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ブラック & ホワイト
4裏ー2
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夜になり、オレは街に繰り出した。駅前に来ると顔なじみが挨拶がてら声をかけてくる。いつもと変わらない光景だ。
だが、それ以外にも、遠巻きにこちらを見る視線を感じる。
「……ちっ、喧嘩屋アカサビか。気分悪いもん見たぜ」
聞こえていないと思っているのか、あるいは意図的に挑発しているのか知らねえが、通り過ぎたオレにそう言うヤンチャそうな若い男。好意的に見られることの方がずっと少ないオレにっては、敵意を向けられるのも比較的いつも通りだ。
それにしても、いまだにオレを喧嘩屋と呼び、恨み言を言ってくる輩はそれなりにいるんだな。そう簡単に過去はオレを逃がしてくれないってことか。
まあ、それでも一時期に比べればオレを喧嘩屋と呼ぶ人間は間違いなく減った。その切っ掛けになったのが、以前戸波が書いたオレと線引屋に関する記事だった。
若者に人気のウェブマガジン、『ストリートジャーナル』で、オレはもう喧嘩屋ではないという書き込みをしてくれたやつらのお陰で、イメージの払拭は図れつつあるように感じる。
そもそも、その記事が書かれた切っ掛けは線引屋―――間久辺なんだけどな。
おっと、考え事してる場合じゃねえ。いまはその間久辺のことで動いているんだ。
どうにも、ここ一ヶ月ほど街の空気がおかしいと感じていたが、意識してみるとその感覚は確信に変わる。なんつーか、普段から治安の良い街ではねえけど、ここんとこ刺々しいっつうか、空気がピリついてるんだよな。
夜の街で生きるオレが言うんだから間違いねえ。この街の裏側で、なにかが起きているのは間違いないんだ。その違和感と、さっき戸波が見せてきた『アートマン』の情報が関係しているのではないかとオレは考えていた。情報の旬を常に気にしているジャーナリストの戸波が見せてきたという時点で、無関係とは思えないしな。
そして、そのアートマンと線引屋に関わりがないことを確かめるのが、今回のオレの目的だ。
直接間久辺に連絡して聞くのが早いんだが、もし万一、アートマンと線引屋が関係しているとして、本人が素直にゲロったりはしないはずだ。むしろ、オレがアートマンを探していることを知ったら更に警戒を強める可能性もある。
間久辺を信じてねえ訳じゃねえんだ。あいつに救われた恩だって忘れちゃいねえ。でも、実際にあいつと関わってきた時間だけで言えば、それはほんのわずかな時間だ。それ以外の時間、間久辺がどういう人間関係を築き、どういう日々を送っているのか詳しくは知らない。人は良くも悪くも変わる生き物だし、誰かに騙されているって可能性も考えられる。例えば、あの御堂とかいうチンピラな。
だから、調べないと納得いかないし、満足に夜も眠れなさそうだ。
もともと夜の街こそオレの活動場所で、活動時間でもあるし、やってやる。
夜の街は昼間に比べると空気がガラリと変わる。買い物客や学生が駅前を占めていたのが、夜になると主役を変えるんだ。仕事帰りの真面目なサラリーマンや、部活や塾で帰りが遅くなった学生は足早に帰路につく中、アウトローな連中が通りを占拠し、あるいは闊歩する。
ふと視線を感じてそちらの方を向くと、駅のロータリーに黒塗りのバンが四台停まっていた。その内の一台が、スモークガラスの窓を半分ほど開けている。そこから顔だけを出して、一点を睨み続ける男の姿があった。男の焦点は、明らかにオレに合っていた。目が合っても決して視線を外そうとはしない。
男は何者なのか、顔に見覚えはなかったが、それ以上に気になったのが、顔の右半分に幾何学模様の入れ墨が入っていたことだ。確か、『トライバル』という柄のタトゥーだと記憶している。オレがまだ施設で生活していた頃、一個上の先輩が「自分に課す制約と契約だ」とか言ってタトゥーを入れたことがあった。どこの念能力者かと思ったが、どうやら崇拝するラッパーの言葉を真に受けたとかで、文字通り一生消えない制約を体に刻んだ訳だ。
その先輩が腕に入れたのが、トライバルと呼ばれる模様だった。
そして、こちらをジッと睨み続ける男は、そのトライバルを顔に刻んでいる。
