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一章 羽衣天音の世界
第9話 火事
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5月6日
大型連休明け。全国の学生やサラリーマンたちは嘆くこの日。僕はこの日を待ちに待った日として、感激した。
今日は神様の果し状最後の日なのだから。セットした目覚まし時計で目が覚めた。朝日の光がいつも部屋を照らしている。
今日も青空が澄み切っている。五月一日じゃない空は、どんなものより、美しく見えた。
「おはようございます~」
僕の部屋に現れたのは、天和お姉さん。普段見せないにこやかな笑みが、どうしようもなく怖い。
突然部屋に現れたからびっくり。大声あげて、近隣のワンちゃんが鳴いた。
「うるさいですね。朝っぱから」
「その台詞、そっくりそのまま返したい」
天和お姉さんは、両手で耳を抑えて、やれやれとため息を吐いた。僕がどうして悲鳴あげたのか、知りもしない。
天和お姉さんは、翼を広げて上空を漂っていた。白い羽根が朝日の光に反射する。真っ白でキラキラしている。
天和お姉さんが監視役に決まって、この家に訪れたのは初めてだ。監視役といって、近くで監視してるわけじゃない。いつも、空から監視している。
だからこの部屋に訪れたのは、何か理由がある。
「なんの用ですか」
「ふっ。わたくし、今日はとってもご機嫌なの。分かりますか? それは、今日あなたが死んでくれるからです」
天使の笑顔が、悪魔のように怖い。天使の微笑みときたら、それは美しいて言われてるようなものなんだけど、例外もあるんだな。
天和お姉さんは、監視役として今日が最後の勤め。僕の周りをただひたすらに監視していたのは、相当暇だったのだろう。その勤めも今日で最後。ご機嫌だな。
「僕は死にませんよ。神様が車やら人やら動かして全力で殺しにきても、僕は運がいい男なんだから!」
自慢気に言った。天和お姉さんは、若干ドン引き。顔が暗い表情。
「人間ごときが我らの神様に、勝てると本気でお思い? ほんと、馬鹿な人間は嫌い」
天和お姉さんは終始睨みつけて、何処かに羽ばたいていった。天井も幽霊みたいにすり抜けていた。
それから天和お姉さんが戻ってくることはなかった。もう、戻る気もない。この日がどう足掻いても最後なのだから。
朝食をつくる。今回はガスも水も大丈夫そうだ。でも忘れない。5月7日にならない限り、僕の命は保証されない。
絶対に今日は生き抜いて見せる。何処に神様の刺客がくるか分からないけど、こっちは余裕だ。
朝食を食べ、支度は準備OK。おっと、この頃忙しくて忘れてた。仏壇の前に手を合わせた。
「行ってきます父さん、母さん、妹よ、僕は絶対に勝ってきます」
三人は相変わらず、こちらに笑みを向けていた。三人の力も借りて、僕は玄関を開けた。
昨日の車衝突事件にて、崩壊された玄関は元通り。庭のほうも車が避けるために、黒いブレーキのあとがくっきりだったのに、綺麗になっている。
これは全部天音さんのおかげだ。
天音さんが天使の力を使ったわけじゃない。天音さんが天和お姉さんに頼みこんで、それで綺麗になったわけだ。
昨日のことが、嘘のような綺麗さだ。あとは近隣の住民の記憶を少しいじれば、丸く収まる。なんか、物騒なことを言ったけど実際今は平和だ。
空は憎たらしいほど、青々としていた。銅器のような青々しさに、白い雲がポツンポツンと浮いている。
風はなかった。おかげで、むわっと大地の熱が顔までくる。5月でこの暑さ、異常気象だな。空を見上げてばっかで彼女の存在に気づかなかった。
「おはよう」
僕はびっくりした。また奇声をあげるところだった。声のした方向を恐る恐る確認した。玄関前で天音さんが立っていた。
「お、おはよう」
「待ってた。昨日みたいに車に轢かれそうにならないように、守ってあげる」
え、つまり、天音さんが僕のボディガードだと。学校まで一緒。学校までの距離は、割とある。これ、デートか。
天音さんに限って、デートのお誘いとか。嬉しいけど。本人はそんな意識なさそう。無表情で僕を見上げてた。
「迷惑?」
首をコテン、と傾げ上目遣い。
その仕草はやめろ。どんな罪も無罪だ。
僕は天音さんと肩を並べて歩いた。緊張する。心臓が口から出そうだ。心拍数がとんでもない。もしかしてこれが神様の刺客というのか。味方がまさかの、トドメになりそう。
