彼女の優しい理由

諏訪錦

文字の大きさ
上 下
4 / 57

彼女の優しい嘘の理由 3

しおりを挟む
 康一郎と別れてコンビニに立ち寄った。店に入ると、同世代の女性店員がレジに立っている。彼女と目が合い、軽く会釈をすると、相手も俺の存在に気付いてにこやかに会釈を返してくる。
 毎日のように訪れている内に、そのコンビニ店員と不思議な顔馴染みになっていた。髪を薄ら茶色に染色し、厚手の化粧で顔を飾ったその女性は、俺の知るかぎり同じ高校に通う生徒ではない。あんな派手な学生がいたら一目で記憶に残るはずだ。
 そのまま迷うことなく雑誌が陳列されているコーナーに向かい、俺は思った。これが帰宅することへの拒否反応なのだな、と。別に普段から熱心に読んでいる雑誌があるわけでもないのに、体は自然と陳列棚に向かい、漫画雑誌を手に取っていた。ぱらぱらと悪戯に頁を捲るが、連載作品は日頃から熱心に読んでいないのでまるで内容が理解できなかった。分厚い雑誌の中ほどまで捲ったとき、そこに読み切り漫画が載っているのを発見して目を落す。
 暇つぶしには丁度良い。そう思い、十ページ足らずで結末を迎えてしまう世界の物語を読み進めた。
 俺は基本的に活字が苦手だ。漫画の会話文ですら読み飛ばしてしまうことがある。だから漫画の単行本は買わないし、活字で構成されている小説などは論外だ。手に取ろうとも思わない。友人に勧められて、何冊か小説を読もうとしたこともあるのだが、それが俺の読書嫌いを加速させる結果となった。俺が読み始めるのなら、児童文学レベルから始める必要があったのだろう。
 しかし、そんなことはお構いなしに、友人は押し売りのごとく本を貸しにやってきた。俺の感想が聞きたいと言って、次々に。
 結局、それらの本が物語として頭の中に昇華されることはなかった。友人の落胆の表情を、いまでも忘れない。それが初恋・・の相手ともなれば尚更だ。俺に本を貸してくれたのは、幼馴染の枯井戸彩香だった。好きな相手の持ってきてくれた物だから、読めもしないのに本を受け取ってしまう。彼女が読んで思いを馳せたそれらの物語を、自分も共有したいと考えるのは自然なことだ。しかし、それでも集中力は持続しない。俺には活字を読んで情景を認識することができないのだ。
 あとになって、俺が読字理解能力に若干の障害があることが明らかになってからは、彩香も本を貸しにやってこなくなった。彼女は申し訳なさそうに、俺に対して陳謝するばかりだった。

『何も知らなくて……』

 その謝罪の言葉が、俺をより惨めな思いにさせた。好きだった女性にそう言われるのは堪える。俺たちの関係は所詮その程度。幼馴染とは互いを知り尽くしているようで、本当は遠い関係にあるということを理解した出来事だった。
しおりを挟む

処理中です...