クラスでバカにされてるオタクなぼくが、気づいたら不良たちから崇拝されててガクブル

モロビトコゾリテ

1裏

「ライツ、キャメラ、アクションッ！」

いつものようにカメラマンの掛け声で、撮影が進行する。

「……なにあれ、映画監督でも気取ってるわけ？」

隣でスタンバイしている後輩が小さい声でそう言った。
まあ確かに、ウチも気取ってるとは思うけどさ。だけど、その掛け声があんまり嫌いじゃないのよね。
「準備はいいー？」なんていう気の抜けたものよりも、「照明、カメラ、被写体！」とビシッと決めてくれた方が、撮影される方としても気合いが入る。
モデルと言っても読者モデルに多くを求める雑誌は少ないけれど、それでも撮影に臨むに当たって、今回の服飾のコンセプトくらいは説明を受ける。簡単に言っちゃうと、大人の魅力を見せたいときに、モデルがキャッキャと笑ってたりしたらファッションが引き立たないじゃない。そういう意味では、ウチらって演じる仕事なのよね。ただ、役者となにが違うかっていうと、主役が演じる側じゃないってことなの。勘違いされることが多いんだけど、ファッション雑誌の主役はモデルではなく服飾なわけ。映画は当然、監督の次に主演とか役者の名前が挙がるけど、ウチらモデルって、どこまで行っても服飾を引き立てる存在じゃん。刺身で言うとツマよ。そういう意味では、服に着られているという表現をしてもいいんじゃないかなって、そう思うのよね。

「……ちょっと、冴子ちゃん。次、冴子ちゃんの撮影っ」

隣で控える後輩の子に肘を小突かれ、ウチは慌てて立ち上がった。
いけない、集中しないと。立ち上がり、ライトが焚かれたカメラの前に立ち、いくつか指示されながらポーズを決め、撮影を終えると、再び控え所として用意された椅子に腰をおろす。
はあ。ダメ、いくら頭でむつかしいこと考えようとしても、あの日のことが甦ってきちゃう。ウチ、なんであんなこと言っちゃったんだろ？

『ウチは誰とも付き合ってない。間久辺にだけは、そんな勘違いしてほしくない！』

ーーーまんま告白じゃん。
これで気付かないやつとか人間終わってるっしょ？
だって言うのにさー、アイツさー、一週間もウチのこと避けやがって、マジでムカつく。まあ、一応明日のクリスマスイベントには来るみたいだけど、これって期待していいの？　それとも、一週間も間が空いたのは、迷惑だったから？

「うぁー、もう訳わかんないっ」

頭を抱えたまま机に突っ伏したウチの背後で、撮影を終えて戻ってきた後輩が呆れたような口調で、「なんなんですか、これ？」と言った。
「さあ？」と答えた聞きなれた声は、沢渡伊知子。以前、間久辺が参加した合コンにウチと一緒に行ったモデルの先輩だ。あのときは無神経な沢渡さんの言動から口論になってしまったけれど、数日後には何事もなかったみたいに話しかけてきて、喧嘩したこと事態うやむやにされた。あるいは、無神経だから、ウチが怒ったことすら理解できなかったんだと思う。なんだか、怒ってるこっちがバカバカしくなってきて、結局そのままなあなあになったのよね。
パンと手を鳴らした後輩が、「ははーん。さては男問題っしょ？　ねえねえ冴子ちゃん、そうでしょ？」と話しかけてくる。
こんな面倒な絡みは無視を決め込んでしまえばいい。そう思っていた矢先に、「あの冴えない男のこと？」と沢渡さんが余計なことを言ってしまい、後輩の食い付きは更に激しさを増した。
相変わらず、沢渡さんは無神経だ。
だけど、ちょっと待って。
その無神経さは男の前だとなりを潜め、驚くくらい男の求めるツボを突いてみせる。沢渡伊知子という女性は男の心を見抜くっていうことに関しては、スペシャリストなんだ。　