まともじゃねえな。そう考えていると、オレはふと自分の真っ赤に染まった髪の色を思い出して苦笑する。見た目に関して人のことをとやかく言えねえか。
しかし、あの目はどうだ。男の目は普通じゃなかった。間違いなく挑発している。恐らく、オレが喧嘩屋アカサビと呼ばれていたことを知っていて。
やがて、男がバンの扉を開くと、残り三台のバンも扉が開かれ、その中から屈強な男たちが次々に出てきた。最後にタトゥー男が車から降りて来ると、その視線と足はオレに向く。
まさか、こんな駅前でやる気か? もしこんな場所で乱闘が始まったら、どれだけの被害が出るかわかったものではない。オレはすぐに判断を下し、駅とは反対の方向へと走り出す。すると、男たちはなにか怒声を発しながらオレの後を追いかけて来た。やはり、目的はオレにあるようだ。
やがて、駅前からも離れ、鉄工所などが立ち並ぶ寂れた区画に差し掛かり、オレは走る足を止めた。この辺りでいいだろう。
「逃げるのやめて観念しやがったか」
追いかけてきた連中の一人がそう言って追いついてきた。
オレは振り返り、徐々に集まってきた男どもに対して告げる。
「誰も逃げてねえよ」
あんな駅前で思い切りやれる訳ねえだろうが。野次馬が多すぎるし、なによりすぐ側に交番があった。もしも騒ぎを聞きつけた警官が出て来て、介入してきたら困る。過去にオレのせいで命を落としたオマワリの最後の姿が頭を過る。頭を殴られ、いまのオレと同じ赤い錆のようなどす黒い血の色で染まった姿が……もう巻き込むのはごめんだ。誰も、オレのせいで傷つける訳にはいかない。
「―――テメエら、以外はな」
オレはそう言って拳を構え、攻撃体勢に入る。
取り囲んできた男たちの背後で、タトゥー男が笑い交じりに、「やれっ!」と声を発した。
襲い掛かる集団に対し、オレも足に力を入れ、一歩踏み出した。
ーーーーーーーーーーーー
マサムネの幹部会議を終えた俺は、さっそく行動を起こした。チームが有する情報網をフルに動員して、今回の一件を解決に導く。それが、鍛島が俺たち幹部に与えた命令だった。
『どういうことだよ鍛島さん。どうして、あいつが……線引屋が狙われるんだ!』
会議の場でそう言った俺に、鍛島は厳しい顔を向けた。
『こっちが聞きてえよ。線引屋のパイプ役はお前の役目だろう、御堂。どうなってやがる。言っておくが、俺はグラフィティライターってやつが大嫌いなんだ。それでも線引屋が俺様の街で好き勝手やることに目を瞑っているのは、ヤツに使い道があると思っているからだ。もし今回の花口組関連の厄介事に線引屋が関わっているんだとしたら、俺は容赦なく切り捨てるぞ』
鍛島にとって、線引屋はあくまで利用する相手でしかない。そして、その線引屋とのパイプ役である俺もまた、切り捨てる範疇に含まれている。
だったら、考える余地なんてない。
俺は線引屋を守るためだったら、なんだってする。そのためだけに、俺はこのチームでやりたくもねえ幹部の仕事をやっているんだ。
『鍛島さん。俺が線引屋の潔白を証明します、必ず』
決意を込めてそう言うと、俺の目を真っ直ぐに見た鍛島は、そこからなにかをくみ取ったのか、ある程度自由にできる兵隊と、自由行動を取る時間を与えてくれた。タイムリミットは定まっていないが、強いて言うならヤクザ連中の我慢の限界がタイムリミットだろう。先延ばしの協力は鍛島自身もしてくれるらしいが、それも時間の問題だろう。
そして現在に至る。俺は、チームの集会が終わるとさっそく行動を開始していた。
まずは情報収集だ。街の最大勢力であるマサムネの情報網は半端じゃない。
だが、それをもってしても賀修会が追う『芸術家気取った覆面野郎』の正確な情報は入って来なかった。その言葉を聞いてほとんどの人間が連想したのは線引屋だった。俺自身そうだったから、よくわかる。
しかし、犯人が線引屋―――間久辺な訳がねえんだ。あいつがヤクザに目ぇつけられるような真似するとは思えねえし、なにかに巻き込まれていたとしても俺に相談がないのは考えられない。
つっても、そんなの鍛島に対してはなんの証明にもならねえよな。間久辺のことをよく知る人間なら考えなくてもわかることだが、鍛島は線引屋の正体について知らないんだ。俺がいくら言ったところで、信用なんてされるはずがない。
一応、間久辺に確認の電話を入れてみるか? 俺は一瞬そう考え、やめた。
電話して、なんて聞く。お前、ヤクザに狙われているみたいだけど、なにかやらかしたのか?
