天使が恋を知ったとき

ハコニワ

文字の大きさ
上 下
7 / 31
一章 羽衣天音の世界 

第7話 お姉さん

しおりを挟む
 5月1日

 神様に果し状をつけて、僕の六日間がスタートした。羽衣さんのお姉さんは、監視役として地上に留まることに。今、昼休みで僕らは屋上にいた。
 もはや、お決まりの場所となっている。
「なにこれ……! 何なのこの真っ赤になってしまったタコは!」
「姉さん、それはタコさんウインナーといって、人間が考えたタコの拷問よ」
「なんて、恐ろしい」 
 昼食の時間。羽衣さんのお弁当の中にある、タコさんウインナーをを眺めてお姉さんが震えた。
 なんだか間違っていること言っているような気がするけど、会話に入らないようにしよう。お姉さんに睨まれるし。
 僕はコンビニ弁当を黙々と食べた。
 いつもなら、朝霧がここにいる。朝霧はいつも、この屋上で食べている。きっと、羽衣さんが操作したのだろう。残り僅かな力で。

 僕らは食べているのに、お姉さんは食べていない。羽衣さんのお弁当をまじまじと見つめている。
「お姉さんは食べないんですか?」
「お義姉さん言うな!」
 突然キレられた。猫にシャーと引っかまれたみたい。
「天使は食べなくても、別に生きていけるのよ。天音は、黙々と人間の食べ物食べて、そうまでしないと、存在が危ういのね。それと、お姉さんじゃなくて土谷 天和つちや てんわ。神様がわたくしに与えてくれた名です」 
 お姉さん……天和お姉さんは、真面目な表情で言った。姉妹なのに苗字が違うのは、ただ、その場限りの名前だから、あえて同じにしなくても気にしないという。

 そうか。確かに天使て、何も食べなくても生きていけるイメージがある。悪魔とか、神様とか。そういった想像上のものって、人間が深く信仰している限り、存在は消えない。
 でも、羽衣さんは堕天して、悪魔に近づいている。天使と悪魔のどちらでもない境界にいるせいで、人間みたいに、食欲が湧いているのだろう。

 相変わらずこの姉妹はくっついて、仲がよろしいこと。なんだか見せびらかしているような気もする。僕はこの二人の仲を壊すほど、やわじゃない。
「それじゃあ、僕はこれで」
「ええ。一生顔を見せないでちょうだい」
 天和お姉さんは、ふんぞりながら言ったから冗談には聞こえない。本気で言ってるな。
 飯も食ったし、退室するか。僕は立ち上がり、扉までさっと歩いた。ここは落ち着かないけど、教室よりはマシだった。
 授業が始まるのはまだ、二十分もある。適当にブラブラしてるか。

 僕は扉をしめ、屋上から出ていった。彼女の視線に気づかずに。

 ブラブラ歩いていると、女子の甲高い叫び声がした。頭上から。顔を上げると、何かが落ちてくる。太陽の逆光で見えないけど、落ちてくるのがスローモーションになって、それが何なのかわかった。
 窓ガラスだ。
 窓の枠そのままが落ちてくる。あんなのに当たったら、死ぬ。僕は思い出した。一体誰に喧嘩を売ったのかを。そして、確信した。神様は僕の命を確実に狙っていることを。

 羽衣さんのために、こんなもので、死ぬわけにはいかない。二歩三歩後退し、その瞬間に枠が落ちてきた。衝撃で窓ガラスが割れる。
 粉々に砕け散る硝子。
 砕け散った硝子は、宝石のように輝いている。散乱した硝子。そして、僕の足は擦り傷がいっぱい。これだけの傷で良かった。
 一応、保健室で見てもらった。硝子の破片は、棘のように痛かった。ナイフとそっくり。足には大量に、細かな赤い線が入っていた。
 痛いけど、歩けるし大丈夫か。
 すると、保健室の扉を荒々しく開けて登場した人物が。意外なことに羽衣さんだった。走ってきたのだろうか、髪の毛が荒れていた。息も肩でしてて、僕の顔をみるや、ホッとした表情を浮かべた。
「良かった。無事で」
「なんともないよ。足を切っただけで、全然ピンピンしているし」
 羽衣さんは、僕の近くに駆け寄るとじっと見つめてきた。マネキンのような表情だ。さっき表情筋が動いていたから、どんな気持ちか分かったけど今は分からん。
 真顔でまじまじと見つめてきた。見つめられるほうは、たまったもんじゃない。
 結局、見つめ合ってそのまま終わり。特に何も言わなかったし、何もされなかった。本当に不思議な子だ。



 5月2日

 大型連休前だ。そして、果し状を送り連れて二日。今日は朝から露骨だった。朝から犬に追いかけられ車には轢かれそうになるし、足が滑って階段から転びそうになるし、街歩くだけでこんな危険とは。
 修羅場をくぐってきた僕に、天和お姉様は「まだ生きていたの?」と呆れた様子でいた。僕はしぶとさが命なもんでね。そう言った天和お姉様は、何処で撮ったのか分からない不自然な写真を持っている。全部羽衣さんのだ。
 僕の監視役と羽衣さんのストーカーだ。羽衣さん命ですね。 

