彼女の優しい理由

諏訪錦

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真っ赤な嘘1

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「真っ赤な髪に大量のピアス。その特徴的な姿、お前がアカサビか?」
 オレの姿を見た男は、そう言って一歩後ずさる。
 オレはただ穏便に話をしたいだけなのだが、目の前の七人組の男たちは和やかな雰囲気からはかけ離れていた。
 最初に口を開いたリーダー格と思われる男が言う。
「喧嘩屋アカサビを倒したとなれば、オレたちのチームも一躍有名になる。覚悟しろ、今日がテメェの命日だ。おい、やっちまえ!」
 男の掛け声を切っ掛けに、側にいた部下と思しき男たちがオレ目掛けて突っ込んでくる。最初にオレのところにたどり着いたヤツが、腕を大振りして拳を振るってきた。粗末な一撃を体を逸らせることでかわすと、肘を突き出し、勢いのまま突っ込んできた男の顎に打ちつけた。脳が揺さぶられ、意識が飛んで膝から崩れ落ちる前に、前蹴りで男の体を後方に飛ばし、後に続くはずだった男にぶつける。
 次に追いついてきた男は、仲間の失態から学習したのか、小振りなパンチを連続で打ってくるが、それをすべて見極めて両腕でガードし、急所となる部分を守りながら、オレは少しずつ後退していく。
 その様子を見ていたリーダー格の男が、「もう逃げ場はねえな」と嘲る。その言葉の通り背後には壁があり、退路は絶たれた。
 壁を背負うように立ったオレは、こざかしいパンチを繰り出してくる下っ端を真正面から殴りつけてから、リーダー格の男に言う。
「逃げるつもりなんかさらさらねぇよ」
「はっ、強がっていられるのもいまのうちだ」
 やれ、とリーダー格の男の掛け声を受け、残り四人の下っ端共が押し寄せてくる。
 


「……どうなっていやがる」
 数分もしない内に、オレの目の前を囲んでいた連中は地面に倒れ、立っているのはオレとリーダー格の男だけになった。
「だから言ったはずだ。逃げるつもりなんてねぇって」
 壁に背中を預けるように立ったのは、追い込まれたからではなく自らそう動いたからだ。そうすることで背後からの挟み撃ちは回避できる。正面から何人で来ようが大きな違いはない。複数人で攻撃を仕掛ける場合、仲間の攻撃を意識してしまうため攻撃の手はどうしても弱まってしまう。よほど訓練されて連携が取れていれば話は違うが、雑魚が正面から束になってかかってきたところで大した違いはない。
 さて、残りは一人。
「オレは逃げねぇつったよな?」
 一歩、また一歩と進む。
「だったら当然、テメェも逃げねぇでオレと戦うんだろ?」
 グッ、と喉を鳴らした男は、
「これで済むと思うなよ、喧嘩屋アカサビ!」
 と、捨て台詞のような言葉を吐いた。
 いやむしろ、これで済ませてやってるオレに感謝してほしいくらいだ。
 というか、そもそもオレは喧嘩屋じゃねえ。
 リーダー格の男は、足元がふらふらの仲間を連れてほうほうのていで逃げていった。

