クラスでバカにされてるオタクなぼくが、気づいたら不良たちから崇拝されててガクブル

諏訪錦

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Beautiful spirit

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マッドシティ。
灰色な街。
色々な人たちが、様々な思考を持って生きる混沌とした街。
こうして駅を挟んで、東口側を歩いていると、相変わらずアンダーグラウンドな雰囲気が周囲を包んでいた。
以前のぼくなら、あまり近付きたいとは思わない雰囲気だが、人間とは恐ろしいことに、慣れる生き物らしく、向こうから不良然とした雰囲気の集団が歩いてくるのを見ても、あまり動揺することもない。
まあ、怖いことには変わりないけれど、彼らだって無差別に誰かれかまわず難癖をつける訳ではない、ということがわかる程度には、この街に溶け込んできたように思う。
案の定、不良たちはぼくを一瞥するだけで、すぐにすれ違ってどこかへ行った。
ぼくはそのまま振り返ることなく歩みを進め、アーティスト通りに差し掛かると、今日も今日とて、怪しげなアクセサリー露店商や路上ライブを行う歌手志望の者、手製の詩集を売っている老人や、さらにはパントマイムを披露する芸人まで様々な人であふれていた。その中に、若者たちが輪を形成しながら、リズムに乗ってラップする姿もあった。
ぼくはそれを横目にアーティスト通りを抜け、アングラショップが連なる中でも、異彩を放つ店構えの一つ、『Master peace』に足を踏み入れた。
「おはようございますっ」
今日はバイト初日ということもあり、気合い十分。
なにごとも初めが肝心と言うし、気合いを入れて「今日からよろしくお願いします!」と頭を下げると、カウンターに体を預けながらのびている与儀さんが、ムクッと顔だけを起こして一言。
「うるさい、つかウザイ」
ひどい、一言じゃ済んでないよ。
そんな辛辣な言葉を吐くのに力を使い果たしたように、再びカウンターに覆い被さるようにうつ伏せになる与儀さん。
ぼくはそっと近付き、「なにかあったんですか?」と心配になって聞いてみた。
すると、「二日酔い」とサラッと駄目人間発言をする。
もう時刻は夕方四時を回り、世間一般では社会的活動時間の終わりが近付いている頃だ。
今日一日、こんな調子で店を切り盛りしていたのだろうか。
まあ、店のオーナーである彼女に、雇われたばかりのぼくが言えることはそう多くはないが、取り敢えずバイト初日だし、決意表明というか、ぼくなりの仕事に対する考え方みたいなものを聞いといてもらうことにしよう。

「ぼくはこんな大人にはならないぞ」

「ああ? いきなり喧嘩売ってんの?」
気だるそうに半眼で睨み付ける与儀さん。ああ怖い。

さて、そろそろ本題に入ろうか。
「それで、ぼくはなにをしたらいいんですか?」
「あーあー? そうね。店番、と言いたいところなんだけど、ちょっと行ってもらいたい所があるのよね。本当はあたしが行く予定だったんだけど、ダルくて行けそうにないから代わりに仕事してきてよ」
なにそれ。いきなりハードル高すぎじゃない? 知らない人の所でなにするかもわからないとか、コミュ障には酷過ぎるよ。
困惑するぼくに、与儀さんは言った。
「大丈夫よ。話は通しておくし、仕事の内容はあんたの得意分野だから」
そう言って、与儀さんは、ガスマスクとスプレー缶を持ち出しカウンターの上に置いた。
「依頼主の要望を聞いて、グラフィティを描く。至極簡単な仕事よ。ほら、あんたの得意分野でしょう?」

乱暴な説明ではあったけれど、接客よりは遥かにマシなような気がする。
ぼくは与儀さんに言われるまま、客の待つ住所に向かった。
「ここ、でいいんだよな?」
指定された場所は、空き地にプレハブ小屋がポツンと立っていて、どこか寂しげな雰囲気がする。
少し緊張して、聞き耳を立ててみると、中からヒップホップだかレゲエだかの音楽が流れている。 
あー、やだなぁー。関わりたくないなぁー。
なんて、仕事でそんなこと言ってもいられないし、なにより、この仕事は元々与儀さんに来た依頼なんだ。中途半端なことをして、彼女の名前に傷をつけるわけにはいかない。
意を決して扉をノックすると、中から若いロン毛の男が出てくる。
「連絡あったけど、あんたがGAGA丸の代わり? はぁー? ガキじゃねえかよ。腕は確かとか言ってたけど大丈夫なんだろうな」
「えっと、はい。頑張ります」
ぼくの弱気な発言に、髪をくしゃくしゃと掻いた男は、「まあいいや。下手なグラフィティ描いたら承知しないぞ」と言って、小屋の外に出てくる。
「あんたに頼みたいのは、この小屋のペインティングだ。いかしたグラフィティで、この地味な雰囲気を変えてほしいわけ。これからここは、クルーたちと曲つくったり、アルバムつくったりする拠点になるからさ、クールに頼むよ」
なんだよ与儀さんめ。客の要望に応えればいいって言っていたけど、こんなざっくりしたイメージで相手の満足するものを描けって、それのどこが簡単な仕事なのさ。
そんな風に内心で悪態をつきながらも、頭の中では着実にイメージを固めていく。
そんな折に、プレハブ小屋の中から若い女性が出てきて、「ミキオー、塗装屋さん来たのー?」と甲高い声を出す。
「ああ、もう話はついてるからすぐ戻るよ」
この、否定しろよミキオ。
誰が塗装屋だ。ぼくは線引屋だ………っと、今日は違うんだった。
ぼくは与儀さんから渡されたガスマスク。口元だけが隠れる形の物を取りだし、それを装着する。普段とは違うマスクに違和感はあるが、これでぼくが線引屋であることはわからないだろう。
「じゃあ、後は頼むぞ」
そう言って建物内に戻って行った男。
残されたぼくは、ただ立ち尽くしている訳にもいかないため、作業に取りかかることにした。
頭の中で固めていたイメージは、彼の出で立ちや言動からハードコアなアングラデザインの、暗い色調を全面に押し出したものだったが、彼のクルー、仲間の中に女性がいるのなら、話は別だ。メインとなるものはやはりハードコアで間違いはないだろうが、そこにワンポイント必要になってくる。
女子がよく言う、「かわいい」部分だ。
模様はイコン。紋章のような幾何学模様でいいだろう。彼らのグループ名もなにも知らないのだから、タグは無理だ。
では、女性に向けたかわいい部分はどうする。
手っ取り早いのは、カートゥーン調のキャラクターを描いてしまうことだが、それをやってしまうと、下手したらアングラの部分、殊更にハードコアが死んでしまう可能性があった。
そうなると、ぼくに思い付く手段は一つだ。

