クラスでバカにされてるオタクなぼくが、気づいたら不良たちから崇拝されててガクブル

諏訪錦

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ブラック & ホワイト

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 学校を出たぼくは、『Master peace』へと向かった。今日はバイトのシフトが入っていなかったが、完成したイラストを早く与儀さんに見せたかった。
 出来上がったイラストを見せると、紫煙を吐き出した彼女は、開口一番「過激ね」と言った。
 少しやり過ぎたかな。そう不安に思っていると、すぐに「いいじゃん、これ」と言葉が継がれた。
「ローブローアートか。やるわねーーーって、どうやら知らないでやったみたいね」
 ぼくの呆けた顔を見た与儀さんに、首肯する。絵を描くのは好きだが、芸術の知識にそこまで造詣が深い訳ではないのだ。
「そうね。教えておくと、ローブローアートっていうのはアメリカで発展した大衆によるアートの系譜のことよ。昔は芸術は上流階級が楽しむものだったから、一般市民は絵画というものに触れる機会があまりなかったのよ。だから、そういう大衆の中から出てきたアートの特徴は、身近にあったコミックとかの影響が強く、ポップでどこか皮肉交じり。そしてエロティックな構図を好んでよく使用されるようになったの。それが、現代のローブローアートに発展したと言われているわ」
「それって、なんだか似てますねーーーグラフィティに」
 ぼくは思わず、売り場のスプレーインクが置かれているコーナーに目をやった。
「間久辺の考えている通り、ローブローアートとグラフィティは通じるものがあるわ」
 グラフィティにも様々な種類があるが、ポップに描かれることの多いキャラクターは、このローブローアートに属するのだろう。もともと、グラフィティはアンダーグラウンドで培われてきた文化だ。だから本来、アートという括りにするのもおかしな話なのかもしれない。ぼくたちがやっている行為に無理やり意味を見出したり、現代アートだなんだと擁護する動きがあるが、そもそも根底から間違っている。
 ぼくたちは楽しいから、絵を描くんだ。それ以上も以下もない。
 もちろん、イリーガルなライターはそれに伴う責任も負わなければならないだろう。
 学校での石神さんと同じだ。髪を染めたり、好き勝手に振る舞うのなら、そこには自己責任が重くのしかかる。ことさらに、ぼくが足を踏み入れたアンダーグラウンドは、そういう世界なんだ。
「よっし、イラストは確かに受け取ったわ。この絵でいいか依頼人に確認取ってみる。つっても、多分、この出来なら即オッケーが出ると思うけどね」
「だと、いいんですけどね」
 フライヤーはチラシ。大げさな言い方かもしれないが、それは招待状みたいなものだ。受け取る側がどう思うかが一番大切だが、それを送る側のイベント主催者だって、半端な招待状を客に送りたいとは思わないはずだ。そう考えると、このイラストで良かったのだろうかと不安に駆られる。自分が一番力を出せる画風で描いたつもりではあるが、趣味に走り過ぎた感は否めない。
 ぼくのフライヤーの出来次第でイベントの認知度も変わってくるのだから、責任は重大だ。
「あの、やっぱりもう少し時間を……」
「は? どうして」
「いやだって、不安じゃないですか。ぼくのイラストが気にいられなかったら与儀さんにも迷惑かかっちゃうし」
「あんた、そんなこと気にしてたの? あたしがこの仕事を回したのは、あんたにならできるって思ったからよ。そして、しっかりとその期待に応えてくれたと思ってるよ」
 与儀さんはそう言ってくれるが、やはり不安は拭えない。
「ちょっと間久辺。なによその覇気のない顔。グラフィティのときはもっと自信持ってるじゃない。なんで急にそんなに自信を無くしてしまったの?」
「だって、グラフィティは初めから一発勝負だし、一定のクオリティをクリアしたら、あとは時間短縮に全神経を集中させますからね。いくら成り立ちが近くても、根本的に別物ですよ」
 手直しができてしまう分、イラストの仕事は迷いが生じる。もって上手く描けるのではないか。もっと良くなるのではないか。そう考え出したらキリがない。どこで妥協するか、その線引きは難しい。
「それでもやっぱり、もう少し時間を下さい。描いた絵って時間を置いてから見たら印象が変わることもあるじゃないですか」
「時間って言ったって、そんなに期日まで残ってないわよ。完成度を高めたいって気持ちは買うけど、納期に間に合わないなんて、そっちの方が最悪よ」
「日曜には必ず持ってきます。それで間に合いますよね?」
 まあ、と歯切れ悪く答える与儀さん。心配というよりも、そこまでこだわるぼくの姿を怪訝に感じているようだ。
 だが、彼女も少し考え、ぼくの気持ちを理解してくれたのか、うんと頷いた。
「良い具合に煮詰まってるみたいだし、一つあたしからアドバイスよ。もともと、ローブローアートとアングラっていうのは相性良いのは当たり前なんだけど、あんたの絵には、そこに日本的な、簡潔に言うと漫画的なテイストが入っていて、日本人に馴染みのある絵になっているのよね。人によってはそういう写実的じゃないイラストを否定的に見るのもいるけど、あたしは素直に関心したわ。ストリート要素とオタク要素、その二つが見事に調和していて、自分の物にしている。間違いなくあんたにしか描けない絵だし、武器だわ」
 ぼくにはよくわからなかった。今回、漫画的なテイストの女性キャラクターを描いたのは、いまのぼくが最も得意とする画風がそれだったからに過ぎない。グラフィティをやるようになって、逆に美術部では写実的な絵を好んで描くようになったくらいだ。
 それでも、与儀さんが良いというのならこの方向で今回はフライヤーを完成させていいのだろう。
 ぼくにとって、彼女の言葉はそう思えるくらい大きいものだった。ほんと、出会ったときから、与儀さんには導いてもらってばかりいるな。そう思った。
「ねえ間久辺。これからもイラストの仕事やっていった方がいいわよ。グラフィティは、お金にならないんだから」
 生々しい話ではあるが、それが真実だ。
 依頼されて描いたグラフィティならともかく、イリーガルなグラフィティに金を払う人間などいない。だからこそ、ライターの多くはショップを経営したり、イラストを描くことで金銭を得ている。与儀さんほどのライターがそう言うのだから、間違いないだろう。
 まあ、それでもグラフィティから離れるつもりはない。お金の問題ではないのだ、こういうものは。きっと、与儀さんならそう言うと思った。
 思っていたのだが―――

