天使が恋を知ったとき

ハコニワ

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二章 白崎聖人の世界 

第17話 逮捕

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 和也くんの喧騒の声、奴らの怒声、バチバチとはねる街頭、冷たい夜だった。まだだ。まだ動ける。
 僕は刺された箇所を痛いけど、手で抑えた。ドクドクと溢れかえる血。自分の体から出てるのに、制御できない。

 奴らは和也くんに夢中で、僕なんか見ていない。僕はゆっくり起き上がった。動くとさらに痛い。もう全身が痛い。 
 でも、死ぬわけにはいかない。天音さんを探すんだ。彼女を見つからないまま、死ぬのは僕が許さない。

 羽交い締めにして制御していた和也くんまでも、複数には敵わない。和也くんは高身長のやつに、捕らえられた。鷹偽くんと嘘月くんが和也くんの両手両足地面に押し付けて、捕まっている。
「くそ。何なんだよこいつら」
「和也、俺らを裏切ったのか?」
「あいつどうする?」
「ほっといても死ぬな。ちゃんとナイフ捨てておけよ」
 僕は刺されて、和也くんは捕まった。絶対絶名。この場合、死ぬのは和也くんがさきか僕がさきか。死ぬことを考えてる場合じゃない。
 これからどうするかを、考えないと。
 残る戦力は天和お姉さんだけ。でも天和お姉さんは朝別れてそれっきり。僕の監視役なら、この状況を見ているはずだ。

 天和お姉さんとテレパシーみたいなもので、繋がらないかな。天使でも流石に無理か。そもそも、天和お姉さんが僕の命を助けたことは一度もない。
 あくまで監視役だから、干渉しないんだ。僕がこうなっていても、別に気にしないだろうな。
「お兄…――?」 
 突然、可愛いらしい声が静まり返った空気に響いた。愛姫の声だ。視界が涙でいっぱいだけど、愛姫が確かにそこにいる。それだけが分かる。

 愛姫は呆然と立ち尽くして、肩が強ばっている。逃げろ愛姫。早く逃げてくれ。心の中で叫んでいても、言えない。喉がカラカラしすぎて。

 奴らは愛姫の存在に気づくと、どよめきが広がった。和也くんを地面に押し付けていた二人が手を離す。
 ひんやりした空気がさらに冷たくなり、嫌な予感がした。このままじゃ愛姫が奴らに殺される。もしくは、強姦される、そんな予感した。
 兄の予感が外れていればいいけど。

「おい、どうすんだよ目撃者が」
「大丈夫だ。刺したところは見ていないはず」
「あの子さっき『お兄』って言ってなかった?」 
 ひそひそ話が聞こえる。愛姫がたまたま通りかかった通行人であれば、このまま何もない。ただ、僕の妹だって知ったらただじゃおかない。

 愛姫がさっき「お兄」て言ったせいで、僕の妹だって知られた。となると、余計に察しが良い高身長のやつが、愛姫に近づいた。愛姫は氷漬けにされたみたいに動けない。

「あそこにいるの、君のお兄さんなの?」
 だめだ。答えるな。逃げてくれ。
 愛姫は後ずさりして、小さく頷いた。三人が愛姫を囲んだ。やめろ。愛姫に何する気だ。愛姫のことを邪な目で見るのはやめろ。

 くそ。どうして動けないんだ。肝心なときに大事なものも守れない。こんな自分じゃ、天音さんも守ることもできない。

 三人は口封じに、愛姫を強姦する流れだ。年上でなおかつ男の力には敵わない。掴まれた腕を解けない。すぐに愛姫の短い悲鳴が聞こえた。それは、ほんの小さな悲鳴だったが僕には大きく聞こえたま。

 三人に囲まれ、愛姫は馬乗りにされている。三人の影で良く見えないが、服を無理矢理脱がされてる。愛姫の甲高い声がくぐもっている。

 天和お姉さん、お姉さん、お願いだ。僕のことは助けなくていいから愛姫だけは……愛姫だけは助けてくれ。お願いだ。お姉さん。残る戦力はお姉さんだけ。監視役なら、見てるはずだろ。この状態を救ってくれ。天使なら、善良の人間をほっとくわけにはいかないだろ。
 
 涙を流し、絶対絶命のさなか希望を求めた。それは、雲の切れ目から姿を現す陽光の光。それだけを待っていた。

 妹の悲鳴が響く。
 小さな妹が次第に、少女から女の声になっていく。何も知らなかった妹が、真っ黒に染まり穢れていく。だめだ。そうはさせない。僕は残された力を踏んばって、立ち上がった。

 吐きそう。目の前がぐらぐらする。お腹から何かが飛び出そう。というか、モツが顔を覗いてる。痛みに感覚が麻痺したのかもしれない。全然痛くないんだ。一歩一歩歩いてても、地面の感触がしない。