天音さんは、真正面を向いて歩んでいた。マネキンのように表情筋を動かさない。生きているのか死んでいるのかを疑うほど。
彼女は今、どんな気持ちなのか分からない。知りたい。人間になれば、少しは分かるかも。
僕はなんとしても生きないと。その決意が固くなったときだ。
アスファルトがユラユラ揺れている。遠くの景色が陽炎で惑わしていた。暫く歩いていると、放水車が通った。
冷たい水を道路にまき散らせいく。一瞬だけ、涼し気な空気が僕らの肌を触った。ひんやりしてて、気持ちいい。でも一瞬で終わった。
ひんやり涼しいのは一瞬で、あとはアスファルトの熱がまたそれを覆い被さった。
じわじわと熱が充満する。息ができないほど。5月というより初夏みたい。
「今日も暑いね」
彼女は相槌をうった。
「そういえば、ゴールデンウィーク中はいろんなことが起きすぎて、宿題どころじゃなかったよ。今日ギリギリで済ませてきたんだ」
彼女は相槌をうった。
相変わらずだけど、それでも可愛いから許す。登校中に朝霧に見つかり、変な噂が流れないかヒヤヒヤしたけど〝天音さんが、ゴールデンウィーク中に色んな事件に巻き込まれて、街で有名なドラブルメーカーさんのために、守っている優しい〟ていう評価だった。
実際そんな変わらない。
「おはようさん! あぁ、今日も美しいなぁ」
悠介が寄ってきた。こいつ、この台詞と動作しかないのか。朝霧みたいに色んなオマージュはないらしい。
ファンクラブの人たちからは、睨まれたけど。一部同情の目が多かったな。なんやかんやで学校開催。
学校は家の中より危険度は高い。ベランダとか屋上とか家庭科室とか。特に今から始まる四限目の家庭科実習なんかは、気をつけないと。
今日の調理実習は和風パスタという。作ったことがあるから簡単だ。班の人もそれを分かってか、僕に作らせた。
和風パスタは、昔、妹がテレビで美味しそうに食べていたのを見て、今晩はパスタがいいって言ってきたのがきっかけで作ったわけだ。
懐かしいな。あの頃より全然美味しくできるのが憎いけど。
そのとき、火災報知器がなった。クラスメイト、先生もどよめく。僕は天音さんの方に振り向いた。いない。そんなはずはない。
一緒の教室で同じ授業を受けていたのだから。そこら辺にいるだろ。でも彼女の存在は、引き付くオーラを纏っているから、ひと目で分かる。
先生が落ち着いてと叫んだ。クラスメイトもその一言でどよめきが消えている。家庭科室は燃えていない。他に現場があるんだ。微かに、焦げ臭い臭いが風にのって運んできた。
機械科の校舎からだ。火の手があがっている。真っ赤な炎だ。校舎が燃えている。家庭科室から、機械科の校舎は近い。いつ炎が燃え広がるか分からない。ここも安全じゃない。すぐに避難しないと。
でも天音さんが何処にもいない。こんな緊急事態なのに。家庭科室に炎が燃え広がったのは、数分もなかった。クラスメイトたちは、一斉に逃げ出し、あっという間に真っ赤な炎が辺りを包んだ。
「天音さん! ゴホッゴホッ! 何処にいるの。返事して!」
近くのものさえ分からないほど、白い煙が充満している。アスファルトの熱より熱い。喉が痛い。煙を吸ったからだ。早く脱出しないと僕も焼け死ぬ。
くそ。最後の最後でこれか。飛翔物には殺されかけるし車に轢かれそうになるし、階段から滑りこむし、最後はこんなあっけないのかよ。
やっぱり、人間は神様なんかに勝てない。ただ、それが証明しただけ。
すると、燃えて黒く灰になっているタンスが倒れてきた。僕の背後で。気づいたときには、また彼女が上に覆い被さっていた。
「天音さん、また……!」
僕はすぐに上体を起こした。でも重い。彼女の細身の上にそのタンスが乗っている。炎に包まれたそれを、体に受け、無事なものか。彼女は、僕の腕の中で苦しんだ。
彼女は天使だ。でも、だからといって、不老不死なんかじゃない。痛みだってある。彼女の息が荒れている。汗がすごい。そして、だんだんと透明になっている。向こうの景色が半々見えた。
「隣の、部屋で、大事なものを、置いて、たから取りに、行ってたの」
そうだったのか。彼女がだんだん透明になっていく。天使だからといって、不老不死はない。いつかは天に召されることもある。
「天音さん嫌だ! 僕が死ぬ予定だったのに、君が死ぬなんて、ありえない。嫌だ!」
