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嘘に足はない 2
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翌朝。クラスの話題は、ぼくに彼女ができた事実に集中した。翌朝とは、高槻先輩に告白された翌日である。
朝から、まだ入学して間もないということもあり、話したこともないクラスメイトから囲まれるようにして質問責めにあった。けれど、答えられるようなことなどあまりない。
昨日は告白の答えを聞くと、彼女はそのまま部活動に行ってしまったし、今朝だって朝練があるらしく挨拶すら交わしていない。
正直、付き合っているという実感がまだなかった。
「よっ、有名人」
ぽんと肩を叩かれ振り返ると、そこにはクラスメイト、加藤辰也(かとうたつや)の姿があった。
ぼくは溜息を吐いて言った。
「やめてよ、茶化すのは」
「そんなこと言ったって、相手は〝あの〟高槻先輩だろ? 騒ぎにもなるさ」
「あの人、そんなに有名人なの?」
「なんだよおい。お前がそういうことに疎いのは知ってたけど、高槻先輩を知らないのはさすがにヤバいって。俺のじいちゃんと情報レベル一緒だよ」
「高校生の情報に興味示すとか、辰也のじいさん精神年齢どんだけ若いんだよ」
皮肉を込めたぼくの言葉を無視して、辰也は高槻泉という女性について語りだした。
―――才色兼備にして、人当たりの良い性格をした女性で、しかも部活動でも良い成績を残しているという。
「部活、か。へえ、高槻先輩、バレー部なんだ」
ぼくは得心がいって頷いた。確かに、彼女は女性の中に入ったら高身長の部類だろう。中学を卒業したばかりのぼくと並ぶと、その身長差にげんなりしてしまうが、それは今後訪れるであろう成長期に期待するとしよう。
同時に、スラリと伸びた彼女の手足が思い起こされ、思わず赤面してしまう。
ぼくをまじまじ眺めていた辰也は、まるで深淵な謎を解き明かしたかのように深く頷いた。
「それにしても意外だったよ。高槻先輩の好みは、なよなよして男らしくないタイプなんだな」
ぼくが一番気にしていることを、辰也は無遠慮に言ってのけた。
高校生になれば少しは男らしい顔つきや体格になると期待していたが、いまだに私服で街を歩いているとボーイッシュな女性に間違われることがある。高槻先輩は自分のどこに魅力を感じて交際を持ちかけてきたのか、ぼくから言わせればまるでわからなかった。
その日の放課後、ぼくはあらためて高槻先輩と会うことになった。今日は部活動が休みらしく、二人で下校路を並んで歩く。
不意に名前を呼ばれ、はい、とぼくが返事すると、高槻先輩はくすくすと笑う。
「なあに、そんなにかしこまって。あたしたち付き合ってるんだよ。そんなに固くなることないじゃない」
そう言われても、先輩相手に良い距離感というのがなかなか測れずにいた。ぼくは取り敢えず首肯することで、その場をやり過ごした。
その後もぎこちない会話が続き、やがて業を煮やしたように、高槻先輩は、「提案なんだけど」と言って立ち止まった。
振り向こうとしたぼくの手をぐいと取ると、強気な口調で彼女は言う。
「手を繋いで帰らない?」
恥ずかしい気持ちはもちろんあったが、その提案を跳ね除けるだけの材料をぼくは持ち合わせていない。
傍から見たらリードに繋がれた犬の散歩のようにぐいぐいと高槻先輩に手を引かれながら、うつむき歩く。
高槻泉という人間には、周囲の目など、どうということはないのだ。
「そういえば聞いてなかったよね? 家族構成とか」
なんで家族構成なんて知りたがるのだろう。怖い。紹介とかさせられるのかな。
だが、隠す理由もないので、ぼくは数瞬の間を置いて「四人家族で、両親と姉が一人居ます」と答えた。
「やっぱりお姉さんいるんだ。君って見るからに弟って感じだよね。可愛いもん」
あまりそう表現されることが好きじゃないため、思わずむすっとした表情になったのだろう、高槻先輩は「ごめんごめん」とカラカラ笑った。
「ねえ、中学で部活とかやってなかったの? 高校ではなにか入るつもりないの?」
それにしても質問攻めだな、と若干辟易しながらぼくは考える。中学時代は家庭科部に所属していたが、そう答えるのは少し抵抗があった。男子が所属する部活としては異例だろうし、さっき可愛いなんて言われた直後だ。
だが、残念ながら興味津々といった様子の先輩に対して、曖昧に誤魔化すこともできず、溜息をこぼしながら答える。
小さい頃から、姉の影響で人形遊びやおままごとに付き合わされ、そのまま成長したぼくは中学に上がる頃には裁縫などが楽しくて仕方なく、男子と遊ぶよりも女子の中に混じって遊ぶことが多かった。家庭科部に入部することになったのはその影響だった。
