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彼女の優しい嘘の理由 11
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翌日の放課後。俺たちはいつものように教室で駄弁っていた。
「そういえばさ、更級さんとはどこまでいったの?」
艮がそれとなくを装い聞いてくる。
そんな直接的に聞かれると思っていなかった俺は、逃げ場を探すように視線を彷徨わせると、達夫と目が合った。
「どこまでって、なあ?」
「いや、俺に振るなよ」
当然のように、達夫には突き離された。
艮は俺と達夫のやり取りを見て、唇を尖らせた。
「僕たちモテない組みは恋愛に青春を捧げたりしないからいいさ。ねー、康一郎」
そう言って、康一郎の肩に手をのせる。
「いやいや、艮はともかく康一郎はより取り見取りだろう」
達夫は無遠慮にそう言って、
「顔が良くて勉強もできて、家も金持ち、おまけに生徒会長という責任ある役職まで任されている。モテない方がおかしいだろう」
「僕はともかくっていうのが聞き捨てならないけど、確かにそうだよね。康一郎なら女子の数人は侍らせていて当然だよ」
俺もその意見に同調した。彼らにそっと真実を教えてやる。
「康一郎は中学時代から相当モテてたぞ。ラブレターなんて三年間で三桁は下らないんじゃないかな」
「うそっ、なにそれマンガじゃあるまいし!」
艮の心からの叫びが教室内に響き渡った。
俺は中学時代を振り返り、ふと思ったことを口にする。
「そういえば当時、康一郎はどうして誰とも付き合わなかったんだ?」
中には容姿の優れた娘も過分にいたというのに。
康一郎はため息を吐くと言った。
「別に意味なんてない。俺はただ、自分を誤魔化してまで好きじゃない相手と付き合う器用さがないだけさ」
そして、チラと俺を見た康一郎と目が合う。彩香のことを好きだと言っていたのに、更科さんと肉体関係を持った俺をまるで責め立てているような視線に感じられ、俺はバツが悪くなって視線を外した。
「二人ともなんだよ、目で通じあったりして。あ、もしかして康一郎の好きな相手って七季だったりして」
艮がとんでもないことを口走る。馬鹿馬鹿しいと呆れていると、
「ご要望にお応えしようか?」
康一郎は、ニヒルに笑って俺の肩にそっと手を掛けた。
じゃれ合いも一段落つき、艮があっけらかんと口を開いた。
「でもさ、実際のところどうなの?」
「七季との件は冗談だ。同性愛なんて虫唾が走る」
康一郎は真面目な顔になってそう答える。
「そのことじゃなくて、好きな人っていないの?」
「そうだな。まあ、いないこともないが」
康一郎の口から信じられない言葉が飛んで、俺は驚かされる。
「そんな話、いままで聞いたことないぞ?」
「わざわざ言う必要なんてないだろう。それに、進展を望む恋でもないしな」
「なんかそれ、悲しいね」
艮の言葉に、俺は目をやった。
「康一郎は好きでもない相手とは付き合うつもりがない。それなのに本当に好きな人との進展も望まない。それってなんか悲しいよ」
「そもそも、どうして進展しないって決め付けるんだよ。そんなの告ってみないとわからないじゃないか」
慎重な艮と違い、アグレッシブな達夫らしい意見だ。
康一郎に視線を転ずると、彼は弱々しくかぶりを振っていた。
「わかるさ。その人には、好きな相手がいるんだからな」
言葉にならず、俺たちは黙り込んだ。予期せず重い空気を作り出してしまった康一郎は、責任を感じたのか、手を打った。
「もうこの話は止めだ。また江頭先生に怒られる前に帰るぞ」
その後、皆が教室をあとにするなか、俺だけ残って時間を潰した。いつもみたいに家を遠ざけるようなネガティブな理由ではなく、今日は女子テニス部の練習が終わるのを待っているのだ。
その理由はもちろん、更級さんと一緒に帰る約束をしたからだ。誘ったのは俺の方だった。彼女の両親が下した謹慎処分は、無断外泊をして数日経ったいまでも解けていない。必然的に、俺と更級さんが会える時間は学校に集約されてしまう。授業の時間を考えると、昼休みだけが二人きりになれる唯一の時間だ。当初からは考えられない話だが、その時間がとても短く思えてならなかった。
