ。
「まったくお兄は仕方ないんだから!」
愛姫は立ち上がった。
僕のために服を選びにいってくれる。なんだかんだ、優しい一面を持っている。天音さんとデートすることに、複雑な面持ちしてたけど、文句は言っていない。むしろ、僕のほうに喧嘩を売っている。「天音さん綺麗なのに、なんでお兄を選んだんだろ?」て言われると、流石にお兄ちゃん、傷つくからな。
まぁ、確かに天音さんが僕を好きになったのて奇跡だよな。
ついでにいうと、愛姫も自分の服を買った。将来和也くんと同棲するために今から色々買うんだと。まだ付き合ってもいないのに、気が早すぎ。
久しぶりに兄妹で買い物をした。両親が亡くなったあと、僕らはこうして毎日のように買い物してたな。病状が悪化するまでは。
「愛姫」
「何?」
少し先を歩いて、街をぶらぶらしている愛姫に声をかけた。愛姫はくるりと振り向いた。
「楽しいか?」
「は? 何言ってるの」
眉間にしわをよせて、怪訝な表情。
「楽しいに決まってんじゃん」
「そっか……」
愛姫は再び買い物を続けた。楽しそうに買い物をしていて、陽が当たる場所をスキップしていた。病気なんて、忘れてしまいそうなほど元気。
この世界はもう時期終わる。それを意味しているのは、愛姫と両親がいなくなること。こんなにも人生を謳歌している妹が、あと数日でいなくなるのは――もう、たくさんだ。
朝食を家族全員で食べれる時間、温かくて美味しくて、涙が出た。無くなったはずの時間がそこにあった。無くなったはずのものが、目の前にあって、それもまた失う。
新しいものを手にとって、古きものは手放さないといけない。それがたとえ、大事なものでも。
もし、天音さんを見つけていなかったら、ずっとこのままだったかもしれない。
先を歩く愛姫の姿をみて、言葉にできない複雑なものが生まれた。すると、愛姫がくるりと振り向いた。ムッとした表情で。
「お兄、遅いっ! 早くしないと陽が暮れるでしょ!」
待ってくれ。愛姫が買った洋服や日用品は、全部僕が持ってんだぞ。手のひらいっぱいに抱えてんの。そりゃ足取りが重くなるわけ。
「愛姫も少しは持ったらどうなんだ」
「紳士はレディに重たいものを持たせないですことよ。お兄さま、見習いなさい」
「何処の貴族だ」
僕は紳士でも何でもない。一般人だ。
天使の人を知っている時点で、一般人とは言えないが。
そのまま僕らは帰路についた。帰ったら両親がいて、僕らの帰りを夕飯を作りながらずっと待っていたらしい。家に帰ったら、出来たてのご飯が。
「おかえり」
父さんが言った。
「おかえりなさい」
母さんが続けて言った。
誰かが出迎えると、こうなる。誰かが家にいると、必ず「おかえり」と言われる。これは、当たり前なのに、自然と涙が出てきた。
今日は愛姫の買い物を持たされて理不尽に怒られるし、泣くし、両親には過剰に心配されし散々だ。でも、これが〝家族〟なんだな。
ずっと置いてきた時間が戻ってきた。この温もりを忘れない。
大型連休が明けて明日からサラリーマンも学生も働かないといけない日。それを翌日に控えた僕に、ついにこのときがきた。天音さんとデート。
起きてもまだ夢心地みたいで、体がふわふわする。宙に浮いているみたい。そんな姿を見た愛姫に「キモッ」と罵られたけど、僕の心にはちくりとも刺されていない。
愛姫が昨日選んでくれた服を着て、玄関を出る。すると、玄関で待っていたのは天音さんではなく天和お姉さんだった。ニッコリと笑っている。こんな満面な笑み、向けられたことないぞ。
「な、何の用ですか」
「決まっています。わたくしは監視役。ついていきますよ」
冗談じゃない。せっかくの二人きりのデートだっていうのに、邪魔されてたまるか。
「監視役って、もう全部終わったんじゃ」
「なぁに言ってんですか。終わってません。少なくとも、この仮想世界が終わるまで。ですので、お二人のデートついていきますよ」