だが、ぼく自身そのことをそれほど悪いことだとは認識していなかった。確かに部員一二名の内、男子はただひとりだったが、それを許してくれる周囲に恵まれていたと今なら思える。
しかし、そんな中学時代を送っていたたからか、男子生徒からひどくバカにされ、迫害を受けた。女男とからかわれ、何度も悔しい思いをした。
親の勧めもあって猛勉強し、レベルの高い私立高校に進学することで昔のぼくを知る者はいなくなった。だから、裁縫が趣味などと軽はずみなことは口にしない。殊更に高校という場所は、周囲から外れる者を容赦なくつまはじきにする場所らしいから。だからぼくは、部活には入らないと答えた。
自分の興味と周囲の常識がかけ離れているため、それを曲げてまで無駄な時間を過ごしたくないと思ったのだ。
「そっか。でも、そんなにあっさり可能性を捨てるものじゃないと思うよ。ウチの高校、私立だから部活動とか同好会にかなり力を入れてて珍しい部もたくさんあるの。まあ中には存在意義がわからない団体もあるけどね」
その一例として挙がったのがミステリーサークル。
ぼくは鞄を取り出すと、入学案内と一緒に渡された小冊子を捲る。五十音順で並んだ部活・同好会・サークルの紹介数は四三。確かに高校としてはかなり多い方だろう。目次の中からミステリーサークルを探すも、名前は載っていなかった。
高槻先輩は小冊子を覗き込むと、溜息を吐いた。
「あのサークルも懲りないね」
そう言って、パラパラとページを操ると、やがて目的のところで手が止まる。
ぼくがそのページを覗き込むと、ページいっぱいに幾何学模様の円が描かれており『この謎が解けた者のみに入部の許可を与える』という意味不明な文字が書かれていた。
「いや、この謎もなにも。これってミステリーサークルでしょ? 畑にUFOが描くっていうやつ。それをもじってる訳ですか」
謎というほどのこともないだろうと思った。
「そう。このサークル、毎年こんな馬鹿な部活の紹介ページを用意するものだから、理解されなくて入部してくれる学生がいないのよ」
「いやまあ、そもそも謎が解けても入ろうとする人なんていないと思いますけどね。胡散臭いですし」
その言葉に、高槻先輩は同意して破顔する。
「でもきっと君の興味を惹くものが見つかるよ。だって、これだけ沢山のコミュニティがあるんだから」
それに、と高槻先輩は頬を赤らめながら言った。
「部活が駄目だったら私は? 私のことに、興味を持ってくれたらいいじゃない」
あまりに気恥ずかしくなる言葉に、ぼくは思わず顔を逸らした。
朝から、まだ入学して間もないということもあり、話したこともないクラスメイトから囲まれるようにして質問責めにあった。けれど、答えられるようなことなどあまりない。
昨日は告白の答えを聞くと、彼女はそのまま部活動に行ってしまったし、今朝だって朝練があるらしく挨拶すら交わしていない。
正直、付き合っているという実感がまだなかった。
「よっ、有名人」
ぽんと肩を叩かれ振り返ると、そこにはクラスメイト、加藤辰也(かとうたつや)の姿があった。
ぼくは溜息を吐いて言った。
「やめてよ、茶化すのは」
「そんなこと言ったって、相手は〝あの〟高槻先輩だろ? 騒ぎにもなるさ」
「あの人、そんなに有名人なの?」
「なんだよおい。お前がそういうことに疎いのは知ってたけど、高槻先輩を知らないのはさすがにヤバいって。俺のじいちゃんと情報レベル一緒だよ」
「高校生の情報に興味示すとか、辰也のじいさん精神年齢どんだけ若いんだよ」
皮肉を込めたぼくの言葉を無視して、辰也は高槻泉という女性について語りだした。
―――才色兼備にして、人当たりの良い性格をした女性で、しかも部活動でも良い成績を残しているという。
「部活、か。へえ、高槻先輩、バレー部なんだ」
ぼくは得心がいって頷いた。確かに、彼女は女性の中に入ったら高身長の部類だろう。中学を卒業したばかりのぼくと並ぶと、その身長差にげんなりしてしまうが、それは今後訪れるであろう成長期に期待するとしよう。
同時に、スラリと伸びた彼女の手足が思い起こされ、思わず赤面してしまう。
ぼくをまじまじ眺めていた辰也は、まるで深淵な謎を解き明かしたかのように深く頷いた。
「それにしても意外だったよ。高槻先輩の好みは、なよなよして男らしくないタイプなんだな」
ぼくが一番気にしていることを、辰也は無遠慮に言ってのけた。
高校生になれば少しは男らしい顔つきや体格になると期待していたが、いまだに私服で街を歩いているとボーイッシュな女性に間違われることがある。高槻先輩は自分のどこに魅力を感じて交際を持ちかけてきたのか、ぼくから言わせればまるでわからなかった。
その日の放課後、ぼくはあらためて高槻先輩と会うことになった。今日は部活動が休みらしく、二人で下校路を並んで歩く。
