月に泣く

宝楓カチカ🌹

文字の大きさ
上 下
100 / 142
前篇

  触れる(3)

しおりを挟む


「しらばっくれる気か? 僕が見張っていなければ、おまえはあの場であの稀人にも跨っていただろう……?」
「ん、なこと、誰が、するかよ……」

 なんとか声を絞り出せたのは、今の一言がリョウヤだけでなくシュウイチに対する侮辱でもあったからだ。その発言だけは、受け流せない。

「嘘をつけ。手を重ねられて、馬鹿みたいに頬を赤らめていたのはどこのどいつだ。ん……?」
「あれ、は」

 シュウイチの手が、優しかったからだ。リョウヤを心から、憂いてくれていたからだ。してもらえることの全てが、嬉しかったからだ。

「随分と、あちらの言語を使っていたな。何を話していた、答えろ」
「べ……べつ、に、なにも……」

 口が濁る。アレクシスの悪口を言っていただなんて口が裂けても言えない。

「2人で、逃亡の算段か?」
「違……ッ、ぁ、ッ……ぐ!」

 ごりっと、肩が外されてしまいそうだ。指の先が丸まりかくかくと痙攣する。容赦のない締め付けを少しでもゆるめてほしくて身を捩るも、更に拘束は強くなってしまった。
 圧迫感に血流が堰き止められ、腕全体がびりびりと痺れてくる。肩の皮膚は、きっとしわになっているだろう。

「いた……い゛、く」
「違うな。僕は何を話していたかと聞いているんだ」

 アレクシスの目は、どうしようもないほどに据わりきっている。

「質問に答えろ。それ以外の返答は許さない……!」

 逃げても駄目、哀願しても駄目、けれどもこのまま受け入れれば、きっと身も心もぐちゃぐちゃにされる。どれを選んでも地獄だなんて……こんなのどうしたらいいんだ。
 初めて、本当の意味で、アレクシスという人間から逃げたくなった。

「へ、変なことは、話してない……シュウイチさんはただ、ただ俺のこと、褒めてくれた、だけで」
「褒めてくれた、だと……?」
「……ぅ、ッ」

 ギチギチと腕が軋む。痛いと、叫ばないように我慢した。

「そ、そう。俺のこと、や、優しいって言って、くれたんだ。あと、約束って……また、会おうねって」

 包み隠さず本当のことを話したというのに、力は強まるばかりだ。

「また会おう? 馬鹿なことを……くだらん口約束だ。言い忘れていたが、もう二度と、あの稀人とおまえを会わせる気はない」
「な、なんでっ」

 驚いた。アレクシスの顔は、本気だ。

「なんで……?」

 アレクシスの美麗な唇が、嫌な形に歪む。

「じゃあ聞くが、あれ以上何を話すことがある。おまえらは、違う時代から来た生き物なんだろう?」

 口を、閉じる。

「80年……か。人間の寿命を超える年数じゃないか。顔を合わせたところで何になる。おまえはともかく、あの稀人がおまえに会っても何の利益もない」
「……それ、は」
「むしろ害でしかないだろうな。あの稀人が、おまえに会う理由なんぞ1つもない」
「ある……よ、だってシュウイチさんは、お、俺と話してると、元気が出るって」
「世辞と本音の区別もつかんのか?」

 アレクシスが唇を寄せ、耳朶に直接囁いてきた。

「随分とおめでたい頭だな。あの稀人が中央で管理されているのは、上の連中が人間の役に立つ存在だと判断したからだ。対しておまえはどうだ、あの稀人と張り合えるだけの何かしらの能力を持っているのか?」

 じくじく、と。

「馬が走らせる必要のない画期的な車を作れるのか? 空を飛び、人を乗せて運ぶ未知なる機械を発明できるのか? 不思議な術を用いて、おまえ以上に価値が重い、誰かの命を華麗に救えるのか……? 知識、才能、器量、素質、天性、手腕。なに1つとして持っていないおまえに、この世界にいる誰が会いたいと思うんだ……」

 おまえ如きに。
 アレクシスの言葉が、この世界の常識が、鋭い杭となって、心の柔い部分を抉り出してくる。

「なんだそのみすぼらしい顔は──ああ! まさかおまえ、あの稀人が必要とされているからと言って、自分もそうなのかもしれないと勘違いしているのか……?」

 こんなの、いつも通りのアレクシスの罵倒だ。今に始まったことではない。慣れてる。

「愚か者め。おまえが言ったんだぞ? 命は1つだと。あの稀人はおまえじゃない。おまえはあの稀人のようにはなれない。おまえは道端に転がっているただのゴミだ。踏みつけて潰しても誰も気付きやしない、その程度の存在だ」

 だというに、息が。

「わかってる……わかってるよ、そんなこと」

 息が、苦しい。

「言われなくても、わかってる……」

 
しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

処理中です...