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前篇
38.完敗(1)
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「さて、亡くなられた3人のご遺体で、一番大変なことになっていたのはどこの部位だったと思いますか? ちなみに、実は僕、やられたら10倍返しするタイプの男です。あとヒントは、今の貴方の体の状態です。どこが一番、元気に痛んでいますか?」
何が実は、だ。それはつまり、突っ込まれたら突っ込まれた異物に10倍返しするということの他ならないだろう。今、マティアスが身を持って体験させられているように。
ぎゅうっと、さらに下半身に痛みが集中し始めた。
稀人の声のトーンが、少し下がる。
「搾取する側の生き物は、搾取される側の生き物にはなりえないとお思いですか? 力関係が変われば、簡単に貴方たちの常識というものは覆ります。そして僕は、それを崩すだけの力を持っている。持ってここにいる。ここで、生きている」
稀人の……いや、シュウイチの垂れた目尻が、わずかばかり鋭くなった。
「……僕は、弱い人間です。聖人君子ではありません。ですから、自分の身は自分で守ります。たとえそれが、僕のいた世界の倫理に背くことだとしてもね。そして僕は、かつての僕のままあちらの世界に帰ります。こちらの世界の罪はここに全て置いていきます。待ってくれている人たちのためにも」
常に一定だったシュウイチの声がわずかに膨らみ、掠れた。
それでも彼の口許の笑みは崩れていなかった。
そこに宿っているのは、強い決意に見えた。
「そのためなら何でもするという覚悟もできています。ですが、貴方には覚悟がありません。同意無しに人様の体に触れるのなら、同意無しにやり返されることも覚えておきなさい。自分の見ているものが全てだと思っていると、大人になった時に恥をかきますよ、坊や」
「ぼ……」
ぼうや、だなんて初めて言われた。
「世界を知りなさい。僕は世界を知りました」
ふいに、シュウイチの顔から感情の全て削げ落ちる。
「──言ったでしょう? 貴方、人を見る目がありませんねって」
ごくりと、生ぬるい唾を飲む。
しかし、直ぐにまた笑みの形に戻った。
「さて、と。解毒可能な時間まであと……15分を切りましたかね。解毒薬は僕であれば10分で作れます。痛む部分を浸すものとお口で飲むものです。適切に処理すれば腐り落ちる前に助かるとは思います……が」
チッチッチッと、細い命綱のような時計の音が、やけに響いて聞こえた。
シュウイチが、ゆっくりと背後からどいた。
やっと軽くなったものの、マティアスは動けないでいた。四肢が重く痺れているし、ありったけの罵声を浴びせてやりたくても、舌が痛んで音にならない。
なによりも、動くことで毒が早く回りそうな気がしていた。
既にマティアスは、この男に毒を盛られたことを微塵も疑っていなかった。
シュウイチはやる。垂れた目がそう言っている。
細身の青年は流れるようにテーブルに腰を下ろし、足を組んだ。
そしてマティアスが脱がせかけた服をわざとはだけさせ、ほつれた長い黒髪を耳にかけた。
引っ張られ、ズボンから抜け落ちたシャツの裾の隙間からは、稀人の証でもある陰紋がちらりと見え隠れしている。
やけに艶々とした顔に見えるのは、気のせいではないだろう。
目が合う。
最後にシュウイチは、にこりと笑って、一言。
「あまーいお薬とあまーい僕の体、最期の晩餐はどちらを選びますか? 坊や」
* * *
何が実は、だ。それはつまり、突っ込まれたら突っ込まれた異物に10倍返しするということの他ならないだろう。今、マティアスが身を持って体験させられているように。
ぎゅうっと、さらに下半身に痛みが集中し始めた。
稀人の声のトーンが、少し下がる。
「搾取する側の生き物は、搾取される側の生き物にはなりえないとお思いですか? 力関係が変われば、簡単に貴方たちの常識というものは覆ります。そして僕は、それを崩すだけの力を持っている。持ってここにいる。ここで、生きている」
稀人の……いや、シュウイチの垂れた目尻が、わずかばかり鋭くなった。
「……僕は、弱い人間です。聖人君子ではありません。ですから、自分の身は自分で守ります。たとえそれが、僕のいた世界の倫理に背くことだとしてもね。そして僕は、かつての僕のままあちらの世界に帰ります。こちらの世界の罪はここに全て置いていきます。待ってくれている人たちのためにも」
常に一定だったシュウイチの声がわずかに膨らみ、掠れた。
それでも彼の口許の笑みは崩れていなかった。
そこに宿っているのは、強い決意に見えた。
「そのためなら何でもするという覚悟もできています。ですが、貴方には覚悟がありません。同意無しに人様の体に触れるのなら、同意無しにやり返されることも覚えておきなさい。自分の見ているものが全てだと思っていると、大人になった時に恥をかきますよ、坊や」
「ぼ……」
ぼうや、だなんて初めて言われた。
「世界を知りなさい。僕は世界を知りました」
ふいに、シュウイチの顔から感情の全て削げ落ちる。
「──言ったでしょう? 貴方、人を見る目がありませんねって」
ごくりと、生ぬるい唾を飲む。
しかし、直ぐにまた笑みの形に戻った。
「さて、と。解毒可能な時間まであと……15分を切りましたかね。解毒薬は僕であれば10分で作れます。痛む部分を浸すものとお口で飲むものです。適切に処理すれば腐り落ちる前に助かるとは思います……が」
チッチッチッと、細い命綱のような時計の音が、やけに響いて聞こえた。
シュウイチが、ゆっくりと背後からどいた。
やっと軽くなったものの、マティアスは動けないでいた。四肢が重く痺れているし、ありったけの罵声を浴びせてやりたくても、舌が痛んで音にならない。
なによりも、動くことで毒が早く回りそうな気がしていた。
既にマティアスは、この男に毒を盛られたことを微塵も疑っていなかった。
シュウイチはやる。垂れた目がそう言っている。
細身の青年は流れるようにテーブルに腰を下ろし、足を組んだ。
そしてマティアスが脱がせかけた服をわざとはだけさせ、ほつれた長い黒髪を耳にかけた。
引っ張られ、ズボンから抜け落ちたシャツの裾の隙間からは、稀人の証でもある陰紋がちらりと見え隠れしている。
やけに艶々とした顔に見えるのは、気のせいではないだろう。
目が合う。
最後にシュウイチは、にこりと笑って、一言。
「あまーいお薬とあまーい僕の体、最期の晩餐はどちらを選びますか? 坊や」
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