でも、炎の魔の手はどんどん侵食して、建物内を炎に包んだ。誰も止めることはできない。これが最後に与えた刺客。
大型連休明け。全国の学生やサラリーマンたちは嘆くこの日。僕はこの日を待ちに待った日として、感激した。
今日は神様の果し状最後の日なのだから。セットした目覚まし時計で目が覚めた。朝日の光がいつも部屋を照らしている。
今日も青空が澄み切っている。五月一日じゃない空は、どんなものより、美しく見えた。
「おはようございます~」
僕の部屋に現れたのは、天和お姉さん。普段見せないにこやかな笑みが、どうしようもなく怖い。
突然部屋に現れたからびっくり。大声あげて、近隣のワンちゃんが鳴いた。
「うるさいですね。朝っぱから」
「その台詞、そっくりそのまま返したい」
天和お姉さんは、両手で耳を抑えて、やれやれとため息を吐いた。僕がどうして悲鳴あげたのか、知りもしない。
天和お姉さんは、翼を広げて上空を漂っていた。白い羽根が朝日の光に反射する。真っ白でキラキラしている。
天和お姉さんが監視役に決まって、この家に訪れたのは初めてだ。監視役といって、近くで監視してるわけじゃない。いつも、空から監視している。
だからこの部屋に訪れたのは、何か理由がある。
「なんの用ですか」
「ふっ。わたくし、今日はとってもご機嫌なの。分かりますか? それは、今日あなたが死んでくれるからです」
天使の笑顔が、悪魔のように怖い。天使の微笑みときたら、それは美しいて言われてるようなものなんだけど、例外もあるんだな。
天和お姉さんは、監視役として今日が最後の勤め。僕の周りをただひたすらに監視していたのは、相当暇だったのだろう。その勤めも今日で最後。ご機嫌だな。
「僕は死にませんよ。神様が車やら人やら動かして全力で殺しにきても、僕は運がいい男なんだから!」
自慢気に言った。天和お姉さんは、若干ドン引き。顔が暗い表情。
「人間ごときが我らの神様に、勝てると本気でお思い? ほんと、馬鹿な人間は嫌い」
天和お姉さんは終始睨みつけて、何処かに羽ばたいていった。天井も幽霊みたいにすり抜けていた。
それから天和お姉さんが戻ってくることはなかった。もう、戻る気もない。この日がどう足掻いても最後なのだから。
朝食をつくる。今回はガスも水も大丈夫そうだ。でも忘れない。5月7日にならない限り、僕の命は保証されない。
絶対に今日は生き抜いて見せる。何処に神様の刺客がくるか分からないけど、こっちは余裕だ。
朝食を食べ、支度は準備OK。おっと、この頃忙しくて忘れてた。仏壇の前に手を合わせた。
「行ってきます父さん、母さん、妹よ、僕は絶対に勝ってきます」
三人は相変わらず、こちらに笑みを向けていた。三人の力も借りて、僕は玄関を開けた。
昨日の車衝突事件にて、崩壊された玄関は元通り。庭のほうも車が避けるために、黒いブレーキのあとがくっきりだったのに、綺麗になっている。
これは全部天音さんのおかげだ。
天音さんが天使の力を使ったわけじゃない。天音さんが天和お姉さんに頼みこんで、それで綺麗になったわけだ。
昨日のことが、嘘のような綺麗さだ。あとは近隣の住民の記憶を少しいじれば、丸く収まる。なんか、物騒なことを言ったけど実際今は平和だ。
空は憎たらしいほど、青々としていた。銅器のような青々しさに、白い雲がポツンポツンと浮いている。
風はなかった。おかげで、むわっと大地の熱が顔までくる。5月でこの暑さ、異常気象だな。空を見上げてばっかで彼女の存在に気づかなかった。
「おはよう」
僕はびっくりした。また奇声をあげるところだった。声のした方向を恐る恐る確認した。玄関前で天音さんが立っていた。
「お、おはよう」
「待ってた。昨日みたいに車に轢かれそうにならないように、守ってあげる」
え、つまり、天音さんが僕のボディガードだと。学校まで一緒。学校までの距離は、割とある。これ、デートか。
天音さんに限って、デートのお誘いとか。嬉しいけど。本人はそんな意識なさそう。無表情で僕を見上げてた。
「迷惑?」
首をコテン、と傾げ上目遣い。
その仕草はやめろ。どんな罪も無罪だ。
僕は天音さんと肩を並べて歩いた。緊張する。心臓が口から出そうだ。心拍数がとんでもない。もしかしてこれが神様の刺客というのか。味方がまさかの、トドメになりそう。
天音さんは、真正面を向いて歩んでいた。マネキンのように表情筋を動かさない。生きているのか死んでいるのかを疑うほど。