ーーーーーーーーーーーー

三十分もかからない内にグラフィティは完成し、ぼくは扉を再びノックする。
「なんだ?」 
と不機嫌そうに答えたミキオ。あれ、お楽しみ中でしたか?
そんなことはお構いなしに、グラフィティの完成を告げると、彼は目を見開き、「もう終わったのかよ!?」と声を張り上げた。
「そんなバカなっ」
飛び出してきた男は、プレハブ小屋の壁面を見て目をみはる。
それから、四面ある壁をぐるりと回って、元の位置に戻ってきた男は、開口一番、「ステッカーじゃ、ないよな」
「ええ。ステッカーだと、その場の要望に柔軟に対応できませんから」
「これ、ブロックに、バブル……何種類の技法を織り混ぜてやがるんだよ」
「一応、それぞれ四面違う技法を使ってみました。平面な壁なら、統一性のあるグラフィティでまとめるんですけど、立方体のプレハブ小屋では、壁すべてを一度に見ることはできません。それなら、統一感よりも、それぞれの壁面に違った印象を持たせた方が飽きないんじゃないかと思いまして、こういうデザインにしました」
「ああ。ああ! いいな。いいぜこれ気に入った。思っていた以上の完成度だよあんた。ヤベーなこれ。クルーもゼッテェ気に入るよ。最高だっ!」
そして、男の興奮した声に、先程顔を見せた女も表に出てくる。
くるっと回って壁の絵を見ると、「やん、かわいいー」と声を張り上げた。
「この色合い超好きかも。黒と紫って、こんなに合うんだぁ」
正確に言うなら、マゼンタピンクという、かなり明るい調子の紫である。
どんな色も例外ではないのだが、濃くなると暗いイメージが付随するものだ。水色は夏の空など、明るいイメージを連想させるが、濃い青は深い海、底知れない世界を印象付けたりする。
紫という色は、殊更に濃淡で受けるイメージを変えることができる、稀有な色なのだ。
だから今回、周囲のアングラに寄り添い過ぎないように、明るめなマゼンタピンクを織り混ぜることにした。濃い紫では、確かにアングラを象徴するような暗い色とマッチングするが、あまりに寄り添い過ぎてしまい、紫自体も暗い印象を与えてしまう。そこで、明るいマゼンタピンク。赤や青といった色とは異なる紫系統の色なら、アングラの黒とは反発することなく馴染みながら、同時に明るい印象も与えることができる。
彼女が言った、黒と紫が合う、と言った言葉はつまりそういうことだ。
そう。女性に向けて加えたワンポイントは色調だ。
暗い印象の中に、マゼンタピンクを置くことで、狙い通り、女性からも良い評価をもらえたみたいだ。
そして、興奮した様子の男は、ぼくの肩を乱暴に叩いてきた。
「正直、あんまり期待してなかったけど、流石はGAGA丸お墨付きだけのことはあるな。まさかこの街に、GAGA丸並みに描けるライターが他にいるなんて驚きだ」
そこまで言った男は、思い出したように、「ああ、もう一人いた」と手を叩く。
「忘れちゃいけねぇ、線引屋だ。まあ、あの人は別格って感じだけどな」
なんと答えたらいいかわからず、ぼくは黙り込んだ。
すると男は、ぼくの方をまっすぐに見て言った。
「あんた名前は?」
「あ、ええっと」
急にそんなこと言われても困る。
なんとなく本名答えるのは嫌だったんだけど、そもそも名前なんて聞かれることを想定していなかったから、なにも浮かんでこない。
苦し紛れに出てきたのは、「マクベス」だった。
「オッケー、マクベスか。次からグラフィティ関連で仕事頼むときは、あんたにお願いすることにしよう」

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