クラスでバカにされてるオタクなぼくが、気づいたら不良たちから崇拝されててガクブル

諏訪錦

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ゴーストライター

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 金曜日の朝、残すところ今日一日で週末に突入するという力技でなんとか気怠い朝を乗り切る。気を紛らわせるために、朝食を食べながら朝のニュース番組を眺めていると、聞き慣れた街の名前にボーっとした意識が覚醒する。隣町、カシワの駅からそう離れていないオフィス街の一件のビルから、昨夜遅くに火が出て、ワンフロアが炎上したと報じられている。日のあがったビルには賀修株式会社という名前が書かれており、報道によると幸い負傷者は出ていないようだが、昼間には人通りも多い場所なだけに、ニュースでは大きく取り上げられていた。
 出火原因は、どうやらたばこの火の不始末だったようなので、放火などの疑いはないそうだが、報道番組で地元の近くが画面に映し出されると、それだけで心がざわつく。
 しかも、カシワ駅といえば絵里加が通う私立中学の通学に使う駅でもある。
 丁度身支度を終え、そろそろ家を出ようとしている妹の姿が見えたので、ぼくは「気を付けてね」と言ってから「行ってらっしゃい」と言う。
 妹は、いつもは付随しない言葉に顔をあげ、テレビ画面を見てから、得心がいったように頷くと廊下を歩いて玄関に向かった。
 絵里加が家を出たのを見て、ぼくもそろそろ準備をして学校に行くことにした。
 テレビを消して、身支度を済ませて家を出た。
 
 以前はなるべく教室にいる時間を短くするため、朝のホームルームギリギリまで教室に入らないようにしていたが、近頃は石神さんと話す時間を長く取りたいため、早く家を出るようにしていた。別に申し合わせたわけでもないのに、石神さんの通学時間も早くなっていることには気づいていたが触れないでおこう。「うっさいバカ」って言いながら照れる姿も見てみたいが、彼女をいじめて楽しむような嗜虐趣味はぼくにはない。
 学校に到着し、下足を上履きに履き替えていると、廊下の先から女性の声がした。
「待ってたわよ」
 顔をあげ、そこに立っていた女性を見て、ぼくは思わず顔をしかめてしまった。
「朝からそんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃない。傷つくわ」
「朝からそんな嫌な顔見せなくたっていいじゃない。ムカつくわ」
 ぼくの嫌味も、性根の悪い彼女―――黛には通用しない。
 黛はくすくす笑いながら、「冗談を言い合える関係って素敵よね?」とのたまう。
「言わなかったっけ? 金輪際ぼくに関わるなって」
「言わなかったかしら? 私はあなたが気に入ってるって」
 駄目だ。この女との会話は要領を得ない。平行線だ。薄々感じてはいるのだが、話しているとぼくと思考が近いところがあるのがさらに嫌になる。ぼくも、どこかで一線を越えたら彼女のように他人を傷つけてもなんとも思わない人間になってしまうのではないかと想像すると、ゾッとして怖くなる。
 だから、なるべく関わり合いにならないように、上履きに履き替えたぼくは教室までの道を急いだ。黛とすれ違う間際、彼女は言った。
「冗談よ。少し真面目な話があるから、時間を頂戴」
「なんだよ、真面目な話って」
「場所が悪いわ。ここで話してもいいけど、お互い裏の顔は知られたくないでしょう?」
 裏の顔。
 線引屋に、アートマンか。