そのことでよく更級さんは謝ってくる。家の規則が厳しいせいで会える時間が取れないのが申し訳ないと言って。だから、彼女との貴重な時間をどうしたら増やせるか、その方法を俺は考えた。結果として放課後に落ち合って一緒に帰ろうという話になったのだ。
場所を移動して正門の前に立つと、吹き荒ぶ冷風に身を切られる思いになった。少し早く待ち合わせ場所に来すぎてしまっただろうかと後悔したが、しかし更級さんにこの辛さを味わわせることを思うと、このくらいの寒さは苦にもならなかった。
「ごめんなさい、お待たせしました」
急いで駆け付けたのか、白い息を吐き出しながら更級さんはやってきた。その上目遣いに、思わずドキッとしながら俺は答えた。
「いや、俺も着いたばかりだから」
「ハッ、お決まりの台詞ですね」
いきなり、ふてぶてしい声がどこからか聞こえてきた。声の方に目を向けると、更級さんの背後に人の影が垣間見えた。
「ちょっと、奏ちゃん!」
更級さんは、即座に振り返り、声の主を諌めるように言った。声の主は、更級さんの後ろから出てきて、その隣に並んだ。
「お久しぶりです、藪坂先輩」
そう言って顔を出した女生徒を見て、俺は驚いた。
「奏子じゃないか、どうしてここに?」
そこに立っていたのは、康一郎の妹、中上奏子だった。
彼女は不服そうに顔を顰め、言った。
「それはこっちの台詞です。どうして更級先輩と藪坂先輩が一緒に帰ることになってるんですか?」
付き合っていることを端的に述べると、俺と更級さんの帰宅に奏子はついてこようとする。それには更級さんが黙っていなかった。
「やっぱり駄目だよ。奏ちゃんごめんね。今日は藪坂君と二人で帰らせて」
その言葉を聞いた途端、奏子の目がハ虫類のようにギョロリと動き、俺の姿を捉える。容姿が優れている分、睨むと迫力が出る。その瞳には憎しみが込められていた。
なぜそこまで奏子に嫌われているのか検討も付かない。昔はここまで敵意を剥き出しにする子ではなかったのに、と懐古する。
更級さんに拝まれ、奏子は根負けしたのか、深い溜息を吐いた。それから、更級さんにだけ丁寧なお辞儀をすると、そそくさと奏子は立ち去ってしまう。すれ違いざま、軽い会釈をする振りで俺のことを睥睨してきたのを、確かに見逃さなかった。
あそこまで恨まれることを俺はしただろうかと、首をひねった。
「そういえばさ、更級さんとはどこまでいったの?」
艮がそれとなくを装い聞いてくる。
そんな直接的に聞かれると思っていなかった俺は、逃げ場を探すように視線を彷徨わせると、達夫と目が合った。
「どこまでって、なあ?」
「いや、俺に振るなよ」
当然のように、達夫には突き離された。
艮は俺と達夫のやり取りを見て、唇を尖らせた。
「僕たちモテない組みは恋愛に青春を捧げたりしないからいいさ。ねー、康一郎」
そう言って、康一郎の肩に手をのせる。
「いやいや、艮はともかく康一郎はより取り見取りだろう」
達夫は無遠慮にそう言って、
「顔が良くて勉強もできて、家も金持ち、おまけに生徒会長という責任ある役職まで任されている。モテない方がおかしいだろう」
「僕はともかくっていうのが聞き捨てならないけど、確かにそうだよね。康一郎なら女子の数人は侍らせていて当然だよ」
俺もその意見に同調した。彼らにそっと真実を教えてやる。
「康一郎は中学時代から相当モテてたぞ。ラブレターなんて三年間で三桁は下らないんじゃないかな」
「うそっ、なにそれマンガじゃあるまいし!」
艮の心からの叫びが教室内に響き渡った。
俺は中学時代を振り返り、ふと思ったことを口にする。
「そういえば当時、康一郎はどうして誰とも付き合わなかったんだ?」
中には容姿の優れた娘も過分にいたというのに。
康一郎はため息を吐くと言った。
「別に意味なんてない。俺はただ、自分を誤魔化してまで好きじゃない相手と付き合う器用さがないだけさ」
そして、チラと俺を見た康一郎と目が合う。彩香のことを好きだと言っていたのに、更科さんと肉体関係を持った俺をまるで責め立てているような視線に感じられ、俺はバツが悪くなって視線を外した。
「二人ともなんだよ、目で通じあったりして。あ、もしかして康一郎の好きな相手って七季だったりして」
艮がとんでもないことを口走る。馬鹿馬鹿しいと呆れていると、
「ご要望にお応えしようか?」
康一郎は、ニヒルに笑って俺の肩にそっと手を掛けた。
