月に泣く

宝楓カチカ🌹

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  落ちる(2)

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「なんだ、その顔は」
「いや、だって……ど、どうしたの? 今日はなんか、喋るけど。それに、なんか……なんかさ」
「なんだ」
「あんた変だ。拾い食いでもしたの?」
「誰がするか、貴様と一緒にするな」
「俺だって拾い食いはしねーよ! 今は……」
「していたのか」
「そりゃ、孤児だったもんで」

 細くため息が漏れる。自分を知ってもらうことのなんと難しいことか。しかし意外なことに、会話を広げてきたのはリョウヤの方からだった。

「つまりさ、この部屋にあるものって……本当に、あんたが好きで集めてきたものなの?」
「そうだ」
「ふうん」

 リョウヤは顔を高く上げて、ぐるりとあたりを見回した。

「あんたの父親は、この部屋のことなんて言ってたの?」
「この部屋の存在を知っているのは、僕とクレマンだけだ」

 普段は外から見えないよう窓を塞いでいる上に、クレマンがここならバレないだろうと隠してくれた。いわば、秘密基地というやつである。
 クレマン以外の誰も連れて来たことがない。リョウヤが初めてだ。

「父は、もう寝たきりだ。別邸からここに戻すつもりもない。ここを知ることは生涯ないだろう」
「恨んでるの?」
「恨む? あれにはそんな価値すらない」

 鼻で嗤う。アレクシスは、父親をこれ以上ないほどに蔑んでいた。価値がない男になるなとアレクシスを常に抑圧してきた父親こそ、今は無価値な存在そのものなのだから。
 突然倒れてそれっきり、まともに動かぬ手足はまるで壊れた玩具。
 つまりガラクタだ。

「あれほど愚かで惨めな男は他にいない──あの館は、今は僕の城だ」

 邪魔な父親を排除し、使用人たちも一掃し、1から己の城を作り上げた。
 アレクシスは父を越えたのだ。そう自負している。

「……そう」
「何か言いたげだな」
「別に。ただ」
「ただ、なんだ」
「ううん」

 リョウヤは気持ちを切り替えるように、目についたものによっ、と手を伸ばした。

「ねえ、これはなに?」
「……」
「どこの国の物? 教えたくないんならいいけどさ」
「それは、イリニンゲという小国の小民族が使用していた、椀の欠片だ。つまりただの木屑だ」
「へえ」

 どこぞの王侯貴族が使用していたものであればまだ歴史的価値もあるが、ここにあるのはそうではない。リョウヤは並べられているものを次々と手に取ると、じっくりと観察しては元の場所に戻すを繰り返した。
 そしてふと、手を止めた。

「これ、なんかいいね」

 リョウヤが光に透かしたものは、歪な形をした陶物の破片だ。寒い地方で、動物と共に土地を移動する民族が使用していたものだと聞いている。
 用途は未だにわかっていないが、冷たすぎる雨風にさらされそれだけが残っていたようだ。
 描かれていたであろう模様も薄くなり、茶黒く汚れている。道端にでも落ちていそうだ。進んで手に取る輩はいないだろう。アレクシス、以外は。

「僕に気を使っているつもりか?」
「は?」
「やめろ、不要だ。そんなガラクタ」

 つい、鋭く言い返して視線を逸らし、葉巻をふかす。珍しく弱々しい発言をした自覚はあったので、気を使われているようで癪だったのだ。
 リョウヤは心外だとばかりに鼻を鳴らした。

「っとに、あんたって素直じゃねーよな。ひねくれすぎってよく言われない?」
「うるさい」
「図星だろ。これがガラクタなもんかよ。そりゃあカビも生えまくってるしぱっとみただの陶器の破片だし、一般的に言われてる、綺麗ってのには該当しないかもだけどさ……見なよ。ここ、穴が開いてるだろ?」 

 リョウヤが、ぐいっと破片を突き出してきた。
 確かに言われたところに、くりぬいたような小さな穴が見える。

「ほら、これをこう横にして、息を吹きかけるとさ」

 傾けた面に尖らせた唇を近づけ、ふう、と長い息を吹きかけたリョウヤ。すると、ひゅうっと空気が持ち上がるような高い音が響いた。
 ぱっと、リョウヤの顔が華やぐ。

「今の聞こえた? すっげー綺麗な音だった」

 リョウヤは薄汚れた破片を、そっと手のひらに乗せた。

「これ、もしかしたら誰かが使ってた楽器だったのかもな。自然の中で、これを吹いて誰かと音を重ねてたのかも。あ、ここに紐をひっかければネックレスにもなるね。一石二鳥ってやつだ」

 アレクシスは、意味もなくふかし続けていた葉巻煙草を、唇から離した。

「ナギサが言ってたんだ。人にも物にも、いろんな面があるんだよって。1つの側面しか見えない時であっても、ちょっと角度を変えるだけで別の面も見えるようになるんだって。俺だって、あんただって、この子にだって」

 リョウヤが破片の一面を、愛おし気に撫でた。

「俺にはさ、この小さな子がまるで、頑張って呼吸をしてるように見えるんだ……あんたには、どう見える?」

 ──目から、鱗が落ちるとはこのことだった。


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