そんな聞き方をしたら、不用意にあいつをビビらせることになるだけだ。そんなの意味がねえ。
もともと、線引屋としてこっち側に留まらせたのは俺だ。だから、俺には間久辺の日常を守る義務がある。そのために培ってきた、権力と人脈だ。
さらに情報収集を続けていると、噂レベルだが新しい情報が入って来た。
線引屋がストリートジャーナルに取り上げられて名前を売るよりも以前、アンダーグラウンドで覆面アーティストと言ったら別の人物の名前が挙がっていたらしい。
―――アートマン。そう呼ばれる人物。
俺はその名前を聞いて思った。
芸術家はアーティスト。だが、アートマンも意訳するなら芸術家ではないだろうかと。
そして、そのアートマンの特徴もまた、線引屋と同じ素顔を覆面で隠しているという点。
賀修会が言っていた『芸術家気取った覆面野郎』という言葉に、線引屋以上に当てはまる存在と言えるのではないだろうか。そう考えた俺は、さっそくその線で調べていくことにした。
だが、アートマンについて知る者はそう多くはなかった。そもそも、俺自身が知らない時点で、それほど有名な存在ではないのだろう。喧嘩も弱い俺がストリートで生き残るためには常にアンテナを張っていなければいけない。そのアンテナに引っかからないということは、その程度の存在か、あるいはアンダーグラウンドの最下層でのみ知られている存在で、決して表社会にその名が知られてはいけないほどの怪物、か。
前者だった場合、とっ捕まえて賀修会の人間に突き出してしまえばいいが、後者だったときは厄介だ。ストリートにおいて、実力を持ちながら名前が広まっていないということは、ケツモチないしバックで何者かが糸を引いている可能性が高い。アートマンという存在を包み込む、隠れ蓑が存在するはずだ。
手がかりが見つからないまま、夜も深まってきた。総員二百名以上からなるマサムネの情報網を持ってしても見つからない存在。その時点で、さっきの考えで言う前者の可能性は薄くなり始めていた。ヤクザに目を付けられている時点で普通じゃないし、そんなヤバいやつが街にいることを、チームの人間が誰一人知らないなんて本来ならあり得ないことだ。つまり、アートマンの情報が流出するのを最小限にまで抑えているなにかがあると考えるべきか。
そろそろ、本腰を入れて情報屋にでも当たってみるかと考え始めた頃、幹部の柊が抱える直属の部下の友人から、アートマンについて心当たりがあるという連絡を受け、俺はその人物に早速会うことになった。
指定された場所は歓楽街にあるバーだった。薄暗い店内に入ると、柊の部下の隣に、かなりガタイの良い男が立っていた。体の線がハッキリしたロングTシャツを腕まくりし、太い腕が晒されている。店内は暖房が強めに設定されているようだが、それにしても薄着だ。まるで自分の筋肉を見せつけているようにしか見えない。
どこか威圧的な感じを受ける男だが、この男が見せたいのは筋骨隆々な体だろうか。それとも、その肌を覆うようにして描かれていた絵―――タトゥーだろうか。
俺は、さっそくその男、田隈という人物に話を聞いてみた。
「少し話を聞かせてもらっていいか?」
「ああ、あんたのことならこいつから聞いてるよ」
そう言って、田隈は柊の部下を指差した。
「御堂数。新参者が『マサムネ』の幹部にまでのし上がったんだろう。やり手なんだな」
「世事は結構だ。それより、さっそく本題に入らせてくれ」
「オッケー。アートマンに関することだろう? いいぜ、俺の知ってることならなんでも話してやる」
「ありがたい。それじゃあ聞かせてくれ。そもそも、アートマンとは何者だ? なにをしてる?」
「アートマンの正体については誰も知らない。ただ、これだけは言える。ヤツは超一流の"彫り師"だ」
「彫り師? それって、タトゥーを彫る職人のことだよな?」
そう言って、俺は男の腕のタトゥーに目をやった。
その視線に気づいた田隈は、すぐにこう返した。
「このタトゥーは違う。普通に店で彫ってもらったもんだ。頼めるもんなら、俺もアートマンに一発墨入れてもらいたいもんだけど、アートマンが得意としているのは和彫りだからな。俺は入れ墨よりタトゥー派なんだ」