「ねえ、間久辺。そろそろ、線引屋の名前を捨てる頃合いじゃない?」

 ぼくは、耳を疑った。
「与儀さん。いま、なんて言いました?」
 そう聞き返さずにはいられなかった。
「いやほら、さっきも言ったけどグラフィティなんてやっていても儲からないし、以前よりは認められるようになったと言っても、まだまだ美術界では風当たりの強いジャンルよ。それなら、イラストレーターでもやっていた方が賢いと思うわ」
 信じられなかった。
 これが、あの与儀さんの言葉なのか? ぼくにグラフィティを教えてくれたのは彼女だ。それに、過去に自分の愛する人を失いかけても、彼女はグラフィティから離れようとしなかった。そんな与儀さんから、グラフィティを否定するような言葉が出るなんて、信じられなかった。いや、それが事実だとしても信じたくなかった。
 質の高い作品には、それ相応の評価がされるべき。ここで言う評価とはつまり、金銭のことだ。その評価があるからこそ、描く側はさらに高品質なものを世に生み出そうとする。与儀さんの言うことはある意味で真理なのだろう。
 だけど、なにかを生み出そうとする行為に、必ず金銭という代償が必要とされる訳では決してない。少なくともぼくはそう思っているし、与儀さんもうそうだと信じていた。
「……冗談、でしょう?」
「え?」
「冗談だって言ってくれよ、与儀さんっ! グラフィティには人の心を動かす力がある。いまではそう思っています。こんなぼくがそう思えるようになったのは、与儀さんがこの世界を教えてくれたからです。なんの力も持たなかったぼくに、戦う術を与えてくれた。それなのに、そんな与儀さんの口から、グラフィティが儲からない? 線引屋をやめろ? ……そんな言葉。聞きたくなかったよ」
 ぼくは与儀さんの手元にあるイラストを乱暴に奪い取り、ポケットにしまうと、彼女に背中を向けた。そのまま歩き出すと、背後で「待ちなさい」と呼び止める声が聞こえる。
 一瞬進むのを止めたぼくは、告げる。
「イラストは日曜までに仕上げます……それで、いいでしょう?」
 約束は週明けらしいので、それでギリギリ間に合うだろう。
 与儀さんは、なにか言いたげに言葉を選んでいるようだったが、結局「わかったわ」と言うに留まった。
 
 店を出たぼくは、鞄の底を手で抑え、スプレー缶とガスマスクの硬い感触を確かめる。
 そういえば、クリスマスの一件から、ぼくは一度も線引屋のマスクを被っていなかった。
 その必要がなかったから、というよりも、クリスマスの日にアカサビさんに言われたことがずっと頭の中に残っていたのだ。良くも悪くも、線引屋はアンダーグラウンドで強い影響力を持つようになった。だから、軽はずみに線引屋として行動を起こすことで、また予期しない騒動が起きる可能性も考えられる。
 与儀さんに、線引屋の名前を捨てたらどうかと提案され、さっきは憤りを覚えたぼくだったが、実際問題として、いまのぼくにとって線引屋の名前はあまりにも重くのしかかっていた。
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