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前篇
和久寺 秋一(7)
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「ごめん、シュウイチさん」
「はい?」
「俺ずっと、なんで同じ稀人なのに、自由に生活できてるんだろうとか思っちゃってた……」
くるりと、シュウイチが振り向いた。
「どうして、リョウヤさんが謝るんですか?」
「だって俺、なんも知らないのに、勝手に判断しちゃって」
「そんなことありませんよ。確かに僕は、他の異世界人よりもいい暮らしをしていると思います。もちろん最初は色々ありましたけどね。現存している異世界人の日記帳などにも目を通していますが、読めば読むほど腸が煮えくり返りそうになります。僕はきっと、恵まれているのだと思います」
「でも! シュウイチさんのそういう、医学の知識? とかってさ、シュウイチさんが自分の力で得てきたものなのに。何もねー俺とは違うな、いいなって最低なこと思った……本当にごめん」
他人を羨むのは勝手だが、それを当の本人にぶつけていいわけがない。
目に見えて肩を落とすリョウヤに、シュウイチは軽く目を見張ると、ふわりと眦を下げた。
『リョウヤさんは、とても素直な方ですね』
「え」
ぱちくりと、目を瞬かせる。
『それに、優しい方です』
「いや、俺別に優しくねーし、あ、『シュウイチさんの方が、よっぽど優しいと思う』」
途中からはニホンゴで返したし、本音だった。
なにしろ、シュウイチは某鬼畜男の高慢な物言いを微笑み1つで受け流せてしまうのだから。
リョウヤには無理だ、強く言い返してしまう。そして最終的には罰を受けるのだろう。
手のひらの火傷痕はほとんど治ったが、ふとした拍子にまだ痛む。
『いいえ。ご自身もお辛い境遇でしょうに、そうやって僕の心情を慮ってくださるのは優しい証拠ですよ』
シュウイチのニホンゴは、包み込んでくれるような響きだ。
どことなく、雰囲気もナギサに似ている。
だからだろうか、突っぱねるのではなく、静かに受け止めることができたのは。
「……うん、ありがと。へへ」
リョウヤがそっとはにかんだ瞬間、アレクシスの目が鋭くなり、周囲の温度が3度ほど下がった。
もちろん2人だけの世界に入り込んでいたリョウヤは全く気付かず、マティアスの口許だけがにんまりと弧を描いた。
「なるほどな。股を開くこと以外の芸で食いつないでいるというわけか」
「──はい?」
「ちょっ、なんてこと言うんだよアレク!」
今度こそ、ばんとテーブルを叩いて吠える。
しかしアレクシスは言うだけ言って満足したのか、つんとそっぽを向いてしまった。
はあ、と肩を落とす。どうしたものか。
「ごめん、あいつここ最近ずっとあんな調子なんだよ。なんか変っつーか、機嫌悪いっつーか」
「いえ、気にしないでください。リョウヤさんはこの方と……その、ご結婚なさっているのですよね」
「うん、跡継ぎを産むまでって期限付きだけどな」
「それはいわゆる、孕み腹というやつでしょうか」
「そう、それそれ」
けろっと答えたつもりだったのだが、シュウイチは見事に顔を曇らせた。
「……本当に、非人道的な行為を躊躇なく行いますね、この世界は」
慌てて手を振る。
「あの、大丈夫だからな?」
「大丈夫、とは?」
「うーん、だって住む部屋だってあるし。盗んだりしなくても一日三食しっかり出てくるし、そこそこ快適だよ。こいつんとこに連れてこられる前までは、ほとんど路上生活みたいなもんだったしさ」
「──本当に?」
「うん、足かっ開いてぼーっとしとけば終わるしね、大したことないって。毎晩やられまくってんだから慣れちゃったし……こんなの全然へーきだよ。犬に突っ込まれてるぐらいどうってことないって!」
