月に泣く

宝楓カチカ🌹

文字の大きさ
上 下
83 / 142
前篇

  和久寺 秋一(4)

しおりを挟む
「リョウヤさんは、一体どういう経緯でこちらの世界に来たんですか?」
「実は俺……」

 呆然としたまま、リョウヤはシュウイチに全てを離した。
 4歳の頃、兄と共に山の上にあるジンジャに向かう途中で、誤って崖から転落してしまいこの世界に落ちてきたこと。幼かったため、元の世界の思い出はあまりないこと。
 兄は日本に帰れぬまま死んでしまったので、短い間しか一緒にいられなかったこと。
 兄亡き後は、ずっと一人で生きてきたこと。

「そうだったんですか。大変、でしたね」
「そんなことねーよ。にいちゃんはここにいるから。ずっと、俺の中に」
 
 とん、と胸を叩く。
 シュウイチが、そうですか、と静かに目を伏せた。

「でも、少し納得しました。だからリョウヤさんの日本語のイントネーションも、少しこっち寄りな部分があるんですね」
「やっぱり、そっか……」
「でも、本当にちょっとですよ? むしろ4歳でよくそこまで覚えてましたね。他に話せる方もいなかったんでしょう?」
「うん、忘れちゃいけないと思って毎日練習してたんだ。ひとりで」

 記憶の中にいる兄と、会話をしながら。

「凄いですね、お一人で……あの、僕は千葉出身なんですが、リョウヤさんは東北のどこにお住まいだったんですか?」
「実は、それもうろ覚えでさ。結構田舎の方だったと思うんだけど……あっでも、トーホクのジンジャで買ったオマモリは持ってるよ。ナギサにいちゃんの形見なんだ」
「今、手元にあるんですか?」
「ううん、ない。忌人狩りにあった時、逃げてる最中に落っことしちゃって」
 
 本当はギリギリで預かってもらったのだが、傍にアレクシスが控えているのでそこは濁しておく。
 あのオマモリだけは、奪われたくない。
 リョウヤの命の次に、いやそれ以上に大切なものだ。

「ちなみに、その神社の名前とかって覚えてますか……?」
「えーっと、確か……ツキ、ツキなんとかって言ってたような」

 懸命に記憶を辿るが、それ以上は遡れなかった。

「月という字が付く神社ですか。結構多そうですけどね。うーん、ネットさえあれば一発で検索できそうなんだけどなぁ」
「ネットって?」
「いろいろなことを調べられる、辞書のようなものです」
「辞書……」

 それがあれば、あちらの世界への行き方も、わかるのだろうか。

「あと僕、地理が苦手でして。ナビを使っても迷うくらいの方向オンチなんですよ。すみません、知識不足で」
「ううん、俺が覚えてねーのが悪いんだよ。でも、80年かぁ。そっか……そうだったんだ……」

 勝手に膨れ上がっていた期待が一気に萎んでしまい、俯く。

「──あのっ、どうか気を落とさないでください。いわゆる異世界転生……いえ、転移ですから、漫画やアニメのようにうまくはいきませんよ。逆に、同じ時代の人間がピンポイントで揃う方が不自然です」

 言われた内容の8割は意味がわからなかったが、顔を上げると、シュウイチはとても穏やかな顔をしていた。
 動揺を隠せないでいるリョウヤを、労わってくれているような眼差しだ。

「でもさ」
「リョウヤさん、聞いてください。実はここだけの話、もしかしたら僕は……自分が違う世界から来たと信じている、頭のおかしな人間なんじゃないかって思い込んでいた時期があったんです」

 シュウイチの瞳が、一瞬だけ揺れた。

「なにしろ、見た目も言語も生活様式も違う世界に突然来てしまいましたからね。毎日毎日、孤独と戦う日々でした。読んでいた小説も、追いかけていたドラマも、出会ってきた人たちも全て僕の妄想で、僕が歩んできた人生は夢だったんじゃないかって、ずっと苦しくて……」
「シュウイチ、さん」
「この腕時計だけが、あちらの世界の記憶を確かなものにしてくれる唯一の希望でした」

 シュウイチが、手首に嵌めている時計を見た。
 この世界には、身に着けられる時計といったら懐中時計しかない。
 ナギサが言うには、顔も覚えていないリョウヤたちの父も腕時計を嵌めていたらしい。

「ですから、今こうしてリョウヤさんとお話しできてとっても嬉しいんです。今日はここに来て下さって、本当にありがとうございました」

 テーブルの上できゅっと握りしめていた手に、そっと手を重ねられた。
 視界の隅でアレクシスに睨みつけられたような気もしたが、重ねられたシュウイチの手の方が大事だった。

「それに……僕のいた時代のほうがいい、なんてことはありませんから。さっきも言いましたがきな臭いところも沢山ありましたし、もしかしたら……ゾンビが蔓延して世界的なパンデミックに陥ってるかも」

 わからない単語もあったが、冗談っぽく微笑んでくれたシュウイチは、本当にリョウヤのことを憂いてくれていた。

「……時代が違っても、お互いに人であることに変わりはありませんよ」

 その一言はじんと、響いた。
 きっとシュウイチだって、全く違う時代から来たリョウヤと話が合わなくて、ガッカリしているだろうに、そんな素振りは一切見せない。
 ううん、とリョウヤは首を振った。
 リョウヤは、自分には人を見る目があると自負している。
 そんな自分のカンが言っているのだ。このシュウイチという人は、とても優しい人だと。



しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

処理中です...