俺はあまりタトゥーに詳しい訳じゃないが、日本特有の絵、龍や虎、仏なんかを背中に背負っているようなヤクザ連中が好むのが通称『和彫り』と呼ばれる入れ墨。それに対し、アメリカなどから入ってきたデザインのものを『洋彫り』と呼び、タトゥーに分類される。最近ではお洒落の一環として花柄や、自分の恋人のイニシャルなんかをワンポイントで入れたりするのが流行っているって聞いたことがある。
しかし、彫り師か。なるほどな。道理でほとんどのやつらがアートマンのことを知らねえ訳だ。
俺を含め、アンダーグラウンドに生きる連中は、表社会で生きる連中よりは入れ墨やタトゥーに近い位置にいるかもしれねえが、それでも彫らねえやつは彫らねえし、興味だってない。いくらアートマンが彫り師として超一流でも、あくまでそれは、タトゥーっていう狭い世界での話だ。
まあ、それを言ったら線引屋もグラフィティっていう狭い世界で生きる存在なんだけどな。そう考えると、あらためて間久辺のやっていることの凄さを痛感するぜ。
―――っと、考えが逸れちまったが、これでわかった。アートマンの正体は彫り師だ。線引屋は関係ない。そして、ヤクザが追い回しているってことは、ヤクザ相手になにかヘマをやらかしたんだろう。ヤクザと入れ墨は切っても切り離せないイメージだから、当然彫り師によるだろうが、関係は密接なはずだ。関係が深い分、賀修会の恨みを買っていたとしても不思議じゃない。
聞き出せるだけ情報を聞き出し、俺は二人に礼を言って、二人分の飲み代を置いて店を出た。チキショー、ビール一杯千円ってなんだよ。あんだけがぶ飲みしてえなら居酒屋か、あるいはマサムネの仕切る『モスキート』にしてくれたらいいのに、ふざけやがって。そんな悪態を吐きながらも、情報料ってことで自分を納得させる。最後に、良い情報も聞き出せたしな。
『トライバル』
族かチーマーか知らねえが、そう呼ばれている連中が、アートマンを匿っているらしい。
だが、それ以外にも、遠巻きにこちらを見る視線を感じる。
「……ちっ、喧嘩屋アカサビか。気分悪いもん見たぜ」
聞こえていないと思っているのか、あるいは意図的に挑発しているのか知らねえが、通り過ぎたオレにそう言うヤンチャそうな若い男。好意的に見られることの方がずっと少ないオレにっては、敵意を向けられるのも比較的いつも通りだ。
それにしても、いまだにオレを喧嘩屋と呼び、恨み言を言ってくる輩はそれなりにいるんだな。そう簡単に過去はオレを逃がしてくれないってことか。
まあ、それでも一時期に比べればオレを喧嘩屋と呼ぶ人間は間違いなく減った。その切っ掛けになったのが、以前戸波が書いたオレと線引屋に関する記事だった。
若者に人気のウェブマガジン、『ストリートジャーナル』で、オレはもう喧嘩屋ではないという書き込みをしてくれたやつらのお陰で、イメージの払拭は図れつつあるように感じる。
そもそも、その記事が書かれた切っ掛けは線引屋―――間久辺なんだけどな。
おっと、考え事してる場合じゃねえ。いまはその間久辺のことで動いているんだ。
どうにも、ここ一ヶ月ほど街の空気がおかしいと感じていたが、意識してみるとその感覚は確信に変わる。なんつーか、普段から治安の良い街ではねえけど、ここんとこ刺々しいっつうか、空気がピリついてるんだよな。
夜の街で生きるオレが言うんだから間違いねえ。この街の裏側で、なにかが起きているのは間違いないんだ。その違和感と、さっき戸波が見せてきた『アートマン』の情報が関係しているのではないかとオレは考えていた。情報の旬を常に気にしているジャーナリストの戸波が見せてきたという時点で、無関係とは思えないしな。
そして、そのアートマンと線引屋に関わりがないことを確かめるのが、今回のオレの目的だ。
直接間久辺に連絡して聞くのが早いんだが、もし万一、アートマンと線引屋が関係しているとして、本人が素直にゲロったりはしないはずだ。むしろ、オレがアートマンを探していることを知ったら更に警戒を強める可能性もある。
