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前篇
47.落ちる(1)
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「ここ……なに?」
最初は、陰鬱そうな薄暗さにおっかなびっくりと。
しかし、四方を囲む大きな窓に張り付けていた木板を全て取っ払い、木々の隙間から零れる外の明かりを一度入れてしまえば。
「え……うわ、すごいなにここ、どっかの店みたい!」
驚きと、歓喜と。
猫のような目をぱっと丸くさせたリョウヤに、内心で胸を撫でおろした。この部屋に入るまでは、随分と青白かった。
月桂館に連れていった時も思ったが、リョウヤは目新しいものに素直に目を輝かせる傾向がある。
小屋の奥の部屋の扉を開ければ、そこは別世界だった。エキゾチックな絨毯が床板に敷かれ、真ん中の狭い廊下を挟み、大中小様々なテーブルが左右に乱雑に並んでいる。
木のテーブルの上にはさらに棚が置かれており、様々なものが展示されていた。高い天井に取り付けた棚にもだ。つまり、四方が物で溢れているのだ。
ここまで揃えば、圧倒されるような光景だろう。
扉の外に続く廃れた小屋と、奥にひっそりと佇む明るいこの部屋と。
全体的な世界観はあまりにも一致していないが、すごいな、と背伸びをしてはしゃぐ姿は無邪気な子どものようだ。
「ただのガラクタ置き場だ」
「え、ガラクタ?」
「ああ。価値のないものの、集まりだ」
「価値、ねーの? こんなに綺麗に並べられてるのに。大事そうにされてるじゃん」
「これらは僕が……」
これを言うにはかなり勇気がいった。
腕を組んで窓際によりかかる。それでも手持ち無沙汰な気がして、酒を探しそうになったがここにはない。
ポケットに忍ばせていた一本の葉巻煙草を取り出し、火をつけて一呼吸ふかした。
「僕が集めたコレクション、だ」
「アレクの?」
「ああ」
「……意外」
素直な感想を、そうだろうなと飲み込む。
例えば、花が散り、腐れた植物を押しつぶして固めたらしい栞。どこかの貧民街の住人が描いた名も無き絵。
ゴミ箱に捨てられているような、作者不明の薄汚れカビの生えた骨董品。海外から海岸に流れついて来たのであろう、色落ちした瓶の欠片。
未開の地に潜む民族が使用していた、ひび割れた食器の残骸もある。
藁が埋め込また泥レンガの一部も、一列に並べた。
どれもこれも子どもの頃に集めたもので、1つ1つは全く価値の無いものだ。
絢爛豪華な館の内装とも180度違う。こんなものをあそこに1つでも置けば、あっという間に噂になるだろう。
チェンバレー家は、屋敷を飾りたてる装飾品すらまともに購入できなくなったのかと。
「ここにあるものは、相場的には1リネルの価値もない。僕の父は」
顔を上げれば、天井に吊るしていたものが頬にかかった。これは、葉で編み込まれ使い古された民族衣装の一部である。
つまり、ただの枯れた葉クズだ。
「……これらをガラクタと呼んだ」
『捨てろ、こんなもの。おまえには必要のないものだ』
『いいか、アレクシス。おまえはチェンバレー家の嫡子だ。無価値のものを好むということは、おまえ自身の価値も無くなるということだ』
『常に完璧でいろ。おまえは私の息子だろう。価値の無いものは我がチェンバレー家には不要だ』
『アレクシス……おまえはガラクタになりたいのか?』
元より、宝石彫刻師などが手掛けた調度品などに微塵も興味を抱かなかった。
そんなものよりも、手に取れば人が生きていた証が滲む、生活感を感じさせるものに強く惹かれた。
この部屋にある物のような。
「幼い頃に、道端に落ちていた烏の羽根を胸につけて帰ったことがある」
「カラスの、羽根?」
「気に入ったものを身に着けただけの、子どもの遊びの延長だ……けれどもあれに見つかって、引き千切られた」
意気揚々と帰宅の挨拶をしに行った途端、悪魔のような形相をした父親に愚か者が、と罵られ、羽をわし掴みにされ捨てられた。
しかもその日着ていた服も一式、燃やされた。
コートや、新調したての靴までもだ。
白いシャツの襟元についている赤いブローチを、手に取る。
「変わりに宛がわれたのがこのブローチだ。レッドダイヤモンド。世界に数個とない、希少価値の高い宝石らしいが……僕にとってはあまり興味のないものだ」
『私を失望させるな、アレクシス。チェンバレー家に相応しいものを身につけろ。二度とくだらんものを持って帰るな』
侮蔑のこもった父親の赤い目は、忘れられない。一時期、事業が低迷していたこともあり、アレクシスの父親は、誰よりも「価値」というものに拘る男だった。
「僕はチェンバレー家の家督を継ぐ者だ。家の価値を守らなければならない立場に、ある」
父親が背後から目を光らせている手前、己の家柄とやらに相応しいものに興味を持たなければならなかった。しかし一般的に言われている審美眼とやらがズレているアレクシスにとって、それは非常に難しく、苦行でもあった。
学や武芸はどうとでもなる。
剣術や体術、馬術の鍛錬に励み、社交学はもちろん、その他商学や経営学や国内情勢、国政や法律に留まらず、他国の言語文化等についても日々学び知識を得た。
セントラススクールでも、常に学年トップの成績を収めている。しかし本質的な感覚というものはいくら強制されても変わらない。変われない。
そして、悩んだ末に。
「どうでもいいものを選び続けていたら、ことごとく国中に広がった」
流石はチェンバレーだと、これでチェンバレー家は安泰だと持て囃され、父親も鼻を高くした。
しかしアレクシスが貿易や商談の才を発揮するようになるにつれ、そのうち父親の目は、かつて向けられたものよりも更に苛烈な色を帯び始めた。
子ども心にもわかった、それは己が出来なかったことを簡単にやってのけた息子に対する、嫉妬の目だと。
愚かな生き物だと思った。父親を心の底から疎んだ。
『あんたは曲げた、の? だから、変わらない俺が、許せねーの……?』
あの一言は、アレクシスの図星だった。
あのカビ臭い自室を思うがままに改装したリョウヤに、胸に湧き上がった感情の1つはここに残っている。身の回りを、全て高価なものでガチガチに固めていた自分が、唐突に、馬鹿らしくなった。
あれはリョウヤに対する──羨望だったのだと、思う。
「皮肉だな……」
目線を床に落とす。かつて父親に向けられていたものと、同じ感情をリョウヤに抱くとは。やはりアレクシスは、バーナード・チェンバレーの息子であるらしかった。
アレクシスが口を閉ざせば、沈黙が落ちる。
ちらりと前をうかがえば、リョウヤは目をぱちくりと見開いていた。
きょとんとした顔をしている。
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