「天音でいい」
 ふと、彼女が言った。ここは屋上。二人して授業をサボっている真っ最中である。僕ならまだしも、優等生の彼女がサボっていると、少し変になるな。
 僕がずっと羽衣さんて呼んでいたから、天音さんが、気軽に呼んでほしいと。いいのか。学校一のマドンナをそんな軽々しく呼べるか。ファンクラブからどんな目に合うか。想像しただけで、ぞっとする。

 でも、拒否できない。彼女はじっと僕の目を見て、待っている。僕が天音と呼ぶのを。大きな目の中に、僕が映っている。
 逸らすことができない。でも、ずっとそのまま見つめ合ってたら、心臓がもたない。
「あ、天音……さん」
 彼女の名前を呼んでみた。
 うわ。恥ずかしい。心臓が口からでそう。小さいころは、女の子相手でも気軽に下の名前で呼び合っていたのに、思春期真っ最中になると、こんな恥ずかしいなんて。

 恥ずかしくて、彼女の顔がまともに見れない。彼女はきっと、凛としているのだろう。ふと顔を上げたら、びっくりした。彼女は凛としていると思ったから、その表情はびっくりだ。
 天音さんは、耳まで真っ赤になっていた。まるで、タコさんウインナーみたいに。

 二人とも、喋らないせいで余計気まずかった。


 5月3日

 待ちに待った大型連休の初日だ。学校も休みになると、出掛ける心配もないし、命の保証があって良かった。と思いきや、そうでもなかった。
 朝いつものように朝食を作っていると、なんの因果か、ガスが爆発してそれを消そうと蛇口を撚るも、水が出ない。
 ちゃんと水道代出しているのに、止められてる。結局、消防に電話をかけて大きな騒動になった。

 天井が燃えるだけの被害で、まだ生きている。生きているのが奇跡だ。こんなのが、あと3日あるなんて。頭が痛い。猛烈に痛い。

「人間は儚いというけれど、ゴキブリのようにしぶとい人間もいるようですね」
 ふと、頭上から声がした。
 棘のある口調。嫌味を含んだ喋り方。見上げると天和お姉さんが飛んでいた。白い羽をバザバサいわせて、上空を漂っている。
 普段、翼を折り曲げているせいで忘れていたけど、天使なんだ。ストーカーじゃなかった。
「僕が死ぬのを待ってますか?」
「当然でしょ。あなたが死ねば、天音は解放できる」
 冷たい眼差し。
 僕が死ねば、天音さんは解放できる。また天使としてやっていける。でも、僕が生きれば天音さんは人間として生きる。
 どうして人間なのか、聞かれたときがある。それは、天音さんと天使じゃなくて人間として仲良くなりたいからだ。

 名前を呼んでみただけで、まだ仲良くなってないけど。消防の人も帰って、あとはどうしてこうなったのか、警察に事情聴取も終わり、野次馬たちもやがては帰っていた。朝から大変だった。全てが終わったときには、すでに半日が過ぎていた。

 大型連休初日が、まさか、こんな一大事件になるなんて。いや、神様に果し状をつけたことが一大事件なんだけど。

 警察の事情聴取を終えて、僕は帰路についた。やっと、家の中で休める。黄昏時、太陽は血のように真っ赤になり、辺りは赤く染まり黒い影が伸びている。
 僕がうちの前にたどり着くと、最初に見たのは、怪しい人影。人数は五~六人。
 
 制服を着ている男子高校生だ。知らない制服だ。知らない人たち。一体何用。騒動を聞きつけてやってきたにしては、時刻が遅い。なんだろう。ぐるぐると不安が渦巻いた。
 この光景に、デジャヴ感がある。
 
 家に帰りたいのに、その家の前に人がいる。入りづらいな。家主の僕が現れたら、何されるか分かったもんじゃない。暫く様子をうかがってみた。五分たっても、十分たっても中々動かない。もしかして、あれは僕を待っているのか。
 
 そうでないと、長時間あそこで駄弁ってない。近隣の目があるし。勇気を振り絞って恐る恐る、歩み寄った。処刑台の上を歩いているような感覚だ。足が震えている。こんな臆病だったけ。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

魔術師のロボット~最凶と呼ばれたパイロットによる世界変革記~

MS
SF
これは戦争に巻き込まれた少年が世界を変えるために戦う物語。 戦歴2234年、人型ロボット兵器キャスター、それは魔術師と呼ばれる一部の人しか扱えない兵器であった。 そのパイロットになるためアルバート・デグレアは軍の幼年学校に通っていて卒業まであと少しの時だった。 親友が起こしたキャスター強奪事件。 そして大きく変化する時代に巻き込まれていく。 それぞれの正義がぶつかり合うなかで徐々にその才能を開花させていき次々と大きな戦果を挙げていくが……。 新たな歴史が始まる。 ************************************************ 小説家になろう様、カクヨム様でも連載しております。 投降は当分の間毎日22時ごろを予定しています。