 公園にある水飲み場、その蛇口から水を口に含み、血の味がする口内を洗浄し水を吐き出す。まだ真冬ではないが、一〇月の夜の冷気と相まって水が冷たい。
 蛇口を閉めて、口元を拭うと背後から砂利を踏む音が聞こえた。
「さっきの喧嘩見ていましたよ。あなたが、街で噂の喧嘩屋ですね?」
「あ?」
 オレは振り返って声のした方を見る。そこには、オレと同年代か、少し年下に見える女が立っていた。
「今日はやけに来訪者が多いな。でももし喧嘩屋を探しているんだったら他を当たりな。人違いだ」
「頭悪そうな赤い髪にバカ丸出しの大量のピアス、それに凶悪な面構え。喧嘩屋アカサビってあなたのことじゃないんですか?」
「お前の方がよっぽど喧嘩っ早そうだな。ちなみに言っておくと、オレは喧嘩屋じゃない」
「アカサビってことは否定しないんですね。回りくどい言い方しないで、最初から認めてくださいよ。図体でかいくせに細かい男」
「あいにく、オレがでかいのは図体だけじゃない。機会があればあっちの方も見せてやろうか?」
「よくわかりました。あなたが下劣極まりない最低な男だってことが」
「そういうお前はペチャパイのくせに態度ばかりでかいな」
「死ねぇ!」
 と言いながらいきなり拳を突き出してきた女。それを右に避けたオレに、「避けるな!」と無茶な要望まで繰り出してくる。
「人の身体的特徴をバカにする者は万死に値します」
「少し前の会話思い出してみろバカ。というか、どんだけ胸のことでキレてんだよ」
「私の慎ましい胸をバカにするな」
「してねぇって。てか、悪くないと思うぜ、オレは」
「もしかして、ぺったんこがお好みですか?」
「デカい方がよいに決まってんだろ」
 女は再び右拳を振り抜くと、オレが避けることを見越していたのか、続けてローキックを放った。冗談にしては随分と気合いの入った蹴りで、さすがに避けきれずにオレは痛い思いをした。
 生意気な女との軽口が終わり、
「で、オレになんの用だよ。まさか、さっきの不良連中の仲間って訳じゃねぇだろ?」
「当たり前じゃないですか。あんな連中と一緒にしないで下さい」
「そうなると、いよいよわからねぇな。あんたはオレを喧嘩屋・・・アカサビと呼んだ。喧嘩屋になんの用だ?」
 読んで字のごとく、喧嘩屋は荒事を生業とする者。生業、なんて言い方が的確なのかはわからないが、暴力を用いて金銭を手にする者をそう呼ぶことが多い。カツアゲや喧嘩賭博、あるいは依頼を受けて特定の人物に闇討ちをするなどが主な稼ぐ方法だ。
 見たところ、女の年齢は一六、七歳といったところか。そんな若い女が喧嘩屋を探しているなんて穏やかじゃない。放ってはおけないよな。
「あんた、名前は?」
「まずは自分から名乗るべきなんじゃないですか?」
 オレのこと知ってるんじゃねえのかよ。そう思ったが、まぁ、オレから名乗ってないのは事実だしな。
「悪かった。さっきあんたが言ったように、オレがアカサビだ。この街ではその名で通ってるから、あんたもそう呼んでくれていい」
 それで、と相手に促すと、
「私はサーヤ」
 と端的に答えた。
「苗字は?」
「言いたくないです。好きじゃないんですよ、苗字で呼ばれるの」
「弱ったな。初対面の女を下の名前で呼ぶほど軽薄な男じゃないんだけどな、オレは」
 まぁ、相手が答えたくないと言うのを無理やり聞き出すものでもない。
「あんた、オレになんの用だよ」
「あんたじゃなくて、サーヤ」
「……」
「サーヤ」
 言わないと話が先に進まなそうだ。
「わかった。話してみろよ、サーヤ」
「気安く名前呼ばないでくれます?」
 ぶっ飛ばしてやろうかなこの女。
 ぐっと握りしめた拳を、不意にサーヤが握ってきた。
「まったく。喧嘩屋じゃないって言いながら、いまさっきだって喧嘩していたんでしょう? 手、擦りむいてるじゃないですか。それに、こんなに手が冷え切ってる」
 いきなり手を握られ、思わずサッと身を引いた。触れられた手をさすりながら、
「オレは話し合いをしようとしただけだ」
 と答える。
 すると、サーヤは呆れた表情になり、
「普通話し合いから喧嘩に発展しないんですよ。そんなだから、喧嘩屋なんて呼ばれるんじゃないですか?」
「それは違うな。喧嘩屋じゃなくても争いに巻き込まれることはある」
「例えば?」
「そんなの決まってるじゃないか。悪と戦う者だ」
「はい?」
「なんだよ、わからないか? 答えは一つ。正義の味方だよ」
「その正義の味方があなただって言いたいんですか? まさか、冗談ですよね」
 オレは答えなかった。
 いくら説明したところで、オレがどれだけ本気かということをわかってもらうのは難しいだろうから。