 起き上がった僕を見て、三人ともびっくりした。三人とも、僕のことをすでに故人と思っていたから。それならそれで、好都合だ。亡霊なら敵わないだろ。
「こいつ、まだ生きてやがる!」
「ゾンビかよ!」
 鷹偽くんと嘘月くんはびっくりしたものの、高身長のやつは真逆で、冷静だった。慌てふためく二人を置いて、僕のことをもう一度あのナイフで刺した。

 背後から刺された箇所より、やや下のお腹。痛みは最初こそあったものの、もう何も感じられなくなった。
「お兄ちゃん!」
 愛姫の甲高い声を最後に僕は、気を失った。







 光が見える。
 眩しい光。天国かな。何回も死んでるのに天国に行ったことは一度もない。じゃあこれは、4月28日の朝日か。また、戻ったのか。
 それじゃあ僕、失敗したんだな。
 結局、前の世界と変わらない。僕は死ぬだけで、何も変わらない、変えられない。
「いいえ、変わったことはありますよ」
 天和お姉さんの声だ。
 この淡々とした口調。この人しかいない。天和お姉さんの声がすぐそばで聞こえた。近くにいるのか。
 また僕の部屋にいるのか。
 愛姫め、兄ちゃんの言い分も聞かずして、幼馴染の言うことを聞くのか。

 朝日の光が眩しすぎる。なんだか、温かくもないし。臭いもしない。独特の臭いがする。すぅと目を開けると、目いっぱいに、知っている人たちの顔が。
 涙ぐんで見下ろす愛姫の顔、心配そうに見下ろす和也くん、冷めた目で見下ろすお姉さんの顔が、寝起きの僕の目、いっぱいに広がっていた。

「お兄ちゃーん!!」
 愛姫が抱きついた。
 僕の上に乗りかかってくる。びっくりして、言葉が出てこない。愛姫が抱きついてきた瞬間、お腹から鋭い痛みが全身をかけめぐった。今までで一番苦しい。
 言葉にできない痛みだ。
「ゔっ……」  
「病み上がりなんだから、乗るんじゃない」
 和也くんが愛姫を止めた。愛姫は、ごめんなさいと言って僕から離れた。

 痛みがじわじわ広がっていく。それと同時に、温もりが感じる。ベットの感触、窓から吹く涼しい風、みんなの眼差しが一心に伝わってくる。
 お腹がどうなっているのか見てみると、二重に針で縫った跡があった。
「もしかして、僕、生きてる?」
「今頃かよ。助かったんだぜ」
 ここは病院で、僕は5月1日を生き残っている。彼らにまた刺されたあと僕は気絶して知らないけど、その後和也くんが愛姫を助けて、その騒ぎに気づいた近隣住民が通報してくれたことで、僕たちは助かった。

 彼ら結局、殺人、強姦の罪にて逮捕された。お縄についた彼らを見たかったのは惜しいけど。

 5月1日を生きている、それだけで、こんなに幸せなんだ。やっとこれで、天音さんを探せる。ようやく試練を超えて、ご褒美を与えられた気分だ。
「和也くんは大丈夫なの?」
「重症のお前に聞かれても、この通り、ピンピンしてるよ」
 和也くんは、僕のために元気そうに見せるために腕を回してみせた。鷹偽くんと嘘月くんに捕らえられた手首のあとはない。
 愛姫は元気そうにしているが、僕より重症じゃないか。あいつらに体を隈なく触られたんだ。平気なわけないよな。

「お兄、愛姫ならもう平気だよ! あのときは怖かったけど、和也くんに助けられて愛姫、やっぱりこの人が運命の人だって、実感したの」
 生まれたときから愛姫を知っている兄ちゃんのはずが、兄ちゃんでも見たことない乙女の顔している。
 目はキラキラと輝いて、ビー玉みたい。
 犯されそうになったものの、そんなの忘れて目の前にいる和也くんに夢中だ。その目当ての和也くんは、愛姫から伝わってくるハートを無視している。当の本人に伝わってないと、意味ないぞ。

 窓から吹く風が涼しい。5月の2日。なんて美しい青空なんだ。ペンキを溢したみたいな青空。天音さん探しがこれで、ほんとにできる。

 その束の間、天和お姉さんが酷い事実を暴露した。
「朝霧さん、今朝亡くなったようですね。朝霧さんの彼氏がその、強姦の罪に囚われてる高身長の人、だったみたいですよ」
 お姉さんの衝撃な発言は、束の間に喜んだ僕を冷たい地面に叩き潰した。
 そんな、朝霧が死んだのか。彼氏が捕まったから? そもそも朝霧のやつ、あいつが彼氏なんて聞いた覚えもないぞ。

 そんな朝霧が、必ず誰か一人死なないといけない。それが世界のルールなら、そんなルール破ってやる。
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