朗らかに笑ってみせる。本心だった。こんなのどうってことないのだ。
本当に、大丈夫だ。
「はい?」
「俺ずっと、なんで同じ稀人なのに、自由に生活できてるんだろうとか思っちゃってた……」
くるりと、シュウイチが振り向いた。
「どうして、リョウヤさんが謝るんですか?」
「だって俺、なんも知らないのに、勝手に判断しちゃって」
「そんなことありませんよ。確かに僕は、他の異世界人よりもいい暮らしをしていると思います。もちろん最初は色々ありましたけどね。現存している異世界人の日記帳などにも目を通していますが、読めば読むほど腸が煮えくり返りそうになります。僕はきっと、恵まれているのだと思います」
「でも! シュウイチさんのそういう、医学の知識? とかってさ、シュウイチさんが自分の力で得てきたものなのに。何もねー俺とは違うな、いいなって最低なこと思った……本当にごめん」
他人を羨むのは勝手だが、それを当の本人にぶつけていいわけがない。
目に見えて肩を落とすリョウヤに、シュウイチは軽く目を見張ると、ふわりと眦を下げた。
『リョウヤさんは、とても素直な方ですね』
「え」
ぱちくりと、目を瞬かせる。
『それに、優しい方です』
「いや、俺別に優しくねーし、あ、『シュウイチさんの方が、よっぽど優しいと思う』」
途中からはニホンゴで返したし、本音だった。
なにしろ、シュウイチは某鬼畜男の高慢な物言いを微笑み1つで受け流せてしまうのだから。
リョウヤには無理だ、強く言い返してしまう。そして最終的には罰を受けるのだろう。
手のひらの火傷痕はほとんど治ったが、ふとした拍子にまだ痛む。
『いいえ。ご自身もお辛い境遇でしょうに、そうやって僕の心情を慮ってくださるのは優しい証拠ですよ』
シュウイチのニホンゴは、包み込んでくれるような響きだ。
どことなく、雰囲気もナギサに似ている。
だからだろうか、突っぱねるのではなく、静かに受け止めることができたのは。
「……うん、ありがと。へへ」
リョウヤがそっとはにかんだ瞬間、アレクシスの目が鋭くなり、周囲の温度が3度ほど下がった。
もちろん2人だけの世界に入り込んでいたリョウヤは全く気付かず、マティアスの口許だけがにんまりと弧を描いた。
「なるほどな。股を開くこと以外の芸で食いつないでいるというわけか」
「──はい?」
「ちょっ、なんてこと言うんだよアレク!」
今度こそ、ばんとテーブルを叩いて吠える。
しかしアレクシスは言うだけ言って満足したのか、つんとそっぽを向いてしまった。
はあ、と肩を落とす。どうしたものか。
「ごめん、あいつここ最近ずっとあんな調子なんだよ。なんか変っつーか、機嫌悪いっつーか」
「いえ、気にしないでください。リョウヤさんはこの方と……その、ご結婚なさっているのですよね」
「うん、跡継ぎを産むまでって期限付きだけどな」
「それはいわゆる、孕み腹というやつでしょうか」
「そう、それそれ」
けろっと答えたつもりだったのだが、シュウイチは見事に顔を曇らせた。
「……本当に、非人道的な行為を躊躇なく行いますね、この世界は」
慌てて手を振る。
「あの、大丈夫だからな?」
「大丈夫、とは?」
「うーん、だって住む部屋だってあるし。盗んだりしなくても一日三食しっかり出てくるし、そこそこ快適だよ。こいつんとこに連れてこられる前までは、ほとんど路上生活みたいなもんだったしさ」
「──本当に?」
「うん、足かっ開いてぼーっとしとけば終わるしね、大したことないって。毎晩やられまくってんだから慣れちゃったし……こんなの全然へーきだよ。犬に突っ込まれてるぐらいどうってことないって!」
朗らかに笑ってみせる。本心だった。こんなのどうってことないのだ。
本当に、大丈夫だ。
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