月に泣く

宝楓カチカ🌹

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 こんなの、別に今更傷つくことでもない。だから、いつもだったらふざけんなって、俺はゴミじゃねーよ、人間だって、言い返すことだってできたはずなのに。
 今は駄目だ。できない。シュウイチに人間として肯定してもらえた後だから、なおさら。
 ずきずきと胸が痛くて痛くて、痛い。突き立てられた杭を自分の手で引き抜きたいのに、両腕はアレクシスに囚われているため動かせない。
 代わりに抜いてくれる人も、この世界にはいない。
 リョウヤはひとりだ……ひとりだ、けれども。

「でも、シュウイチさんは俺のこと、そんな風には思ってない、よ」

 アレクシスの口車に乗って、シュウイチの心を誤解したりはしない。
 リョウヤは、自分が見たシュウイチのありのままを信じる。

「また会いましょうって、言ってくれた気持ちは……絶対に嘘じゃない。嘘じゃないって、俺は信じる」

 たった30分だけの面会だった。
 リョウヤだって馬鹿じゃない、見せてくれたあの微笑みの全てが本物だとは、決して思っていない。彼の瞳の奥には、何か重いものを感じた。
 それをわかった上で、「優しい人だ」と判断したのだ。
 シュウイチはきっと、彼が抱えているであろう仄暗いものを、不用意に誰かにぶつけるような人じゃない。

「──ふん。たかだか一度顔を合わせただけの相手を、何故そこまで信じ切れる」

 アレクシスの声のトーンが、更に低くなった。大きな影がさらに近づいてきて、びくりと身が竦む。

「そんなに楽しかったのか? あの性悪そうな稀人と、話すことが」
「当たり前、だろ……シュウイチさんは、俺と対等になって話してくれたんだ。あんたと違って」

 震える声になってしまったが、言い切った。
 アレクシスは再度、口角をぐっと吊り上げようとしたらしいが、ひくりと震えるだけで笑みの形にはならなかった。
 辛うじて浮かべられていた侮蔑のしわも、ゆるゆると消えていく。
 唇を引き結ぶ。きっとこのまま、力でねじ伏せられるのだろう。
 だが例え何をされても、本人以外の誰かの言葉に心を惑わされたりはしない。見るべきものを見誤ったりはしない。したくない。
 信じようと決めた自分の心は、決して恥ずべきものではないはずだ。
 それに、仮にシュウイチのあれがただの社交辞令だったとしても、裏切られたとは思わない。
 リョウヤが嬉しかったのは、「また会いたい」と目を見て言ってくれた、その温かな気持ちだ。

「シュウイチさんは性悪なんかじゃない。優しくて……あったかい人、だよ」

 囚われていた二の腕が、緩んだ。殴られるのだろうか、それとも前のように首を絞められるのだろうか。どちらにせよいい扱いは受けまい。
 次に襲い来る衝撃に備えて、体をベッドに沈ませる。

「そうか」

 アレクシスの目が、切るように細くなった。
 見ていられなくて、視線を背ける。

「……そうか」

 また激高するのかと思いきや。
 視界の上に映るその唇は、惑うようにふるりと、震えて。
 
「どうせ僕は、おまえの言う通りの人間だ」

 アレクシスの語尾が、震えている。今無性に、アレクシスがどんな表情をしているのかが気になった。そろりと視線を戻せば、不安定に揺れるそれと目が合った。

「血も涙もない、冷たい人間だ……」

 あまりにもらしくない仕草、声色、言動、それら1つ1つに戸惑いが隠せなかった。こんなアレクシス見たことない。数秒前までそこにいた冷酷極まりない男は、歪なほどに、人間らしい男へと変わっていた。

「アレ、ク……?」

 これまでとは違う意味合いで、彼の名を呼ぶ。しかしアレクシスは聞こえているのかいないのか、焦点の合わない虚ろな瞳で、リョウヤの体に触れてきた。
 
「……っ、ん」

 薄い茂みの生えた陰紋をひたりと辿り、下の、割れ目の部分を、真ん中から裂かれていた下着の上からそっとなぞられる。いつも通りの乾いた手袋の感触。
 そのまま慣らしもせず指を突っ込まれるのかと、思っていたのだが。
 
「ぁぐッ……ぅ」

 足を割り裂かれ、押し入ってきたのは指よりもはるかに大きな異物だった。

 



 
 
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