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後篇
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「いいから部屋に戻れ、リョウ」
「なんでだよ、迷惑かけないんなら何してもいいって言ってたじゃん」
「おまえがここにいることで、ここにいる者たちに迷惑がかかっているとは考えられないのか」
「嫌味言いにきたの? だって今俺やることないし、暇なんだもん」
「僕も暇だ」
「そうなんだ」
「今、暇だ」
「へえ」
「今、時間が、空いている」
「えと、うん、そっか」
「……おまえも暇なんだろう」
「ごめん意味わかんない、何が言いたいの?」
しかし、それは仕方のないことなのかもしれない。
なにしろこれまで他人に、それこそ愛人の1人にだって関心を寄せるどころか、嫉妬なんて感情すらも抱いてこなかったであろう我がお屋敷のご主人様が、だ。
興味のないものにはとことん冷たくする冷酷・冷徹・冷血の三拍子そろったアレクシス・チェンバレーという男が、忌人、稀人嫌いで有名だったこの男が、稀人であるリョウヤのことが気になって気になって仕方がなくなるなんて、一体誰が予想できていただろう。
彼の幼少期を知る使用人ですら、欠片も想像していなかった事態なのだ。当の本人が、アレクシスから向けられる恋愛感情にさっぱり気付かないのも無理はない。
特にアレクシスは、素直ではない。
一応夫婦という間柄なのだからさっさと想いを告げればいいものを、これまで殊更に冷遇……の一言では済まされないようなことを散々しでかしてきた己の妻に、どういった態度を取ればいいのかわからないようだ。
もしかしたら、告げる勇気がないのかもしれない。
だからこそこうして、リョウヤの向かう場所に頻繁に出没しては、少しでも「普通に」会話をする時間を確保しようと、ちょっかいをかけまくっている。
そしてそんな主人の滑稽さを、使用人の誰もが指摘できないでいる。
対してリョウヤは、目の前の青年の鬱陶しさに辟易していた。
つまり暇だから嫌味を言いにきたというわけか。しかもわざわざリョウヤを探してまで……やっぱりクズ野郎だなこいつ。それか、お互い暇なんだから──そこでああ、と思い当たった。
なるほど。つまり部屋に戻れとはそう言う意味か。
ならばここで口にするのを渋っていた理由も、それなりには納得できる。
リョウヤは声を潜めた。
「あの、さ、昼はちょっと困るんだけど」
「何がだ」
「夜にしよーぜ? 俺まだ腰痛いし怠いし……あっ、わかってるよ? アレクがやるっていうなら俺は黙って股開くだけだし。そーゆー約束だから。でもさ」
全てを言い終える前に、ガァァンと甲高い音を立てて男の足元にあった金属のバケツが転がった。そこから麦や豆類などが混ぜ込まれた餌が零れて、地面に広がる。
「あー! 餌が!」
「──おまえは、人を色情魔かなにかだと思ってるのか!」
「そうじゃん!」
「違う!」
「うるさっ……っつーか、そうやってすぐ蹴っ飛ばして物に当たる癖なんとかしろよ、短気は損気だって言ったろ!?」
「黙れ!」
「そうやってすぐ怒鳴るのもだよ! その足癖本当にどうにかなんないわけ? みんな怯えるだろーがっ、馬はあんたと違って繊細な生き物なんだからな!」
僕だって繊細だ、とかなんとかぶつぶつ言い始めたクズ旦那様は放っておき、腕一杯に抱えていた藁を置いて、餌をバケツに戻しにかかった。
アレクシスと体の関係を持ち始めてからもう半年になる。
そこそこ長い間、愛のないセックスを続行し続けているが、いまだに懐妊には至っていない。
リョウヤに問題があるのかアレクシスに問題があるのかはわからないが、最近ではアレクシスも思うところがあるのか、始めの頃のように過激で乱暴なセックスは強要してこなくなった。
きっと妊娠に至らないのは、自分の手酷い抱き方に問題があるのかもしれないなんて考えたのだろう。しかしその分、なんというか……執拗に、快楽を煽るような触れ方をしてくるようになった。
前戯も、やたらとねちっこい。
最初の頃のように、終わった後に熱が出たり、次の日ベッドから起き上がれなくなるほどの苦しみはなくなったけれども、毎晩精魂尽き果てるまで何度も何度も挑まれるので疲れる。
特に休日の前の晩は朝方まで解放してもらえず、つまり昨晩も体を酷使されすぎてヘトヘトというわけだ。
今だって歩くのが若干億劫なほどに。