僕は逃げた。なるべく遠くまで逃げて逃げ続けて、巻いたら天音さんと合流する。体育五だけど、天和お姉さんに勝てる自信はあるね。
まいたら絶対デートしたいもん。もう、このときのために生きていた、といっても過言じゃない。僕のこの野望と執着に敵うわけがない。
数キロ走ったそのとき、僕の眼前の道端にナイフが突き刺さった。鋭利な刃物がこんな道端に刺さるわけないし、ナイフが地面奥まで刺さっている。何処から投げてきたんだ。後ろを恐る恐る振り向くと、天和お姉さんが上空で飛んでいた。
殺意混じった眼差しで睨んでいる。この前まで小さな羽だったのに、この数日で成長し、もう片方の羽と同じ大きさになっている。立派な白い翼。
でも天使がやっていいことじゃないぞ。少なくとも、もう少し行けばそれに刺さっていた。
「せっかくのデート、お義姉さんだからて許せないぞ」
「姉だから許すはずがないでしょう! 天音に爪痕一つ残しな! その場で地獄に叩き落とす」
僕の野望と執着も凄いけど、お義姉さんのほうは完全に僕を敵視している。僕を認めてくれたんじゃないのか。あと怒ると、口調変わるんだな。
少し走っただけなのに、息切れしている。そりゃ体育五を全力で走らせたからな。僕が望んでいる世界なら、天音さんがパッと降ってこないかな。
「呼んだ?」
隣に天音さんが立っていた。何食わぬ顔で。僕が驚くと、コテンと首を傾げた。
「呼んだでしょ?」
「呼んだけど……都合良すぎでしょ」
天音さんは、さらに大きな瞳を大きくさせた。お姉さんと鬼ごっこ中だってこと、気づいてなさそう。それにしても、私服姿の天音さんは可愛いな。
白のワンピースに、細い腰のラインが分かるベルト、普段は結んでいない髪の毛を一つにしている。この姿を見ただけで天にも登れそう。やっぱり天音さんは、白が似合うな。
僕がまじまじ見つめているから、天音さんは不思議そうに首を傾げた。
「どこか、変?」
「全然おかしくない。むしろ、完璧! すごい可愛いし、オーラが半端ないし、可愛いし」
自分でもおかしなぐらい興奮している。そのさなか、天和お姉さんが地上に降りた。
僕と天音さんの間を割く。さっきまで殺気立っていたのに、天音さん登場で、じゃれあっている。ここの現場に、お姉さんがいることに疑問を抱いた天音さんが
「姉さんも来るの?」
と聞いた。何故か嬉しそうな表情で。
「天音はわたくしと行きたい?」
「姉さんと出かける、嬉しい。聖人とデート、嬉しい。三人といれば楽しいね」
ほっとした穏やかな表情で言った。
天音さんが、普段表情筋が動かない天音さが、その表情を。雷が落ちた衝撃がした。そんな衝撃的な破壊力。
やっぱり僕には敵わない。
結局、二人きりのデートはなくなった。天音さんの隣には、つねに天和お姉さんがいて近づこうとすると、威嚇されて一人でトボトボ歩いていた。遊園地で一人歩いていると、周りがみんなイチャカップルで、自分がただ虚しい。
天音さんは、常に天和お姉さんが隣にいても不思議に思っていない。僕が一人でいると、気にかけてくれるから、お姉さんの仕業だと思っていない。
これは、デートというより姉妹のデートを見ている気分だ。後ろでその姿を恨めしそうに眺めている僕。二人きりが良かったなぁ。
デートも終盤で、最後に定番の回覧車に乗ることにした。遊園地が閉まるギリギリまで僕らは残っている。昼間より人は疎らだけど、やっぱり回覧車は、イチャカップルの列が成している。
回覧車に乗る直前、姉妹はお手洗いに行った。僕を列に残して。こんな役、もうごめんだ。順番が回って来るのが早い。天音さんと乗りたかったのに、これじゃあ一人で乗りそう。
すると、ふと隣に何かを感じた。温かい。恐る恐る見下ろすと、お手洗いに行ったはずの天音さんがそこにいた。ちゃっかり手を繋いでいる。
はかったようにして、順番が回ってきた。もう一人いるんだけど、後ろの人に迷惑かかるから、二人と乗った。
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