不意に名前を呼ばれ、はい、とぼくが返事すると、高槻先輩はくすくすと笑う。
「なあに、そんなにかしこまって。あたしたち付き合ってるんだよ。そんなに固くなることないじゃない」
そう言われても、先輩相手に良い距離感というのがなかなか測れずにいた。ぼくは取り敢えず首肯することで、その場をやり過ごした。
その後もぎこちない会話が続き、やがて業を煮やしたように、高槻先輩は、「提案なんだけど」と言って立ち止まった。
振り向こうとしたぼくの手をぐいと取ると、強気な口調で彼女は言う。
「手を繋いで帰らない?」
恥ずかしい気持ちはもちろんあったが、その提案を跳ね除けるだけの材料をぼくは持ち合わせていない。
傍から見たらリードに繋がれた犬の散歩のようにぐいぐいと高槻先輩に手を引かれながら、うつむき歩く。
高槻泉という人間には、周囲の目など、どうということはないのだ。
「そういえば聞いてなかったよね? 家族構成とか」
なんで家族構成なんて知りたがるのだろう。怖い。紹介とかさせられるのかな。
だが、隠す理由もないので、ぼくは数瞬の間を置いて「四人家族で、両親と姉が一人居ます」と答えた。
「やっぱりお姉さんいるんだ。君って見るからに弟って感じだよね。可愛いもん」
あまりそう表現されることが好きじゃないため、思わずむすっとした表情になったのだろう、高槻先輩は「ごめんごめん」とカラカラ笑った。
「ねえ、中学で部活とかやってなかったの? 高校ではなにか入るつもりないの?」
それにしても質問攻めだな、と若干辟易しながらぼくは考える。中学時代は家庭科部に所属していたが、そう答えるのは少し抵抗があった。男子が所属する部活としては異例だろうし、さっき可愛いなんて言われた直後だ。
だが、残念ながら興味津々といった様子の先輩に対して、曖昧に誤魔化すこともできず、溜息をこぼしながら答える。
小さい頃から、姉の影響で人形遊びやおままごとに付き合わされ、そのまま成長したぼくは中学に上がる頃には裁縫などが楽しくて仕方なく、男子と遊ぶよりも女子の中に混じって遊ぶことが多かった。家庭科部に入部することになったのはその影響だった。
だが、ぼく自身そのことをそれほど悪いことだとは認識していなかった。確かに部員一二名の内、男子はただひとりだったが、それを許してくれる周囲に恵まれていたと今なら思える。
しかし、そんな中学時代を送っていたたからか、男子生徒からひどくバカにされ、迫害を受けた。女男とからかわれ、何度も悔しい思いをした。
親の勧めもあって猛勉強し、レベルの高い私立高校に進学することで昔のぼくを知る者はいなくなった。だから、裁縫が趣味などと軽はずみなことは口にしない。殊更に高校という場所は、周囲から外れる者を容赦なくつまはじきにする場所らしいから。だからぼくは、部活には入らないと答えた。
自分の興味と周囲の常識がかけ離れているため、それを曲げてまで無駄な時間を過ごしたくないと思ったのだ。
「そっか。でも、そんなにあっさり可能性を捨てるものじゃないと思うよ。ウチの高校、私立だから部活動とか同好会にかなり力を入れてて珍しい部もたくさんあるの。まあ中には存在意義がわからない団体もあるけどね」
その一例として挙がったのがミステリーサークル。
ぼくは鞄を取り出すと、入学案内と一緒に渡された小冊子を捲る。五十音順で並んだ部活・同好会・サークルの紹介数は四三。確かに高校としてはかなり多い方だろう。目次の中からミステリーサークルを探すも、名前は載っていなかった。
高槻先輩は小冊子を覗き込むと、溜息を吐いた。
「あのサークルも懲りないね」
そう言って、パラパラとページを操ると、やがて目的のところで手が止まる。
ぼくがそのページを覗き込むと、ページいっぱいに幾何学模様の円が描かれており『この謎が解けた者のみに入部の許可を与える』という意味不明な文字が書かれていた。
「いや、この謎もなにも。これってミステリーサークルでしょ? 畑にUFOが描くっていうやつ。それをもじってる訳ですか」
謎というほどのこともないだろうと思った。
「そう。このサークル、毎年こんな馬鹿な部活の紹介ページを用意するものだから、理解されなくて入部してくれる学生がいないのよ」
「いやまあ、そもそも謎が解けても入ろうとする人なんていないと思いますけどね。胡散臭いですし」
その言葉に、高槻先輩は同意して破顔する。
「でもきっと君の興味を惹くものが見つかるよ。だって、これだけ沢山のコミュニティがあるんだから」
それに、と高槻先輩は頬を赤らめながら言った。
「部活が駄目だったら私は? 私のことに、興味を持ってくれたらいいじゃない」
あまりに気恥ずかしくなる言葉に、ぼくは思わず顔を逸らした。
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