しかもだ、アレクシスの部屋での交わりが終わった後は、すぐさま自室に戻るのが常だったのだが、何をどう血迷ったのか、彼の部屋で寝ることを強いられることが多くなった。
アレクシスと、同じベッドで寝るというのは、2人で浴槽に浸かる以上の苦行である。昨晩もそうだった。なるべく離れて背を向けて眠ったが、ひしひしと背中に視線は感じるし緊張して体がバキバキだ。
なんでだよと理由を問えば、顔も見ずに。
『……朝、起きた時に隣にいた方が使い易いからな』
と、最悪、本当に最悪なことを言われた。
つまり、朝に生理現象が起こった時に傍にいないと、部屋まで行って突っ込まなければならないので面倒臭い、ということである。まだ起き抜けに使われたことはないが、アレクシスほど無神経な男と出会ったことがない。
いっぺん死なねーかなこいつ、と内心で罵ってしまったリョウヤを誰も責められまい。
しかも最近わかったことだが、アレクシスはかなり寝相が悪い。ベッドの端で距離を置いて眠っていたはずなのに、朝起きると体に腕が巻き付いていることも頻繁にあった。
寝返りも打てないし、ガッチリホールドされているしトイレにも行けない。離れろよ、と押しのけようとすると、さらに絡まってくるのだ。
途中から絶対起きてるくせに、人を丁度いい抱き枕扱いしやがって。
いつも同じ時間帯に目が覚めてしまうし、一度起きたらばっちり目が冴えてしまうので、ベッドから起き上がれないというのは本当に苦痛だ。
苦情を申し立てれば、じっと顔を見られて。
『おまえが睡眠不足だと締まりが悪くなる。だからまだ寝ていろ。僕がいいと言うまで起きるな』
と、最低、本当に最低なことを言われた。
どうせ今晩もめちゃくちゃに扱われるのだ。せめて夜までは休みたい。
もちろんリョウヤだってさっさと跡継ぎを産んで自由になりたいし、アレクシスも早くチェンバレー家の嫡子が欲しくて欲しくて必死なのだろう。
それに、アレクシスも欲求不満なのもわかる。なにしろ、好きでもない相手と体を繋げなければならないのだから。だからこそ、リョウヤは日々旦那様の有り余る性欲を我慢強く受け入れていたが、限度というものがある。
なにしろ回数が多いのだ。前よりも2.5倍くらい多くなった。
切実に、3日にいっぺんぐらい娼館で処理してきてほしかった。
それか愛人の数を増やすか。
「なんでだよ、迷惑かけないんなら何してもいいって言ってたじゃん」
「おまえがここにいることで、ここにいる者たちに迷惑がかかっているとは考えられないのか」
「嫌味言いにきたの? だって今俺やることないし、暇なんだもん」
「僕も暇だ」
「そうなんだ」
「今、暇だ」
「へえ」
「今、時間が、空いている」
「えと、うん、そっか」
「……おまえも暇なんだろう」
「ごめん意味わかんない、何が言いたいの?」
しかし、それは仕方のないことなのかもしれない。
なにしろこれまで他人に、それこそ愛人の1人にだって関心を寄せるどころか、嫉妬なんて感情すらも抱いてこなかったであろう我がお屋敷のご主人様が、だ。
興味のないものにはとことん冷たくする冷酷・冷徹・冷血の三拍子そろったアレクシス・チェンバレーという男が、忌人、稀人嫌いで有名だったこの男が、稀人であるリョウヤのことが気になって気になって仕方がなくなるなんて、一体誰が予想できていただろう。
彼の幼少期を知る使用人ですら、欠片も想像していなかった事態なのだ。当の本人が、アレクシスから向けられる恋愛感情にさっぱり気付かないのも無理はない。
特にアレクシスは、素直ではない。
一応夫婦という間柄なのだからさっさと想いを告げればいいものを、これまで殊更に冷遇……の一言では済まされないようなことを散々しでかしてきた己の妻に、どういった態度を取ればいいのかわからないようだ。
もしかしたら、告げる勇気がないのかもしれない。
だからこそこうして、リョウヤの向かう場所に頻繁に出没しては、少しでも「普通に」会話をする時間を確保しようと、ちょっかいをかけまくっている。
そしてそんな主人の滑稽さを、使用人の誰もが指摘できないでいる。
対してリョウヤは、目の前の青年の鬱陶しさに辟易していた。
つまり暇だから嫌味を言いにきたというわけか。しかもわざわざリョウヤを探してまで……やっぱりクズ野郎だなこいつ。それか、お互い暇なんだから──そこでああ、と思い当たった。
なるほど。つまり部屋に戻れとはそう言う意味か。
ならばここで口にするのを渋っていた理由も、それなりには納得できる。