じゃれ合いも一段落つき、艮があっけらかんと口を開いた。
「でもさ、実際のところどうなの?」
「七季との件は冗談だ。同性愛なんて虫唾が走る」
康一郎は真面目な顔になってそう答える。
「そのことじゃなくて、好きな人っていないの?」
「そうだな。まあ、いないこともないが」
康一郎の口から信じられない言葉が飛んで、俺は驚かされる。
「そんな話、いままで聞いたことないぞ?」
「わざわざ言う必要なんてないだろう。それに、進展を望む恋でもないしな」
「なんかそれ、悲しいね」
艮の言葉に、俺は目をやった。
「康一郎は好きでもない相手とは付き合うつもりがない。それなのに本当に好きな人との進展も望まない。それってなんか悲しいよ」
「そもそも、どうして進展しないって決め付けるんだよ。そんなの告ってみないとわからないじゃないか」
慎重な艮と違い、アグレッシブな達夫らしい意見だ。
康一郎に視線を転ずると、彼は弱々しくかぶりを振っていた。
「わかるさ。その人には、好きな相手がいるんだからな」
言葉にならず、俺たちは黙り込んだ。予期せず重い空気を作り出してしまった康一郎は、責任を感じたのか、手を打った。
「もうこの話は止めだ。また江頭先生に怒られる前に帰るぞ」
その後、皆が教室をあとにするなか、俺だけ残って時間を潰した。いつもみたいに家を遠ざけるようなネガティブな理由ではなく、今日は女子テニス部の練習が終わるのを待っているのだ。
その理由はもちろん、更級さんと一緒に帰る約束をしたからだ。誘ったのは俺の方だった。彼女の両親が下した謹慎処分は、無断外泊をして数日経ったいまでも解けていない。必然的に、俺と更級さんが会える時間は学校に集約されてしまう。授業の時間を考えると、昼休みだけが二人きりになれる唯一の時間だ。当初からは考えられない話だが、その時間がとても短く思えてならなかった。
そのことでよく更級さんは謝ってくる。家の規則が厳しいせいで会える時間が取れないのが申し訳ないと言って。だから、彼女との貴重な時間をどうしたら増やせるか、その方法を俺は考えた。結果として放課後に落ち合って一緒に帰ろうという話になったのだ。
場所を移動して正門の前に立つと、吹き荒ぶ冷風に身を切られる思いになった。少し早く待ち合わせ場所に来すぎてしまっただろうかと後悔したが、しかし更級さんにこの辛さを味わわせることを思うと、このくらいの寒さは苦にもならなかった。
「ごめんなさい、お待たせしました」
急いで駆け付けたのか、白い息を吐き出しながら更級さんはやってきた。その上目遣いに、思わずドキッとしながら俺は答えた。
「いや、俺も着いたばかりだから」
「ハッ、お決まりの台詞ですね」
いきなり、ふてぶてしい声がどこからか聞こえてきた。声の方に目を向けると、更級さんの背後に人の影が垣間見えた。
「ちょっと、奏ちゃん!」
更級さんは、即座に振り返り、声の主を諌めるように言った。声の主は、更級さんの後ろから出てきて、その隣に並んだ。
「お久しぶりです、藪坂先輩」
そう言って顔を出した女生徒を見て、俺は驚いた。
「奏子じゃないか、どうしてここに?」
そこに立っていたのは、康一郎の妹、中上奏子だった。
彼女は不服そうに顔を顰め、言った。
「それはこっちの台詞です。どうして更級先輩と藪坂先輩が一緒に帰ることになってるんですか?」
付き合っていることを端的に述べると、俺と更級さんの帰宅に奏子はついてこようとする。それには更級さんが黙っていなかった。
「やっぱり駄目だよ。奏ちゃんごめんね。今日は藪坂君と二人で帰らせて」
その言葉を聞いた途端、奏子の目がハ虫類のようにギョロリと動き、俺の姿を捉える。容姿が優れている分、睨むと迫力が出る。その瞳には憎しみが込められていた。
なぜそこまで奏子に嫌われているのか検討も付かない。昔はここまで敵意を剥き出しにする子ではなかったのに、と懐古する。
更級さんに拝まれ、奏子は根負けしたのか、深い溜息を吐いた。それから、更級さんにだけ丁寧なお辞儀をすると、そそくさと奏子は立ち去ってしまう。すれ違いざま、軽い会釈をする振りで俺のことを睥睨してきたのを、確かに見逃さなかった。
あそこまで恨まれることを俺はしただろうかと、首をひねった。
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