彼女は今、どんな気持ちなのか分からない。知りたい。人間になれば、少しは分かるかも。
僕はなんとしても生きないと。その決意が固くなったときだ。
アスファルトがユラユラ揺れている。遠くの景色が陽炎で惑わしていた。暫く歩いていると、放水車が通った。
冷たい水を道路にまき散らせいく。一瞬だけ、涼し気な空気が僕らの肌を触った。ひんやりしてて、気持ちいい。でも一瞬で終わった。
ひんやり涼しいのは一瞬で、あとはアスファルトの熱がまたそれを覆い被さった。
じわじわと熱が充満する。息ができないほど。5月というより初夏みたい。
「今日も暑いね」
彼女は相槌をうった。
「そういえば、ゴールデンウィーク中はいろんなことが起きすぎて、宿題どころじゃなかったよ。今日ギリギリで済ませてきたんだ」
彼女は相槌をうった。
相変わらずだけど、それでも可愛いから許す。登校中に朝霧に見つかり、変な噂が流れないかヒヤヒヤしたけど〝天音さんが、ゴールデンウィーク中に色んな事件に巻き込まれて、街で有名なドラブルメーカーさんのために、守っている優しい〟ていう評価だった。
実際そんな変わらない。
「おはようさん! あぁ、今日も美しいなぁ」
悠介が寄ってきた。こいつ、この台詞と動作しかないのか。朝霧みたいに色んなオマージュはないらしい。
ファンクラブの人たちからは、睨まれたけど。一部同情の目が多かったな。なんやかんやで学校開催。
学校は家の中より危険度は高い。ベランダとか屋上とか家庭科室とか。特に今から始まる四限目の家庭科実習なんかは、気をつけないと。
今日の調理実習は和風パスタという。作ったことがあるから簡単だ。班の人もそれを分かってか、僕に作らせた。
和風パスタは、昔、妹がテレビで美味しそうに食べていたのを見て、今晩はパスタがいいって言ってきたのがきっかけで作ったわけだ。
懐かしいな。あの頃より全然美味しくできるのが憎いけど。
そのとき、火災報知器がなった。クラスメイト、先生もどよめく。僕は天音さんの方に振り向いた。いない。そんなはずはない。
一緒の教室で同じ授業を受けていたのだから。そこら辺にいるだろ。でも彼女の存在は、引き付くオーラを纏っているから、ひと目で分かる。
先生が落ち着いてと叫んだ。クラスメイトもその一言でどよめきが消えている。家庭科室は燃えていない。他に現場があるんだ。微かに、焦げ臭い臭いが風にのって運んできた。
機械科の校舎からだ。火の手があがっている。真っ赤な炎だ。校舎が燃えている。家庭科室から、機械科の校舎は近い。いつ炎が燃え広がるか分からない。ここも安全じゃない。すぐに避難しないと。
でも天音さんが何処にもいない。こんな緊急事態なのに。家庭科室に炎が燃え広がったのは、数分もなかった。クラスメイトたちは、一斉に逃げ出し、あっという間に真っ赤な炎が辺りを包んだ。
「天音さん! ゴホッゴホッ! 何処にいるの。返事して!」
近くのものさえ分からないほど、白い煙が充満している。アスファルトの熱より熱い。喉が痛い。煙を吸ったからだ。早く脱出しないと僕も焼け死ぬ。
くそ。最後の最後でこれか。飛翔物には殺されかけるし車に轢かれそうになるし、階段から滑りこむし、最後はこんなあっけないのかよ。
やっぱり、人間は神様なんかに勝てない。ただ、それが証明しただけ。
すると、燃えて黒く灰になっているタンスが倒れてきた。僕の背後で。気づいたときには、また彼女が上に覆い被さっていた。
「天音さん、また……!」
僕はすぐに上体を起こした。でも重い。彼女の細身の上にそのタンスが乗っている。炎に包まれたそれを、体に受け、無事なものか。彼女は、僕の腕の中で苦しんだ。
彼女は天使だ。でも、だからといって、不老不死なんかじゃない。痛みだってある。彼女の息が荒れている。汗がすごい。そして、だんだんと透明になっている。向こうの景色が半々見えた。
「隣の、部屋で、大事なものを、置いて、たから取りに、行ってたの」
そうだったのか。彼女がだんだん透明になっていく。天使だからといって、不老不死はない。いつかは天に召されることもある。
「天音さん嫌だ! 僕が死ぬ予定だったのに、君が死ぬなんて、ありえない。嫌だ!」
でも、炎の魔の手はどんどん侵食して、建物内を炎に包んだ。誰も止めることはできない。これが最後に与えた刺客。
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