約束のパンドラ

ハコニワ
SF
※この作品はフィクションです。 地球は汚染され、毒の海が約半分広がっている。選ばれた人間だけが惑星〝エデン〟に移住を許され、残った人々は、汚染された地球で暮らすしかない。綺麗でのどかな〝エデン〟に住むことを夢見る少年らは、いつか〝エデン〟に行こうと約束。 しかし、ある事件をきっかけに、約束も夢も果たされぬまま、十年。 空から落ちてきた少女をきっかけに、あの日夢見たあの約束をもう一度叶えようと奮闘。 キャッチコピー『自由』

雨上がりに僕らは駆けていく Part2

平木明日香
青春
学校の帰り道に突如現れた謎の女 彼女は、遠い未来から来たと言った。 「甲子園に行くで」 そんなこと言っても、俺たち、初対面だよな? グラウンドに誘われ、彼女はマウンドに立つ。 ひらりとスカートが舞い、パンツが見えた。 しかしそれとは裏腹に、とんでもないボールを投げてきたんだ。

天使の住まう都から

星ノ雫
ファンタジー
夜勤帰りの朝、いじめで川に落とされた女子中学生を助けるも代わりに命を落としてしまったおっさんが異世界で第二の人生を歩む物語です。高見沢 慶太は異世界へ転生させてもらえる代わりに、女神様から異世界でもとある少女を一人助けて欲しいと頼まれてしまいます。それを了承し転生した場所は、魔王侵攻を阻む天使が興した国の都でした。慶太はその都で冒険者として生きていく事になるのですが、果たして少女と出会う事ができるのでしょうか。初めての小説です。よろしければ読んでみてください。この作品は小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも掲載しています。 ※第12回ネット小説大賞(ネトコン12)の一次選考を通過しました!

ブルースカイ

ハコニワ
SF
※この作品はフィクションです。 「ねぇ、もし、この瞬間わたしが消えたら、どうする?」 全ては、この言葉から始まった――。 言葉通り消えた幼馴染、現れた謎の生命体。生命体を躊躇なく刺す未来人。 事の発端はどこへやら。未来人に勧誘され、地球を救うために秘密結社に入った僕。 次第に、事態は宇宙戦争へと発展したのだ。 全てが一つになったとき、種族を超えた絆が生まれる。

❤️レムールアーナ人の遺産❤️

apusuking
SF
 アランは、神代記の伝説〈宇宙が誕生してから40億年後に始めての知性体が誕生し、更に20億年の時を経てから知性体は宇宙に進出を始める。  神々の申し子で有るレムルアーナ人は、数億年を掛けて宇宙の至る所にレムルアーナ人の文明を築き上げて宇宙は人々で溢れ平和で共存共栄で発展を続ける。  時を経てレムルアーナ文明は予知せぬ謎の種族の襲来を受け、宇宙を二分する戦いとなる。戦争終焉頃にはレムルアーナ人は誕生星系を除いて衰退し滅亡するが、レムルアーナ人は後世の為に科学的資産と数々の奇跡的な遺産を残した。  レムールアーナ人に代わり3大種族が台頭して、やがてレムルアーナ人は伝説となり宇宙に蔓延する。  宇宙の彼方の隠蔽された星系に、レムルアーナ文明の輝かしい遺産が眠る。其の遺産を手にした者は宇宙を征するで有ろ。但し、辿り付くには3つの鍵と7つの試練を乗り越えねばならない。  3つの鍵は心の中に眠り、開けるには心の目を開いて真実を見よ。心の鍵は3つ有り、3つの鍵を開けて真実の鍵が開く〉を知り、其の神代記時代のレムールアーナ人が残した遺産を残した場所が暗示されていると悟るが、闇の勢力の陰謀に巻き込まれゴーストリアンが破壊さ

関西訛りな人工生命体の少女がお母さんを探して旅するお話。

虎柄トラ
SF
あるところに誰もがうらやむ才能を持った科学者がいた。 科学者は天賦の才を得た代償なのか、天涯孤独の身で愛する家族も頼れる友人もいなかった。 愛情に飢えた科学者は存在しないのであれば、創造すればいいじゃないかという発想に至る。 そして試行錯誤の末、科学者はありとあらゆる癖を詰め込んだ最高傑作を完成させた。 科学者は人工生命体にリアムと名付け、それはもうドン引きするぐらい溺愛した。 そして月日は経ち、可憐な少女に成長したリアムは二度目の誕生日を迎えようとしていた。 誕生日プレゼントを手に入れるため科学者は、リアムに留守番をお願いすると家を出て行った。 それからいくつも季節が通り過ぎたが、科学者が家に帰ってくることはなかった。 科学者が帰宅しないのは迷子になっているからだと、推察をしたリアムはある行動を起こした。 「お母さん待っててな、リアムがいま迎えに行くから!」 一度も外に出たことがない関西訛りな箱入り娘による壮大な母親探しの旅がいまはじまる。

処理中です...