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彼女の優しい嘘の理由 20
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翌日も沙良は学校を休んだ。やはり数日は学校にこられないのだろう。昨日からメールを何通か送ったが、一向に返信はない。
今日という一日がとても長く感じられる。沙良と会えない日が続くというだけで、こんなにも心が磨耗するとは思いもしなかった。
家に帰るまで、俺はどれだけ溜息を吐いたかわからない。夜も更けて、ようやくうとうとし始めた頃、携帯電話の音で目が覚めた。俺は大慌てで画面を開き、一件の新着メール受信を確認した。開いてみると、相手は待ちに待った沙良からだった。
『例の場所で待ってます』
本文は、そう一言で締め括られていた。限りなく無駄をそぎ落とした内容は、だからこそ如実に状況を物語っていた。
上着を羽織って急いで家を出た俺は通い慣れた廃工場に向かう。
一人きりで身を縮めながら俺の到着を待つ沙良の姿を想像すると、自然と足が速まった。
廃工場裏のプレハブ小屋に到着し、扉を開けると、薄ぼんやりとした光が真っ先に目に飛び込んでくる。その光を掌でかかげながら茫然自失とした沙良が機材に腰掛けていた。
俺と目が合うと、途端に沙良は泣き崩れた。
彼女を抱き寄せると、数秒の沈黙のあと、ゆっくりと口を開いた。
「弟が………自殺しました」
俺の手を握り、ひとりではないことを確認するみたいに、沙良は何度も力を込めた。
「私には一つ年の離れた弟がいます。平良(たいら)、それが弟の名前です」
俺は最低限の相槌を打って、先を促した。
「平良は、私とは違ってとても頭が良いんです。本当に自慢の弟でした。お父さんもお母さんも、平良には期待していて、だから、小さい頃からずっと、遊ぶことも許されないで勉強ばかりさせられていたんです」
両親からの過度な期待と、それに答えなければならないという責任感。そして、同世代の友人との環境の違いに、沙良の弟は心を病んでしまったそうだ。
「お父さんは、平良の試験結果が少しでも下がったら怒鳴りました。いままで出来たことがなぜできなくなるんだ。そう言って、平良を叩くんですよ」
沙良は、逃げ場を求めるように視線を彷徨わせた。
「母も私も見て見ぬ振りを続けました。弟のためなんだと自分に言い聞かせて、見過ごしていたんです。それで、それで」
彼女自身、整理が付いていないのだろう。ショックを隠しきれていない様子が、言動からありありと見て取れた。
「もう十分だよ。話したくないなら話さなくていいんだ。俺は傍にいるから」
「うん」
沙良の体の震えは収まっていた。その代わりに声が震える。
「だけど、聞いて欲しいんです」
沙良が話したいというのを無理やり止めるつもりはない。俺は黙って耳を傾けた。
「発見したのは私です。夕食の時間になっても降りてこないから、私は弟の部屋に行きました。ノックしても返事がなかったから、ドアノブを捻ったんです。そうしたらなにかが引っ掛かっていて開かなくて、おかしいなって………弟は、自室のドアノブにヒモを掛けて、首を括っていたんです。人って、あんなに簡単に命を落してしまうものなんですね」
沙良は堪え切れなくなったのか、俺の胸に顔を埋めて泣いた。
俺は沙良をきつく抱き締め、言った。
「弟が死んで悲しいんだろう? 苦しいんだろう? 辛いなら思いきり叫べばいいし、悲しいなら泣けよ。俺がその間、ずっと傍にいてやるから」
「でも、私には悲しむ資格なんて」
「家族がいなくなって、どうして悲しんじゃいけないんだよ。誰かを思って泣くことに、資格なんて必要ないんだ」
「私は、悲しんでもいいのかな?」
「当たり前だ。それ以前に、もう泣いてるじゃないか」
