天使が恋を知ったとき

ハコニワ

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二章 白崎聖人の世界 

第12話 また

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 誰かに言われて監視役になった。天和お姉さんが従いざるをおえない相手。それは絶対なお方。
「神様?」
「そんな察しがいいと、こちらが言うまでもないですね。そのとおりです。神様は、まだ楽しんでいます」
 楽しんでいる、という言葉は聞き捨てならなかった。天音さんが死んだとき、神様はこう告げていた。
『また楽しもうぞ』
 と最後に言っていた。
 神様は元から僕を元の世界に戻す気はサラサラなかったんだ。神様の駒として、僕はまだチェス盤にいる。どうしたら、キングを撃つことができるか、模索している。
 でも、考えても考えても全く浮かばない。考慮時間がなくなって、ゲーム終了だ。

「神様は、どうしてこんなことを? 約束したじゃん」
 無駄だと思っても、聞かずにはいられなかった。たとえその答えが、破滅を導くとしても。
「あなたに果し状をつきつけられて、さぞ嬉しかったのでしょうね。神様は神様で、割と暇だから、暇つぶしでやっている。ただ、それが約束違反だと、分かっていない」
 娯楽のためにか。納得した。納得しざるを得ない。 

 僕らはその後、一言も会話せずに学校にたどり着いた。教室まで一緒。まさかだと思うけど、僕の前の席、天音さんがいた席じゃないよな。
 じっと様子をみていると、天和お姉さんは、違う席に座った。前の席じゃなくてほっとした半分、半分は、僕の隣の席に座ったことだ。
 監視役だから、常に見張るのだろう。でも、隣はあんまりだ。授業中安安と眠れないじゃないか。

 僕は仕方なく、自分の席に座った。教室に入ると必ず目に入る存在がいた。お人形のように微動だにしなくて、いつも一人で、孤高な存在。

 教室はいつもの雰囲気だった。仲のいいグループが早速、輪になって喋ってたり、まだ朝なのにお菓子を食べている子や、雑誌や漫画を広げて盛り上がっている子もいる。なのに、彼女だけがいない。
 一筋の光がいない。それだけで、この教室は、明るさを失ったきがした。

 隣をふとみると、天和お姉さんはクラスメイトの女子に囲まれていた。男子もいる。楽しそうに笑いあって。クラスの中じゃ、上の存在か。僕は中の中だから、隣が盛り上がっていると少し落ち着かない。

 すると、バシと背中を叩かれた。振り向くと悠介が手を上げていた。
「よっ! おはようさん!」
「おはよう。痛いなぁもう」
 背中をさすった。悠介はニヤニヤわらいながら、僕の前の席に座った。
「朝から背中丸めってから。景気づけに」 
「そんな気遣いは無用だ。それより、その席……」
 その席は天音さんの席だ。
 たとえ、いなくてもそれは変わらない。悠介は自分が今座っている席を見下ろして、不思議に首をかしげた。
「この席ぃ? 空席だろ? 何いってんの?」
 空席。確かに彼女がいないから空席なのは分かるけど、そっか。やっぱり彼女はここにいないのか。

 急に、世界が暗くなった。広い海に一人ぼっちで投げ出され気分だ。天音さんは、人間に転生している。けど、今どこにいるか分からない状況。天和お姉さんに居所を聞きたいけど、今は無理そうだ。
 悠介が昨日のテレビの話をした。僕は「昨日」の記憶は一切ない。あるのは、5月1日から6日の記憶。だから悠介が楽しそうに、昨日のテレビに出ていた女優の話をしても分からない。
 適当に相槌をうった。
 興味のない話を聞かされ、苦しくなった。こいつの話なら、いつもは、面白いからちゃんと聞くのに、このときだけは時間が長くて苦しい。早くチャイムなれ、と祈った。

 ようやく、朝のホームルームの時間になり、悠介から離れた。ほっとした。ずっと相槌をうっていて、悠介も僕がまともに聞いていない、て思ったろうな。心が重くなる。

 一限目は国語だ。いきなり少テストで焦ったけど、国語は大の得意だし躓くところはなかった。でも、授業の流れは分からないな。昨日の復習を済ませた生徒なら、何処から始めるか分かるけど、僕にとって今日が初めての授業だ。

 違う学校に転入してきて、初めての授業と同じだ。分かるわけがない。教科書も違うし、みんなとの力量が違う。

 こういう日は、指名されたくない。真面目に受けているように見せかけて過ごそう。ちょうど、天和お姉さんが指名された。文章の答えについてだ。
 天和お姉さんは、指名されたらすぐに答えを言った。凛とした姿勢で。もちろんその答えは合っていた。