 それを言われたら、大人しくついて行くしかない。人気のない空き教室までの廊下きながら、ぼくは考えていた。お互いの正体について言及したということは、いまからする話というのは、ぼくらのもう一つの顔に関する話ということになるだろう。まあ、そもそもそれ以外にぼくらに話をする接点などないのだけれど。
 空き教室に到着すると、ぼくは急かすように「で、話ってなに?」とせっついた。
「そんなに慌てないでよ。会話にはアイドリングが必要でしょう?」
「ぼくたちにそんなものは必要ない」
「あら嬉しい。それだけ親密な関係ってことね」
「その逆だ。会話すればするだけイラつくんだから、手短に終わらせよう」
 そう言うと、肩を竦める仕草を見せる黛。やれやれ、はぼくのセリフだ。
「朝、ニュース見た?」
 黛の言葉ですぐにピンときた。それは、恐らくカシワで起きた火事のことを言っているのだと。
 そもそも、火災が起きたビルをニュースで見たときから、もしかしたらと思っていたのだが、黛に声をかけられた段階でそれが確信に変わっていた。火の手があがったビルには賀修株式会社という名前の企業が入っているのだが、確か、ヤクザの花口組系列に賀修会という組織が存在するのだ。花口組と黛には、過去、トラブルがあったようだから、その系列である賀修会とも関わりがあるのだろう。
 そこまで考えて、ぼくは思った。
「ーーーちょっと待て。まさか、あの火事って黛の仕業じゃないだろうな?」
「そんな訳ないじゃない。私がそんなことする人間に見えるの?」
「……」
「ちょっと、そこは見えるにしろ見えないにしろ反応してくれないとつまらないんだけど」
 駄目だしをされてしまった。
 だって反応するだけ黛が喜ぶだけじゃないか。
「まあ、実はつい先日仕事であのビルには行ったんだけどね。あそこはヤクザじゃなくて、不良のたまり場になっていたわよ。あのビルにいたのは、賀修会と手を組んでいる黒煙団ブラックスモーカーの人間たちね。私に入れ墨を彫ってほしいと言ってきたくせに、いざ行ってみたらクスリでキマッたジャンキーが暴れてて埒が明かなかったわ。多分、火災っていうのも、ジャンキーが火の始末を怠ったから起きたんでしょうね」
「怖い話だ。で、それとぼくを呼びつけたことになんの関係があるのさ?」
「そのジャンキーが言ってたのよ。『線引屋を許さねえ』ってね。あなた、黒煙団ブラックスモーカーに恨みでも買ってるの?」
 元々、ぼくがというよりストリートジャーナルの書き方が悪かったのだ。グラフィティが、現在の不良たちのクールな縄張り主張だという捉え方をして、それと比較するように、色で縄張りを主張するカラーギャングを時代遅れと取れてしまう表現をしたのだ。昔から黒ギャングとして有名な黒煙団ブラックスモーカーは、自分たちのことをバカにされたと認識し、線引屋を目の仇にした。
 それが、石神さんの誘拐事件に繋がり、結果的に線引屋に返り討ちにあったことになってしまっている。逆恨みもいいところだが、確かに線引屋と黒煙団ブラックスモーカーの間には浅からぬ因縁がある。だけど、そのことを黛に話す必要はないだろう。
「あらら、せっかく教えてあげたのにだんまり? 善意で教えてあげたのに、つれないわね」
「それは、感謝するよ」
 だけど、だからってぼくらが馴れ合うこととは別問題だ。
「そもそも、黒煙団ブラックスモーカーと関わるつもりなんてないから、ぼくは大丈夫さ」
 そう言って、ぼくは黛を置いて空き教室を出て行った。せっかく早く登校してきたのに、これでは台無しだ。教室に入る頃には、既にホームルームを告げるチャイムが鳴っていた。