間久辺を信じてねえ訳じゃねえんだ。あいつに救われた恩だって忘れちゃいねえ。でも、実際にあいつと関わってきた時間だけで言えば、それはほんのわずかな時間だ。それ以外の時間、間久辺がどういう人間関係を築き、どういう日々を送っているのか詳しくは知らない。人は良くも悪くも変わる生き物だし、誰かに騙されているって可能性も考えられる。例えば、あの御堂とかいうチンピラな。
だから、調べないと納得いかないし、満足に夜も眠れなさそうだ。
もともと夜の街こそオレの活動場所で、活動時間でもあるし、やってやる。
夜の街は昼間に比べると空気がガラリと変わる。買い物客や学生が駅前を占めていたのが、夜になると主役を変えるんだ。仕事帰りの真面目なサラリーマンや、部活や塾で帰りが遅くなった学生は足早に帰路につく中、アウトローな連中が通りを占拠し、あるいは闊歩する。
ふと視線を感じてそちらの方を向くと、駅のロータリーに黒塗りのバンが四台停まっていた。その内の一台が、スモークガラスの窓を半分ほど開けている。そこから顔だけを出して、一点を睨み続ける男の姿があった。男の焦点は、明らかにオレに合っていた。目が合っても決して視線を外そうとはしない。
男は何者なのか、顔に見覚えはなかったが、それ以上に気になったのが、顔の右半分に幾何学模様の入れ墨が入っていたことだ。確か、『トライバル』という柄のタトゥーだと記憶している。オレがまだ施設で生活していた頃、一個上の先輩が「自分に課す制約と契約だ」とか言ってタトゥーを入れたことがあった。どこの念能力者かと思ったが、どうやら崇拝するラッパーの言葉を真に受けたとかで、文字通り一生消えない制約を体に刻んだ訳だ。
その先輩が腕に入れたのが、トライバルと呼ばれる模様だった。
そして、こちらをジッと睨み続ける男は、そのトライバルを顔に刻んでいる。
まともじゃねえな。そう考えていると、オレはふと自分の真っ赤に染まった髪の色を思い出して苦笑する。見た目に関して人のことをとやかく言えねえか。
しかし、あの目はどうだ。男の目は普通じゃなかった。間違いなく挑発している。恐らく、オレが喧嘩屋アカサビと呼ばれていたことを知っていて。
やがて、男がバンの扉を開くと、残り三台のバンも扉が開かれ、その中から屈強な男たちが次々に出てきた。最後にタトゥー男が車から降りて来ると、その視線と足はオレに向く。
まさか、こんな駅前でやる気か? もしこんな場所で乱闘が始まったら、どれだけの被害が出るかわかったものではない。オレはすぐに判断を下し、駅とは反対の方向へと走り出す。すると、男たちはなにか怒声を発しながらオレの後を追いかけて来た。やはり、目的はオレにあるようだ。
やがて、駅前からも離れ、鉄工所などが立ち並ぶ寂れた区画に差し掛かり、オレは走る足を止めた。この辺りでいいだろう。
「逃げるのやめて観念しやがったか」
追いかけてきた連中の一人がそう言って追いついてきた。
オレは振り返り、徐々に集まってきた男どもに対して告げる。
「誰も逃げてねえよ」
あんな駅前で思い切りやれる訳ねえだろうが。野次馬が多すぎるし、なによりすぐ側に交番があった。もしも騒ぎを聞きつけた警官が出て来て、介入してきたら困る。過去にオレのせいで命を落としたオマワリの最後の姿が頭を過る。頭を殴られ、いまのオレと同じ赤い錆のようなどす黒い血の色で染まった姿が……もう巻き込むのはごめんだ。誰も、オレのせいで傷つける訳にはいかない。
「―――テメエら、以外はな」
オレはそう言って拳を構え、攻撃体勢に入る。
取り囲んできた男たちの背後で、タトゥー男が笑い交じりに、「やれっ!」と声を発した。
襲い掛かる集団に対し、オレも足に力を入れ、一歩踏み出した。
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マサムネの幹部会議を終えた俺は、さっそく行動を起こした。チームが有する情報網をフルに動員して、今回の一件を解決に導く。それが、鍛島が俺たち幹部に与えた命令だった。
『どういうことだよ鍛島さん。どうして、あいつが……線引屋が狙われるんだ!』
会議の場でそう言った俺に、鍛島は厳しい顔を向けた。