 教室は、パチパチと歓声の拍手が上がっていた。問題の答えが合っていた歓声より、クラス一の美女がサラリと言ったことで、みんな、拍手していた。

 すっかりこのクラスの一員だな。みんなの記憶をいじっているからかもしれない。でも、罪悪感はないのだろうか。天和お姉さんを見る限り、ふっと悪切れもなく笑っている。

 この人の正体を知らなければ、僕もクラスの空気にのって拍手したかもしれない。僕は唯一、空気にのめり込めなかった。早く授業が終わらないか、時計と窓を眺めていた。

 窓の外は白い雲がポツポツと浮いている青空。雀がチュンチュン鳴っている。なにを会話しているんだろうな。じっと窓の外を眺めていると、屋上がみえた。

 誰も管理していない杜撰な場所。あの場所は、天音さんと過ごした時間が多い。同じ教室だったけど、教室よりも多い。
 天音さんとお弁当食べたり、お喋りしたりあそこは、この居心地悪い空間では救いのある場所だ。

 授業がやっと終わり、僕は屋上に向かった。教室を出るときは一人だったのに、なぜか天和お姉さんもついてきている。
 監視役だから仕方ないけど、一人にもなれないのか。
「屋上に行ったら、何をするつもりですか?」
 階段を登っているとき、背後から訊ねられた。
「ちょっと済むので、お姉さんは来なくてもいいですよ?」 
「いいえ。監視役なので、何処にでもついていきますよ」
 うわストーカーかよ、とは口が避けても言えない。階段を登り、屋上にたどり着いた。春の穏やかな風が、ふわりと髪の毛をなびかせた。
 狭い教室にいて、ここは爽やかな空気だ。
 
 僕は屋上のフェンスまで歩いた。フェンスの奥にいくと、段差があって、その先は真っ逆さまだ。フェンスがあるのは、飛び降りを防ぐため。
 でもこのフェンスは、ただ立っているだけで飛び降りを防ぐ務めにはならない。監視カメラや防犯ブザーもない。ほんとに杜撰な学校だ。

 フェンスを登って、向こう側に飛び降りる。
 天和お姉さんは、じっと様子をうかがっていた。僕のする行動を決して止めない。ただ傍観している。監視役としてそれが当たり前だろう。

 僕は恐る恐る下を覗き混んだ。高い。地面が遠い。ヒュウと冷たい追い風が吹いた。危うく足を踏み外すところだった。危ない。最初から、下を見たのがだめなんだ。焦るな。冷静になろう。
 
 深く深呼吸して、姿勢を整えた。足幅は十分あるから大丈夫だ。背中はフェンスがあるからそれを背もたれにした。
「何をするんですか?」
 じっと様子をうかがっていた天和お姉さんが口を開いた。
「まさか、天音がいないから自さつするつもりですか? 見底ないました。天音を見つける努力もしない男は、我が可愛い妹に相応しくありません」
 すごい勝手なこと言われてる。天使の天和お姉さんでも、天音の居場所を知らない。知っている素振りはない。

「天音さんを探すのも大事だけど、まず優先順位がある」
「はぁ!? 天音のほかに優先順位なんてありません!」
 僕は靴を脱いだ。天和お姉さんはびっくりして、口を呆けている。ほんとに自さつするみたいな流れになって、流石に焦った。 
「待ちなさい! ほんとに死ぬ気ですか!? 目の前で死なれるこっちの目になってください。だいだいどうして自さつを」
「ここは僕が望む世界だ。だったら、タイムリープも有りなんじゃないかなって。それに、ここで生きても僕はあと3日の余命だ。それを阻止するために、天音さん探しは後にする」
 ここは僕が望む世界ならば、僕が死ねば、タイムリープもできるんじゃないか。あの世界と同じだ。ただ、リスクが高すぎる。
 飛び降りれば、ほんとにタイムリープできる。だが、最悪そのまま死……。 

 いいや、大丈夫だ。
 だって、僕はまだ神様のチェス盤にいるんだから。生かされる。下の景色は、高くて飛び降りればきっと即死だろう。
 僕は深呼吸した。何度も死を体験しているせいか、中々肝が座っているな。深呼吸したら、もう何も怖くなくなった。

 ふっと片足を宙に浮かせると、そのまま重心が下がっていき、天と地が逆になった。下に落下するのは速いと思ったけど、案外スローモーションだった。

 窓から覗く教室、廊下、お喋りしている女子生徒。たまたま空を見上げていた少年が落ちる僕を見て、唖然としている。これが最後の景色か。死ぬんだったら、もっと簡単な死に方すれば良かった。

 落ちる数秒後後悔した。
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