リョウヤは声を潜めた。
「あの、さ、昼はちょっと困るんだけど」
「何がだ」
「夜にしよーぜ? 俺まだ腰痛いし怠いし……あっ、わかってるよ? アレクがやるっていうなら俺は黙って股開くだけだし。そーゆー約束だから。でもさ」
全てを言い終える前に、ガァァンと甲高い音を立てて男の足元にあった金属のバケツが転がった。そこから麦や豆類などが混ぜ込まれた餌が零れて、地面に広がる。
「あー! 餌が!」
「──おまえは、人を色情魔かなにかだと思ってるのか!」
「そうじゃん!」
「違う!」
「うるさっ……っつーか、そうやってすぐ蹴っ飛ばして物に当たる癖なんとかしろよ、短気は損気だって言ったろ!?」
「黙れ!」
「そうやってすぐ怒鳴るのもだよ! その足癖本当にどうにかなんないわけ? みんな怯えるだろーがっ、馬はあんたと違って繊細な生き物なんだからな!」
僕だって繊細だ、とかなんとかぶつぶつ言い始めたクズ旦那様は放っておき、腕一杯に抱えていた藁を置いて、餌をバケツに戻しにかかった。
アレクシスと体の関係を持ち始めてからもう半年になる。
そこそこ長い間、愛のないセックスを続行し続けているが、いまだに懐妊には至っていない。
リョウヤに問題があるのかアレクシスに問題があるのかはわからないが、最近ではアレクシスも思うところがあるのか、始めの頃のように過激で乱暴なセックスは強要してこなくなった。
きっと妊娠に至らないのは、自分の手酷い抱き方に問題があるのかもしれないなんて考えたのだろう。しかしその分、なんというか……執拗に、快楽を煽るような触れ方をしてくるようになった。
前戯も、やたらとねちっこい。
最初の頃のように、終わった後に熱が出たり、次の日ベッドから起き上がれなくなるほどの苦しみはなくなったけれども、毎晩精魂尽き果てるまで何度も何度も挑まれるので疲れる。
特に休日の前の晩は朝方まで解放してもらえず、つまり昨晩も体を酷使されすぎてヘトヘトというわけだ。
今だって歩くのが若干億劫なほどに。
しかもだ、アレクシスの部屋での交わりが終わった後は、すぐさま自室に戻るのが常だったのだが、何をどう血迷ったのか、彼の部屋で寝ることを強いられることが多くなった。
アレクシスと、同じベッドで寝るというのは、2人で浴槽に浸かる以上の苦行である。昨晩もそうだった。なるべく離れて背を向けて眠ったが、ひしひしと背中に視線は感じるし緊張して体がバキバキだ。
なんでだよと理由を問えば、顔も見ずに。
『……朝、起きた時に隣にいた方が使い易いからな』
と、最悪、本当に最悪なことを言われた。
つまり、朝に生理現象が起こった時に傍にいないと、部屋まで行って突っ込まなければならないので面倒臭い、ということである。まだ起き抜けに使われたことはないが、アレクシスほど無神経な男と出会ったことがない。
いっぺん死なねーかなこいつ、と内心で罵ってしまったリョウヤを誰も責められまい。
しかも最近わかったことだが、アレクシスはかなり寝相が悪い。ベッドの端で距離を置いて眠っていたはずなのに、朝起きると体に腕が巻き付いていることも頻繁にあった。
寝返りも打てないし、ガッチリホールドされているしトイレにも行けない。離れろよ、と押しのけようとすると、さらに絡まってくるのだ。
途中から絶対起きてるくせに、人を丁度いい抱き枕扱いしやがって。
いつも同じ時間帯に目が覚めてしまうし、一度起きたらばっちり目が冴えてしまうので、ベッドから起き上がれないというのは本当に苦痛だ。
苦情を申し立てれば、じっと顔を見られて。
『おまえが睡眠不足だと締まりが悪くなる。だからまだ寝ていろ。僕がいいと言うまで起きるな』
と、最低、本当に最低なことを言われた。
どうせ今晩もめちゃくちゃに扱われるのだ。せめて夜までは休みたい。
もちろんリョウヤだってさっさと跡継ぎを産んで自由になりたいし、アレクシスも早くチェンバレー家の嫡子が欲しくて欲しくて必死なのだろう。
それに、アレクシスも欲求不満なのもわかる。なにしろ、好きでもない相手と体を繋げなければならないのだから。だからこそ、リョウヤは日々旦那様の有り余る性欲を我慢強く受け入れていたが、限度というものがある。
なにしろ回数が多いのだ。前よりも2.5倍くらい多くなった。
切実に、3日にいっぺんぐらい娼館で処理してきてほしかった。
それか愛人の数を増やすか。
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