沙良の頬を流れる涙を拭って、それを彼女自身に見せた。すんと鼻を鳴らした沙良は、次の瞬間には決壊したように泣き崩れた。
今日という一日がとても長く感じられる。沙良と会えない日が続くというだけで、こんなにも心が磨耗するとは思いもしなかった。
家に帰るまで、俺はどれだけ溜息を吐いたかわからない。夜も更けて、ようやくうとうとし始めた頃、携帯電話の音で目が覚めた。俺は大慌てで画面を開き、一件の新着メール受信を確認した。開いてみると、相手は待ちに待った沙良からだった。
『例の場所で待ってます』
本文は、そう一言で締め括られていた。限りなく無駄をそぎ落とした内容は、だからこそ如実に状況を物語っていた。
上着を羽織って急いで家を出た俺は通い慣れた廃工場に向かう。
一人きりで身を縮めながら俺の到着を待つ沙良の姿を想像すると、自然と足が速まった。
廃工場裏のプレハブ小屋に到着し、扉を開けると、薄ぼんやりとした光が真っ先に目に飛び込んでくる。その光を掌でかかげながら茫然自失とした沙良が機材に腰掛けていた。
俺と目が合うと、途端に沙良は泣き崩れた。
彼女を抱き寄せると、数秒の沈黙のあと、ゆっくりと口を開いた。
「弟が………自殺しました」
俺の手を握り、ひとりではないことを確認するみたいに、沙良は何度も力を込めた。
「私には一つ年の離れた弟がいます。平良(たいら)、それが弟の名前です」
俺は最低限の相槌を打って、先を促した。
「平良は、私とは違ってとても頭が良いんです。本当に自慢の弟でした。お父さんもお母さんも、平良には期待していて、だから、小さい頃からずっと、遊ぶことも許されないで勉強ばかりさせられていたんです」
両親からの過度な期待と、それに答えなければならないという責任感。そして、同世代の友人との環境の違いに、沙良の弟は心を病んでしまったそうだ。
「お父さんは、平良の試験結果が少しでも下がったら怒鳴りました。いままで出来たことがなぜできなくなるんだ。そう言って、平良を叩くんですよ」
沙良は、逃げ場を求めるように視線を彷徨わせた。
「母も私も見て見ぬ振りを続けました。弟のためなんだと自分に言い聞かせて、見過ごしていたんです。それで、それで」
彼女自身、整理が付いていないのだろう。ショックを隠しきれていない様子が、言動からありありと見て取れた。
「もう十分だよ。話したくないなら話さなくていいんだ。俺は傍にいるから」
「うん」
沙良の体の震えは収まっていた。その代わりに声が震える。
「だけど、聞いて欲しいんです」
沙良が話したいというのを無理やり止めるつもりはない。俺は黙って耳を傾けた。
「発見したのは私です。夕食の時間になっても降りてこないから、私は弟の部屋に行きました。ノックしても返事がなかったから、ドアノブを捻ったんです。そうしたらなにかが引っ掛かっていて開かなくて、おかしいなって………弟は、自室のドアノブにヒモを掛けて、首を括っていたんです。人って、あんなに簡単に命を落してしまうものなんですね」
沙良は堪え切れなくなったのか、俺の胸に顔を埋めて泣いた。
俺は沙良をきつく抱き締め、言った。
「弟が死んで悲しいんだろう? 苦しいんだろう? 辛いなら思いきり叫べばいいし、悲しいなら泣けよ。俺がその間、ずっと傍にいてやるから」
「でも、私には悲しむ資格なんて」
「家族がいなくなって、どうして悲しんじゃいけないんだよ。誰かを思って泣くことに、資格なんて必要ないんだ」
「私は、悲しんでもいいのかな?」
「当たり前だ。それ以前に、もう泣いてるじゃないか」
沙良の頬を流れる涙を拭って、それを彼女自身に見せた。すんと鼻を鳴らした沙良は、次の瞬間には決壊したように泣き崩れた。
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