『こっちが聞きてえよ。線引屋のパイプ役はお前の役目だろう、御堂。どうなってやがる。言っておくが、俺はグラフィティライターってやつが大嫌いなんだ。それでも線引屋が俺様の街で好き勝手やることに目を瞑っているのは、ヤツに使い道があると思っているからだ。もし今回の花口組関連の厄介事に線引屋が関わっているんだとしたら、俺は容赦なく切り捨てるぞ』
鍛島にとって、線引屋はあくまで利用する相手でしかない。そして、その線引屋とのパイプ役である俺もまた、切り捨てる範疇に含まれている。
だったら、考える余地なんてない。
俺は線引屋を守るためだったら、なんだってする。そのためだけに、俺はこのチームでやりたくもねえ幹部の仕事をやっているんだ。
『鍛島さん。俺が線引屋の潔白を証明します、必ず』
決意を込めてそう言うと、俺の目を真っ直ぐに見た鍛島は、そこからなにかをくみ取ったのか、ある程度自由にできる兵隊と、自由行動を取る時間を与えてくれた。タイムリミットは定まっていないが、強いて言うならヤクザ連中の我慢の限界がタイムリミットだろう。先延ばしの協力は鍛島自身もしてくれるらしいが、それも時間の問題だろう。
そして現在に至る。俺は、チームの集会が終わるとさっそく行動を開始していた。
まずは情報収集だ。街の最大勢力であるマサムネの情報網は半端じゃない。
だが、それをもってしても賀修会が追う『芸術家気取った覆面野郎』の正確な情報は入って来なかった。その言葉を聞いてほとんどの人間が連想したのは線引屋だった。俺自身そうだったから、よくわかる。
しかし、犯人が線引屋―――間久辺な訳がねえんだ。あいつがヤクザに目ぇつけられるような真似するとは思えねえし、なにかに巻き込まれていたとしても俺に相談がないのは考えられない。
つっても、そんなの鍛島に対してはなんの証明にもならねえよな。間久辺のことをよく知る人間なら考えなくてもわかることだが、鍛島は線引屋の正体について知らないんだ。俺がいくら言ったところで、信用なんてされるはずがない。
一応、間久辺に確認の電話を入れてみるか? 俺は一瞬そう考え、やめた。
電話して、なんて聞く。お前、ヤクザに狙われているみたいだけど、なにかやらかしたのか?
そんな聞き方をしたら、不用意にあいつをビビらせることになるだけだ。そんなの意味がねえ。
もともと、線引屋としてこっち側に留まらせたのは俺だ。だから、俺には間久辺の日常を守る義務がある。そのために培ってきた、権力と人脈だ。
さらに情報収集を続けていると、噂レベルだが新しい情報が入って来た。
線引屋がストリートジャーナルに取り上げられて名前を売るよりも以前、アンダーグラウンドで覆面アーティストと言ったら別の人物の名前が挙がっていたらしい。
―――アートマン。そう呼ばれる人物。
俺はその名前を聞いて思った。
芸術家はアーティスト。だが、アートマンも意訳するなら芸術家ではないだろうかと。
そして、そのアートマンの特徴もまた、線引屋と同じ素顔を覆面で隠しているという点。
賀修会が言っていた『芸術家気取った覆面野郎』という言葉に、線引屋以上に当てはまる存在と言えるのではないだろうか。そう考えた俺は、さっそくその線で調べていくことにした。
だが、アートマンについて知る者はそう多くはなかった。そもそも、俺自身が知らない時点で、それほど有名な存在ではないのだろう。喧嘩も弱い俺がストリートで生き残るためには常にアンテナを張っていなければいけない。そのアンテナに引っかからないということは、その程度の存在か、あるいはアンダーグラウンドの最下層でのみ知られている存在で、決して表社会にその名が知られてはいけないほどの怪物、か。
前者だった場合、とっ捕まえて賀修会の人間に突き出してしまえばいいが、後者だったときは厄介だ。ストリートにおいて、実力を持ちながら名前が広まっていないということは、ケツモチないしバックで何者かが糸を引いている可能性が高い。アートマンという存在を包み込む、隠れ蓑が存在するはずだ。
手がかりが見つからないまま、夜も深まってきた。総員二百名以上からなるマサムネの情報網を持ってしても見つからない存在。その時点で、さっきの考えで言う前者の可能性は薄くなり始めていた。ヤクザに目を付けられている時点で普通じゃないし、そんなヤバいやつが街にいることを、チームの人間が誰一人知らないなんて本来ならあり得ないことだ。つまり、アートマンの情報が流出するのを最小限にまで抑えているなにかがあると考えるべきか。