ーーーーーーーーーーー

 結局、昨日公園で会ったサーヤという女がなんの目的でオレに接触してきたのか話してくれないままだった。そして、今日もこうして公園で会っている。用がないのならオレの方から無視してこの場を離れてしまえばいいのだが、昨日のようにまた不良連中がやってくるかもしれない。そんな場所に若い女を一人残しておくわけにもいかず、なんとも無為な時間を過ごしていた。
 特に話すこともないため、居心地が悪く周囲を見渡すと、少し離れた場所に公園のゴミ拾いをしている男性が見えた。向こうもこちらに気づいて向かってくる。その顔には見覚えがあった。
 近づいてきた若い男は、オレに頭を下げて言った。
「アカサビさん。お久しぶりっす」
「おう、久しぶりだな。今日はどうよ」
「おかげさまで、怯えずに仕事に取り組めています」
 ここ最近、この公園付近にたむろしている不良グループのせいで仕事の清掃が捗らず、それどころかカツアゲにまであってしまったとこの男から相談を受けたオレは、その不良グループと話をつけることにしたのだ。それが、昨日の夜の騒動である。
「大したことしてないよ」
 オレがそう言うと、男は大袈裟なくらい首を横に振り、
「そんなことないっす。警察に相談しても解決しなかったのに、一日で片付けるなんてスッゲェ助かったっす」
 と言った。
「そりゃなによりだ。他には困ってることないか?」
 オレがそう聞くと、男は表情を暗くした。
「なにかあるって顔だな。言ってみろよ」
「いや、困ってるっていうか、公園の中を掃除していたら、ちょっと気分が悪いことがありまして」
 そう言って、手にしていた黒いゴミ袋を掲げる男。
 無言で中を覗こうとしたオレに、慌てた様子で「見ない方がいいっすよっ」と袋を遠ざける。
「でも、見てみないとわからねぇじゃねぇかよ。大丈夫だから見せてみろって」
「ほんとやめといた方がいいと思いますよ?」
「いいから」
 オレの言葉に、渋々といった体で頷いた男は、黒い袋の口を開いて中を見せた。
 覗き込んだオレは、ほんの少しだけ眉間に皺が寄るのがわかった。覚悟していたとはいえ、やはり気分の良いものではない。
「猫の死骸だな」
 男は頷いた。
 袋の中から垣間見える赤黒い血と傷口。交通事故かなにかで轢かれたのだろうか。袋の口を閉じようとしている男の手を、後ろから伸びた手が止める。
「待って、この死骸なにか変じゃないですか?」
 後ろから声がして、オレは振り返り、驚いた。袋の中の死骸は、体がひしゃげて口からも血が溢れている。そんな光景を、顔色一つ変えずサーヤが覗き込んでいた。
「お前なにやってるんだよ!」
「なにがです?」
「女がこんな物見るなって」
 オレは袋の口を慌てて閉じた。
「男女差別はいけないんですよ」
「ガキみてぇなこと言ってんなよテメェ」
「別にいいじゃないですか。そんなことより、さっきの猫の死骸、あれおかしいです」
「おかしいって、いったいなにがだよ」
「わかりませんか? この公園の周囲は歩道に囲まれていて、車道までは距離があります。それなのに、猫の死骸はまるでなにかに轢かれたかのように激しく損傷してますよね」
 周囲を見渡したオレは、そこでようやくサーヤの言っていたおかしい点に気づいた。公園の周囲は、公園を囲むように植木が取り囲み、さらにその外側には歩道がある。つまり、猫の死骸が車に轢かれたものだとして、公園内にあるとすれば、車で轢かれた猫が歩道を飛び越えて公園まで飛んできたということになるが、さすがに物理的にありえないだろう。あと考えられるのは、猫を車かなにかで轢いてしまった人物が、その死骸を公園に移動させたとかだが、わざわざ車を停車させるような真面目な人間が供養するでもなく公園の脇に死骸をそのまま放置するようなことをするだろうか。
「じゃあなんで、猫の死骸がこんなところにあるんすかね?」
 呑気にそう聞いてきた男に対し、オレもサーヤも答えようとしなかった。それは、残された可能性を口に出したくなかったからだろう。状況から見て、この猫は事故によって命を落としたのではない。そうすると、残された可能性は一つ。それは、故意に殺害されこの場所に捨てられたということだ。だから、オレもサーヤも口を閉ざしたのだ。
 嫌な感じだ。なにかの事件の前触れでないことを願うばかりだが、こういうときの願いってやつは往々にして叶わないのが常なんだよな。



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