ガバッと起き上がったウチは、詳しい部分は伏せて、内容だけがわかるようにかいつまんで説明し、アドバイスを求めた。……その、アイツの攻略法？　的なやつをさ。
すると、側にいた後輩は興味深そうに言った。
「あんさー、冴子ちゃんがそこまで意識する相手ってどんな人？　スッゲ気になるんですけど」
間久辺か。アイツをどうやって言葉で表現したらいいんだろう。どうしたってネガティブな部分が前面に出ちゃうのよね。
そうして言い淀んでいると、過去に合コンで一緒になったことのある沢渡さんは、そのときの印象を思い出してこう言った。
「地味で冴えない見た目に、なんかオタク臭さを足した感じ？」
「うっわなにそれ？　マジ？　冴子ちゃんそんなんが趣味なの？」
ウチは少しムッとしたが、ここで間久辺を庇ったらよりいっそうイジられそうなので、口をつぐんだ。この二人にどう思われたところで、間久辺が傷つくわけじゃないしね。
そこで、次に撮影される沢渡さんがスタンバイに入ったため、話が一旦中断され、ウチと後輩、二人きりになる。用意されていた缶ジュースを取りに行った後輩は、ウチの分も手に戻ってきた。
椅子に座るが早いか、後輩は口を開く。
「でもオタかぁー。んじゃチョロくない？　だってあいつらゼッテー女に免疫ないし、冴子ちゃんレベルのヤン女が迫ればイチコロだって」
「は？　ウチヤンキーじゃねーし」
「うっわ、普通に怖いんですけど。つーか草食系の極致にいるオタク男子からしたら、女子ってだけでビビる対象じゃん？　あたしらギャルとか、もう恐怖以外の何者でもないっしょ」
ウチは、その言葉になにも言えなくなった。
確かに、これまでの間久辺の態度を考えると、あながち見当外れなことを言っているとは思えなかった。
「……ウチ、ビビらせてんのかな？」
「そりゃそうっしょ？　冴子ちゃん前にビビんない男子いないって、いやもちろん良い意味でね」
ビビられることに良い意味もなにもあったもんじゃない。
最近は、間久辺に対する当たりをなるべくソフトに心がけていたんだけど、過去の自分がいつまでも付きまとってくる。悔やまれるわ、マジで。
後輩はもうこの話題に飽き始めたのか、退屈そうにあくびをもらしながら、そのついでといった感じで口を開いた。
「つっても、あたしなら二日で草食男子そいつをその気にさせる自信あるけどね」
「ちょっと、手出さないでよねっ！」
「いや出さねえし。オタクとかありえないし、あくまでも例えだってば」
悔しいけど、ホッとしてる自分がいる。
ウチはそれを悟られないように、平然とした素振りで話を続けた。
「それにしても、あんた、自分に自信あるんだね。ふーん、すごいじゃん。女子力高いんだね。草食系男子いちころか、へー……ところでさ、どうすればいいわけ？」
「恋は盲目って言うけど、まさか冴子ちゃんがあたしに教えを乞う日が来るなんてねー。まあ、教えてあげてもいいけど、授業料高いよ？」
「あんた、先輩相手に容赦ないよね」
「はは、ウケる。先輩つったって、あたし、冴子ちゃんと一個しか違わないじゃん。ほぼタメじゃん」
「いや仮に数ヶ月しか誕生日が変わらなくても敬えよ、後輩」
「うわっ、意外に体育会系だ！」
「当たり前じゃん。読者モデルはガチガチの縦社会だから」
「いや、実力社会でしょ？」
そう突っ込んだ後輩だったが、すぐに「まあ、それでもやっぱり、冴子ちゃんの方が上なんだけどね」と言葉を続けた。

ウチ、思わずキュンときたわ。

さっきまで生意気なこと言ってたくせに、急にこんな持ち上げ方されたら、誰だって嬉しくなるに決まってる。この後輩、可愛いところあるじゃんと思い、にやけながら口を開きかけると、先んじて後輩が言葉を継いだ。
「ーーーってな具合に、嘘でも弱気なところを見せてやると、そのギャップに相手はやられるんだよね」

嘘かよコノヤロー。
はっ倒してやろうかしらマジで。
それぐらい頭にきた。
だけど、後輩の言葉に振り回されるなんてバカらしいし、なにより心がキュンキュンきたのは本当だ。このアドバイス自体は有効なのかもしれない。
「ありがと。一応、参考にさせてもらうよ」
そう答えると、後輩は頷いて笑った。
「応援してるよ、冴子ちゃん。あ、あと、ちなみにさっき言ったこと。読モとして、あたしは冴子ちゃんのこと、すごい尊敬してるから」

んんん？　これどっち？　またウチはめられてる？　それともマジなやつ？
あーもう惑わせるなよウチの乙女心を！
ま、悪い気はしないし、取りあえずーーー

「ーーーお菓子でも取ってきてあげようか？」

後輩はニヤリと微笑むと、「おなしゃーす」と言って、頭を下げた。
可愛い後輩め。そう思いながらも、背後でクックッと笑う声が、気になってしかたなかった。