 昼休みに入り、ぼくらは美術室にやってきた。ぼくらというのは、廣瀬、中西のいつものメンバーに石神さん、加須浦さんを加えた異色の組み合わせだ。
 異色とはいえ、もうこのメンバーでの食事は四度目か。
 基本的に石神さん、加須浦さんは女子生徒からの誘いも多いため、ぼくらと一緒にならないことも多々あるが、そもそもこのメンバーで食事をすること自体、普通に考えたらあり得ないのだ。
 石神さんと加須浦さんは基本的に社交性があるため、ぼくらの食事の席に加わっても臆する様子を見せなかったが、廣瀬と中西は緊張がその表情からありありと見て取れた。それは四回目の今回も変わりなかった。
 石神さん、加須浦さんが話題を提供してくれた場合、廣瀬、中西もなんとか会話に交じることはできるのだが、彼女たちが食事に集中すると途端に沈黙が室内を包む。ぼくの立場的に、その沈黙がとてもキツイ。廣瀬、中西とは友人だし、石神さん、加須浦さんとはクラスメイト。そうなると、本来なら両者の間に立って話題を提供しなければならないのがぼくの役割なのだ。
 人一倍空気に敏感なぼくは、気にし過ぎて胃に穴が開きそうだ。
 だってそうだろう? 趣味嗜好含めてすべてが正反対な両者の間に立って会話を盛り上げるなんて、パリピな真似ぼくにはできない。そもそも、そんな芸当ができたらぼくはこれまでクラス内ぼっちで居続けたりはしなかっただろう。
 ぼくと同じく、廣瀬と中西もこの沈黙に居心地の悪さを感じているようだ。オタクっていうのは、自意識過剰な人間が多いから、その分相手が自分のことを不快に思っていないかとか、余計なことを考えすぎてしまう傾向にある。そういう意味では、彼女らのような鈍感力も必要なのだなとつくづく思った。
 さて、あれこれ分析した振りをして時間を潰すのもそろそろ限界か。
 ぼくがというより、廣瀬と中西がそろそろ限界だろう。
 そう思ったぼくは、無理やりに話題を振ることにした。
「前から思ってたけど、廣瀬ってお昼パン食が多いよね? 親に弁当作ってもらわないの?」
「ん? いや、ほら、家って結構複雑な家庭だからさ。あんまりそういうの頼めないんだよね」
 これ、嘘である。
 以前、ゲームをやりに廣瀬の家に行ったがとてもアットホームな家庭だった。それどころか、廣瀬のお母さんはキャラ弁とかガチで作ってしまいそうなくらい、気合の入ったバカ親……もとい親バカだ。
「こ、孤高の主人公キャラ気取っててワロス」
 中西の辛辣な言葉が廣瀬に突き刺さる。
 確かにさっきの廣瀬の発言は、キャラ作りし過ぎてあいたたたーって感じだったけど、それは言わないのが優しさってものだ。
 ぼくは、顔を真っ赤にしている廣瀬の気を紛らわせるために、話題を女子二人にも振った。
「石神さんも加須浦さんも、お母さんの手作り?」
 二人とも頷いた。
「やっぱり、こうして比べてみると女子と男子って弁当のテイストがまるで違うものだよね。ぼくらの弁当は米の比率が多いもん」
 男子はとりあえず米を食っておけ、的な感じが弁当からにじみ出ている。
「ねえ冴子。これってきっと、間久辺君、間接的に冴子の手作りお弁当が食べたいって言ってるんだよ」
 加須浦さんが茶化すようにそう言ってくる。
 いや、別にそんなこと言ってないんだけどな。まあ、食べたくないと言ったら嘘になるけどね。
 それとなく期待しながら石神さんを見ると、彼女は口に含んでいた物をゆっくり咀嚼したあと飲み込み、それから口を開いた。
「彼女の手作り弁当とか、フィクションだから。リアルを生きるウチにそういうの期待しないで」
 これですよ。
 ぼくの肉食系彼女は、付き合って結構経つけど相変わらず牙が抜かれぬまま残っている。
 変わらないあなた、素敵っす。
 素敵です、けど、ねえ? もう少し取り付く島があってもいいだろうに。
 期待しただけに少し残念に思っていると、加須浦さんがクツクツと笑う。
 その様子を見て、石神さんが顔をしかめた。
「なによ、百合」
「んー? 別にー。ただ、最近、冴子私の話ろくに聞かないで、ケータイいじってること多いよね。あんまりにも生返事ばかりだから頭にきて、なにしてるの? って画面覗き込んだとき、お料理サイトで手作りお弁当の人気ランキング調べてたなーってふと思い出して。料理なんてぜんぜんやらない冴子が、どうしてそんなの調べてるのかなーって不思議だったんだけど、そういえば、調べ始めたのって間久辺君たちとご飯一緒に食べるようになってからだったよね?」
「は、はあ? べっつにそういうのじゃないし。全然違うから!」
 見て、ぼくの彼女イリオモテヤマネコ!
 天然記念物級に可愛いってこと!
「ち、違うから」
 あらためて、ぼくに向かってそう言って否定する石神さん。その慌てた様子を見ていた男性陣、ぼくを含めた三人とも思わずニヤニヤしながら、「萌えだ」と声を揃える。
 バカにされたと思ったのか、石神さんは顔を真っ赤にしたあと、顔を俯けてしまった。
 少しからかい過ぎたかと思いフォローしようとすると、俯き加減に顔をあげた石神さんの瞳から光彩が消え、鋭くぼくらを捉えていた。
 思わず、小さく悲鳴をあげる廣瀬と中西。ぼくはその鋭い眼光に慣れていたから声はあげなかったが、油断していたらぼくも悲鳴をあげていただろう。それくらいの迫力があった。
「おい、野郎ども」
 まるで盗賊の首領みたいに切り出した石神さんは、それから、
「横一列に並べ。歯を食いしばってな」
 思わず言われた通りにするぼくたち。直立不動の新兵みたいだ。
 石神さんは逆に牙をーーーもとい歯をむき出しにして怒りをあらわにしていた。本気でぼくたち三人に鉄拳制裁でもしそうな勢いだ。照れ隠しにしても過激だぜ、ぼくの肉食系彼女は。




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作者からお知らせです。
本作の文庫版、第一巻が発売になりました。
全国書店、ネット通販等で取り扱っているので、
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           諏訪錦。
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