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前篇
触れる(2)
しおりを挟むこれは、単なる脅しじゃない。
リョウヤ凝視してくる瞳は空洞のようで、生きている者の目ではないように見えた。
そうだった。最近はわかりやすく不機嫌で、以前よりも少し、ほんの少しだけ……感情が、ほろほろと零れているようなアレクシスばかり見ていたので、すっかり頭から抜け落ちていた。
元々、彼はこういう人間なのだ。
抵抗するリョウヤを冷めた目で見下し、頬を張り、足蹴にし、苦痛に悶絶して悲鳴を上げるリョウヤの口を押さえつけて、無理矢理犯してくるような残酷な男だ。
おまえが壊れようがどうでもいいと。
本当に、リョウヤに興味がないとばかりに吐き捨ててくるような男だった。
そして歯向かう者には容赦をしない。
「おまえ、死ぬまで僕を嫌うといったな」
不穏にぎらついた瞳が、迫ってくる。
「ならばこのまま、死んでみるか……?」
そのまま唇と唇が触れ合いそうになり──死に物狂いで抵抗した。
手足をばたつかせて首を振る。たっぷりと厚いアレクシスの唇が、ズレたリョウヤの口の横に押し付けられる。
「やっ……やだ、やッ、キスは、や、だぁ……ッ」
追いかけてくる執拗な唇から逃れるため、必死で歯を食いしばる。
もちろん、ここに連れてこられた時から、犯されることは覚悟していた。きっと、普段以上に痛めつけられるであろうことも。
けれども、キスだけは嫌だった。
経験豊富なアレクシスにとってのキスは、心の伴わない、ただのセックスの延長線上にあるものなのかもしれないが、リョウヤにとってのキスは、誰よりも自分を愛してくれた兄が与えてくれたものだ。
それを、自分を愛してもいない男のキスで上塗りされたくなかった。
リョウヤの中で大事に抱えているぬくもりが、霞んでしまいそうで。
「なぜ、嫌がる……? マティアスとはできて、僕とはできないのか」
「ち、がう、そうじゃ、な……い。ただ、ただ……」
「あの稀人に触れられても、喜んでいたくせに?」
何も言えず、ふるふると首を振る。
だって嫌なんだ、こんなのは。今のアレクシスから与えられるキスは、冷たすぎる。
しかし頑なに拒絶すればするほど、一向に奪えない唇にアレクシスも苛立ち、彼の息もだんだんと乱れていった。
「へえ、そうか」
アレクシスがひくりと笑みを浮かべようとして、失敗した。
再び消え失せる、表情。
「──クソ!!」
「ひ……、」
癇癪じみた、ありったけの罵声に体全体が強張る。
爪が食い込む肩が痛い。どうして彼はこれほどまでに激高しているのだろうか。
確かにアレクシスはいつも不機嫌そうな表情をしているが、今こうしてぶつけられている感情は、これまでのアレクシスの「怒り」とは質が違うように感じていた。
反抗したことや、キスを拒んだことが原因でもない。売り言葉に買い言葉で吐き捨てた成り上がりという言葉も、彼が爆発する切っ掛けではあっただろうが、怒りの核ではないはずだ。
原因がわからなくて、ただただ混乱する。
「なん、で……なんで、そんなに、怒ってる、の……」
ここ最近、リョウヤからずっと目を逸らしていたはずのアレクシスは、今は深淵に満ちた目を向けてくる。
目の前にいるのは荒々しい猛獣だ。血に飢えた鋭い牙は、リョウヤにだけ狙いを定めている。
そう、アレクシスは他でもなく。
リョウヤに対してだけ、怒りを抱いているのだ。
「へえ、本当に、三歩進めば忘れる鶏だったとはな」
「違う、よ。そうじゃなくて……だって、あんた最近、なんか、変だ……変だよ」
「変……? 僕の、どこが」
わからない。いつからアレクシスはこうなった。
シュウイチと、会って話をしてからだ。アレクシスはなぜ彼に、あんな酷い言葉を浴びせ続けたのか。
「なんで、あんた、シュウイチさんに、あんな……」
「──このあばずれが」
「ぇ」
「マティアスの次はあの稀人か?」
「……なに、言ってんの」
「たった2週間ぽっちで、よくもまぁあそこまでの色仕掛けを覚えたものだな」
意味が、わからない。
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