そろそろ、本腰を入れて情報屋にでも当たってみるかと考え始めた頃、幹部の柊が抱える直属の部下の友人から、アートマンについて心当たりがあるという連絡を受け、俺はその人物に早速会うことになった。
指定された場所は歓楽街にあるバーだった。薄暗い店内に入ると、柊の部下の隣に、かなりガタイの良い男が立っていた。体の線がハッキリしたロングTシャツを腕まくりし、太い腕が晒されている。店内は暖房が強めに設定されているようだが、それにしても薄着だ。まるで自分の筋肉を見せつけているようにしか見えない。
どこか威圧的な感じを受ける男だが、この男が見せたいのは筋骨隆々な体だろうか。それとも、その肌を覆うようにして描かれていた絵―――タトゥーだろうか。
俺は、さっそくその男、田隈という人物に話を聞いてみた。
「少し話を聞かせてもらっていいか?」
「ああ、あんたのことならこいつから聞いてるよ」
そう言って、田隈は柊の部下を指差した。
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「世事は結構だ。それより、さっそく本題に入らせてくれ」
「オッケー。アートマンに関することだろう? いいぜ、俺の知ってることならなんでも話してやる」
「ありがたい。それじゃあ聞かせてくれ。そもそも、アートマンとは何者だ? なにをしてる?」
「アートマンの正体については誰も知らない。ただ、これだけは言える。ヤツは超一流の"彫り師"だ」
「彫り師? それって、タトゥーを彫る職人のことだよな?」
そう言って、俺は男の腕のタトゥーに目をやった。
その視線に気づいた田隈は、すぐにこう返した。
「このタトゥーは違う。普通に店で彫ってもらったもんだ。頼めるもんなら、俺もアートマンに一発墨入れてもらいたいもんだけど、アートマンが得意としているのは和彫りだからな。俺は入れ墨よりタトゥー派なんだ」
俺はあまりタトゥーに詳しい訳じゃないが、日本特有の絵、龍や虎、仏なんかを背中に背負っているようなヤクザ連中が好むのが通称『和彫り』と呼ばれる入れ墨。それに対し、アメリカなどから入ってきたデザインのものを『洋彫り』と呼び、タトゥーに分類される。最近ではお洒落の一環として花柄や、自分の恋人のイニシャルなんかをワンポイントで入れたりするのが流行っているって聞いたことがある。
しかし、彫り師か。なるほどな。道理でほとんどのやつらがアートマンのことを知らねえ訳だ。
俺を含め、アンダーグラウンドに生きる連中は、表社会で生きる連中よりは入れ墨やタトゥーに近い位置にいるかもしれねえが、それでも彫らねえやつは彫らねえし、興味だってない。いくらアートマンが彫り師として超一流でも、あくまでそれは、タトゥーっていう狭い世界での話だ。
まあ、それを言ったら線引屋もグラフィティっていう狭い世界で生きる存在なんだけどな。そう考えると、あらためて間久辺のやっていることの凄さを痛感するぜ。
―――っと、考えが逸れちまったが、これでわかった。アートマンの正体は彫り師だ。線引屋は関係ない。そして、ヤクザが追い回しているってことは、ヤクザ相手になにかヘマをやらかしたんだろう。ヤクザと入れ墨は切っても切り離せないイメージだから、当然彫り師によるだろうが、関係は密接なはずだ。関係が深い分、賀修会の恨みを買っていたとしても不思議じゃない。
聞き出せるだけ情報を聞き出し、俺は二人に礼を言って、二人分の飲み代を置いて店を出た。チキショー、ビール一杯千円ってなんだよ。あんだけがぶ飲みしてえなら居酒屋か、あるいはマサムネの仕切る『モスキート』にしてくれたらいいのに、ふざけやがって。そんな悪態を吐きながらも、情報料ってことで自分を納得させる。最後に、良い情報も聞き出せたしな。
『トライバル』
族かチーマーか知らねえが、そう呼ばれている連中が、アートマンを匿っているらしい。
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